スタートアップ企業の”出現率” 最も高いのは福岡県・北九州市 30代起業家が口をそろえる「破格の補助金」と「エンジニアにとって良い土壌」
RKB毎日放送 / 2024年12月29日 10時1分
いわゆる「スタートアップ企業」の誕生が際立っている自治体がある。
帝国データバンクが創業5年未満の企業の割合を調査したところ、北九州市の2つの行政区が11%と、全国で最も高かった。全国平均のおよそ3倍だ。
かつて、修羅の街、とも呼ばれた北九州市で、なぜ起業が相次いでいるのか。
大手企業など10社以上の顧客 注目のスタートアップ企業
北九州市小倉南区にオフィスを構える「トライオーブ」。
社長の石田秀一さん(39)は、去年2月、起業した。社員26人と共に、主にロボットの開発、製造、販売などを行う。
この日見せてくれたのは、円盤にタイヤにあたる直径10センチの球体が3個ついた「運搬ロボット」。
数百キロもの重い鋼材を乗せて、前後左右どの方向へも、滑らかに自由自在に移動する。
高性能なモーターで制御し、ミリ単位の正確な動きを実現した。
トライオーブ 代表取締役CEO 石田秀一さん
「今運んでいる鋼材は、150キロくらいです。1台で300キロくらいの重量のものが持てますので、2台トータルで600キロくらいまで運べます。さらに、我々今1トンのロボットも開発中ですので、2台だと2トンだとか、大きい物だと3トン4トンとかけ算でできるようにしています」
起業して1年に満たないが、すでに大手企業を含め10社以上の顧客を持つ注目のスタートアップ企業だ。
トライオーブ 代表取締役CEO 石田秀一さん
「自動車メーカーさんとか半導体メーカーさんとかですね、鉄鋼業から輸送業とかそういったところに幅広く、一緒に、今までの車輪とは違うような全方向の移動の価値を皆さんと作っていこうとしているところです」
石田さんは、福岡県福智町出身。
九州工業大学大学院で博士課程を終了した。
自律移動ロボットの世界的な競技会であるRoboCupSoccerでチーム代表として日本大会優勝、世界大会技術部門2位を受賞するという華々しい経歴も持つ。
卒業後、佐賀県にある産総研九州センターで10年間、製造業向けの生産システム/プロセス評価に関する研究に取り組んだあと、北九州市で起業した。
今、北九州市で、様々なスタートアップ企業がうまれている。
帝国データバンクによると、設立5年未満のスタートアップ企業の割合を示す「出現率」は、北九州市の小倉北区と小倉南区がともに11%で全国1位だった。
さらに、八幡西区が8.9%と4位にランクインしている。(2023年12月末時点)
帝国データバンク・情報統括部 旭海太郎 副主任
「北九州市の1つの区が入っているだけであれば偶然だったのかなと思えるんですが、小倉北区と小倉南区がそれぞれランクインして、また八幡西区も上位に入っている。そうした意味では北九州市が全体として高まっていると言えるだろうなとみています」
最大2000万円 破格の補助金
前出の「トライオーブ」は当初、福岡市に拠点を置く案も検討したが、最終的に北九州市を選んだ。
北九州市は、かつて製造業で栄えた「ものづくりの街」。この地域には、高度な技術を持つ人が多く存在しており、彼らを巻き込むことで、技術継承や高品質な製品づくりが可能だと考えたという。
それに加えて、石田さんはもうひとつ理由をあげた。行政による手厚い支援だ。
トライオーブ 代表取締役CEO 石田秀一さん
「起業するには、一般に考えられている金額よりも、1桁ないし2桁くらい大きいお金がかかります。そうした中で、北九州市は補助金の金額が、ほかの自治体に比べて手厚かった。さらに市の担当者が実際にお客様のところまで同行してくれる。『うちの市のスタートアップにこういうところがあるんですけど、おたくで使えませんか』とか」
北九州市は、市を拠点に事業成長を目指すスタートアップ企業に対して、最大で2,000万円の補助金を交付している。
帝国データバンクの旭さんによると、スタートアップ企業に対し自治体が交付する補助金は、一般的に「高くても1000万円」が相場だという。北九州市の2000万円がいかに破格であるかが分かる。
大企業とのマッチング 手厚い”伴走支援”
北九州市による企業への支援策の中で、帝国データバンクの旭さんが特に注目するのが、地元の大企業とのビジネスマッチングを支えるサポートシステムの存在。新興起業にとって、行政の「信用」は何よりありがたい。
帝国データバンク・情報統括部 旭海太郎 副主任
「北九州市が導入している”グローバルアクセラレーションプログラム”というものがあって、そこで大企業とのマッチングプラットフォームが出来上がっているんです。これによって大企業と繋がることができて、大企業がお客さんになれば安定して経営できる事にも繋がる。起業した方からは、そこに感謝する声が多く聞かれますね」
手厚い支援の拠点となっているのが、COMPASS小倉。
JR小倉駅から徒歩4分の場所にあり、会議室やシェアオフィスを備えている。
COMPASS小倉 福岡広兵 事務局長
「まさに初期の段階にある起業家に対して、事業のアイデアをブラッシュアップしていく、事業計画書の書き方をサポートする、実行していくためには資金調達が必要になるので資金を投資してくれるベンチャーキャピタルの方とのセッティング、お会いしていただくような機会を提供するようなことからさせていただいています」
工業系の大学や高専「エンジニアにとって良い土壌がそろっている」
フリーランスのウェディングプランナーとカップルをマッチングし、スマートフォンだけで結婚式を全てプランニングできるビジネスを立ち上げたのが、ParaLux(パララックス)の村田里史さん(32)だ。
村田さんは山口県出身。
2016年に九州工業大学大学院を卒業後、大手電機メーカーに就職。
