【プリウス デザイン解剖】「Cd値を重視したら、こんな造形ありえない」存在意義を懸けたフォルム
レスポンス / 2023年2月23日 12時0分
「カローラにハイブリッドが搭載されてもプリウスが存続するためには、デザインが頑張らなくてはいけない」とトヨタデザインの幹部から聞いたのは、3代目が世に出る前のことだった。
トヨタのスタイルリーダーであることが、これまでのプリウスのひとつの存在意義。しかし新型の企画段階で、それが危機に瀕した。昨年11月のワールドプレミアでデザインを統括するサイモン・ハンフリーズ氏が明かしたように、豊田章男社長がプリウスのコモディティ化を提案していたからだ。
「次のプリウスをタクシーにしたらどうか? (タクシーのような)ヘビーユースでプリウスの台数を増やせば、環境により貢献できるというのが章男社長のアイデアでした」とサイモン。それに対して開発陣は「愛車」としてのプリウスを考えた。「人々が合理的な利益だけでなくエモーショナルな体験でも選んでくれるクルマを作りたい、と考えたのです」
存在意義が問われたなかで、合理性を超えた高みにプリウスを導く。燃費やCd値といった数字の呪縛から自らを解き放ったからこそ、新型のエモーショナルなデザインが生まれた。
◆スポーツカーのようにグラマラスなリヤフェンダー
先代プリウスはルーフの頂点をBピラーより前に置き、そこからなだらかにルーフラインが下降する空力ベストなシルエットを構築した。しかし新型のルーフ頂点はBピラーより後ろ。2~3代目のモノフォルムこそプリウスらしさのアイコンと考え、それを極めるために、あえて空力ベストではないシルエットを採用したわけだが、ボディサイドのデザインにも同じ意図を見て取れる。
注目したい第一のポイントはグラマラスな曲面で張り出したリヤフェンダーだ。「Cd値を重視したら、こんな抑揚のある造形はありえない。ボディサイドはフラットにしなくてはいけないと言われます」と、新型のデザイン開発を率いた藤原裕司プロジェクトチーフデザイナー。「でも今回はエモーショナルなフォルムを目指したい。Cd値は先代より悪くなるけれど、それを許してもらった。でないと、こういうデザインはできませんから」
リヤドアの肩口から後輪のホイールアーチにかけて、映り込みがS字カーブを描く。後輪駆動のスポーツカーで見るような映り込みだ。それをエコカーのプリウスがやった。
「初期のスケッチでこういう映り込みを描いて、絶対にこの通りに作ろうと決めた。それほどトレッドを広げることもできないなかで、できる工夫を凝らして、なんとか実現した」と藤原チーフ。先代に対して全幅は+20mm、リヤトレッドは+30mmだが、そうした数字以上にグラマラスに見える。
◆湾曲したサイドシルの効果
リヤフェンダーの膨らみを強調するのが、その前にあるサイドシルだ。前輪の後ろから真っ直ぐに延びたサイドシルは、フロントドアの中ほどで下端線を跳ね上げつつ、平面視で凹に湾曲したラインを描く。
こんなサイドシルを量産車で見るのは初めて。しかしその意図はわかりやすい。
前輪から後方に流れる面を平面視で絞りつつ、後輪に向けてリヤフェンダー面を膨らませる。それを強調するために、サイドシル下端線を跳ね上げたその下を凹に湾曲させたのだ。
サイドシルを湾曲させたらボディの強度や側突安全性はどうなのかと思ったが、外観に見えるサイドシルは実は樹脂製のガーニッシュ。構造材としてのロッカーパネルは真っ直ぐに通っている。エアロパーツとしてのサイドシル・ガーニッシュはよくあるけれど、それを活かしてデザインテーマを強調したのは新しい。湾曲面がリヤフェンダーの膨らみにつながるその効果は絶大だ。
◆いちばんシンプルなハンマーヘッド
フロントのデザインテーマは「ハンマーヘッド」。『bZ4X』の開発中に考案され、『クラウン』に続いて今回のプリウスにも採用された。ボンネットの前端に左右に広がるワイドで薄い立体を設け、そこに機能部品を集約したのが特徴だ。ハンマーヘッドシャーク=撞木鮫(しゅもくざめ)の頭部は翼のように左右に広がった形状。それにちなんで「ハンマーヘッド」と呼ぶ。
bZ4Xではワイドで薄い立体にヘッドランプと黒いガーニッシュをビルトイン。黒いガーニッシュの中央にはADAS用のミリ波レーダーが内蔵されている。BEVだから基本的にグリルレスだが、照射距離の長いミリ波レーダーをカバーする部品は、電波透過性の高い樹脂を使わなくてはいけない。そこで黒いガーニッシュが必要となり、それとヘッドランプを一括りにするハンマーヘッドのアイデアが生まれたわけだ。
