「国境通信」農園での結婚式~困難の中にあってもそれぞれの人生を生き抜く人々 川のむこうはミャンマー ~軍と戦い続ける人々の記録#10
RKB毎日放送 / 2025年1月23日 15時10分
2024年3月にこれまで勤めていた放送局を退職した私は、タイ北西部のミャンマー国境地帯に拠点を置き、軍政を倒して民主的なミャンマーの実現をめざす民衆とともに、農業による支援活動をスタートさせた。
活動が思うように進まない中、一時帰国中の私に、仲間である避難民のアインから1本の動画が届いた。
私は思わず「おめでとう」とつぶやいた。
美談にはしたくないが、多くの人に知ってほしい1組のカップルがいる。
◆時間だけが過ぎていく日々 無力感と焦燥感
帰国後、できるだけ早く現地に戻りたかったのだが、体調を崩してしまうなど予期せぬことがいくつか起きて、結局1か月半近くも日本から出ることができなかった。その間もアインとは毎日のようにメッセージのやり取りがあり、オクラの収穫が始まった様子などが、写真とともに送られてきていた。サンディのお腹の中の子供も、順調に大きくなっているという。
早く現地に行きたい思いが募るが、実際には、いま私に求められているのは現地で農作業を手伝うことではなく、新しく野菜の販路を作ることであり、協力企業を探す作業は日本に戻っている今こそやるべきことだった。いろんな人にアポイントを取っては現地の状況を説明し、農業に限らず、避難民の人々に収入を提供する事業のヒントを得ようとした。しかし、もちろん簡単なことではなく、時間だけが過ぎていく日々に、私は無力感と焦燥感を募らせていた。
◆まるで映画のワンシーンのような美しい結婚式
そんなある日、アインから映画のワンシーンのような美しい動画が送られてきた。
農園の一角に見慣れない机が置かれていて、若い男女が二人、席を並べている。
男性の方はこの農園の古株の一人であるチョー(仮名)だが、何かいつもと様子が違う。画質の荒い動画を注意して見ると、髪をきれいになでつけ、小ぎれいな服装をしているのが分かる。私が普段目にする彼は、(農作業中だから当然なのだが)ボロボロのスポーツウェアを着て、強い日差しを避けるため、帽子の下にタオルをかぶっているような姿なので、不思議な感じがした。
そして隣に座るドレス姿の女性は、やはり農園での生活が長いミン(仮名)で、はにかんだ笑顔を浮かべている。
新郎新婦の席なのだとすぐにピンときた。2人は、何かを確かめるようにお互いの顔を見つめ合い、宣誓書のようなものにサインした。私は思わず「おめでとう」とつぶやいた。そして、「こんなに質素なのに、こんなに美しい結婚式」に出席できなかったことを少し残念に思った。
◆31歳のチョーと25歳のミン
31歳のチョーと25歳のミンは、ミャンマー中央部の小さな村で平穏に暮らしていた。
クーデター後、「軍の支配はどうしても受け入れられなかった」というチョーは、武装ほう起した市民グループ「国民防衛隊=People’sDefenceForce(以下PDF)」に加わることを決意し、仲間とともに少数民族武装勢力の支配エリアに向かった。
クーデター前から交際中だった2人。実はミンには、いつか日本で仕事をしたいという夢があり、日本語の勉強も始めていた。クーデターによって一変してしまった国の姿を目の当たりにして、その思いはさらに強くなったという。しかし将来について相談したいその時に、交際相手のチョーはジャングル地帯に身を置き、ドローン部隊や物資補給部隊として、国軍との戦闘に参加している。国軍の支配に反発するチョーの思いにはもちろん賛同しているミンだが、先が見えない生活に耐えられなくなり、離れ離れになって約1年後、とうとうチョーに選択を迫った。
◆「戻ってこられないなら、別れて日本に・・・」ミンの決意
「戻ってこられないなら、別れて日本で仕事をする道を探す」
ミンと別れることは考えられなかったというチョーは、悩んだ末に一旦戦線を離れることを決意した。しかし、国軍はPDF参加者に対しては容赦なく弾圧する姿勢を示しており、地元の村に戻るのは自殺行為に等しい。
民主派のネットワークをたどって2023年11月、アインの農園に逃れると、その数か月後にミンを呼び寄せた。
◆農園にたどりついたふたり とにかくよく働くチョー 恥ずかしがり屋のミン
言葉の壁もあり、私はチョーとあまり会話をしたことはなかった。だから、寡黙な青年という彼に対する印象は、もしかしたら間違っているのかもしれない。農園で目にする彼は、とにかくよく働く。重い荷物を担ぎ上げても表情一つ変えず、ただ黙々と作業を進める姿は実に頼もしく、アインからの信頼も厚い。
そしてミンは、いつも控えめな笑顔を浮かべながら、チョーの後ろに隠れるようにしている印象で、こちらとも私は挨拶を交わす程度のやり取りしかしたことがなかった。
一度アインが私に「ミンは日本語を勉強しているんだよ」と話題を振って、日本語での会話を促したことがあったが、ミンは小さな声で「コンニチハ・・・」と恥ずかしそうに言うと、作業小屋の裏に逃げて行ってしまった。
そんなかわいらしいカップルの2人が結婚した。
◆農園の隅に小さな小屋を建ててプレゼント お腹には新しい命も
実は二人はアイン一家が住む家に間借りしていたのだが、結婚を決めたことを機に、アインは農園の隅に小さな小屋を建てて2人にプレゼントしていた。お世辞にも快適とは言えない粗末な新居だが、二人のプライベートな時間が少しでも増えるようにという粋な計らいだ。
そしてミンのお腹には新しい命が宿っている。アインの子供の出産予定日も迫ってきた。この農園もさらに賑やかになりそうだ。
◆「妻と子供のため今は生活安定させたい でもいつかは戦線に戻るつもりだ」
2人の門出をもちろん心から祝いたいが、一方でやはり「将来に対して不安は無いのだろうか・・・」と考えてしまう。無いはずがない。母国の混乱が収束する見通しは全く立たず、農園の重労働で何とか生活をつないでいる。
そんな中で結婚し新たな命を授かるなんて、私だったら途方に暮れる。
チョーは「妻と子供のために、今は生活を安定させたい。でもいつかは戦線に戻るつもりだ」と話しているという。
想像を絶する困難の中でも、前を向き、自分たちの人生を生き抜く人々。
この状況を美談にしてしまいたくはないが、彼らがこうやって戦い続けているのだということを、より多くの人に知ってほしいとも思う。
(エピソード11に続く)
*本エピソードは第10話です。
ほかのエピソードは以下のリンクからご覧頂けます。
連載:「国境通信」川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録
2021年2月1日、ミャンマー国軍はクーデターを実行し民主派の政権幹部を軒並み拘束した。
軍は、抗議デモを行った国民に容赦なく銃口を向けた。
都市部の民主派勢力は武力で制圧され、主戦場を少数民族の支配地域である辺境地帯へと移していった。
そんな民主派勢力の中には、国境を越えて隣国のタイに逃れ、抵抗活動を続けている人々も多い。
同じく国軍と対立する少数民族武装勢力とも連携して国際社会に情報発信し、理解と協力を呼びかけている。
クーデターから3年以上が経過した現在も、彼らは国軍の支配を終わらせるための戦いを続けている。
タイ北西部のミャンマー国境地帯で支援を続ける元放送局の記者が、戦う避難民の日常を「国境通信」として記録する。
筆者:大平弘毅
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