張本智和の“進化”は止まらない。世界卓球・梁靖崑との激闘で見せた、打倒中国の突破口
REAL SPORTS / 2023年6月5日 11時44分
南アフリカ・ダーバンで開催された世界卓球2023。日本の期待を背負う張本智和は、準々決勝で中国トップ4の一人、梁靖崑に敗れ、メダルの獲得はならなかった。しかし、一進一退の激しい攻防となったこの試合の中には、打倒中国の「新しい光」がキラリと見える一戦にもなった。張本の成長は著しい。競り合いまでは、いける。だが、勝ち切るところまで、あと一歩。その「あと一歩」に必要なものとは、一体何なのか。
(文=本島修司、写真=新華社/アフロ)
紛れもない「中国のトップ4」、バックを振り切る梁靖崑梁靖崑。中国では、ジュニア時代から一気に頭角を現してきた選手だ。2013年、アジアジュニア卓球選手権で優勝。馬龍、許昕、樊振東など、名だたる中国のトップたちと激闘を繰り広げてきた。
その一方で、中国人のトップ選手としては好不調の波も激しく、2017年頃までは伸び悩んだ選手でもあった。
しかし、2018年になるとその才能が再び輝き始める。中国選手権で優勝を飾ると、2019年の世界選手権では、シングルスとダブルスで銅メダルを獲得する。続く2021年の世界選手権でもシングルとダブルスで銅メダルを獲得。現在では中国トップ4に君臨している。
この強豪・梁と張本智和が激突した今年の世界卓球・準々決勝は、バック対バックの攻防で幕を開けた。お互いのバックミートが研ぎ澄まされていて、速い。世界最高のバックの打ち合いの試合になることは、開始と同時にすぐに予感できた。
1ゲーム目。1球目から激しいバック対バックの打ち合いを開始。中盤はバック対バックから、お互いが、どこかのタイミングで「相手をフォアへ振る作戦」を取った。ここでは、素早くフォアへ体を切り返せたほうが得点するといったシーンが目立った。
張本が7―6へと突き放した1本も、まさにこの形。一気に体を切り返し、豪快にフォアドライブをストレートに打ち抜いた。このボールは、まさに「張本智和の真骨頂」だ。
しかし一方で、この序盤から、梁のほうがバックドライブで「大きめに振り切っている」ボールも目についた。張本のほうがバックミートで「受け止め気味」に映った。12-11からも、梁が思い切ったバックドライブ。これが決まり、1ゲーム目を落とすことになる。
2ゲーム目は、梁が、浮いたボールをジャンプしながらバックでスマッシュして決める印象的な一打があった。回り込んでフォアで打てるほど高いチャンスボールだが、それもバックで振るあたりに、梁がいかにバックを「ミートするだけ」ではなく「振る」という意識を持っているかがわかる。
そして、張本のフォア前を攻めてくる。
フォア前に寄せてから、バック深くに、思い切り振り抜いてくる。張本も、フォア前にきたサーブを得意のチキータレシーブで攻めたり、ストップで短く止めたりしながら応戦。
それでも最後は、梁がチキータ気味にねじ込んだバックが決まり、ここも落としてしまう。
この試合でまだ使っていない技=サプライズ3ゲーム目は、またバック対バックの激しい打ち合い。ただ、このゲームでは張本が、梁を早めにフォアに振ることができた。張本のバックミートが、梁のフォア側へ鋭く入り、間に合わないシーンが出てきた。
そしてチキータが冴えた。9-9からはチキータで抜き切り、一本。チキータの構えで入りながら、バックドライブに近いくらい、腕を振っている。さらにチキータで攻め続け、ジュースに。ここもチキータを連発すると思わせた。梁もそう感じていたであろう、13-12の場面。
ここで思わぬ技が飛び出す。それは、しっかりと下回転を切った、深く入る「ツッツキ」だった。驚いたような仕草の梁は、このツッツキを持ち上げきれずに、ネットミス。14-12で、張本が勝ち切った。
この時、この試合における一つのキーワードが生まれた。それは、技自体が斬新かどうかにかかわらず「この試合でまだ見せていない技」だ。
試合を決定づけた5セット目のラスト2本、梁靖崑は何をしたか4セット目はバックの攻防から、お互いがフォアへ揺さぶりをかけて、フォアとバックを何度も切り返す王道のラリーからスタート。
その火ぶたを切った1球目は、とても届かないような角度でフォアを抜かれかけた1球を、張本が“手だけ伸ばして”カウンターを一発。まるで、伊藤美誠の「みまパンチ」を彷彿とさせる一撃を決めた。
また、張本のほうが「バックを振り切る」シーンも目立つ。ボールが“走り”始めた。だが、6-6からは、梁が、「フォア前へ、バックハンドで回り込み、張本のバック側へチキ-タ」を披露。これもまた、ここにきてまだ「この試合でまだ見せていない技」だ。張本が食い下がり、16-14までもつれ込んだ攻防を取り切ったが、この技は目立った。
試合を決定づけたといっても過言ではないのは、5セット目だ。このセットもお互い譲らない攻防で、9―9。そこからの2本。ここに注目したい。
ラスト2本。競り合いに持ち込むところまでは、できている状態。あとは最後の1本、2本を、どう詰め切るか。強くなった日本人選手たちの、対中国との戦いは、いつもそんなシーンが多い。
今回の梁は、それまでに使っていなかったサーブを使ってきた。
「温存していた」。「隠していた」。「とっておいた」。「閃いた」。「思い出した」……。
さまざまな表現ができるところであり、どの表現が正しいかは梁本人にしかわからないところだが、明らかにこの試合ではまだ使っていなかったサーブだった。それを、2本連続で、投入してきた。張本がチキータで返そうとすると、ボールが思い切り上に跳ねたところを見ると、下ではなく、縦横回転系のサーブであることは間違いない。ラケットの面でしっかり捉えられなかったところを見ると、縦横回転が、手元で、ググッと伸びるようなサーブに見えた。
梁が、ここで大きなガッツポーズを見せていたが、それもまた、明らかにまだ使っていないサーブで「仕掛けた」証だろう。試合はそのまま、6セット目も梁靖崑が制した。
お互いが試合終了と同時に「頭を抱え込む」意味印象的だったのは、試合終了と同時に、お互いが頭を抱え込んだことだ。
負けた張本もそうだが、勝った梁は、床に突っ伏すようにしたままにして頭を抱えて、しばらく動かなかった。おそらく、これだけの瞬発力の競い合いのようなプレーの中で、お互いが「まだ使っていない技はないか」を、極限の緊張感の中で必死に模索し合っていたのだろう。
その差は紙一重。あまりにも壮絶な一戦。
しかし、この敗戦の中から、打倒中国への一筋の光となる突破口も見える。すでに卓球大国の中国のトップ選手を相手に競り合える、世界屈指の実力に成長した張本が、“あと一押し”のために必要なもの。
それは、この試合でまだ使っていない技やコースなど「アイデアの数」なのかもしれない。
技の豊富さで負けている気配もなくなった、今。この試合の5セット目に梁が繰り出したサーブのような、相手の意表を突く「この試合でまだ見せていない技」。張本もそのような技を放った4セット目は制している。あとはその数をどれだけ増やし、出しどころを正しく見極められるか。
試合を決する勝負どころで「何を使うか」という駆け引きがさらに進化した時、張本智和は世界一の座に君臨するはずだ。
<了>
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