出産した子は「浸軟児」だった 20歳のベトナム人技能実習生の行為は「遺棄」にあたるのか 検察側”懲役1年6か月を求刑” 弁護側は”無罪”主張【孤立出産で罪に問われる女性たち】#4
RKB毎日放送 / 2025年1月17日 17時45分
「交際相手の家のごみ箱に死産した赤ちゃんの遺体を遺棄した」として起訴され被告人となった20歳のベトナム人技能実習生の裁判。
妊娠の事実を誰にも知らせず、検診にも行かず、ひとり出産するー「孤立出産」ののち死体遺棄の罪に問われた実習生に、検察側は懲役1年6か月を求刑した。
最大の争点は、死産した直後にとった行為が「遺棄」にあたるかどうかだ。
一方でこの裁判は、「母子を救う術はなかったのか」という問いも突きつけている。
弁護側は、最終弁論で「死産という絶望にある女性にまず求められるのは、司法的アプローチではなく、肉体的精神的なケア、福祉的アプローチだ」と訴えた。
交際相手の家で死産した赤ちゃんの遺体をごみ箱に遺棄したとして起訴
死体遺棄の罪に問われているのは、ベトナム国籍の技能実習生グエン・テイ・グエット被告(20)。起訴状によると、グエン被告は2024年2月、福岡市にある交際相手の家で死産した男の赤ちゃんの遺体をビニール袋に入れ、ごみ箱に遺棄したとされている。
帰国を免れようと孤立出産 「遺棄していない」と起訴内容を否認
これまでの裁判でグエット被告は「まったく違います。遺棄していません、無罪です」と起訴内容を否認。法廷で当時の心境について証言した。
グエン・テイ・グエット被告(20)「妊娠に気付いた時はとても心配しました。ベトナムの父と母のこと。それと帰国させられると。とても怖くて誰にも相談できなかった。(送り出し機関などから言われていたのは)ひとつは『恋愛をしてはいけない』。『異性の所へ行き来するのはだめ』。日本に行く目的はお金を稼ぐことで妊娠してはいけないということです。中国人の技能実習生が妊娠して帰国させられた話もされました」
ベトナムの家族の生計を助けるために実習生として来日したグエット被告にとって、帰国させられることは何としてでも避けたかった事態。死産したのは、来日前の元交際相手との子供で、勤務先にも交際相手にも誰にも相談できなかった。そして、病院を受診することもなく一人で出産した。
検察「お腹の子の健康や安全よりも稼働することを優先」
15日に行われた論告求刑公判。これまでの裁判と同様、傍聴席は支援者などで満席だった。
検察側は、グエット被告について、「帰国させられることなどを恐れ誰にも相談せず出産し、遺体を遺棄した」と主張したうえで、「父親に多額の借金をしてもらって来日していたたため、お腹の子の健康や安全よりも本邦で稼働することを優先させた」などと述べた。
被告の行為は「死体遺棄」に当たるのか 検察側と弁護側 異なる主張
グエット被告が問われた「死体遺棄罪」。
死体遺棄の定義については、検察側も弁護側も、「習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄しまたは隠匿する行為」としていて相違はない。
真っ向から主張が異なるのが、グエット被告の行為が「遺棄に当たるのか」という点だ。
検察側は、「被告は他者が死体を発見することが困難な状況を作出し、被告の供述などからその行為が埋葬の準備またはその一過程として行われたものではない」などと述べ、「男児をごみ箱内のごみと同列に扱うもの」「死者に対する一般的な宗教感情や敬けん感情を害するもの」とした。
そしてグエット被告に懲役1年6か月を求刑した。
検察側「望まない妊娠を他者に打ち明けることができなかった経緯に一定の酌むべき点があることなどを考慮しても、刑事責任は軽視できない」
出産した子は「浸軟児」だった
一方弁護側は、「遺棄」について、「死体の放棄・隠匿であればただちに『遺棄』に当たるというわけではなく、放棄行為自体の実質的意味が問われなければならない。遺体は被告自身が回収可能な場所に置かれていて、ごみ箱に入れても遺体に対する支配性は失われておらず、適時適切な埋葬を行うことを妨げたとは言えない」と述べた。
どういうことか。
弁護側によると、出産した子は子宮内で死亡した「浸軟児」だった。
法廷にたった産婦人科の医師は、「赤ちゃんのご遺体の表皮がむけている、そういった状況がございました」と証言した。
