幼い頃泣けなかった私 「母は’お兄ちゃんのお母さん’で、私のお母さんではない」 障がい者のきょうだいに生まれて
RKB毎日放送 / 2024年6月12日 17時19分
今から61年前、きょうだいに障がい者がいる人が互いを支えあう「全国きょうだいの会」が東京に設立された。現在は全国に10の支部があり250人の会員がいる。
5月、その全国大会が福岡で開かれ、そこでのディスカッションは、「兄・姉が障がい者」である「弟・妹グループ」と、年下のきょうだいが障がい者である「兄・姉グループ」に分かれて行われた。
全国きょうだいの会会長の林浩三さんはこう話す。
「全国きょうだいの会」会長林浩三さん「きょうだい問題の難しさは、きょうだいたちの数だけ違った悩みがあること。兄・姉といった年上の立場と、弟・妹といった年下の立場でも大きな違いがあり、私たちでもまだ知らない問題が多いです」
仲良しの兄…しかしある日母から告げられた言葉は・・・
大阪府から参加した涌本祐子さん(52)は、知的障がいと進行性の難病・デュシェンヌ型筋ジストロフィーを抱える2歳年上の兄・哲(あきら)さんと育った。
涌本祐子さん「生まれた時から障がい者の兄がいたので、その存在が当たり前でした」
ニコニコ笑う可愛らしい男の子で、兄妹仲は良かった。また母は福祉の手を借りて兄を介護、涌本さんも「兄が出来ないことを私がやるのは当たり前」というフラットな気持ちで兄と向き合っていたという。
涌本さんに対して母はとても厳しく、友達とケンカをして泣いて帰って来ると、家には入れてくれなかった。「泣くような弱い子は私の子じゃない」というのが母の持論で、「何をやっても負けてはいけない」と言われ続けた。
涌本祐子さん「その思いが重圧になって、極度に負けず嫌いになってしまったり、本当は強くないのに随分強がってウソの自分を演じていました」
「お母さんに絶対嫌われたくない」
施設で療育を受けさせるため、母は毎日兄に付き添った。そのため涌本さんは4歳から保育園に通うのだが、先生にいつも叱られるようになってしまう。
涌本祐子さん「兄に手がかかりすぎて私には躾けが出来ていなかったんです。手洗い、入浴、身だしなみなど全て自分一人で行っていたのですが、やり方を教えてもらったわけではなかったので、きちんと出来ていませんでした。そうすると保育士から『普通の子は出来ているのに、なぜ出来ないの』とものすごく叱られて、時には体罰も受けました。怖くて声も出ず、でも同時に『このことをお母さんに知られてはいけない』と抱え込んだんです」
保育士に叱られている自分を母に知られたくないという気持ちと同時に、自分が通園を渋ったら兄が療育園に通えなくなる、そしたら母が困る、と考えた。母に嫌われたくない、その一心だった。
6歳の頃、田んぼに落ちてしまった時にも
6歳の頃、兄を乗せた母の自転車の後ろを追いかけていた涌本さんは、うっかり斜面から自転車ごと田んぼに落ちてしまった。しかし母はそのことに気づかず遠ざかって行った。幸い近くの大人たちが気付いて涌本さんを助けてくれたが、「母親はどうしたんや。こんな小さな子が落っこちたのに」と激怒。助けてもらいながら「このおじさんたちにお母さんが責められるようなことになったら申し訳ない」と思い急いで家に戻った。
涌本祐子さん「痛いとか怖いとか先生から叱られたとかだったら普通バーッと泣いたりするじゃないですか?でもそういう感情が出なかったんですよ。絶対泣いてたまるかという思いもあったし、強がっていたところもあります。」
自分を鼓舞した結果、職場でパニックに
泣けなかった幼い頃の’私’は、大人になってから思わぬ場面で顔を出してきた。誰でも仕事でミスもすれば失敗もする。しかしそんな時、涌本さんは必要以上に落ち込み自分を責めるようになる。
涌本祐子さん「40代になってからも、仕事でケアレスミスして上司から注意された時、昔の心境を思い出して『失敗してはいけないのに』と自分を強く責め、職場で号泣して涙が止まらなかった、なんてこともあるんです。」
「’負け’をあなたで取り戻したかった」
