「台湾で日本兵が神となった訳」"おばけの人類学" 知らないことばかりの教養講座
RKB毎日放送 / 2024年10月2日 14時9分
台湾では、軍服を着た日本人が神としてまつられている祠(ほこら)が各地にあり、「戦前の日本統治はよかった証拠」として観光ツアーに行く日本人が絶えない。だが、宗教から台湾を見つめる専門家は「それはちょっと違う」と説明する。10月1日、RKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』に出演したRKB毎日放送の神戸金史解説委員長がこの調査研究について解説した。
キョンシーの登場にびっくりの会場
9月28日、福岡市の中央市民センターで「おばけの人類学」という教養講座がありました。照明が落とされて暗くなった会場に、キョンシーの格好をした男女4人が音楽とともに登場しました。主催した「ふくおか自由学校」スタッフが扮していたのです。
♪(おどろおどろしい音楽)「おばけの人類学、台湾で鬼になった日本人~!」
いのうえしんぢさん(キョンシー姿):「ふくおか自由学校」スタッフのいのうえしんぢです。僕は小さい時から「おばけって怖いなー」と気になっていました。人間ってなんで死ぬのかな?死んだ後なぜ生きている人に訴えかけてくるんだろう?不思議に思っていました。でも、死んだ人のことを考えることは、逆に生きるということを考え直すことかもしれないなと思ったりしました。古今東西、何千年前も、生きることと死ぬことを考えるのは多くの人の心をつかんでいるからこそ、文学とか美術とか音楽でもいっぱい表現されてきたんじゃないかな、と思います。
キョンシー(僵屍)とは、中国語で「硬直した死体」のこと。中国では「死体は長い時間が経過すると悪霊になって人に害を与える」という俗信があるそうです。
台湾で「神様」になった日本人
続いて、北海道大学大学院の藤野陽平教授が「おばけの人類学台湾で鬼になった日本人」というタイトルで講演をしました。
藤野陽平さん:1978年東京生まれ。博士(社会学)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の研究機関研究員等を経て、北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授。著書に『台湾における民衆キリスト教の人類学一社会的文脈と癒しの実践』(風響社)、『ホッピー文化論』(ハーベスト社)など。
大日本帝国が戦争に負けて滅亡したのが、1945年。台湾は1895年からちょうど50年間、日本の植民地支配を受けていました。ところが、戦前の日本軍人が神様になっているケースがあるというのです。専門家である藤野教授は「日本神(にほんがみ)」と呼んでいます。
藤野陽平教授:台湾で日本軍人が神様になっているケースが、私たちが見つけただけで50か所ぐらい。まだ多分見つけられてないのもあるので、もうちょっとあるかと思うんですけど。ずっと台湾の宗教の研究をしてきた関係で、「ちょっとこれは調べてみたいな」と思ってやり始めたら、かなり奥深くて。
藤野陽平教授:代表格は、台南市にある「飛虎将軍廟」とよばれる廟です。海軍の零戦パイロットがこの場所に墜落して、ここで神様としてまつられている場所です。杉浦茂峰という水戸出身の実在の人物です。中に入ると、日の丸と中華民国の旗が掲げられていて、朝は『君が代』、夕方は『海ゆかば』を祝詞代わりに流しています。
非業の死を遂げた日本兵
植民地支配で恨まれていてもおかしくないのに、「どうしてだろう?」と驚きでした。ある日本神では、卒塔婆のようなものをまつっていました。台湾の海で漁船が拾ったもので、第2次大戦中にフィリピンのレイテ沖海戦で亡くなった若い軍人の名前と、佐賀県の住所が書いてあったのです。
藤野陽平教授:昭和58年(1983年)に船で慰霊に行って、花束とかを海に投げ入れたりする中で、遺族によってこれも海に投げ入れられたんだと思います。ふらふら漂って2年後に、漁師さんが網をかけていたら引っかかったんです。最初、「気持ち悪い!」と思ったみたいでポイッと捨てるんですね。次の日行ってもまたこれが(網に)かかり「気持ち悪い!」とポイっと捨てる。3回行ったら3回ともかかった。名前も住所も書いてあるので、後日その寺の関係者が(佐賀県の遺族を)訪ねて行ったら、遺影をくれた、と。
藤野陽平教授:日本神が台湾の宗教の中でどういう位置づけなのかというと、正直あまり重要視されていない、というのが現実です。網にかかった位牌というか卒塔婆というか、「気持ち悪い」と言って2回捨てているんですよ。3回もかかっちゃったからどうしようもなくてここに持ってきているのであって、「日本の台湾統治、ありがとう」とまつっているのではないのです。
