「国境通信」オクラの栽培がスタート しかし”目の前が真っ暗”に…支援とビジネスを両立する難しさ 川のむこうはミャンマー ~軍と戦い続ける人々の記録#7
RKB毎日放送 / 2024年11月1日 19時52分
2024年3月にこれまで勤めていた放送局を退職した私は、タイ北西部のミャンマー国境地帯に拠点を置き、軍政を倒して民主的なミャンマーの実現をめざす民衆とともに、農業による支援活動をスタートさせた。
当初柱にすえていたベビーコーンが思ったほど収穫できないなど紆余曲折あったが、私たちは、ようやく「オクラ」という、ビジネスにつながる光を見出した。
◆指先は爪の中まで土で真っ黒 祈るような気持ちで種まき
アインの農園でオクラの栽培が始まった。種まきには私も参加した。整備された畝(うね)に深さ2~3センチの穴を作り、そこに3粒ほどの種を落として土をかぶせていく。
「ようやく本格的に野菜の栽培をスタートすることができる。どうしても失敗したくない、、、」
私は少しでも発芽がうまくいくようにと、穴を掘ったらその土を指で柔らかくほぐし、種の上にそっとかぶせるように作業していた。
しかし、そんな面倒なことをしているのは私だけで、ほかの人たちは木の枝で土の表面をガリっと削ったところに種を落とし、土をかぶせたかどうかもわからない状況で、さっさと作業を進めていく。おのずと作業スピードに差が出て、種まきの列の中で私だけが取り残されていくという状況が生まれた。見かねたアインが近寄ってきて、笑いながら声をかける。
「ブラザー、そんなに丁寧に作業しなくていいんだ。見ろ、手がこんなに汚れてしまって」
たしかに、私の指先は爪の中まで土が入って真っ黒だった。しかし、私は頑固に土をほぐしてかける、という作業を続けた。この程度のひと手間で、発芽の可能性が少しでも高まるなら安いものだ。農業の素人で、土をほぐすことで本当に発芽の可能性が高まるのかもわからないくせに、私はどうしてもこのひと手間を惜しみたくなかった。ようやく事業に光が見えたのが、今回のオクラの栽培なのだ。祈るような気持ちで種の上に土をかぶせ続けた。
とはいえ、こんなやり方をしているのは私だけで、圧倒的に作業スピードが遅いので、私がまいた種は全体のごく一部に過ぎない。要するに、ただの自己満足だった。私以外の人々の効率的な作業によって、今回予定していた5ライの農地への種まきは2時間ほどで修了した。
タイでは土地などの広い面積に使われる「ライ」という単位がある。1ライは、40メートル×40メートル=1600平方メートルなので、今回オクラの栽培にあてたのは5ライ=8000平方メートル。アインの農園の半分以上を充てた形で、私はオクラに対するアインたちの期待も、ひしひしと感じていた。
◆鮮度保ったまま7時間 課せられた収穫と輸送のミッション
この日は、オクラを買い取ってくれる協力企業の担当者も現場に立ち会っていて、種まきを見届けたあと、今後予想される害虫や病気、その際に使用すべき農薬の確認を一緒に行った。
収穫できるまでに要する期間は約70日。そのあとは約2か月の間、毎日収穫することができる。逆に言うと、毎日オクラの収穫作業が必須になるということで、そのための人手の確保という課題もあったが、アインは「私の周りには働きたがっている避難民が大勢いる。心配いらない。」と頼もしい。
私たちの計画では、収穫されたオクラは現地にある冷蔵庫に一旦保管し、鮮度を保った状態で企業のもとに届けるために少なくとも3日に一度、まとめてバンコク近郊まで輸送することになっていた。輸送にもコストがかかるため、それも含めてオクラの単価は決定される。
どうやって輸送コストを抑えるのか、企業側に相談していたが、はっきりとした方針は示されていなかった。担当者が自ら車を運転して運ぶ、といった案もあったが、バンコクからは車で約7時間かかり、3日に一度のペースで往復を続けるのは現実的ではないように思った。この問題も含め、実はこの時点でオクラの買取価格について企業側から具体的な数字は示されていなかった。
