玉木代表vs“ザイム真理教”「103万円の壁」「トリガー条項」どうなる?
RKB毎日放送 / 2024年11月8日 16時16分
国会は来週召集され、総理大臣指名選挙が行われる。石破内閣の本格始動だが、衆院選で与党は過半数の議席を取れず、政権運営は波乱含みだ。そんな中、カギを握ると言われるのが、大躍進した国民民主党が主張している「103万円の壁」の見直しと、「トリガー条項」の凍結解除という二つの政策を、与党がどこまで飲むかどうかだ。元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんが11月8日、RKBラジオ『立川生志 金サイト』で解説した。
少数与党内閣が国民民主に「部分連合」求める理由
「103万円の壁」と「トリガー条項」。どちらもこれまで聞いたことはあっても、じゃあどういうことかとなると、ちょっと答えに詰まってしまいますよね。そこで今日はあらためて、その意味と課題などについて説明します。
その前にまず、国民民主がカギを握るに至った今の政治状況から、おさらいします。10月の衆院選で自民党は56減らして191議席、公明党も8減の24議席、計215議席で過半数の233を割り込みました。
その後、裏金問題で離党勧告を受けた世耕さんや、公認されなかった萩生田さんら計6人が自民会派に加わりましたが、まだ12議席足りません。首相指名選挙は決選投票で石破首相となる見込みですが、野党の協力を得なければ予算も法案も通らない、少数与党内閣になります。
そこで与党が模索しているのが、衆院選で4倍増の28議席を獲得した国民民主との連携です。もともと憲法改正や防衛力強化に肯定的で、大企業の労働組合を主な支持母体とする国民民主とは政策的にも通じるところが多く、政策ごとの「部分連合」を求めて協議が始まりました。
その際、国民民主の玉木代表が協力の絶対条件としたのが、「年収103万円の壁」の引き上げ実現です。また、国民民主は以前、ガソリン税を軽減する「トリガー条項」の凍結解除を条件に予算案に賛成したものの、反故(ほご)にされた恨みがあるので、この実現にもこだわっています。玉木代表は「今回は食い逃げは許さない」と強気ですから、自民党もゼロ回答はできず、内部で検討が始まっています。と、ここまでが今に至る状況でした。
税収減を伴う「103万円の壁」引き上げ
では、本題の二つの政策について。まずは「103万円の壁」の引き上げから説明します。
「103万円」は、税金を算定する際に年収から差し引かれるベースの金額です。「基礎控除」と呼ばれ、年収がこの額を超えると所得税がかかり始めます。国民民主党は、これを178万円まで引き上げるよう求めています。
それが何をもたらすか。引き上げには、二つの目的があります。一つは「減税」です。税金がかかる収入を課税所得と言いますが、あらかじめ収入から差し引かれる控除額が引き上げられれば、その分、課税所得は減って、そこにかかる税金も減ります。
一番わかりやすいのは年収178万円の人で、今はおよそ4万円の税金がかかるのがゼロになります。納税するほぼすべての人に恩恵があり、物価高のなか、ありがたい話です。
半面、税収が減って財政が厳しくなるという“副作用”もあります。政府は基礎控除を178万円に引き上げた場合、税収はおよそ7兆6,000億円減り、そのうちおよそ4兆円が地方税だと試算しています。
ただでさえ社会保障や少子化対策、防衛強化などで歳出が増える中、その手当てをどうするのか。特に影響が大きい地方自治体の税収減をどう補填するのか、大きな課題です。ただ、減税によって手取りが増えれば、一部は消費に回るなど経済効果も見込まれ、政府の試算はそのプラス効果を反映しない単純計算でもあります。
また、基礎控除が上がると所得が多い人ほど減税額も大きくなる、という指摘もあります。毎日新聞が報じていますが、大和総研の試算によると、年間の減税額は年収200万円の人でおよそ9万円なのに対し、年収500万円でおよそ13万円、年収800万から1000万円ではおよそ22万円と増えていきます。
ただ、今の納税額からの減少率は年収200万円だとおよそ95%、500万円で35%、1000万円だと16%と、低所得者のほうが大きいので、高所得者に手厚いという指摘は必ずしも当たらないと、玉木代表は反論しています。
とはいえ、財政再建を至上命題とする財務省の抵抗は強く、自民党も財務省を政策ブレーンとしていますから、落としどころを探っているのが現状です。早くも財務省側からは「抜本的な制度改正は、年度内には間に合わない」との声があり、当面は年末調整で相応の額を割り戻し、来年度中に財源問題も含めた制度設計をして、本格実施は再来年度にする案も浮上しています。
「178万円」の根拠は?働き控え解消も
では、基礎控除引き上げのもう一つの目的は何か。それは「働き控え」の解消です。先ほど言ったように、年収103万円以下なら所得税がかからないので、パートなどの場合、これを超えないように勤務時間を調整することを「働き控え」と言います。
実際は103万円を超えても194万円台まで所得税率は5%なので、残り95%分は収入が増えるのですが、心理的な壁になっている面があります。また、企業の多くが扶養手当の支給基準を年収103万円以下にしている影響も大きく、特に学生アルバイトの場合、年収が103万円を超えると税制上も親の扶養を外れるので、親が年間63万円の特定扶養控除を受けられなくなるという弊害もあります。これらが「103万円の壁」です。
