スマートシティとの関係性と日本の現状【MaaSがもたらす都市変革】
レスポンス / 2022年9月7日 16時0分
◆スマートシティとMaaSの定義
「スマートシティ」という言葉が日本で一般的に使われはじめて数年が経つ。なんとなくその意味を知っている人は多いとは思うが、まずここで定義を復習しておくことにしよう。
国土交通省のウェブサイトによると、「スマートシティは、先進的技術の活用により、都市や地域の機能やサービスを効率化・高度化し、各種の課題の解決を図るとともに、快適性や利便性を含めた新たな価値を創出する取組」とある。簡単に言えば、デジタル技術で都市や地域を快適で便利にしていくこととなるだろう。
すでに我が国でも、いくつかの自治体や民間企業がスマートシティに乗り出しているが、国も重要戦略のひとつとして考えおり、支援などを行っている。
具体的には、令和4年度は内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省で、
1. 未来技術社会実装事業
2. 地域課題解決のためのスマートシティ推進事業
3. 地域新MaaS創出推進事業
4. 日本版MaaS推進・支援事業
5. 国土交通省スマートシティ実装化支援事業
という5つのスマートシティ関連事業が立ち上げられており、合わせて50以上の事業が選定されている。
この5項目を見て、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)に関する事業が2つもあることに気づいた人もいるだろう。しかし筆者は、スマートシティの項目の中にMaaSがあるのは当然であり、むしろスマートシティにMaaSは不可欠だと考えている。
再び国土交通省のサイトから、今度はMaaSの説明を紹介すると、「地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となる」とある。
こちらも簡単に言えば、デジタル移動を快適で便利にしていくこととなるだろう。スマートシティと比べると、対象がまちづくりかモビリティかという違いぐらいしかない。
日本の公共交通は多くが民間企業の運営なので、自治体とは関係ないと考えるかもしれない。たしかにかつては、鉄道事業者が沿線のまちづくりも一緒に担当する例がいくつもあった。しかしこれは先進国の中では異例なことだ。欧米では、パリと周辺都市からなるイル・ド・フランス州のSTIF、ポートランドを含めた米国オレゴン州3郡のTriMetなどの公的団体が、複数の交通事業者を一括して管轄するのが一般的であり、当然ながらまちづくりとリンクしているのである。
そもそも乗り物はそれ自体を走らせることが目的ではなく、都市に住む人々を効率的かつ安全快適に目的地まで移動させるための手段のひとつである。だからこそ欧米のような体勢のほうが腑に落ちるし、MaaSがスマートシティに含まれることにも納得できる。
◆まちづくりの一環として生まれたMaaS
筆者は2018年にMaaSが生まれた地であるフィンランドの首都ヘルシンキに行き、世界初のMaaSアプリである「Whim」を実際に体験する一方、フィンランド運輸通信省、ヘルシンキ市役所、WhimのオペレーターであるMaaS Global社に行き、そこでの体験を書籍『MaaS入門』にまとめた。
そこでも書いたことだが、MaaSはMaaS GlobalのCEOを務めるサンポ・ヒエタネン氏が単独で考案したものではなく、国や自治体と連携して築き上げた概念であることを教えられた。
フィンランドでMaaSが生まれた背景として紹介しておきたいのは、運輸通信省が2000年に発表した「Towards Intelligent and Sustainable Transport 2025」である。
ここでは交通政策の目的として、経済的、生態的、社会的、文化的な検討に基づいた持続可能な交通システムを整備することと定義。具体的には、
1. 社会経済利益の最大化、コストの最小化
2. 全国土の全住民が健康で質の高い生活を享受できるよう支援し、気候や環境への影響を最小限にするよう努力
3. ICTの交通サービスへの活用
という項目を挙げている。交通が社会経済や国民の生活、そして地球環境に深く関わっているとともに、交通分野へのICT活用が重要であると掲げている。
こうした中、2006年に国営のフィンランド道路事業会社に入ったヒエタネン氏が入社後間もなく、運輸業界の将来に関するプレゼンテーションを行うことになり、少し前から構想を練っていたモビリティのパッケージ化のアイデアを発表した。
プレゼンテーションは多方面に影響を与えた。なかでも運輸通信省(当時は運輸省)の動きは迅速だった。同省が2009年に発表した「Finland’s Strategy for Intelligent Transport」では、情報社会と物理的な輸送システムの統合を目指し、公共交通では高品質でオープンアクセスで手頃な価格で公開されるデータをベースに、効率的な運用モデルを提供することを目指すとしている。ヒエタネン氏のプレゼンテーションに影響を受けたことがうかがえる。
一方のヒエタネン氏は同年、ICTによる運転履歴記録を用いたサービスを提供していたヘルプテンという会社のCEOになり、3年後には同社も会員に名を連ねていたITSフィンランドのCEOにも就任した。ITSフィンランドのトップになった彼は早速イベントの準備に取り掛かる。それが2014年に開催された「A Starting Event for the World’s First Mobility as a Service Operator」、つまり世界初のサービスオペレーターとしてのモビリティのキックオフイベントだった。
同氏は基調講演でMaaSのビジネスプランを公表し、プロジェクトをすぐに始めたいと呼びかけた。多くの組織が賛同し、資金が集まったことから、翌年MaaSフィンランドが設立。まもなくヒエタネン氏がCEOに就任し、翌年社名をMaaS Globalに変更するとともに、Whimをリリースしたのである。
