「苦しい思いをしているのは自分一人じゃない」試合に出られない日々でも不可欠な存在感。川崎F支えるベテランGK安藤駿介の矜持
REAL SPORTS / 2023年6月9日 8時0分
2022年8月、新型コロナウイルス陽性者が続出したアビスパ福岡が、JリーグYBCルヴァンカップの試合終盤に、本来GK登録の山ノ井拓己をフィールドプレーヤーとして出場させたことが大きな話題になった。ちょうど同じ時期、川崎フロンターレも同様の非常事態に陥っていた。ベンチメンバーが5人、うち3人がGK登録。この時、6シーズンぶりの公式戦出場が、本職のGKではなくフィールドプレーヤーとしてかもしれないという状況に置かれたベテランGK安藤駿介。この難しい状況で、彼は何を考え、どのような行動をとり、周囲にどのような影響を与えたのか?
(文=いしかわごう、写真=©️川崎フロンターレ)
指揮官に呼び出され「プライドもあると思うけどこういう事態だから…」安藤駿介にどうしても聞いておきたいことがあった。
それは昨シーズンの、チームがもっとも苦しかった時期のことだ。2022年の夏場、川崎フロンターレは新型コロナウイルスの陽性判定を受けた選手が急増し、満足なメンバーをそろえることができない緊急事態に見舞われていた。
J1リーグ第23節の浦和レッズ戦では、通常7人で埋まるはずのベンチメンバーがわずか5人。しかもそのうちの3人がGK登録の丹野研太、安藤駿介、早坂勇希だった。つまり、交代できるフィールドプレーヤーは実質2人。そんな状態で過酷な夏場の連戦に臨まなくてはいけなかった。
試合開催自体も疑問視された中で臨んだゲームは1-3で敗戦。続くルヴァンカップ準々決勝・第1戦のセレッソ大阪戦もベンチにはGK3人体制が続くなど、これまで経験したことのない大きな試練に襲われた。
その2試合でGKとしてではなく、フィールドプレーヤーのユニフォームを着てベンチから試合を見守ったのが安藤駿介と新人の早坂勇希だった。ゴールを守るために研鑽を重ね続けてきた2人が、試合前のアップではセービングではなくロングキックやヘディングの練習に励む姿は、なんとも複雑な光景だった。
GKとして生きてきた安藤駿介にとって、あの2試合はどんな記憶として刻まれているのだろうか。それを聞いてみたかったのだ。
安藤はあの時期をこう回想する。
「練習からあまりに人がいないので、そうなるだろうとわかっていました。緑のGKユニフォームを着た選手3人でベンチには入らないだろうし、だったら自分たちはフィールドプレーヤーになるのかなって。自分なりの情報収集をしていたら、『もうフィールド用のユニフォームを作っているらしいよ』と聞いて、『そんなことあるのか?』と思ったけど、1日で作ったと(笑)」
浦和戦の前日には、先発するチョン・ソンリョン以外のGK3人が鬼木達監督に呼ばれた。
丹野研太、安藤駿介、早坂勇希に向かって指揮官は「プライドもあると思うけど、こういう事態だから、なんとかチームのために頼む」と、リスペクトを込めた上で、それぞれに理解を求めた。
「もちろんですよ。そのつもりです」
安藤は短く、そう答えている。
6シーズン出場機会がない中で、GK以外でピッチに立つ可能性自分ができる最善を尽くす。そうやってチームを長年支え続けてきた男にとって、それは当然のことであり、その思いは何ら変わるものではなかった。
だが現実問題として、もし自分に出番がきたら、一体どうすれば良いのだろうか。これまでとは全く違う準備で臨まなくてはいけない試合を前に、さすがに心がざわついた。
無理もないだろう。11人の中で1人だけ手を使えるポジションであるGKは専門職だ。フィールドプレーヤーとは全くの別物といっていい。6シーズン出場機会がない中で、GKではなくフィールドプレーヤーとしてピッチに立つ可能性などこれまで考えたことなかった。さまざまな思いを巡らせていた中で、自分なりに出した結論は一つだった。
「正直、公式戦の強度で、フィールドプレーヤーと同じレベルでサッカーはできないですよ。だったら、局面をぶつ切りにして『それでも、自分ができることはなんだ?』と整理し直したんです。例えば、味方に簡単なパスをつなぐ。上に飛んだボールを競り勝つ。相手が嫌な場所にポジションを取る……そういうできることから整理したら、そんなに緊張感もなくなりました。だって『できないもん』と言えるから(笑)」
言ってしまえば、開き直りだった。だが、自分ができないことはできないと認め、それを言えるところが今の安藤駿介の強さでもある。
「できないことを考えて、『どうしよう?』と思うことが一番無駄だと思うんです。相手を1人抜いてクロスを上げるのは自分には無理ですから。でも体格はあるので、相手と体をぶつけることはできるかもしれない。そうやって、できることを探せばそんなに大変じゃない。できないものはできないと潔くいること。それは周りだってわかってくれますから」