合意していたのは5ライという規模で栽培し、収穫されたオクラは基本的に全量を企業が買い取ること、それだけだった。アインが調べてくれた地元市場でのオクラの買取価格は担当者に伝えていたので、それよりは高い価格で買い取ってくれることが、そもそもこの事業の前提であったし、それは企業側も当然認識したうえで、ここまで作業してきたはずだ。
◆嫌な予感が的中 企業担当者「かなり頑張ったのですが・・・」
種まきが終了し、水を飲みながら一息ついたところで、私は企業の担当者に「1キロ当たりどれくらいで買い取れることになりそうですか?」と尋ねた。この段階まで買取価格を詰めていないということが、後から考えれば異常なことなのだが、はっきりと質問したのはこの時が初めてだった。
「かなり頑張ったのですが・・・・」担当者が口にした価格は、地元市場での買取価格の半額以下だった。
聞き間違いではないかと確認したが、担当者からは会社としてこの価格が限界なのだとはっきりと告げられた。目の前が真っ暗になった。
嫌な予感はあった。担当者は事あるごとに、「会社としてはすでにかなり先行投資している状況なので・・・」と口にしていて、企業の中でこの事業に厳しい目が向けられていることが感じられた。オクラをバンコクまで輸送する手段についても、継続的にこの事業を行うつもりであれば定期便のような形でルートを構築してしまった方が効率的なのに、なかなかそのように動いてくれなかった。そのほかにも、担当者との会話の節々から、企業としてこの事業に前向きではない様子を感じてはいた。だが、それもすべて一度成功事例が作れれば変えることができる、オクラの栽培が成功すれば、その問題も解決できるのだ、そう私は思い込んでいた。
企業としては、提示した買取価格は正当なものだった。ベビーコーンの栽培を始めた時期も合わせると半年以上の間、まったく利益が出ない中で、現地の避難民に野菜の種や農薬を無償で提供してきた。担当者も何度も現地に足を運んでくれていたが、その人件費も企業が負担してきたわけで、「すでにかなり先行投資している」というのは事実だった。そのことは私も認識していたが、事業のそもそものスタートがクーデター後の混乱に苦しむミャンマーの人々への「支援」である、という大義名分に甘えて、企業側のビジネスの理屈をないがしろにしてしまっていたのだ。
オクラの買取価格の低さよりも、自分の考えの甘さ、浅はかさがショックだった。
◆宿題残したまま、日本に一時帰国
実は、私はこの日のうちにバンコクに戻り一旦日本に帰国しなければならない事情があった。企業の担当者も次の予定があるとのことで、現地を離れた。企業側と今後の方針について話し合う時間が取れなかったこともあるが、この状況をアインにどう説明すればいいのか、考えがまとまらず、詳細を伝えられないまま皆に別れを告げた。アインは、私と担当者との会話の様子から、なんとなくトラブルのにおいを感じ取ったような顔をしていたが、最後はいつものように「また会いましょう」と笑った。
オクラの収穫が始まるまで、待ち遠しいはずの時間は、私のとっては果てしなく重い宿題の提出期限となってしまった。ようやく光が見えたと思った事業の行方は、まったく先が見えない振出しの状態に戻ってしまったようだった。
(エピソード8に続く)
*本エピソードは第7話です。
ほかのエピソードは以下のリンクからご覧頂けます。
◆連載:「国境通信」川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録
2021年2月1日、ミャンマー国軍はクーデターを実行し民主派の政権幹部を軒並み拘束した。軍は、抗議デモを行った国民に容赦なく銃口を向けた。都市部の民主派勢力は武力で制圧され、主戦場を少数民族の支配地域である辺境地帯へと移していった。そんな民主派勢力の中には、国境を越えて隣国のタイに逃れ、抵抗活動を続けている人々も多い。同じく国軍と対立する少数民族武装勢力とも連携して国際社会に情報発信し、理解と協力を呼びかけている。クーデターから3年以上が経過した現在も、彼らは国軍の支配を終わらせるための戦いを続けている。タイ北西部のミャンマー国境地帯で支援を続ける元放送局の記者が、戦う避難民の日常を「国境通信」として記録する。
筆者:大平弘毅
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