涌本さんは6年前、大阪のきょうだい会に入会。障がい者のきょうだいたちと悩みを共有することで、心が時ほぐれていく思いがしたという。きょうだい会に入った涌本さんに、母は「障がい者を産んだ’負け’をあなたで取り戻したかった」と告げたという。
涌本祐子さん「それで母は、ことさら私に厳しくしていたんだ…と妙に腑に落ちたんです。」
知られたくなかったことを学校の先生に暴露されて
涌本さんは、今問題となっているヤングケアラーでもあった。家庭では、身体的にも障がいがある兄の入浴を手伝いながら、一緒に風呂に入るよう言われていたが、小学校5年のある日、担任の先生がクラスメイトの前でそのことを褒めたという。「涌本さんは頑張ってますね」と。
思春期の入り口にいた涌本さんは、兄と一緒に入浴していることを知られて恥ずかしくなり、母に「もう今日からお兄ちゃんとは風呂に入らない」と宣言した。
担任の先生は、涌本さんを励ますつもりで言ったのかもしれない。しかし、ヤングケアラー問題に詳しい、元西南学院教授・安部計彦さんは障がい者の兄弟姉妹を激励する場合は、配慮が必要だと話す。
元西南学院教授・安部計彦さん「偉いねと言われると、もっと頑張らなきゃいけないと思ってしまうケースもあります。その結果、そこから逃げられなくなったり、きょうだいの世話は嫌だ、と言えなくなってしまったり。ヤングケアラーを支えたいと思うならば『今のあなたでいいんだよ』ということを言い続けて関係性を作っていく。そこから本当の支援が始まると思います。」
学校での嫌な思い出はほかにもある。「障がい者の妹なのだから、面倒を見ることになれているだろう」と、障がいを持つ学友の世話を担当させられたことだ。
涌本祐子さん「そのこと自体がイヤなわけではないんです。友達だからその人ができないことを私がする、というのはいいんです。でも障がい者の妹だから…という理由で任されるのは嫌だったんですね。ほかの人と違う、とは考えて欲しくないし、私には特別なことをしているという意識はないので」
母の謝罪「健常者はほっといても育つと思っていた」
お母さんは’お兄ちゃんのお母さん’であって、私のお母さんではないと思って生きてきた。
その兄は3年前、がんで亡くなった。兄の死後、涌本さんは母に「子どもの頃から辛い思いをしてきた」と打ち明けた。
母は、「障がい者は手をかけないといけないけど、健常者はほっといても育つと思っていた。健常者にも目をかける必要があったのね」と謝ってくれた。
母も必死だったのだ。
「でも、年老いた母に『ごめんね』と謝らせた自分が情けないんですよ」涌本さんはつぶやいた。
「自分は変われる」私も誰かに伝えたい
涌本さんは今、自分の気持ちをこう振り返る。
涌本祐子さん「自分より年上に障がい者のきょうだいがいると、末っ子であるにもかかわらず一度も母を独り占めにした事がなくて、周りを頼るのが苦手になっていました。いつもひとりで漠然とした不安を抱えていました。周りからは強くてしっかりした良い子だと思われていましたが、一般的な子ども時代や青春を経験せずに大人になっているので、そのことが人生を送る上で不安材料になって、精神的に追い詰められるようになっていたのではないかと思います」
自分を冷静に見つめることができるようになったのは、きょうだい会の存在があったからだ。同じ思いを抱える仲間が沢山いることを知り安心した。同時に、自分の経験を自らの言葉で語り人に共感してもらえたことで、ガチガチに緊張していた肩がほぐれ、「自分は変われるかもしれない」という確かな手応えを感じたという。
涌本祐子さん「それからの人生が劇的に変わったわけではありませんが、安心して本音が話せる場所がある事で、周りの景色が変わって見えるようになりました。ひとりで悩んでいるきょうだいの方、家族の方に知ってもらいたい、それを伝えられる自分になりたいと思うようになりました。」
きょうだいたちの悩みは十人十色。61年続く「きょうだいの会」が心に抱えた荷物を下ろす場所になっている。
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