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間違った命令に従った場合は・・・戦犯裁判で抗弁にならなかった日本の認識~28歳の青年はなぜ戦争犯罪人となったのか【連載:あるBC級戦犯の遺書】#45

RKB毎日放送 / 2024年6月7日 22時6分

米軍機搭乗員3人を処刑したとして、BC級戦犯に問われた石垣島事件。米軍の調査官は、命令なく「共同謀議」で殺害したことになるように調書を取ったが、裁判が始まると被告となった元日本兵たちは、自分たちの意思ではなく「命令に従った」と供述を変えた。しかし、結果的には41人に死刑が宣告されるという、横浜裁判の中で最も過酷な判決となった。「命令に従った」はどのように判断されたのか。それが分かる資料がみつかったー。

◆判決直前の問い合わせ

前回、国立公文書館に所蔵されている、「横浜石垣島弁護団松井調査官よりの照会文回答案」という文書から、命令についての海軍の見解を紹介した。

「命令とは、指揮権を有する上官が、部下に行為又は不行為を命ずるもので、その条件としては、命令者及受命者の職務権限内の事項に関し、且つ適法なるものでなければならない」そして「命令に対する服従は絶対的」であると記載されている。

石垣島事件のファイルの中に、この文書が作られた経緯がわかる英文の文書があった。日付は1948年2月26日。この日、横浜裁判の法廷では最後の証人尋問が行われ、次回、3月8日に論告が行われることが決まった。

このタイミングで松井調査官から厚生省復員局へ、できるだけ早い情報提供が求められたのだ。石垣島事件の被告らを弁護するための情報となっている。

◆命令が間違っていた場合は・・・

問い合わせの内容は、

<戦時中、日本海軍士官の発した命令>
(a)命令とは如何なる意味か
(b)如何なる程度にこれに従わねばならなかったか
(c)命令が間違っていた場合、例えば敵俘虜を銃剣で殺せ等の命令の場合はどうか
(d)部下は自己の意見を述べられるか
(e)命令が発せられた後、部下は発言権があるか
(f)命令を発した士官は部下の反対もしくは意見を受け容れねばならないか
(g)部下はその命令が間違いか否かに頓着なくこれに従わねばならないか
(h)戦時中戦地にあって、間違った命令か否かに拘らず上官の命令に従わなかった場合の罰は何か

◆海軍「正当なものと信じた場合は処罰されない」

特に注目されるのは、(c)の「命令が間違っていた場合」だろう。これに対する海軍からの回答案は、次のようになっている。

<海軍からの回答案>
○「wrong」を「不法な命令を受けた場合」の意味なりとすれば、不法な命令は命令の形式を以て発せられた場合であっても命令ではないから、部下はこれに服従する要はない。却って、不法な命令であることを知って、これに従った部下は、命令者と同様処罰を免れない不法な命令を不法と知らず、正当なものと信じてこれに従った場合は処罰されない

◆海軍「上官たるもの決して不法な命令発しない」

海軍では命令が不法なものであった場合、それを「正当なものと信じて従った場合は処罰されない」としていた。そもそも上官が不法な命令を発しないことが前提になっており、命令への絶対服従が徹底されているという。

<海軍からの回答案>
但し日本海軍においては、指揮命令関係の厳格を期する必要上、命令には絶対に服従すべきことを徹底的に教育しているこれは、上官たるものは決して不法な命令を発することのないということを前提としている為、これ指揮官級に対しては、命令に関し十分教育、いやしくも「不法な命令」を出す如きことなきを期して居るわけで、海軍軍人はこれを確く信じ、殊に特務士官以下の者は上官の命令が不法なりや否やを判断するが如きことは通常許されず、絶対に服従すべきものと信じていた。特に第一線に於いて、俘虜を銃剣で殺せと云うが如き命令のあった場合の如きは、特務士官以下の作戦全般の判断力乏しき者に於いては、これに絶対服従すべきものと確信していたことと思う
○「wrong」の意味を適法であるが「不適当な」意味なりとすれば、部下は上官の命令が発せられた以上、それが適当なりや否やを判断することは許されず、絶対に服従すべきものである

◆部下は自分の意見を述べられるか

(d)部下は自分の意見を述べられるか、については

海軍の慣行及び一般常識上、部下でも幹部級の者は状況により意見を開陳することは出来る、かかる場合は命令の本質上極めて稀なことで、而もこれが採否は一に発令者の判断に待つ

