スマホでピッチングが向上する時代が到来。スポーツ×IT×科学でスター選手は生まれるのか?
REAL SPORTS / 2023年6月9日 8時33分
スマートフォンやタブレットで自分の投球を撮影すると、アプリが自動的にデータ解析を行い、投球フォームや技術を向上させられる――。最先端のスポーツ分析システムを安く、手軽に使える時代が来ている。「Spo+Shot(スポプラショット)」を開発した民間施設「ネクストベース・アスリートラボ」の神事努氏は、「データを使って、スポーツがより早く、うまくなれる」と言う。スポーツ業界のデータ分析や、アプリ開発の最前線に迫った。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=株式会社ネクストベース)
スマホで投球と打撃の計測が可能に――「ネクストベース アスリートラボ」では、スマホやタブレット一つで野球のデータ計測が行える「Spo+Shot(スポプラショット)」というアプリを開発されました。これはどんなアプリですか?
神事:スマートフォンやタブレットで、投球の速度や打球の角度、飛距離などを測ることができます。卓球のボールのトラッキングの技術をネクストベースでは持っているのですが、そのボールのトラッキング技術を活用しています。そこにゲーム性を加えて、「ホームラン」や「ヒット」など、AIが実戦を想定した判定をしてくれるほか、ランキングや打撃対戦など、エンターテインメントとしても楽しめるようにしました。
――ゲーム感覚に、自分自身のデータを反映させて技術面の向上にもつなげられるんですね。このアプリの開発にはどのぐらいかかったんですか?
神事:構想がスタートしたのは2018年ごろです。そこから3年かけて世の中に出して、さらに機械学習のモデルがレベルアップしたり、アプリの作りが変わったりとアップデートを繰り返す中で、さらに1、2年かけてようやく形になってきたというイメージです。こういうAI領域は急速に発展しているので、新しいエンジンを積んだり、ブラッシュアップしながら、チューニングもしてきました。
――このような、スマホで体を動かしてデータを測れるアプリは、他にもあるのでしょうか?
神事:骨格推定と言って、体の動作分析ができるような技術やアプリは増えています。しかし、それはただ動きを「見える化」できているだけで、ボールの速度や角度のようなパフォーマンスを直接的に測れるアプリは、今のところ他にはないと思います。
――それだけ最先端の技術なのに、アプリは無料で使えるんですね。
神事:はい。基本的な機能は無料で使えるのですが、今年の5月から、月額660円の有料サービスもリリースしました。クラウドに動画を保存できたり、計測した動画を同時に再生して比較できるようになりました。対戦機能などが増えて、エンターテインメント性も増して使いやすくなったと思います。目的としてはパフォーマンス向上が一番ですが、楽しくプレーしてもらうために、オフラインのゲームも追加しました。将来的にはオンラインゲームにしていく構想もあります。
スポーツ×ITからスターは生まれるか――今後、データ計測技術や、分析・活用技術がさらに発展すると、日本のスポーツ界からさらなるスター選手が誕生する可能性も高まりそうですね。
神事:そうですね。私たちが「アスリートに提供しているものは何なのか」をよく考えるのですが、私は「時間」だと考えています。アスリートが現役選手であり続けられる時間は短くて、野球選手のピークは26歳とか27歳と言われています。そこで高いパフォーマンスを発揮しながらピークを迎えるためには、より早くに技術を獲得できて、ケガをせずにそこまでたどり着けるのが理想的ですよね。
そういう意味では、これまでは紆余曲折を経てなんとなくピークを迎えていた選手が、データを活用することでもっと早くうまくなって、確実にピークに合わせられるようになると思います。そうなると、今まで習得するのに時間がかかってきたことでも、「データを使えば改善するポイントがわかる」と考えられるようになって、より早く上達して、結果を出せる選手が増えていくと思います。
――アスリートの貴重な時間は、お金に換えられない価値がありますもんね。
神事:はい。少子化で子どもの数も減っているので、子どもたちが長くスポーツを楽しめるようになることも含めて、早くうまくなるための「時間」を売っていると考えています。
2022年から高校ではプログラミングの授業が必修になりました。ITとかデータを使えることが当たり前の時代になってきています。その中で、スポーツのIT化も当たり前のように進んでいくはずです。そこで、ITを学ぶ上でスポーツも一つの教材になるだろうし、論理的な思考を身に付けることも含めて、スポーツでデータを使うことの価値は高まっていくと思います。
スポーツの文化を広げる拠点に――海外の選手との比較などで、日本人アスリートならではの特徴などもデータとして生かせるようになれば、世界で活躍するためのヒントも見つかりそうですね。
神事:スポーツでは、体が大きいほうが有利な競技と、体が小さいことが有利になる競技があります。体力的要因がパフォーマンスに大きく影響するのか、技術的な要因がパフォーマンスに影響するのか、と言い換えることができるかも知れません。野球では「投げる」という動作のパフォーマンスは技術的な要因が大きいことがわかっています。
ダルビッシュ有選手や大谷翔平選手はもちろん、千賀滉大選手など、日本人のピッチャーが世界で戦えることは、技術の高さが理由の一つです。ですから、ピッチャーに関しては特に、データを使うと上達の可能性が高まると思います。一方で、バッターは体力的要因が大きく、身長が高いほうが有利なので、日本人選手は不利な部分もある。吉田正尚選手は活躍していますけれどね。その差を技術で埋めていく必要はあります。体の大きさが影響するバッターと、技術が影響するピッチャーでは、データの使い方も変わってくると思います。
――最後に、アスリートラボの今後の展開について教えてください。
神事:ラボが、スポーツ界の一つの拠点になっていけばいいなと思っています。スポーツの文化が広がるとか、成熟していく中で、同じようなサービスを始める方々と連携して、スポーツ全体が盛り上がっていけばいいなと思っています。
野球はWBCであれだけドラマチックに勝って盛り上がりましたが、ビジネスの規模として海外と張り合うとなると、もう少しお金を使ってスポーツを楽しむことが当たり前になってほしいと思いますし、そのための仕掛けは必要だと思います。
アップルやグーグルなど、海外製品を当たり前のように使っていて、日本のものってどこにあるんだろう?って考えてしまいますよね。だからこそ、日本のスポーツビジネスがもっと発展していったらいいなと思っていますし、その中で社会的な貢献ができればと思っています。
<了>
[PROFILE]
神事努(じんじ・つとむ)
博士(体育学)。国学院大学人間開発学部健康体育学科准教授/元国立スポーツ科学センター研究員/アスリートラボ・ディレクター。ボールの回転軸の方向や回転速度が空気力に与える影響にいて書いた論文(2006年)で、日本バイオメカニクス学会優秀論文賞を受賞。北京オリンピックで女子ソフトボール日本代表のサポートを担当し金メダルに貢献、2016年まで東北楽天ゴールデンイーグルスの戦略室R&Dグループに所属し、チームの強化を推進した。現在はアスリートラボで、多くのプロ野球選手のピッチデザインを行う。著書に、『新時代の野球データ論~フライボール革命のメカニズム~』(カンゼン刊)がある。
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