30歳の特攻隊長 嘆願書に書かれた「とりかえしのつかぬ不運」~28歳の青年はなぜ戦争犯罪人となったのか【連載:あるBC級戦犯の遺書】#53
RKB毎日放送 / 2024年8月2日 22時3分
石垣島事件で41人の死刑判決が出たあと、元軍人がマッカーサー宛に書いた嘆願書。その中には、「将来の日本再建の為に極めて有用な青年」として、3人の将校について記されていた。
一人は、副長の井上勝太郎大尉。もう一人は”最後の学徒兵”田口泰正少尉。そして、あと一人は幕田稔大尉だった。海軍の特攻隊、震洋隊の隊長だった幕田大尉は嘆願書もむなしく、30歳で1945年4月7日に死刑が執行された。
彼が事件に関わったのは、どんないきさつだったのかー。
◆海軍の特攻隊長
国立公文書館の石垣島事件のファイルに入っていた、元軍人が提出したとみられる嘆願書の控え。軍において命令は絶対で、命令の執行者の責任は軽微なものとみるべきとして、特に処刑の実行者の減刑を求めている。
その中で特に減刑すべき「日本再建に有用な青年」の一人として、幕田稔大尉について記している。
<嘆願書>(※現代風に書き換えた箇所あり)
幕田稔君は、1944年11月石垣島警備隊勤務を命じられ、同隊司令の指揮下にあった第二十三震洋隊の隊長となり、警備隊本部から約4里半(約18キロ)隔たった海岸に、約160名の部下と共に駐屯していました
震洋隊とは海軍の特攻隊で、小型のベニヤ板製モーダーボートに火薬を仕込み、特攻兵器として用いたという。
◆剣道の達人であったことが「不運」
<嘆願書> 本事件の発生当時、彼は数え年で27歳の海軍大尉でありました 落下傘で降下した3名の俘虜が同警備隊で逮捕せられた日の午後7時頃、電話で突然、司令から呼びつけられトラックに乗り、1時間余りかかって警備隊本部に出頭し、司令から俘虜の中の一人を斬首する事を命ぜられました 彼が先任の士官であり、剣道の達人であった事が、司令をして彼を第1番目の俘虜の処分者として選ばしめたのでありまして、それは彼にとって、取りかえしのつかぬ不運であったといわねばなりません
◆父はソ連抑留所内で死亡
司令が夜間、遠方から彼を呼び寄せさえしなかったならば、彼はこの事件には関係せずに済んだのであります 執行後、彼が墓穴に野の花を捧げ、敬礼して立ち去ったという話は、彼の人格を十分説明するものと思います 彼の父は終戦時、満州からソ連領内に、ソ連軍により連行抑留せられ、1945年10月9日、抑留所内で栄養失調で死亡しました 彼の母は夫を失い、今また長男を失わんとして、他の3人の子供を擁し、悲愁と生活難のため、気も狂わんばかりであります
◆自己の不運をあきらめないように
幕田大尉を含め、3人の「有用な青年」の記述をしたあと、マッカーサー宛の嘆願書は次のように結ばれる。
<嘆願書> もし閣下の御賢慮と御慈悲により、被告人等に対する原判決の刑が軽減せらるることが出来れば、被告人等、及びその家族は日照りに慈雨を得たように蘇生し、歓喜と希望をもって日本の再建のみならず、世界人類の福祉のために献身するに相違無いことを信ずるものであります 何卒、彼等をして単に自己の不運をあきらめることに終らしめないよう、衷心より幾重にも懇願する次第であります
◆三人に共通する「不運」
この嘆願書に書かれた、井上勝太郎副長、田口泰正少尉、そして幕田稔大尉の3人の項に共通しているのは、「不運」であったということだ。
つまり、”運悪く”戦争末期に石垣島に配属され、”運悪く”戦争犯罪人になり、さらに絞首刑の判決を受けたことが、取り返しのつかない「不運」だと書かれている。それはこの3人に限ったことではなく、石垣島事件で死刑判決を受けた41人全員がそうであり、戦争に行った誰もが戦犯になった可能性があったということだ。
戦犯に対しての世論も、最初は戦犯の家族が周囲から心ない仕打ちをされたり、迫害の対象になったりということもあったが、この嘆願書が作られたころには、戦犯たちへの助命嘆願の動きは広がりを見せ始めていた。
結局、「日本再建に極めて有用」と名指しされた三人の将校は、いずれも最後まで減刑されることはなく、死刑が執行された。幕田稔大尉についてはその人柄について書かれたものがいくつか見つかった。
彼はどんな人だったのかー。
(エピソード54に続く)
*本エピソードは第53話です。
ほかのエピソードは次のリンクからご覧頂けます。
◆連載:【あるBC級戦犯の遺書】28歳の青年・藤中松雄はなぜ戦争犯罪人となったのか
1950年4月7日に執行されたスガモプリズン最後の死刑。福岡県出身の藤中松雄はBC級戦犯として28歳で命を奪われた。なぜ松雄は戦犯となったのか。松雄が関わった米兵の捕虜殺害事件、「石垣島事件」や横浜裁判の経過、スガモプリズンの日々を、日本とアメリカに残る公文書や松雄自身が記した遺書、手紙などの資料から読み解いていく。
筆者:大村由紀子
RKB毎日放送 ディレクター 1989年入社
司法、戦争等をテーマにしたドキュメンタリーを制作。2021年「永遠の平和を あるBC級戦犯の遺書」(テレビ・ラジオ)で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞審査委員特別賞、放送文化基金賞優秀賞、独・ワールドメディアフェスティバル銀賞などを受賞。
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