3年で退職し、2019年に起業した。
ご祝儀もスマホで送ることができるなど、ユニークなサービスが注目を集め、今や顧客の半数以上が関東圏から。
毎年右肩上がりに成長している。
ParaLux 代表取締役・CTO 村田里史さん
「大手企業だから何年後にこうなって何年後にどんなポジションになってとか、給料もある程度わかってしまう。人生の振れ幅の様なことを考えたら自分で起業した方が人生楽しめるかもしれないと思った。起業するって考えた時に、調べると企業家に優しい街って出てきて、コンパスっていう施設を知って、ここでやったらいいじゃん!って」
支援体制の充実に加え、村田さんは、北九州市で起業するメリットとして、人材が集まりやすい環境、をあげた。
ParaLux 代表取締役・CTO 村田里史さん
「北九州市には、九州工業大学だとか高専があって、エンジニアにとっては良い土壌がそろっているというか。本当に実弾で言うキャッシュと、人的リソース(資源)みたいなところが良かった」
職住が近接 ランニングコストの低さもメリット
スタートアップといえば、九州最大の商業地・福岡市も力を入れていて、北九州市よりひとあし早く2017年に、「FukuokaGrowthNext(FGN)」を立ち上げている。
今回、帝国データバンクの調査では、北九州市の2つの区が、その福岡市中央区(7位)をおさえて全国トップになった。
「ミラリンク」社長の佐取直拓さん(34)も九州工業大学大学院を卒業後、大手メーカーに務めたあと、2022年にコンパスのサポートを受けて北九州市で起業した。
佐取さんの自宅は、JR小倉駅から電車で10分の最寄り駅から徒歩3分の場所にある。
午前7時半、佐取さんが自宅を出て向かったのは、徒歩1分で着く保育園。
長男(2)を送ったあと、車でオフィスに向った。
保育園からオフィスまでにかかった時間は、15分だ。
新幹線も停車する小倉駅から約15分という好立地にありながら、自宅近くで保育園を確保することができる。
北九州市では「小倉北区の一部を除いて保育園に困ることはない」と言われていて、佐取さんは「時間を有効活用できる環境は、公私ともにメリットだ」と話した。
ミラリンク 社長 佐取直拓さん
「かなり家賃とかは安いので、多分東京の半額位で借りることができるんじゃないかなと思っています。私たちのオフィスとかも北九州市が運営しているところから借りているのでかなりお安くはなってるんですけど、月に大体5万円くらい」
事業が軌道に乗るまでの資金繰りが大変な時期にも、住宅費用やオフィスの賃料などの固定費が抑えられる。ランニングコストの低さも、北九州市での起業を後押ししているとみられる。
大手メーカーで感じた”日本の製造業の弱み”「技術はあるのに・・・」
ミラリンクは、金属加工を依頼したい発注者と工場をマッチングさせる「めたまっち」というサービスなどを展開している。
「新しく金属部品を調達したくてもどこに発注したらよいかわからない」そんなニーズに応える、製造業の街・北九州ならではの事業だ。
ミラリンク 社長 佐取直拓さん
「日本のモノづくりって世界ナンバーワンだってよく言われていたと思うんですけど、ちょっと今そういうことじゃないんじゃないか、過去の栄光なんじゃないかなって思っていてもっともっと製造業を盛り上げたいっていうところが一番の原動力になっています」
佐取さんは、技術者として勤務していた大手メーカーで、日本の製造業が抱える弱みを垣間見た。
多くの優秀な技術者が卓越した技術を持っているのに、DX化されていないがために、例えば、宝ともいえる設計図がアップデートされないまま眠っている。
技術者同士が設計図や知見を共有できるシステムがあれば、今の時代が求める製品を開発できるのに、それができていないと感じた。
この日、佐取さんは、創業70年を超える北九州市の老舗企業・戸畑製作所に向った。
戸畑製作所社内にある大量の設計図や顧客情報などをAIで管理する、新しいサービスを提案するという。
戸畑製作所 代表取締役社長 松本敏治さん(46)
「佐取社長も金属・材料の専門家ですので、言葉がわかる。打ち合わせをしていても、データ屋さんと違って話がわかるのでやりやすい。フットワークが軽くて技術屋さんがベースの割にはあまり内にこもってなくて、バイタリティがあって面白い 方だと思います。手を携えて一緒に成長していければ嬉しい」
佐取さんは、商工会議所で行われた自社サービスの説明会で、戸畑製作所の松本社長と出会い、そこから一気にビジネスパートナーになった。
「”一肌脱ぐ”土地柄もあるのかな」
34歳の若き社長と46歳の老舗起業経営者のふたりを引き合わせた、北九州市。
市のスタートアップ推進課で支援を担当する小濵隼人さんは、「できるだけ顔を突き合わせて悩み事とかニーズとかを教えていただいて、それを限りなくかなえていくことができるような支援を心がけている」という。
長年、市の商工畑を歩んできたが、その中で感じることがある。
スタートアップ推進課 係長 小濵隼人さん
「よく一肌脱ぐって言いますが、そういう人柄というか土地柄というのがあるかと思います。なかなか最初は仲良くなりづらい部分があっても、一度仲良くなるとどこまでもお節介と言われるくらい世話焼きになるっていうような土地柄は感じますね」
北九州市は、人口減少や高齢化などの問題に直面し、課題先進都市と言われている。
小濵さんは「スタートアップ企業が、北九州市に人もカネも集めてくれる。行政が支援することは、市民の安心安全な暮らしを守ることに繋がるのです」と力強く話した。
スタートアップ企業は、果たして都市の課題を救うのか。北九州市のこれからに注目したい。
RKB毎日放送 記者 田尻貴博
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