「こんなデザイン見たことない」シトロエンの超個性派デザインEVの意図を読み解く
レスポンス / 2022年10月26日 11時0分
「効率」と「正直さ」を水平線と垂直線で構成したフォルム
なんと、ウインドシールドが垂直! ボンネットからベルトラインへ真っ直ぐに水平線を延ばし、そこにウインドシールドを垂直に立てている。こんなデザイン、見たことがない。
シトロエンが9月29日に発表したコンセプトカーの『oli』(頭文字はなぜか小文字)。バッテリーEVであることにちなんだ「All-e=オールイー」が車名の由来だが、YouTube動画で発音を確認すると「オリィ」と聞こえるので、本稿ではそう表記する。
オリィの超ユニークなデザインの背景にあるのは、シトロエンらしい純粋さへのこだわりだ。デザインディレクターのピエール・ルクレールがこう語る。
「複雑なデザインで個性を主張するより、純粋でありながらユニークなものをデザインするほうがずっとチャレンジングだ。『アミ』や『2CV』といったアイコニックなシトロエンを思い起こしてもらえば、オリィのシルエットは瞬時にシトロエンだとわかるはずだし、実用に徹したデザインなのでロングライフにもなるだろう」
ボンネットやルーフはフラット。段ボールをリサイクルした紙でハニカム構造を作り、それをFRPでサンドイッチした素材だ。人がそこに立てる強度を持ちながら、重量はスチール製の半分だという。ハニカム構造だから平面しか作れないわけだが、そのことが水平線と垂直線を組み合わせる発想の引き金になった。
「普通に考えれば、ダイナミックなラインを引きたくなる。他のメーカーはオリィのようなデザインをやろうとは思わないだろうが、我々はフォルム言語に正直さと効率を求めたのだ」とルクレール。
ウインドシールドを垂直に立てたのは、ガラスの面積を最小化するため。軽量化できるし、成形の手間がない平面ガラスだから生産コストも安くなる。これがルクレールの言う「効率」。そしてダイナミックに見せるがために非効率なことをやるのはもうやめよう、というのが「正直さ」だ。ボディ前後のランプ類やバンパーも、水平線と垂直線で構成されている。
「我々のゴールは、シトロエンをスポーティにすることではない」
2CVが典型だが、シトロエンにはダイナミックなデザインをあえて求めない伝統がある。『DS』や『CX』の時代は、タイヤで地面を蹴るのではなく、地表を滑空するようなイメージを表現していた。
そうした伝統を色濃く蘇らせたのが、2014年の『C4カクタス』だ。「スピード感やアグレッシブさは、もう要らない」と当時、担当のデザイナーが語っていた。メディアの評価は高く、筆者も良いデザインだと思ったけれど、予想に反して販売不振。結果的にダイナミックなデザインの現行『C4』にバトンタッチとなった。
ここまでは前任のデザインディレクターの仕事。2019年春のジュネーブショーで、着任まもないルクレールにインタビューしたとき、こんなやりとりがあった。
筆者:「前任者はC4カクタスでシトロエンのあるべき姿を示した。あなたはその続きをやるわけですよね?」
ルクレール:「私はシトロエンの100年の伝統を見ている。今後のプロジェクトは、まったく違うものになるだろう。今のシトロエンが持っている良さを保ちながら、我々の創造性を革新に向けて活かしたい」
筆者:「C4カクタスのデザインはスピード感やダイナミズムを否定し、言わば、ガソリンの匂いがしないデザインでした」
ルクレール:「その通りだが、それは良いことだと思う?」
筆者:「私は好きですよ」
ルクレール:「OK。我々は(当時の)PSAグループの一員だ。プジョーはよりスポーティで、シトロエンは快適さやフレンドリーさ、人間味といったことにブランド価値を置いている。だから我々のゴールは、シトロエンをスポーティにすることではない。そこは今後も続けていく」
このインタビューを行ったのは、まだ現行C4が登場する前のこと。彼が2018年11月に韓国の起亜からシトロエンに移籍したとき、現行C4のデザインはすでに確定していた。「今後はまったく違うものになる」という彼の言葉は、今にして思えば、現行C4から路線を変える決意を述べていたのだろう。その決意を体現するのが今回のオリィだと考えると、その意義はきわめて深い。
2.5トンのファミリーカーなどナンセンス
シトロエンは2020年、2人乗り電動シティコミューターのアミを発売した。パーソナルユースのアミに対して、そのコンセプトをファミリー向けに発展させたらどうなるか、というのがオリィの発想だ。