医師の証言によると、浸軟児の場合、「皮膚の防御作用がなくなって、身体の中に水がしみてくる。その赤ちゃんを子宮の中から取り出したときには、しみてきた水分が滴り落ちるとか、そういう水っぽい状況の身体になる。浸軟の発生頻度は比較的低く、浸軟の遺体に出会うのは数年に1回」だという。
グエット被告の弁護士「経験豊富な産婦人科医師ですら出会うことがまれな異常な遺体の状態、とりわけ、水を含んでいた状態も踏まえると、グエットさんが遺体をビニール袋に入れた行為を「習俗上の埋葬等と相いれない処置」ということはできない。そもそも、死体はむやみに人目にさらすものではないというのが一般的な宗教感情だと思います」
弁護側は、グエット被告の行為が出産直後だったことに言及。「肉体的・精神的に極限の状態でとりあえず取った行動にすぎない」「体力が回復し、周囲に相談して遺体をごみ箱から取り出そうと考えていた」とした上で、「グエット被告が遺体をあえて「投棄」しようとしたとはいえない」などと無罪を主張した。
求められるのは司法的アプローチではなく福祉的アプローチ
そして最後に、弁護側は孤立死産問題について次のように訴えた。
グエット被告の弁護士「子供は女性一人で妊娠するのではありません。本件のような事案を逮捕、勾留、起訴し、有罪にするということになれば、孤立死産はすべて女性ひとりが罪と罰を負わなくてはならないという誤ったメッセージを社会に発信することになりかねません。」
「孤立出産という形で妊娠・出産に係る事柄にすべて一人で対処しなければならないとなればその疲労もより大きなものとなります。そして生まれてきた子供が死産であった場合にはその疲労に加えて絶望も加わることになります。そうした孤立出産をしたものの死産であった女性に対して、出産後にまず求められるのは、司法的アプローチではなく、何よりも肉体的精神的なケアといった福祉的アプローチです」
グエット被告「私は無罪です」
15日の法廷。グエット被告は、ベトナム語で「私は子の遺体を投棄していません。その考えは一切ありません。私は無罪です」と述べた。
はっきりとした口調だった。
孤立出産の末、罪に問われたグエット被告。判決は今年3月7日に言い渡される。
死産した子の扱い 2023年最高裁の判断
技能実習生をめぐっては、2020年、ベトナム人技能実習生(当時24歳)が、死産した双子の遺体を段ボール箱に入れるなどして遺棄したとして死体遺棄罪に問われた。
1審2審とも有罪判決を言い渡したが、2023年3月、最高裁判所は1審2審判決を破棄し、無罪を言い渡している。
RKB毎日放送 記者 奥田千里
【参考】検察側が説明した事件の経緯と状況
検察側は事件の経緯や状況を次のように説明した。
【2023年7月】
グエット被告が食品製造会社で技能実習生として働き始める。
【2023年12月】
グエット被告は自分が妊娠していることに気付いた。勤務先に相談するとベトナムに帰国させられるかもしれないと思い、妊娠したことを周囲に相談できなかった。
【2024年2月2日】
グエット被告は博多区の勤務先に出勤したが、勤務中に腹痛に耐えられず午前10時ごろ早退。交際相手の家に帰宅した。その後、トイレで男児を出産した。死産だった。夕方、交際相手が帰宅すると、グエット被告がリビングの床に横たわっていた。服や床は血で汚れていた。交際相手は知人とともにグエット被告を病院へ連れて行った。その後、被告は別の病院へ緊急搬送された。グエット被告は病院を訪れた技能実習生を支援する組合の職員や警察官に、男児をごみ箱に捨てた旨申告した。警察官がその後、交際相手の家のごみ箱内から男児の遺体を発見した。
シリーズ:孤立出産で罪に問われる女性
交際相手の家のごみ箱に死産した赤ちゃんの遺体を遺棄したとして起訴され被告人となった、20歳のベトナム人技能実習生の裁判。技能実習生はなぜ孤立出産にいたったのだろうか。
このエピソードの関連リンクは以下からご覧頂けます。
#1 孤立出産で罪に問われる女性たち 異国で死産した20歳の技能実習生は男児をごみ箱に「置いたのか」「捨てたのか」 傍聴人で埋め尽くされた法廷の記録
#2「警察に聞かれたら『ウェブでみた』と答えて」被告の交際相手の男性が”口止め”証言 孤立出産で罪に問われる女性たち
#3「おなかを抱いて前屈みになったら赤ちゃんが出てきました」孤立出産で罪に問われる女性たち
外部リンク
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