子供に「敵を突き殺せ」と教えた時代… ”軍国少年”のリアルな記憶を紙芝居にした作家
RKB毎日放送 / 2024年8月13日 15時29分
8月15日が近づいた。終戦から79年、遠のいていく記憶を記録した紙芝居『いくさの少年期』の上演が福岡市であった。朗読したのは、紙芝居の文を書いた作家自身だ。制作に込めた思いと上演の様子を、RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が8月13日に出演したRKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』で紹介した。
「日本が戦争をおっぱじめたんや!」
まもなく「終戦の日」が来ます。79年、長い時間が経ちました。7月29日に福岡市博多区のビルで、ある紙芝居の上演がありました。『いくさの少年期』というタイトルで、戦争体験の新作ノンフィクション紙芝居です。リアルな少年時代の記憶を素晴らしい絵で表現した紙芝居でした。朗読の様子をお伝えします
(紙芝居の上演)
僕は田中幹夫、8歳。春山国民学校初等科の三年生。福井市のどまんなか、呉服町にある洋服屋が、僕の家だ。
家を出たとたん、内山くんが息せき切ってやってきた。
「みきおっ。朝のラジオ聴いたか?」
「ううん、何かあったの?」
「えらいこっちゃ。日本が戦争をおっぱじめたんや!」
「え、戦争?」
朗読しているのは、奈良県在住の作家、寮美千子さんです。この紙芝居の文章を書きました。
文・寮美千子(りょう・みちこ):作家。1955年東京都生まれ。1986年に毎日童話新人賞、2005年に泉鏡花文学賞を受賞。1990年代、衛星放送ラジオ「セント・ギガ」に600編以上の詩を提供。幼年童話から絵本・純文学・ノンフィクションまで幅広く執筆。2006年より奈良市在住。
紙芝居の原作は、大阪の弁護士、田中幹夫さんが戦後70年を機に自費出版した自伝的小説『いくさの少年期1941~1945』(文芸社、2015年)です。田中さんは91歳、今もご健在です。
原作・田中幹夫:弁護士。1933年福井県生まれ。福井空襲、福井地震を体験。2003年、障害者虐待の「サン・グループ事件」で画期的な勝訴判決をかちとる。日本子どもの虐待防止学会名誉会員。『いくさの少年期1941~1945』(文芸社)は、子供の目からみた戦争体験を、すべて実話にもとづいて構成した自伝的小説。
作家がほれ込んだ「軍国少年の記憶」
田中さんは太平洋戦争が始まった時、福井市で今の小学校に当たる国民学校3年生で、敗戦を迎える中学1年生までの4年間を、事実に即して小説に書きました。その小説の中身に、寮さんはほれ込んでしまいました。
寮美千子さん:読ませていただいて、これはぜひ「みんなに分かるように紙芝居にしたいな」と思いました。まとめて、紙芝居の原稿にして絵描きを探したら、絵描きが見つからない!内容を見て「難しくて無理です」とかいろいろ言われ絵描きが見つからない中で、たまたまフェイスブックでしかつながっていなかった、真野正美さんという帯広の画家さん。作品館も帯広に建っているんですよ。有名な画家さんなんだけど、困って駄目もとで聞いてみたんですね。そしたら「えええー…」。1週間くらいしてから「わかりました。田中先生の志に感動したので、やらせてください」って。「期間が短いんですけど、いいですか?」「頑張ります」って言って。
寮美千子さん:田中先生の行った学校の校舎の写真とか、軍事教練の時の写真とか、戦時中のいろいろな資料をダンボールに集めて、「この絵には、この資料」と全部資料的にはうちでバックアップして描いていただきました。そういうことで出来上がった作品が、仲間内でちょっと見せるだけのつもりだったんだけど、あまりにもクオリティが高く、しかも無料で描いてくれたので、「これはまずいぞ、これは出版しなきゃいけないな」と思い、わずか300部ですけれども、紙芝居を出版することができました。
絵・真野正美(まの・まさみ):画家。1958年大阪府生まれ。カーデザイナーとしてトヨタ自動車に勤務ののち、帯広市郊外に移住して画業に入る。六花亭が60年以上にわたって刊行している月刊児童詩誌『サイロ』の表紙画を2010年より担当。2017年、中札内美術村に「真野正美作品館」が開館した。
作家自ら「名調子」で上演する紙芝居
真野さんは2か月半で33枚の紙芝居を描き上げたのだそうです。この絵はすごいな、と私も思いました。寮美千子さんは、各地で上演しています。7月29日と30日は、福岡市で披露してくれました。聞いているのは10人程度、小さな集まりでした。寮さんの名調子をお聴きください。
(紙芝居の上演)
♪(軍艦マーチ:ジャンジャン、ジャンジャジャジャンジャン…皆さん歌って!ダンダダダッダダダダッダーそのまま歌って!)
「大本営発表。大本営発表。大日本帝国軍は、イギリス領シンガポールを陥落せり!」(ダンダンダンダン、ダン!)
開戦からわずか2か月。日本軍は大進撃だ!2月18日、お祝いの提灯行列があった。みんな小さな日の丸の旗をふって行列した。ぼくは大きな日章旗を掲げて水兵服で先頭を歩いた。とっても誇らしかった。忘れもしない、ぼくの9歳の誕生日だった。
「南方を植民地にしたら、ゴムも石油も思いのままだ。日本は、豊かになるぞ」
先生は顔を輝かせてそうおっしゃった。
ああ、どんな豊かな世界になるのだろう!
