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【マセラティ グランカブリオ 海外試乗】終の一台として選ぶことができたら、どんなに人生上々か…南陽一浩

レスポンス / 2024年7月7日 12時0分

乗る前から目立つ車だと多少は分かっていたが、まさかこれほどまでとは。


北イタリアで行われた、新型のマセラティ『グランカブリオ』の試乗会でのことだった。ピエモンテ州とロンバルディア州、そしてスイスとの国境をまたぐマッジョーレ湖からスタートして、サンタ・マリア・マッジョーレという国定の自然保護地区に近い、小さな街に立ち寄った。渓谷を3つほど隔てた西にはモンテローザとマッターホルンが聳える土地柄で、ここが途中の休憩地点に設定されていたのだ。


誘導され、カフェの前にグランカブリオを停めておくと、子供やらトレッキング客やらがみるみる吸い寄せられて来た。「ベリッシマ!」とか「ファンタスティコ!」とか「オッティモ!」とか、訳してもらう必要すら無い声があちこちから飛んでくる。無論フェラーリやランボルギーニでも同じ現象は起きるだろうが、熱狂というよりは静かな興奮、感嘆のため息が漏れ聞こえてくるところが、さすがイタリア人、さすがマセラティと、こちらは唸らされた。


スポーツカーを目の前にすると、たいていの野次馬はドライバーになった自分に自己投影してフロントシートやインパネといった運転席周りにしか興味を示さないものだが、ここでは結構な割合の人々がリアシートをじっくり眺めていく。まぁ子供なら今のところ、そこがいちばんリアルな席なのかもしれないが、いずれ美しいオープンボディに4シーターを備えることのメリットは、実用性に敏い人々の視線を奪ってやまない。加えて、伸びやかでグラマラスなボディラインを愛でるのは、理屈抜きでイタリア人の大好きなアクティヴィティだ。


◆アンテナが“見えない化”された、クーペよりも低いスタイル


「コファンゴ」と呼ばれるフロントフェンダー一体のボンネットによって実現された、割り線の極端に少ないサーフェスによる滑らかなフロントマスクは、ほとんどクラシックカーのような構成要素で「シンプルな美」を見る者に印象づける。出発前、マセラティのデザインチーフであるクラウス・ブッセ氏は、こう証言していた。


「確かに、マセラティのデザインスタジオも当然CGは使っています。でも必ずクレイモデル、つまり手で削り込んだ立体物にするプロセスを挟むのです。しかもマセラティでは、1960~70年代に元有名カロッツェリアで名だたる著名カーデザイナーらと仕事してきた、腕利きのモデラーが彫刻化するプロセスを担当しています。この巨大なアルミパネルのボンネットは、昔ながらの手で叩くやり方ではありませんが、現代の精密プレスでも相当に攻めた造形で、オリジナルの意匠は職人が手で仕上げたものなんです」


グランカブリオのボディ構造体の65%はアルミニウムで、アウターパネルのほぼすべてがそこに含まれる。残り35%はさらに軽量なマグネシウムや超ハイテン鋼が最適化して用いられるが、トランクリッドのみ埋込アンテナを機能させる都合で非金属、グラスファイバー・コンポジットとなる。アンテナが“見えない化”されていることがスタイル面では吉と出ていて、ソフトトップを閉じた時のグランカブリオはクーペの『グラントゥーリズモ』より45mmも低い全高1365mmを実現している。しかもクォーターウインドウの下端そしてルーフ後端からの線が、それぞれの消失点でドアやリアバンパーに馴染んでいく処理ごと美しい。


これら左右ドアより後ろのリアセクションは、ソフトトップ開閉機構のため、そしてAピラーは補強のため、グラントゥーリズモとはまったくの別設計だ。無論、ボディ剛性を確保するため、フロア下にはアルミニウムで補強が施されている。


◆屋根を開け放てることはもはや「権利」と言っていい


インテリアでクーペと大きく異なる点は、まずフロントシートにネックウォーマーが備わること。ネックウォーマーのON/OFFや操作はダッシュボードセンターの最下段、8.8インチのコンフォートディスプレイ上にシートヒーターやエアコン、ソフトトップ開閉のタブと一緒にまとめられている。ソフトトップは50km/h以下なら走行中でも操作可能で、下ろすにも上げるにも約15秒。快適性に関わる温度調整デバイスすべてが、直観的に操れるようになっているインターフェイスだ。


確かに真冬でもなければ、週末に家族とランチする際など自宅でも気軽にオープンエアで過ごすことが多い欧州の地中海サイドでは、屋根を開け放てることはリュクス(贅沢や豪華、などの意)や付加価値どころか、生活様式に最初から組み込まれたエッセンシャルなもの。ほとんど権利といっていい感覚で、欧州の北半分側と違って太陽の光は希求するものではなく、思い立った時に活用するものなのだ。もちろんグランカブリオは必需品ではなくプレミアムスポーツGTで、仕立てはきわめて貴族的だが、気軽に外界と繋がれる点でクーペ以上にイタリアンな生活観を反映している。


