「国境通信」野良犬を拾って育てる避難民 川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録#2
RKB毎日放送 / 2024年6月25日 17時36分
2024年3月にこれまで勤めていた放送局を退職した私は、タイ北西部のミャンマー国境地帯に拠点を置き、軍政を倒して民主的なミャンマーの実現をめざす民衆とともに、活動をスタートさせた。そのひとつが農業を通した自立支援だ。
農園のリーダーであるアイン(仮名)の話をしたい。彼も、軍から追われ家族と国境を越えタイ側に逃れてきた避難民のひとりだ。
◆仏教と生活が密接しているミャンマーの人々
「車で街に出て大通りを走っていたら、こいつが車道でウロウロしてたんだ。だから車を停めて、ドアを開けてこう、よいしょと拾い上げて、そのまま連れて帰ってきたんだよ」
アインは身振り手振りで説明すると、にっこり笑って子犬の頭を両手でゴシゴシ撫で回した。自分たちの食糧をどうやって確保するかに頭を悩ませている時に、野良犬を拾って来てしまう感覚に半分は呆れつつも、つられて一緒に微笑んでしまう。仏教と生活が密接しているミャンマーの人々にとっては自然なことなのかもしれない。そういえば、やはり仏教への信仰が深いタイでも、コロナ禍で生活困窮者が溢れている状況の時、街の野良犬はでっぷり太ったままだったなと考えたりする。しかし、この農園で面倒を見ている野良犬は(飼われているからすでに野良犬ではないのだが)、この子犬で4匹目なのだ。来るたびに増えている気がする。
◆大きな体に無精髭が似合う親分肌 アインの人柄
アインはこの農園のリーダーだ。元々はミャンマーのシャン州でやはり農園を経営していて、サトウキビや飼料用のとうもろこしを栽培・販売して生計を立てていた。クーデター後に、思いをともにする仲間と団体を作り、軍への反発を労働などの社会活動をボイコットすることで示す「市民不服従運動=CivilDisobedienceMovement(以下CDM)」の参加者たちに資金援助を続けてきた。これが軍の目に触れて追われる身となり、2022年3月に家族と共に国境を越えタイ側のこの街に逃れてきた。大きな体に無精髭が似合う親分肌だが、豪快な雰囲気でありながら、つぶらな瞳と優しい笑顔の持ち主でもある。
私が彼と初めて出会ったのは、2024年2月。すでにこの地に拠点を移して本格的に活動を始めることを決めていた私は、好感を持った彼に「4月になったら一緒にやろう」とメッセージを送り続けていたのだ。
◆初のベビーコーン栽培 収入はわずかな結果に
タイに逃れてきたアインのような避難民が、日系企業が求める品質の農作物を生産し、その企業に適正な価格で買い取ってもらう。この地域の地元市場で取引されている農作物よりも商品価値の高いものでその仕組みが実現できれば、彼らの収入も上がるし、また農作物を必要としている企業にとってもメリットがある、まさにウィン・ウィンの事業となるはずだ。その考えには自信を持っていたが、この取り組みが始まって半年以上が経過しても、進捗は思わしくなかった。なぜなら彼らがその農作物を作りたがらなかったからだ。
最初に企業側が提案した農作物はベビーコーンだった。種まきから収穫までの期間が短く、栽培の手間があまりかからないことなど、企業としてはテストケースとして最適だと判断してのことだったと思うが、彼らにしてみれば馴染みのない野菜の市場価値がイメージできず、どれくらい収穫できるのか、それがどれくらいの収入につながるのか、不安に思ったのだろう。そして、我々と彼らの間には、その不安を解消させるだけの信頼関係が築けていなかった。
アインはベビーコーンの栽培に手を上げてくれた数少ない避難民の一人だった。しかしそれも、農園の大部分ではすでに胡瓜を栽培していたので、残った小さな区画で試してみよう、といった程度だった。ベビーコーンは規格にあったサイズで収穫できないと品質ランクが落ちてしまい、買取価格が下がる。小さすぎても大きくなりすぎてもAランクの評価は得られず、実際ここで収穫されたベビーコーンはほとんどがCランク評価で、アインが得た収入はわずかだった。
◆「また挑戦したい」と言ったアインのポジティブマインド
ベビーコーンは難しかった。でもまた挑戦したい」アインは意外にもそう言った。私はてっきり「もうやりたくない」と言われるだろうと思っていた。驚いた顔をしていたであろう私の目をしっかり見つめながら、しかし穏やかな声でアインは「新しいことをやるのが好きなんだ。それに失敗したままで終わりたくない」と続けた。この前向きな姿勢は一体どこからやってくるのだろう。軍のクーデターで一瞬にして暮らしが破壊され、それに反発すると武力で弾圧された。逃亡生活を送っている間にアインの自宅は国軍に襲撃され、車も家具もすべて奪われたそうだ。ミャンマー国内にある彼の銀行口座も凍結されている。まさに着の身着のままでタイに逃れてきたのだ。しかし彼は落ち込む様子を全く見せないどころか、いつも笑顔を絶やさず、常にポジティブな言葉で思いを伝えてくる。
◆拾ってきた子犬「もうこんなに大きくなった」
そんな私の感動など意にも介さず、アインは先日道路で拾ってきたという子犬を抱き上げ、「もうこんなに大きくなった。拾ってきたときは手のひらに収まるくらい小さかったんだ。スポイトでミルクを飲ませたんだよ。お母さん犬の代わりに」と笑った。彼らがもっともっと笑えるように、この悲惨な現実を終わらせ元の平和な暮らしを取り戻さなくてはならない、そんな思いが改めて湧きあがった。
(エピソード3に続く)
*本エピソードは第2話です。
ほかのエピソードは以下のリンクからご覧頂けます。
◆連載:「国境通信」川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録
2021年2月1日、ミャンマー国軍はクーデターを実行し民主派の政権幹部を軒並み拘束した。軍は、抗議デモを行った国民に容赦なく銃口を向けた。都市部の民主派勢力は武力で制圧され、主戦場を少数民族の支配地域である辺境地帯へと移していった。そんな民主派勢力の中には、国境を越えて隣国のタイに逃れ、抵抗活動を続けている人々も多い。同じく国軍と対立する少数民族武装勢力とも連携して国際社会に情報発信し、理解と協力を呼びかけている。クーデターから3年以上が経過した現在も、彼らは国軍の支配を終わらせるための戦いを続けている。タイ北西部のミャンマー国境地帯で支援を続ける元放送局の記者が、戦う避難民の日常を「国境通信」として記録する。
筆者:大平弘毅
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