田中少年は、典型的な「軍国少年」ですね。「大東亜共栄圏」と日本は言いながら、実際は欧米に代わっての植民地支配だったわけです。国ぐるみの熱狂の中、田中少年もまた、侵略される側の気持ちは全く想像していません。
軍国少年が見た「故郷壊滅」
ところが、大日本帝国の勢いがよかったのは真珠湾攻撃から半年だけでした。国民生活はみるみる窮乏し、優しかった担任の先生は徴兵されました。田中少年は旧制の福井中学校に進学しましたが、学徒動員の毎日でした。
(紙芝居の上演)
<ヒューヒューヒュー>
空から、無数の赤い火が落ちてきた。
焼夷弾だ!
「みんなを避難させるんだ」
とうさんは、町の人に声をかけてまわった。
逆巻く炎のなかを走る。鞄が重い。ぼくは鞄を投げ捨てた。
とうさんの声を頼りに、みんな必死で走った。ようやく街外れにたどりつくと……
「おまえら、逃げたらあかん。消火に戻れ」。
警官たちが立ちはだかった。
「なにを言う。火のなかを、命からがら逃げてきたんじゃ。死ねというのか」と
うさんが怒鳴りかえして、警官を押しのけたそのとき……
<バーン!>
建物の窓という窓が、一斉に火を噴いて、大爆発をした。
警官たちはあわてふためき、われ先にと、どこかへ行ってしまった。
「今だ、逃げろ!」
とうさんは、町の人を安全な場所へと連れていった。
助かった!
ふりかえれば、ぼくらの街が燃えている。火の海だ。
お互いの無事を、確かめあった。見れば、赤ちゃんをおぶった人や、小さな子、お年寄りもいる。
みんなよく、ついてきてくれたものだ。涙が出た。
本当にリアルな田中少年の記憶です。寮さんが資料もいろいろ集めて真野さんに提供しているため、極めて史実に近いものになっています。実際に、田中少年が住んでいた町では、犠牲になった人はいませんでした。お父さんは町会長で、このことは福井市史にもきちんと記されているそうです。
福井市は、民家の被災率が80%を超えていて、全国の空襲の中でも、被害に遭った人の割合が極めて多い町となってしまいました。故郷は、壊滅したのです。
「防空法」という法律がありました。空襲というと、焼夷弾が降ってくる中、みんなが逃げていく様子がありますけど、本来「逃げてはいけない」という法律だったんです。当時の日本国は、傍観や逃避は立派な犯罪である、としていました。自分たちで消すのが役割であり、逃げるのは非国民である。当時はそういう国だったということです。
「あと少し早く、戦争が終わっていれば…」
そして、とうとう敗戦を迎えます。玉音放送です。
(紙芝居の上演)
8月15日、「玉音放送」があるからと、ラジオの前に集められた。
正午「君が代」が流れて、天皇陛下がお話しになった。
大人たちが、すすり泣いていた。日本が降伏して、戦争が終わったんだ。
福井市は、見わたすかぎりの焼け野原になっていた。
2万6千世帯のうち、2万2千の家が燃えて、一晩で1576人もの人が死んだんだ。親戚も死んだ。友だちも死んだ。
何が、「神風」だ。あと少し、あと少し早く、戦争が終わっていれば……。
「天皇陛下のために」と、たくさんの人が死んでいったのに、陛下からは、ついに「すまなんだ」のひと言もなかった……。
なんのための、だれのための戦争だったんだろう?
子供に「敵を殺せ」と教えた時代
旧制福井中学校(現・福井県立藤島高校)では軍事教練が行われ、1年生の田中少年は木製の銃剣で敵を突き殺す練習をしていました。軍国少年だった田中弁護士の思いを引き継いだ寮美千子さんは、憤りを隠せません。
寮美千子さん:この絵は、藤島高校の百年史の中にあった、本当にしていた軍事訓練の様子をそのまま絵にしてもらいました。13歳の子に人を突き殺す練習をさせ、14~15歳の子に街の中を本物の銃剣を持たせて戦車の後ろを一緒に走らせる。このようなことを子供たちにさせていたのが、わずか80年前の日本という国だったんですね。そんなことはもう、絶対にさせてはいけないと思います。
寮さんは紙芝居の上演を「ひとりでできる反戦運動」位置づけて、各地で上演しています。完成した紙芝居は、上映していただける民間団体に無料でお渡しする計画ですが、数量限定で先着順。渡せる部数には限りがありますので、ご希望の方は寮さんたちが主宰している「ならまち通信社」で検索してみてください。
※奈良市中辻町1-1ローレルコート奈良1F店舗 ならまち通信社
この紙芝居は絵本にもなっています。『ぼくが子どものころ』戦争があった「いくさの少年期」より』(ロクリン社、税別2,200円)。
神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園事件やヘイトスピーチを題材に、ラジオ『SCRATCH差別と平成』(2019年)、テレビ『イントレランスの時代』(2020年)・『リリアンの揺りかご』(2024年)を制作した。
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