国境通信 治安の悪化のニュース そして深夜に窓を叩く音 恐る恐る外を覗くと・・・ 川のむこうはミャンマー ~軍と”戦い続ける人々の記録#4
RKB毎日放送 / 2024年7月22日 13時26分
2024年3月にこれまで勤めていた放送局を退職した私は、タイ北西部のミャンマー国境地帯に拠点を置き、軍政を倒して民主的なミャンマーの実現をめざす民衆とともに、農業による支援活動をスタートさせた。
それなりに飲食店やバーもある規模の街だが、アパートを借りて寝泊まりしているのは、夜になると犬の鳴き声もするような静かなエリア。
暮らし始めてまもなくのころ、ひやっとするような出来事があった。
地元メディアの報道 「銃弾がタイ側に飛んできた」
私が拠点をこの国境地帯に移した2024年4月は、少数民族武装勢力側が攻勢に出て、国境地帯のミャンマー側の主要都市・ミャワディを一時奪還した、というニュースが衝撃を持って伝えられている時だった。
軍が報復の空爆を激化させ、タイ側に逃れる避難民が増加する。これまでも何度も繰り返された構図ではあったが、ミャワディは貿易やカジノ利権があり、軍にとっても重要拠点だ。
このエリアの支配をめぐる戦闘、混乱は簡単には収束しないだろうと思われた。
タイの地元メディアもこの問題を注視していて、タイ側まで銃撃戦の音が聞こえて来たとか、銃弾が川を越えてタイ側に飛んできたとか、不安を煽るような記事を配信していた。
私自身は、多少警戒心は持ちつつも、報道記者時代の経験から、現地に入ってみたら地元の人はいつもと変わらない平穏な日々を送っているのだろう、と甘く見積もっていた。
実際に訪れてみて、街の表情は私が知っているそれと比べて特に大きな変化はないように感じた。
3階建ての”長屋”で生活 タイ独特の住宅事情
私が寝泊まりしているのは、幹線道路から少し入ったところにある3階建ての団地のような建物だ。
団地と行っても、日本のそれとはかなり違う。
タイではよくある形態なのだが、3階建ての長屋のようなつくりになっている。一部屋ずつ借りるのではなく、1階から3階まで一軒家のように借り上げる賃貸契約になっている。
両隣には小さな子供からお年寄りもいる大家族が住んでいて、この大家族もまた1階から3階まで借りている。
日本人が珍しいのか、私が車で出入りする際など、じーっと私の所作を観察しているような視線を向けてきた。
「日本人がこんなところに住んで何をしているんだろう」と不思議なのだろう。
私自身もそう思うので、できるだけ不信感を抱かせないように、顔を合わせたらにっこり笑って挨拶するように心がけていた。
深夜、窓ガラスを叩く音 強盗か
ここはそれなりに飲食店やバーもある規模の街だが、私が住んでいる建物は賑やかなエリアからは少し離れていて、夜になると遠くから犬の鳴き声が聞こえてくるような静かな場所だ。
ある日の深夜、そろそろ寝ようかと布団に入ったところで、突然ベランダの窓をガンガン叩く音がした。
カーテンを閉めているので外は見えないのだが、棒のようなものでかなり強く叩いている。
私が寝ているのは3階なので、外から人は入れないはずで、「おいおい、勘弁してくれよ」と思わずつぶやいた。
エリアの治安が悪化しているという地元メディアの記事を思い出す。
もし強盗だったらどうしよう。
武器になりそうなのは、荷解き用のカッターナイフくらいだ。
隣の部屋から女性が身を乗り出し・・・
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら改めて耳を澄ませると、窓を叩く音と同時に、よく聞き取れないがタイ語のような叫び声もする。
恐る恐るカーテンをめくり外の様子を伺った。
隣の部屋のベランダから、60歳くらいと思われる女性が仕切りの格子から身をこちら側まで乗り出し、箒の柄の部分で窓を叩きながら何か叫んでいる。
強盗ではなさそうなので、窓を開けて「なんですか?」と尋ねたのだが、北部の訛りなのか、少数民族系の移民なのか、私が知っているタイ語とは異なる言語を話しているようで理解できない。
しかし身振り手振りで下の方を指差すのでベランダに出て見下ろすと、家の前に停めている私の車のライトが点いたままになっていた。
この女性は「車のライトを消し忘れてるよ」と教えてくれていたのだ。
一晩中放置していたら、バッテリーが上がってしまっていたかもしれない。
慌てて下に降りてライトを消し、同じように外に出てきていた女性にお礼を言った。
女性はにっこり笑って、何度も頷きながら何か言葉を発していたが、やはり聞き取ることはできなかった。
このことがあってから、両隣の家族が向ける私へ視線は、幾分警戒が和らいだような気がする。
おっちょこちょいな日本人だ、くらいに思ってくれたのかもしれない。
いきなり窓を叩かれた時はかなり恐怖を覚えたが、私にとってありがたい出来事だった。
(エピソード5に続く)
*本エピソードは第4話です。
ほかのエピソードは以下のリンクからご覧頂けます。
連載:「国境通信」川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録
2021年2月1日、ミャンマー国軍はクーデターを実行し民主派の政権幹部を軒並み拘束した。軍は、抗議デモを行った国民に容赦なく銃口を向けた。都市部の民主派勢力は武力で制圧され、主戦場を少数民族の支配地域である辺境地帯へと移していった。そんな民主派勢力の中には、国境を越えて隣国のタイに逃れ、抵抗活動を続けている人々も多い。同じく国軍と対立する少数民族武装勢力とも連携して国際社会に情報発信し、理解と協力を呼びかけている。クーデターから3年以上が経過した現在も、彼らは国軍の支配を終わらせるための戦いを続けている。タイ北西部のミャンマー国境地帯で支援を続ける元放送局の記者が、戦う避難民の日常を「国境通信」として記録する。
筆者:大平弘毅
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