リアシートでクーペと異なる点はふたつ。まずソナス・ファベールの16個のスピーカーを用いたオーディオシステムは、サブウーファーがラゲッジコンパートメント埋込ではなくリア2座の間に備えつけられ、「フレッシュエア」テクノロジーで最適化されていること。実際にオープンエアで走行中にも聴いてみたが、音の輪郭がぼやけずボーカルが力強く定位してくれる。


もうひとつは、リアシート左右の穴に手動で据え付けるウインドストッパー、つまり巻き込み風を防止するデフレクターが備わること。これは未使用時には折り畳んでトランク内に収められるネット状のフィルターで、高速道路に差しかかる前に着けてみたが、制限速度いっぱいで巡航している間も不快な風の巻き込みは抑えられ、あまつさえ助手席と会話が続けられるほどだった。ウインドウストッパーを装着したままでもソフトトップは閉じることができ、にわか雨に出くわしても戸惑うことはない。


屋根を閉じた状態でも分厚く遮音や遮熱に優れた幌とあって、クーペの記憶と照らし合わせてもガマンのない居住性は確保されている。その分、トランク容量はソフトトップを閉じた状態で172リットル、開いた状態では131リットルに限られるが、畳まれた幌はトランク内の上方に収まるので、ゴルフバッグや機内持ち込みサイズのトランクなら置いておける。スペース効率の練られた荷室といえる。


◆グランカブリオの美点は、走りそのものにある


何よりグランカブリオの美点は、走りそのものにある。幌屋根を開け放てば3リットル・V6ツインターボの「ネットゥーノ」というハイテクなパワーユニットと、ライブ感に満ちた直接対話が楽しめる。ドライブモード切替は「コンフォート・GT・スポーツ・コルサ」の4つで、ここまではグラントゥーリズモのトロフェオと同様。しかし、とくにエンジンを謳わせる後2者のモードでは、グランカブリオではエキゾーストノートが耳にダイレクトに響いてくる分、ドライビングへの没入効果はクーペ以上といえる。


「GT」は快適さとスポーティさのグッドバランスといった風で、エキゾーストノートをことさらに強調しない基本設定だ。とはいえ高速道路を制限速度で巡航するなら、足まわりが柔らかくストロークしてサルーンのような乗り心地の「コンフォート」の方が、快適に過ごせる。70~90km/hのバイパスで中速コーナーが連続するような場面では、トロットからギャロップまで幅広くこなせるGTモードの方が断然、心地いい。


車体の姿勢変化、操舵角が大きいと感じたら、「スポーツ」の出番だ。ワインディングでは明らかにステアリング操舵量もロールも小さくなって、よりエフォートレスに走れるが、足まわりはガチガチになり過ぎず、しなやかなストロークが持続する。シフトスケジュールも、より低いギアで引っ張るようになって、アクセルを踏み込めばネットゥーノが、荒々しくも艶めかしい矛盾に満ちた表情を覗かせるようになる。野性味を増すというより雷鳴のように壮重なトーンで、プレチャンバー燃焼を伴うのか4000rpm辺りから一段と滑らかさを増し、高回転まで息の長いトルクの伸びが続く。


今回はESPオフでもある「コルサ」はほとんど使わなかったが、車高がさらに落ちてエンジンやトランスミッションの反応も猛々しさを増す。エアサスを用いた可変シャシー機能は、ただダンパー減衰力の硬軟を変えるだけ車もあるが、マセラティのそれは車高やパワートレインのプログラム、それぞれの介入やオーバーラップを統合的にコントロールしていて、モードごとの変化が明確で、道や走らせ方に応じて選び甲斐あると思わせる。クーペもそうだが、駆動配分は「基本はFR、ときどき4WD」といった具合で、ドライ路面の公道ではかなりのフル加速か低速コーナーを攻め倒さない限り、フロント側に配分されるシーンは一瞬でしかない。


◆終の一台として選ぶことができたら、どんなに人生上々か


1957mmという全幅は確かに、北イタリアの山間部の狭いワインディングでは気を使う場面もある。それでも走り出すとアジリティの方が優って、車体の大きさすら忘れさせるほどハンドリングの楽しい一台でもある。しかもフロントマスクの印象と並んでグランカブリオのクラシックなところだが、物理的にはクーペより+100kgのはずなのにルーフという上モノがない分、ワインディングでより軽快に感じられる。しかも日本での価格はすでに3120万円~と発表されていて、グラントゥーリズモの2998万円~から122万円高でしかない。


実際、インテリアのレザーシートに代表される精緻な仕上げといい、グランカブリオはイタリアの貴族的な生活観を今日の時代にそのまま反映した一台だ。だから時代のあだ花めいたスーパーカーやハイパースポーツカーにはない、王道の安定感がある。終の一台として選ぶことができたら、どんなに人生上々か。そんなため息を誘うエレガントな一台だ。


■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
オススメ度:★★★★★


南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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