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「国境通信」オクラを作ろう!ようやく動き出した事業 川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録#5

RKB毎日放送 / 2024年8月7日 16時59分

2024年3月にこれまで勤めていた放送局を退職した私は、タイ北西部のミャンマー国境地帯に拠点を置き、軍政を倒して民主的なミャンマーの実現をめざす民衆とともに、農業による支援活動をスタートさせた。

当初柱にすえていたベビーコーンの栽培は思ったほど収穫ができなかった。しかしここにきてベビーコーンにかわる期待の野菜がみえてきた。オクラだ。小さな前進に、私は思わずガッツポーズをしていた。

◆ベビーコーンは”人気がない”野菜だった

キュウリとわずかなベビーコーンの収穫を終えたアインの農園は、次に何を栽培するのか検討中で、農地は広く空いている状態だった。

小さな区画で唯一、栽培されていたのはオクラ。以前、テスト栽培用に日系企業が提供してくれたオクラの種が余っていて、自発的に植えてみたのだという。この日系企業が事業の協力企業であり、この企業にとって需要のある野菜を避難民の人々に生産してもらえるようにすることが、私がまず最初に取り組まなくてはいけないことだった。

その野菜の第一候補がベビーコーンなのだが、避難民にとっては馴染みがなく、はっきり言ってしまうと人気がない。そのため、半年以上が経過したにもかかわらず、事業に参加してくれる避難民は少なく、ベビーコーンの栽培は本格的なスタートすら切れていない状態だった。

アインが自主的に栽培していたオクラは、農業の素人である私では発育状態の良し悪しなどの判断がつかないが、青々と力強い葉っぱが茂っていて、アインも手応えを感じている様子だった。

◆「オクラの方がリスクが少ない」 避難民アインの言葉

アインは「ベビーコーンよりオクラの方がリスクが少ない」と言った。その理由は、地元市場における2つの野菜の価値の違いによるものだとわかった。

以前ベビーコーンを収穫した際、アインは少量を地元の市場に持っていって、売ろうとしてみたのだという。しかし、しかしどの業者も買いたがらなかった。この街の市場にはベビーコーンを買い求める客などほとんどいないのだ。

しかし、地元でも需要があるオクラであれば、もし栽培に失敗して日系企業が買い取る品質にはならなかったとしても、地元の市場で売ることができるため無駄にはならない。そこが安心材料になっているから、彼らとしてはオクラは、ベビーコーンよりもずっと取り組みやすい野菜なのだと理解できた。

◆問題は「ビジネスとして成立するか」

私は協力企業の担当者に電話して、アインがオクラの栽培を始めていて、どうやら順調そうだということ、避難民にとってもベビーコーンよりオクラの方が取り組むハードルが低いことなどを話し、事業として取り組む野菜をオクラからスタートさせるべきではないかと伝えた。

事業の進捗が思わしくないことは、もちろん企業側もわかっている。むしろ、私のように自分がやりたくて勝手に活動しているのとは違い、ビジネスとして成立するかをよりシビアに判断しているはずだ。

担当者は電話口で少し思案している様子だったが、最終的に栽培する野菜をオクラに変更することを了承してくれた。

◆アインがやる気になった 思わずガッツポーズ!

早速、アインに「次のシーズンは、日本のオクラの種を植えないか。農薬などの基準を守り、品質をクリアすれば、日系企業が買い取ってくれる」と伝えた。

アインは、「オクラでいいなら、ぜひ一緒にやりたい」と言ってくれた。私は思わず、小さくガッツポーズをしていた。

まだ種も撒いていないのに気が早い話だが、事業の未来にわずかに光が差したような気がしたのだ。少しの前進をこのように感じてしまうくらい、この事業の先が見えていなかったとも言える。そして何よりも、ようやく本腰を入れて一緒に事業に取り組んでくれる避難民の仲間が出来たことが嬉しかった。

◆種植えは1か月後に やることは山積み

アインは避難民の若手の中でも行動力があり、皆から信頼されている。農園にはいろいろな背景を持った避難民がひっきりなしに訪れ、生活上のさまざまなトラブルをアインに相談する。

ミヤワディ周辺で戦闘が激化して以降は、焼け出されてしまったいくつかの家族をこの農園で受け入れることもしている。

そんな彼に対して、私は心から尊敬の念を抱いているが、同時に、「彼と信頼関係を築き、一緒に事業に取り組むことが出来れば、彼と繋がっている多くの避難民もこの事業のことを理解し、参加してくれるようになるのではないか」と、少し打算的かもしれないが、そんな期待もしていた。

アインと一緒にオクラの栽培を始められることは、この事業にとって大きな意味を持つと思われる。しかし、すべてはオクラの栽培に成功してからの話だ。

企業側の担当者に国境地帯を訪れるタイミングを調整してもらい、栽培方法を避難民にレクチャーする日も決めた。

種を植えるのはおよそ1か月後。それまでに畑を整備して、水を確保して、作業にあたる人員を集めなくてはならない。

やらなくてはならないことが山積みだ。「成功させなければ」というプレッシャーも感じるが、やるべきことが分からないもどかしさからようやく解放されて、心はむしろ晴れやかだった。
(エピソード6に続く)

*本エピソードは第5話です。
ほかのエピソードは以下のリンクからご覧頂けます。

◆連載:「国境通信」川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録

2021年2月1日、ミャンマー国軍はクーデターを実行し民主派の政権幹部を軒並み拘束した。軍は、抗議デモを行った国民に容赦なく銃口を向けた。都市部の民主派勢力は武力で制圧され、主戦場を少数民族の支配地域である辺境地帯へと移していった。そんな民主派勢力の中には、国境を越えて隣国のタイに逃れ、抵抗活動を続けている人々も多い。同じく国軍と対立する少数民族武装勢力とも連携して国際社会に情報発信し、理解と協力を呼びかけている。クーデターから3年以上が経過した現在も、彼らは国軍の支配を終わらせるための戦いを続けている。タイ北西部のミャンマー国境地帯で支援を続ける元放送局の記者が、戦う避難民の日常を「国境通信」として記録する。

筆者:大平弘毅

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