「シトロエンではいつでもアフォーダブルなモビリティの未来を考えている。アミはそれを”有言実行”する文字通り小さな一歩だったが、そこからエキサイティングにジャンプしようというのがオリィだ」と語るのは、シトロエンCEOのヴィンセント・コビー。
「70年代半ばのファミリーカーは全長3.7mで車重800kgだった。それが今日では4.3mで1200kgになり、なかには(電池重量のために)2500kgを超えるものもある。そんなナンセンスをやめて、期待を超えた責任ある電動モビリティをすべての人々に提供できるのはシトロエンだけだ」
BEVが航続距離を延ばすには電池の搭載量を増やさねばならず、増やした余裕で動力性能を高めることもできる。しかし、それが本当にBEVに必要なことなのか? コビーCEOがこう続ける。「ガジェットに満たされた重量2500kgの”車輪の上の宮殿”は、もう要らない。オリィはより少ないものでより多くを提供できることを証明している」
オリィは最高速度を110km/hに抑えると共に、加速性能は往年の2CV程度だという。かなり遅そうだが、この控えめな性能と軽量ボディにより、40kWhのバッテリーで航続距離は400km。デザインだけでなく性能でも、オリィは「そんなに急いでどこに行く? のんびり長く行こうぜ」と我々に語りかけているようだ。
BASFが協力したサステイナブル素材
もうひとつオリィで注目すべきは、サステイナブルな素材の活用である。これにはグローバルな化学企業、BASFが協力した。BASFによれば、そもそも同社がオリィのプロジェクトの発端を作ったのだという。ドイツにあるBASFクリエーションセンターのマネージャー、アレックス・ホリスベルガーがこう語る。
「シトロエンを訪問して素材やトレンドについての分析をプレゼンテーションし、デザイナーたちを説得したところから、今回のプロジェクトが始まった」
オリィにはBASFのさまざまな素材が使われているが、内装材に多用するのがTPU(サーモポリウレタン)だ。これは熱可塑性で柔軟性のある樹脂。従来からインパネやコンソール、ドアトリムなどでよく使われている素材だが、実は用途に応じてバリエーションが開発されている。
インパネ下段のトレイ形状部分はElastollanというTPU。ElastollanはC4カクタスの外装のエアクッションにも使われていた。今回はそれを3Dプリントすることで、トレイにキノコ型の突起を並べ、そこに置いたものが転がらないようにした。
シートのバックレストはUltrasintというTPUを使い、こちらも3Dプリンターを活用してメッシュ状に成形。通気性を高めることで、シートのベンチレーターを不要にしている。
フロアの素材はInfinergy。スポーツシューズや体操競技の床にも使われているTPUで、発泡構造を持つので強靱で軽く、騒音や振動を吸収する特性も併せ持つ。
こうしてさまざまなTPUがあるが、リサイクルするときには、どれもTPU。ひとつの素材を多用することで、リサイクルしやすくするというのは、サステイナブルな未来を考えるときに大事な発想だ。
新しいダブルシェブロンは次世代のシンボル
前述のようにテールゲートがないから荷台に置いたものは雨に濡れてしまうし、ドアウインドウは固定式で開閉できない。オリィの超ユニークなデザインには少なからず代償があるのだが、デザインを指揮したルクレールにとってそれは織り込み済みだったようだ。
「我々はアミでリスクを取って成功した。オリィでもリスクを取ったのは、そこに込めた創造性を量産につなげる必要があるからだ。いくらクールな素材やデザインを提案しても、未来の量産車に影響しなかったら意味がない」
あえてリスキーなデザインを提案してこそ量産につながる、というのは日本ではなかなか聞かない考え方だ。アミの成功が、言い換えれば往年の2CVに立ち返って無駄を省く発想が市場に受け入れられ、デザイナーに勇気を与えているのだろう。
今回のオリィでは、シトロエンのバッジもリニューアルされている。伝統のダブルシェブロンを縦長楕円で囲んだデザイン。現行シトロエンはアミを除いてダブルシェブロンとグリルのメッキラインをつなげているが、それをやめて、バッジを独立させたのも特徴だ。
「オリィで示した新たなデザインとテクノロジーの要素が今後の量産車で見られるようになるにつれて、この新しいシトロエン・バッジが我々の新たな基準になっていくだろう」とルクレール。これは次世代シトロエンのシンボルとしての新バッジであり、その方向性を示すのがオリィというわけだ。それが現実のものになるのは、おそらくそう遠いことではないだろう。
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