残酷な戦争を童話で描いた野坂昭如の "ファンタジー" 朗読と音楽で表現『イノチノコト 忘れてはいけない物語』
RKB毎日放送 / 2024年11月12日 18時20分
作家、野坂昭如が遺した『戦争童話集』の朗読に挑戦しているグループが福岡にいる。若き日に劇団女優だった居酒屋の女将が企画、演奏家たちがそれぞれの楽器で盛り上げる。朗読劇を取材したRKB神戸金史解説委員長が11月12日のRKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』で詳しく伝えた。
『戦争童話集』を朗読する
11月7日と8日、福岡市である朗読劇が催されました。タイトルは『おとがたり朗読劇イノチノコト忘れてはいけない物語』。読むのは、野坂昭如さんの短編12編を集めた『戦争童話集』という本です。毎年2編ずつ朗読していこうというプロジェクトが進んでいて、2022年の初回をこの番組で紹介しました。
野坂昭如著『戦争童話集』(中公文庫、1980年、税別514円) 戦後を放浪しつづける著者が、戦争の悲惨な極限に生まれえた非現実の愛とその終わりを「八月十五日」に集約して描く、万人のための、鎮魂の童話集。 【2022年】「ソルジャーズ・ファミリー」「凧になったお母さん」 【2023年】「年老いた雌狼と女の子の話」「赤とんぼと、あぶら虫」 【2024年】「干からびた象と象使いの話」「ぼくの防空壕」
イラストレーターの黒田征太郎さんも全面協力しています。今回は「干からびた象と象使いの話」をご紹介したいと思います。
”放し飼いの象”がいた
(昭和天皇の終戦放送)
「朕(ちん)深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ……」
(朗読の声)
「昭和二十年、八月十五日
町のはずれから、さらに十二キロ入った山あいの、朽ちた水車小屋の中に、象というには、まことに貫禄のない、しごく痩(や)せた一頭と、年齢性別これまたあまり衰えていて、そのさだかにうかがえぬ一人の男が住んでいました。」
朗読しているのは、リュンコさん。博多区古門戸町の居酒屋「博多うまか遊び庵」の女将さんをしています。そして、構成・演出はCMプランナーの持原淳二さん。福岡で有名なあの「博多通りもん」のCMを長年手がけてきた方です。
【リュンコ(語り)】
1953年西宮市出身。高校卒業後「演劇センター付属青山杉作俳優養成所」を経て、75年、山川三太率いる「劇団究竟頂・銀テント」旗揚げに参加。野坂昭如さんの代表作『エロ事師たち』の登場人物から、芸名を「リュンコ」とする。退団後、96年に福岡市で和食「博多うまか遊び庵」開店。
【持原淳二(脚本・構成・演出)】
1957年生まれ、北九州市出身。CMプランナー・CMディレクターとして43年。「博多通りもん」「マルボシ酢」「人権CM」など、これまでに約1000本以上のテレビしーえむを制作。自身6種類のがんを患い、その体験談を基に講演活動を行う。
野坂昭如さんが紡いだファンタジー
朗読役はもう1人いまして、田中富士夫さんです。
【田中富士夫(語り)】
1980年より劇団テアトルハカタにて演劇を学ぶ。今日まで43年間役者、タレント、マネージャーとして芸能の世界に携わる。舞台「つりしのぶ」、「キューポラのある街」、「火曜サスペンス劇場」、「東芝日曜劇場」、ラジオドラマ「NHKFMシアター」など。
田中さんが冒頭、この舞台の意味を紹介してくれました。
(朗読)
戦時中の1943年(昭和18年)8月16日、空襲による爆撃で檻が破壊し猛獣類が脱出する恐れがあるとして、東京都は上野動物園に「1ヶ月以内に猛獣を殺処分せよ」と「戦時猛獣処分命令」を出しました。そして、日本中の動物園の猛獣たちの殺処分命令も下されたのです。わが子のようにいつくしんで育てた動物たち。自分を信頼しきっている動物たちの命を、自らの手で殺さなくてはいけなかった飼育員と職員たち。これは動物園史上、最もおぞましい殺害劇となったのです。
実はこの命令には、動物たちの悲劇的な死を国民に知らしめることで、戦況悪化の覚悟を求め、敵国に対する憎しみを倍増させるという、軍当局の意図が背景に隠されていたのです。
非常に悲しいというか、おぞましいというか……。実際に、熊本の動物園では象が殺害されていて、その時に目撃した少年がまだ生きておられます。お父さんがゾウの飼育員だったのです。この金澤敏雄さんにリュンコさんたちは会いに行って、聞き取りなどもされています。殺害を命じられたお父さんが実際に電気ショックを与えて命を奪うところを金澤少年は見ていたのです。