そもそも、国民民主が主張する基礎控除の引き上げ額「178万円」の根拠は、最低賃金の上昇です。103万円になったのは1995年ですが、その後、最低賃金の全国平均は611円から1055円へ、1.73倍に増えています。103万円の1.73倍は178万円という計算です。
つまり、95年当時なら103万円は年間およそ1700時間だったのが、今は1000時間足らず。働く側からすればいい話ですが、スーパーや飲食店などは人手不足で四苦八苦しています。「働き控え」の解消は、企業側からすると「労働力不足」の解消でもあるわけです。
ほかにもある「壁」…働き控えの原因
ただ、基礎控除の引き上げで解決するかというと、効果は限定的だというのが大方の見方です。というのも、働き控えの主な原因は、ほかにあるからです。
大きいのは「106万円と130万円の壁」です。従業員が51人以上の職場なら年収106万円、50人以下なら130万円を超えると、原則的に健康保険や厚生年金などの社会保険料が発生し、給料から天引きされます。
いろんな条件があるので一概には言えませんが、例えば、夫の扶養に入っている40代の主婦が大きなスーパーで働いて年収106万円を超えると、月額およそ1万5000円の社会保険料が発生するので、年収120万円くらいまでは逆に手取りが減ることもあります。
もう一つ「150万円の壁」というのもあって、年収がこれを超えると配偶者特別控除が減額されていきます。ただ、この影響はそれほど大きくなく、やはり一番大きいのは「106万円と130万円の壁」です。今回、国民民主党が実現を目指す基礎控除の引き上げは、この社会保険料の壁に手を付けていないので、減税効果は見込めても、働き控えの解消はあまり期待できないと言われるのは、そういうわけです。
支持母体・連合の方針で手つかずの「壁」も
ではなぜ今回、国民民主党は社会保険の壁に手を付けなかったのか。背景には連合の方針があるようです。ご存じの通り、連合は労働組合の中央組織で、立憲民主と国民民主の最大の支持母体でもあります。その連合は先月の中央執行委員会で、「第3号被保険者制度」の廃止を政府に提案することにしました。
3号は会社員や公務員などに扶養される配偶者が、年金保険料を納めなくても、老後の基礎年金を受給できる仕組みです。サラリーマン世帯の専業主婦も自分名義の年金を確保できるよう、1985年に導入されました。現在の対象は年収106万円または130万円未満の人たち。およそ760万人いるうちの98%が女性です。
導入当時、専業主婦と共働き世帯の割合は6対4でしたが、今は3対7で逆転しています。夫婦2人とも年金保険料を払っている人たちからすると、保険料を納めずに年金を受け取れるのには不公平感がありますし、先ほど言ったように、今はこの制度が「働き控え」の主な原因とされ、女性の働く意欲を妨げているという批判もあります。
このため連合は、3号の対象となる基準額を徐々に下げ、最終的に全員が国民年金かパート先の厚生年金に加入して第1号被保険者になることを提起しています。ただ、混乱を防ぐため、10年ほどの移行期間を設け、子育て世帯などには一定の配慮も併記しています。
国民民主も、おそらくは立憲民主も、働き控え対策はこの連合の方針に則っていくと思われ、となるとなおさら、今回の基礎控除額の引き上げは、減税政策の意味合いが強いと感じます。いつから、どこまで引き上げるのか、財源の手当てはどうするのか、私たちの生活に直結するだけに、議論の行方に注目です。
発動して当たり前の「トリガー条項」
最後に「トリガー条項」について説明します。これは、レギュラーガソリンの全国平均価格が3か月連続でリッター160円を超えた場合、ガソリン税53.8円のうち25.1円の徴収を止める仕組みです。逆に3か月連続でリッター130円を下回れば、元に戻します。
2010年、民主党政権当時に設けられましたが、翌年に東日本大震災が起き、復興財源確保を理由に今も凍結されたままです。近年の価格高騰で国民民主など野党側は解除を求めましたが、「地方の税収が減る」などとして与党が見送り、代わりに石油元売り会社への補助金で価格を抑えています。
この際言いますが、ガソリン税はおかしいことだらけです。そもそもトリガー条項で徴収停止する25.1円って、50年前に道路整備のため暫定的に上乗せされたのが、今も「特例」で取られ続けています。つまり、トリガー条項はガソリンの購入者から余分に取っている分を「元値が上がったらお返しします」という制度ですから、発動して当たり前だと、私も思います。
さらに、二重課税の問題もあります。ガソリンや軽油の小売価格は、元々のガソリン価格に税金が乗って、その総額に消費税がかかった値段です。税金にも消費税がかかるので二重課税で、結果としてガソリン価格のおよそ4割が税金です。
さて、少数与党の国会運営は空転や混乱の恐れもありますが、一方で、これまで数の力で抑えられていたさまざまな問題が浮かび上がり、解決を図る機会にもなり得ます。日本はここで変われるのか――ある意味、これが総選挙で示された民意だった気がしています。
◎潟永秀一郎(がたなが・しゅういちろう)
1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。
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