チームに関わる誰もが何かを考えさせられた出来事結果的に、ピッチに立つ機会が巡ってくることはなかった。ただし、もし出ていたら、どんな自分をイメージしていたのだろうか。彼が切り出したのは、ほんのわずかな時間でもいいから、苦しいときに味方の助けになるような役割だった。笑い話のように、ちゃめっ気たっぷりに話し出した。
「その週の練習を見ていても大変だったし、試合に出ている選手は本当にきつそうでした。だから自分のキャラクターを使って、ネタにできるところはネタにしようと思っていました(笑)。例えば交代の時に、フィールドの白いユニフォームを着た僕がタッチラインに颯爽と立って遠くを見ていたら、選手は笑うでしょ? 『どんなキツくても、それは笑うわ』ってみんなに言われましたから(笑)。本当にきつい時に、それが起きたらいい薬になるんじゃないかなって思ってました」
そう言って、安藤はおどけた。
ただ不本意な状況下でも、チームのためにベンチで尽くしたGK2人の献身性と振る舞いが素晴らしかったことは、後日、鬼木監督が明かしている。その後に行われたチームのオンラインミーティングで、指揮官は全員の前で両者に対する感謝の言葉も述べたのだという。
「本当に感謝しています。GKという特殊なポジションで、プライドを持ってやってくれている中で、フィールドプレーヤーのユニフォームを着なくてはいけなかった。そういうプライドの話は、みんなの前でも話しました。チームのために彼らがやってくれました」(鬼木監督)
あの2試合、安藤と早坂はピッチには立っていないため、出場記録には刻まれていない。だが本当の総力戦とは何なのか。チームのために自分を捧げるとはどういうことなのか。両者の振る舞いから、チームに関わる誰もが何かを考えさせられた出来事だった。
「苦しい思い、つらい思いをしているのは自分一人じゃない」GKの場合、試合に出られるのは常に一人だけだ。
日々のトレーニングで競い合いはあるが、GK間には明確ともいえる序列が存在する。去年であれば、正GKにチョン・ソンリョンがおり、ベンチには丹野研太が常に入っていた。しかしながら安藤本人は自らを「3番手のGKだ」と受け入れたことは、ただの一度もない。キッパリとした口調で彼は言い切った。
「自分で自分を第3GKという数字で位置付けたことはないです。自分が何番手だという言葉を作ると、それが言い訳になるからです。育成年代の時にGKコーチの澤村公康さんから『自分に何番手と番号をつけるな』、『常に一番のトレーニングをしろ』と教わり、それは今でも言い聞かせています。そこに自分の考えを付け足すとしたら、自分が2番手、3番手という評価を口に出してしまうと、同じ場にいた下の立場の選手は、下に見られていることになる。それは同じプロでも失礼じゃないですか。自分で3番手だ、2番手だ、という数字は振らないようにしていますし、自分は一回もやっていないです。それは見なくていい数字だと思っています」
出場機会がなくとも高い志を持ってやり続けているからこそ、言える重みがそこにはあった。
それでも苦しい時もある。そんな時の心がけを一つ、明かしてくれた。
「自分だけじゃないと思うようにしています。例えばJ1リーグの18チームではGKは18人の先発がいる。4人いたら、3人は出ていない。苦しい思い、つらい思いをしているのは自分一人じゃない。そう思ったら、頑張れるじゃないですか。そこで文句が口に出ちゃう人は、なんで自分ばっかりと思ってしまうのだと思う。そこで自分だけじゃないよって思うようにしています」
苦しい日々でも環境を変えることなく踏みとどまれたのは、自分のいる場所が愛するクラブだからでもある。だから、試合に出られない日々がこれだけ長くなろうとも彼が折れることはないし、どんな可能性がほぼ閉ざされていても毎試合準備を怠らない。
「幸せ者ですよね」と、彼は大きくうなづいた。
「僕はフロンターレが好き。ここでこうして働いているのは幸せなことです。さらに上があるとしたら、そこで試合に絡むこと。毎年、それは目指しているけど簡単ではない。でも、そういう環境でも楽しんでやる。それが自分のモットーです。一言で言ったら、幸せ者ですよね。まだまだ先のある幸せですね」
安藤駿介、32歳。
ゴールマウスに立つために伸ばし続けているその手は、一度として引っ込めてはいない。
<了>
[PROFILE]
安藤駿介(あんどう・しゅんすけ)
1990年8月10日生まれ、東京都出身。J1・川崎フロンターレ所属。ポジションはゴールキーパー。小学生からサッカーを始め、川崎フロンターレU-15、U-18を経て、2009年にトップチームに昇格。2011年に公式戦初出場。2012年にはロンドン五輪に出場するU-23日本代表に選出。2013年に1年間、湘南ベルマーレへ期限付き移籍を経て、2014年に復帰。チームの後輩たちから慕われ、良き手本となってチームを支える存在。
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