ただ、bZ4Xではフロントコーナーのクラッディングに「エアカーテン」という空力機能を組み込んでいる。スリットから取り込んだ空気をホイールハウスからカーテンのように排出し、前輪まわりの気流を整える機能だ。このクラッディングのラインをヘッドランプにつなげたため、ハンマーヘッドのテーマは必ずしも明快に見えないところがある。
クラウンはハンマーヘッドと大きなグリルを一体化したので、これもハンマーヘッドが際立って見えるわけではない。しかしプリウスは違う。ミリ波レーダーやヘッドランプを含む「ハンマーヘッド」を、明快に一括りにしたデザイン。コの字型のデイライトが一括り感をさらに強調する。
「いちばんシンプルなハンマーヘッドを目指した。ボディ全体もシンプルだけど見応えがあるように、という考え方でやっていましたから」と藤原チーフ。この言葉の背景には、bZ4X以降、多くのプロジェクトでハンマーヘッドの表現がさまざまに提案されたという事情がある。実際、2021年12月にトヨタが17台ものBEVを一挙公開したとき、そこには多くのハンマーヘッドがあった。それらも横目に見ながら、「いちばんシンプル」に表現したのがプリウスのハンマーヘッドというわけだ。
◆フロントバンパーの凹面が精悍な表情を引き立てる
ハンマーヘッドの縦面、つまりミリ波レーターやエアインテーク、ヘッドランプが組み込まれた黒い部分は、上下からボディ色のシャープエッジで挟まれて精悍な表情。薄型ヘッドランプが少し奥目なのも精悍さの要素だが、もっと流目したいのがその下のバンパー面である。
フロントバンパーをこんな凹断面にしたのは珍しい。なにしろその裏側には構造材のバンパーレインフォースと衝撃吸収材の発泡樹脂がある。凹断面にすると衝撃吸収材の体積が減ってしまうわけだが…。
「そのためにオーバーハングを延ばさなくてはいけなくなるのですが、それは避けたい。実はライセンスプレートの裏のバンパー面に四角い出っ張りを設けています。そのぶん衝撃吸収材を増やすことで、オーバーハングを延ばさずに凹断面を実現できた」と藤原チーフ。
「バンパーを凹断面にしないと、ノーズがギュッと突き出した勢いを表現できない。ここはエンジニアと一緒に苦心したところです」。その努力が新型の精悍な表情を生み出した。
日本ではフロントのライセンスプレートが必須だから、取材時の試乗車・撮影車はバンパーに黒いガーニッシュを挟んでプレートを取り付けていた。筆者の近所のディーラーの展示車も同様だ。しかしアメリカはその限りではなく、米国トヨタの広報写真でプレートもガーニッシュもない状態のバンパー形状を見ることができる。ご参考まで。
◆ハイブリッドとPHEVを同じデザインにしたワケ
先代プリウスはハイブリッドとPHEV(編集部注:先代までの車名は“プリウスPHV”)でデザインが違った。PHEVのエクステリアで特徴的だったのは、ダブルバブル型のリヤウインドウ。中央の凹断面で風の流速を高めて空気抵抗を減らす。機能に根ざした個性を表現した。インテリアでは縦長のセンターディスプレイを採用し、まったく新しいインターフェイスがPHEVの付加価値を高めた。
しかし新型はハイブリッドとPHEVの差異化をやめた。PHEVの情報はまだ限られているが、デザインの違いはホイールぐらいしかない。この方針転換はどのように決まったのだろう? 藤原チーフがこう答える。
「先代はPHEVを普及させたいというタイミングだったので、デザインにも付加価値を表現する必要があった。しかし今回のPHEVはバリエーションのひとつという位置付けで考えました。ハイブリッドとPHEVで価格差があるけれど、フロントとリヤのデザインを差異化するために投資したら、PHEVの価格がさらに上がってしまう」
結果としてデザインの差異化は最小限だが、試乗するとPHEVの動的質感の高さは明らかなので、それがきっと価格差を埋めてくれるだろう。ただし先代PHEVの縦長センターディスプレイが1世代だけで消えてしまったのは、インターフェイスが斬新かつ使いやすかっただけに、残念なところではあるが…。
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