オリジナルの音楽に乗せて
このファンタジーの中で、象使いの小父さんは餓死させるように命じられましたが、こっそりと食事を与えてしまうのです。でもばれてしまう。いよいよ殺害を迫られた時、小父さんは象を連れ出して郊外の山の中に匿った……そんな物語なのです。2人の朗読に音楽が乗ってきます。ピアノとバンドネオン、それからコントバスです。
(演奏と朗読)
サーカスから動物園とせまい檻の中でばかり暮らして来た象は、はじめ元牧場の、その広さにとまどっていましたが、なれてしまうと四方八方に走りまわり、自分のスピードにびっくりしました、今まではただのそのそ歩くだけでしたから。
春めいて来ると、あたらしい木の芽や、若草など、乾藁とくらべものにならない御馳走が一面に用意され、鳥の声だって動物園で耳にしたのとちがい、一段と澄んでいます。象は、ただ無邪気にはしゃいでいたけど、小父さんは常に四方に眼をくばり、だって、日本の山奥に放し飼いの象がいるなんて分かったら、いくら非常時だって、とんでもない騒ぎになります。
「放し飼いの象」が誕生してしまった……まさにファンタジーです。実際にはなかったことですが。音楽も軽快で、「いくら非常時だって、とんでもない騒ぎになります」なんて感じで語られます。曲は全部、オリジナルで創作したものです。作曲したのは、ピアノを担当した矢田イサオさんです。
【矢田イサオ(作曲・ピアノ)】
長崎市出身。大学在学中ニューオリンズ・ジャズフェスティバルに出演。第7回イムズ・ジャズバンドコンテストにてグランプリ。九州各地のCM、イメージソング、よさこい楽曲の制作や、CMナレーション等で活動。現在、「カワムラ☆バンド」のピアニストとして、全国各地で精力的に活動中。
バンドネオンの川波幸恵さんは、今回この番組にも出ていただきましたけど、素晴らしかったです。アコーディオンのような楽器で、タンゴの伴奏楽器として知られています。
【川波幸恵(バンドネオン)】
宗像市出身。第1回チェ・バンドネオン世界大会優勝者。福岡女学院、東京音楽大学卒業。劇2020年夏、地元福岡で「タンゴ三姉妹+」を結成。「アストル・ピアソラ国際音楽コンクールトラーニ2021」アンサンブルの部で優勝。
朗読にこんなリズムが乗ってきます。音楽は非常に楽しく、そして悲しく、朗読を盛り上げていきます。
【杉泰輔(コントラバス)】
1971年生まれ。20代後半よりプロとしての活動を開始。福岡市を拠点に活動中。中洲JAZZ、宗像JAZZ、Art-plex熊本などの大規模なイベントへの出演も多数経験している。
飢えていく小父さんと象
小父さんと象は、だんだん飢えに悩まされていきます。
(昭和天皇の終戦放送)
「堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キ……」
(朗読)
八月十五日に戦争が終わりました、平和になれば象と象使いは人気者です、しかも、日本には他に象が一頭もいなかったんですから。でも、象は小父さんが死に、そして自分ももうじき死ぬと分かった時、紙のように軽い小父さんの死体を背中に乗せ、ひょろひょろと、どこかへ行ってしまいました。
「象使いなど戦争に役に経たぬ。軍需工場で働けと命令されていたのを逃げたのですから、もどればたちまち憲兵か、警察に捕まってしまいます」(文庫本44ページ)ということで、小父さんは山の中で飢えながら象と暮らしていましたが、亡くなってしまうのです。象も痩せてひょろひょろになってしまいます。野坂昭如さんの発想は、すごいですよね。
そして、今流れてきた音楽は、この「おとがたり朗読劇イノチノコト」のテーマ曲です。矢田イサオさんが作曲しました。毎回この音楽が流れて、物語が始まる。バンドネオンがぐーっと入ってくる。こんな風に音楽に乗りながら朗読が行われる、この「おとがたり朗読劇」。2024年の公演は3回目でした。戦争童話集は12話ありますので、「まだまだこれからも毎年続けていこう」とスタッフ・メンバーの皆さんは心を決めています。またご紹介できるチャンスがあったらいいなと思っています。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園障害者殺傷事件やヘイトスピーチを題材にしたドキュメンタリー最新作『リリアンの揺りかご』は、9月から各種プラットホームで有料配信中。
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