「日本神」にも「亡霊」という言葉が使われていますが、台湾現地でも「おばけ」みたいな意味になるそうです。
人は死んだら「神様」「鬼」「祖先」のどれかに
藤野教授は「現地の世界観、他界観を理解することが大事だ」と話しています。台湾では死ぬと「神様」「鬼」「祖先」のどれかになると考える文化があるそうです。
(1)まず、「神様」。まつるとプラスの力をくれます。まつらなくても特に害はありません。
(2)逆の立場が「鬼」。まつっても特にいいことはないけれど、まつらないと祟る、恐ろしい存在。
(3)「祖先」は、その中間。まつると「神様」と同じくプラスの力をくれますが、まつらないと「鬼」のように祟る。
「鬼」、日本でいう「幽霊」に当たる言葉です。当時の台湾は土葬文化で火葬の習慣がなかったのですが、旧大日本帝国時代の火葬場の跡は怖いわけです。放置された鬼が祟ると、ザッザッと軍靴の音が聞こえたり、幻を見せて豪勢な料理とだまして虫を食べさせたりすると伝えられています。
まつられれば「鬼」も「神」になる
死後の3つの形について、藤野教授がもう少し詳しく話しています。
藤野陽平教授:天寿を全うし、自宅のベッドの上で亡くなり、男系の子孫がいて常に供養を受けていると「祖先」になりますが、そうじゃないと「鬼」になると思ってください。台湾でまつられている日本人は、戦死した軍人が多いんですね。多くの場合、若くて子孫がいない。天寿を全うしていない。血を流して死んでいる。台湾の文脈では、これは「鬼」になるのです。
藤野陽平教授:ですが、一度「鬼」になったら、ずっと「鬼」か。そうではなくて、子孫がまつってくれれば「祖先」に、いろんな人からまつられているうちに「神様」になったりします。そういうダイナミックで動きのあるものだ、と理解してください。
面白いですね。天寿を全うしないで、子孫を持たないで異常死をしてしまった人の祟りを怖れて、子孫がまつると「祖先」になる。多くの人がちゃんとまつると、ご利益がある「神様」になっていく。日本でも、菅原道真が「天神さま」になっていった例がありますね。アジアの宗教意識の深いところに共通する古い地層があるような気がします。
多様な文化を知る面白さ
沖縄のノロ、青森・恐山のイタコのように、霊が憑依するシャーマンが台湾にもいます。シャーマンが祈りで日本神を降臨させる風習も台湾にはあるそうです。なかには宝くじの当たり番号を事前に教えてくれることもあるといいます。米軍と交戦中に死亡した零戦パイロットは「集落への墜落を避けようと、機体からの脱出を遅らせた」と言われているんですが…。墜ちる寸前のパイロットの心境って、誰にも分からないですよね。これも、シャーマンによるお告げだそうです。
藤野陽平教授:インターネットで「台湾・神様・日本人」とかいっぱい出てくるわけですね。「台湾は親日で、日本人が神様になっているから、植民地経営は正しかったんだ」という描き方がされます。そういうロジックの時に、日本人の神様が出てきます。こういう廟を巡って「台湾は親日なんだ」と思って帰ってくる観光が行われています。まあ、結論から言うと「そうじゃないんだよ」という話をしたいと思います。
藤野陽平教授:台湾に「日本に対して友好的な人が多い」というのは事実。私は20数年通っていますが、間違っていないと思います。ただ僕は、「台湾は親日か」と言われると「そうじゃないんじゃないかな…」と思っています。と言うのは、台湾人は外国人に優しいんですよね。僕に対してもすごく親切にしてくれるのですが、僕以外のアメリカ人とか韓国人とかいろんな人にも同じように親切にしているんです。日本に対しても友好的だけど、外国人とかお客さんに対して親切にするのが台湾人なんじゃないかなと僕は思っています。日本神は、親日・反日というベクトルとはちょっと違う軸で起きている現象ですよ、とご理解いただけたら。
きちんとした調査と研究から、多様な文化の姿を知るのは、面白いですね。藤野先生は、台湾の日本神を映像で撮影して、『軍服を着たカミサマ台湾の日本神信仰』というドキュメンタリー映画を制作中だそうで、完成が楽しみです。「ふくおか自由学校」の講座、本当に勉強になりました。
「ふくおか自由学校」
〒815-0083 福岡市南区高宮4-10-41 パウリスタ工房気付
090-4357-7596(藤岡)
080-6406-9251(大山)
ohyamayairochou@yahoo.co.jp
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園事件やヘイトスピーチを題材に、ラジオ『SCRATCH 差別と平成』(2019年)、テレビ『イントレランスの時代』(2020年)・『リリアンの揺りかご』(2024年)を制作した。
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