ヒエタネン氏がMaaSの父と呼ばれることは、一連の経緯を見れば多くの人が認めるところだろう。しかしMaaSは決して彼一人の力で生まれたわけではない。運輸通信省やITSフィンランドなど、さまざまな公的組織が同時進行的に歩みを進めていたことも忘れてはならない。MaaSがまちづくりの一環として生まれたことは、ルーツを辿ってみても明らかなのである。
MaaSの概念は瞬く間に世界に広まり、2015年にフランスのボルドーで開催されたITS世界会議では、MaaS Allianceという組織が作られた。オフィシャルサイトによると、MaaSに含まれるのは公共交通、徒歩や自転車などのアクティブモード、ライド/カー/バイクシェアリング、タクシー、レンタカー/リースとしており、個人所有の自動車や自転車以外のすべての交通手段としている。
またMaaSの成功は、利用者や需要情報へのアクセスを改善し、新たな需要を創出するとともに、マイカーより便利で持続可能な交通手段を安価に提供することで、交通渋滞を緩和し、環境負荷を抑えることにも触れている。カーボンニュートラルを目指すうえでも有効なのである。
◆コロナ禍と高齢化…動きを見せる地方
日本では当初、自動車が国の基幹産業のひとつということもあり、MaaSはCASEとともに自動車業界が今後取り組むべき概念であるという、誤った認識が一部の間に広まってしまった。その後、国土交通省や経済産業省が、最初で紹介したような推進事業を立ち上げたことで軌道修正されたが、続いて新型コロナウイルス感染症の拡大により公共交通が大きな危機に直面したことで、ブームは沈静化した。
そんな中、動きが目立っているのが地方だ。理由として考えられるのは、コロナ禍に加えて人口減少や高齢化など、日本が直面する課題が大都市に先駆けて表面化しているからだろう。地方の公共交通は以前から、人口減少とマイカー社会の影響を受けて厳しい状況にあった。そこにコロナ禍が追い打ちをかけた。その状況はJR西日本がローカル線の課題認識という名目で情報開示を行ったり、滋賀県がわが国では初めてとなる交通税の導入を打ち出したり、国土交通省がローカル鉄道のあり方についての提言を発表したりというニュースで、多くの人が把握しているだろう。
しかしながらピンチはチャンスにもなる。コロナ禍では地方移住という動きもあるからだ。
総務省が発表した2021年の住民基本台帳人口移動報告によれば、東京23区が集計開始以降初めて転出超過となったのに対し、道府県庁所在地以外で転入超過数の多い市町村として、茨城県つくば市、神奈川県藤沢市、千葉県流山市などが入っていた。
加えて近年、運転免許返納者が増加している。警察庁の統計によると、日本の運転免許保有者数は人口が減少に転じたあとも増え続けてきたが、東京都豊島区東池袋で起きた高齢ドライバーの暴走事故が発生した2019年から一転して減りはじめている。運転免許を返納した人は、当然ながら公共交通に移動を頼ることになる。高齢者の比率が高い地方こそ、公共交通の質を上げることが重要だ。
コロナ禍で大きな影響を受けた分野としては観光もある。地方の交通事業者は観光需要で運営を支えていたところもあり、大きな打撃を受けた。とはいえ直近の状況では、国内旅行については回復の兆しが出てきており、インバウンドも少しずつ条件が緩和されつつある。加えて昨今の円安は、日本に住む人にとっては好ましい状況ではないものの、海外からの旅行者には追い風になる。
◆ピンチをチャンスに変えられるか
こうした状況下で、一部の地方が注目しているのがMaaSである。新たな公共交通を導入するのが難しく、既存の公共交通をいかに使いやすくするかを考えたとき、バスの位置が確認できたり、鉄道とセットのチケットを買えたりすれば、利便性や快適性の向上につながるし、交通事業者を支えることにもつながる。
加えてMaaSはデジタルテクノロジーでもあり、移動データを取得できることも見逃せない。地方の鉄道やバスは昔ながらの路線を引き継いでいるところが多く、現在の生活環境にそぐわないシーンも見られる。移動データが取得できれば、より使いやすい交通を提供する際のヒントになる。
困難がないわけではない。前述のように日本の公共交通は多くが民間企業の運営であり、ひとつの自治体に複数の事業者が存在していることも多い。MaaSはすべてのモビリティをシームレスにつなげるという概念で、現状の体制はあきらかに不利である。とはいえ地方は大都市に比べれば、交通事業者が少ないので統合しやすいし、第3セクターなど自治体が交通運営に関与しているパターンも多い。この点でもMaaSに向いている。
こうした利点に気づき、ピンチをチャンスに変えようと、いくつかの地域が動きはじめている。次回以降、それらを具体的に紹介していきたい。
森口将之|モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト
1962年東京都生まれ。自動車専門誌の編集部を経て1993年に独立。雑誌、インターネット、ラジオなどで活動。ヨーロッパ車、なかでもフランス車を得意とし、カテゴリーではコンパクトカーや商用車など生活に根づいた車種を好む。趣味の乗り物である旧車の解説や試乗も多く担当する。また自動車以外の交通事情やまちづくりなども精力的に取材し、リサーチやコンサルティング、セミナーなども担当する。グッドデザイン賞審査委員。
出展:「スマートシティ官民連携プラットフォーム」国土交通省(https://www.mlit.go.jp/scpf/)
「日本版MaaSの推進」国土交通省(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/japanmaas/promotion/index.html)
MaaS Alliance(https://maas-alliance.eu/)
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