(e)命令が発せられた後、部下は発言権があるか、については

前項の通り、意見開陳はできるが、その後に発せられた命令に対しては発言権はない

(f)命令を発した士官は部下の反対もしくは意見を受け容れねばならないか、については、

状況を判断し、命令者自身の責任に於いて命令を変更することは出来る

(g)部下はその命令が間違いか否かに頓着なくこれに従わねばならないか、については、

不法な命令には従う必要はなく、その他の命令には絶対服従である(但し、日本海軍ではその教育根本方針として下級の部下は如何なる発令にも判断することなく絶対服従する如く永年教育されて来た)

◆従わなければ抗命罪で処罰

要約すると、海軍では部下が意見を述べることはできるようだが、それは極めて稀なことであり、やはり命令は絶対である。そして、

(h)戦時中戦地にあって、間違った命令か否かに拘わらず上官の命令に従わなかった場合の罰は何か、については

命令が不法な場合はこれに従わなくても処罰されない その他の場合は海軍刑法抗命罪として処罰される

となっている。

◆国際法について無知だった兵士たち

ジュネーブ条約に批准せず準用していた日本は、戦犯裁判では批准していたのと同等に裁かれた。

石垣島事件で弁護人を務めた金井重夫弁護士が「石垣島事件の判決関する意見」で指摘しているように、被告たちは「国際法に関する知識は持っていなかった。敵軍の構成員を殺害することについて、戦闘中は合法的であるが、生け捕りした後は不法であると区別して考えるに、彼らは余りに無知であった。士官でさえ、即成教育を受けた若年者は俘虜の処理について、何らの教育も受けていなかった事は、彼らの証言する通りである」という状況だった。

被告たちにしてみれば、海軍の「不法な命令を不法と知らず、正当なものと信じてこれに従った場合は処罰されない」という規定そのものにあたるケースであり、弁護団はこれを提出して、判決に反映させたいと思ったはずだ。

◆審判規則では「抗弁を構成するものではない」

では、米軍は「命令に従った」ということを、どのように扱ったのか。

41人に絞首刑が宣告され、二度の減刑の結果、減刑されなかった藤中松雄ら7人は死刑が確定し、1950年4月7日に執行されたが、減刑後も釈放されずにスガモプリズンに囚われたままになっている14人の赦免を勧告する文書があった。

国立公文書館の所蔵資料で、日付は入っていないが、この前に綴じてあった文書が1955年のものだったので、その頃のものだと思われる。

戦犯裁判の経過を記した文中、このように書いてあった。

<「石垣島事件関係者赦免勧告総括的理由」より>
今回赦免勧告を行う十四名について、格別に慎重審理するに、

(A)判決は事実誤認によって量刑過重なものが多い

(B)下記理由によって情状は一層酌量されて然るべきに拘わらず、それが行われないで量刑加重となっている

(a)判示行為は、いずれも上官の命令による行為である。戦争犯罪被告審判規則によれば、上官の命令による行為は「以て抗弁を構成せしむるものに非ざるも、委員会は正義の要求する処に鑑み、刑罰の軽減を考慮する事あるべし」と規定されているけれども、日本国の軍律においては上官の命令は絶対であって、これを拒めば海軍刑法所定の抗命罪に問われ、敵前の場合は死刑、無期もしくは十年以上の禁固という重罰を受けねばならないものであって、この点において、日本の軍律からすれば上官の命令による行為は違法性を阻却され、その行為の結果に対する責任はすべて命令者が負うべきものとなっていたのである。

日本の軍隊では「命令の実行者は罪に問わない」としていても、米軍にとっては「命令に従った」ということは量刑が軽減される要素ではあっても、「抗弁にならない」ことだったー。
(エピソード46に続く)

*本エピソードは第45話です。
ほかのエピソードは次のリンクからご覧頂けます。

◆連載:【あるBC級戦犯の遺書】28歳の青年・藤中松雄はなぜ戦争犯罪人となったのか

1950年4月7日に執行されたスガモプリズン最後の死刑。福岡県出身の藤中松雄はBC級戦犯として28歳で命を奪われた。なぜ松雄は戦犯となったのか。松雄が関わった米兵の捕虜殺害事件、「石垣島事件」や横浜裁判の経過、スガモプリズンの日々を、日本とアメリカに残る公文書や松雄自身が記した遺書、手紙などの資料から読み解いていく。

筆者:大村由紀子
RKB毎日放送 ディレクター 1989年入社
司法、戦争等をテーマにしたドキュメンタリーを制作。2021年「永遠の平和を あるBC級戦犯の遺書」(テレビ・ラジオ)で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞審査委員特別賞、放送文化基金賞優秀賞、独・ワールドメディアフェスティバル銀賞などを受賞。

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