1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「クスッと笑ってくれたら最高」24時間介護の10年を出版 脳出血の夫は文字盤で毒舌

RKB毎日放送 / 2025年2月12日 14時7分

突然の病でパートナーが全身マヒとなり、24時間介護となったら…。眼球の動きで夫の意思を把握している妻が、軽妙な筆致とマンガで記録した書籍を出版した。2月11日放送のRKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』で、夫とかつて同僚だった、RKBの神戸金史解説委員長が紹介した。

マンガと笑いでつづる24時間介護の10年

今日は、スタジオに本を持ってきました。『眼述記全身マヒになった夫が文字盤で最初に示したのは「さわるな」の4文字だった。』(文・マンガ:高倉美恵、忘羊社刊、税別1750円)です。

眼球が動くので、文字盤を指し示して意思表示できる。でもそれ以外は全身マヒという状態。そんな夫と暮らしている高倉美恵さんが書いた文章とマンガで構成されています。本の帯には、「ダメでガサツな妻だけど絶望だけはしたくない。脳梗塞で倒れた”毒舌”の夫と文字盤でバトルしながら駆け抜けた10年の記録」とあります。

【高倉美恵さん】 1965年、北九州市生まれ。京都府立東稜高校卒。1983年から、京都、福岡、山口、東京などの3書店(9店舗)で勤務。1994年、西日本新聞での連載開始。2014年、夫・矢部明洋さん(当時51歳)が脳出血を発症し、全身マヒに。以降、在宅での24時間介護を続ける。著書に『書店員タカクラの、本と本屋の日々。…ときどき育児』(2006年、書肆侃侃房)。

高倉美恵さんは、元書店の店長さん。ライターでもあり、マンガ付きで子育てエッセーを毎日新聞に連載していました。その連載を担当した学芸記者は、夫の矢部明洋さん。RKBラジオにもコメンテーターとして出演していました。

【矢部明洋さん】 1963年、京都市生まれ。87年に毎日新聞社入社。静岡支局、福岡総局、山口支局を経て、西部本社学芸課長時の2014年、脳梗塞と脳出血を発症。2019年退職。著書に、葉室麟さんとの共著『日本人の肖像』(2016年、講談社)、『平成ロードショー全身マヒとなった記者の映画評1999?2014』(2022年、忘羊社、イラスト高倉美恵)。

突然倒れた健康・毒舌の夫

マラソンでは3時間半を切る市民ランナーの矢部明洋さん(当時51歳)が、「全身がしびれる」と言い出したのは2014年11月の深夜。救急車をいったん呼んだのに、「体のしびれがなくなった」と言うので返してしまったことを、高倉美恵さん(当時49歳)は今も後悔しています。矢部さんはすぐに2度目の発作を起こしたのです。

身体をさすったり、声をかけたりしながら付き添っていた発症110日目。名前を聞かれた矢部さんが、アクリル製の文字盤を目で追ったのです。「耳が聞こえ」「質問の意味が分かり」「自分の名前を覚えている」ことが初めて分かりました。

そして発症126日後に初めて意思疎通できたのです。最初の言葉は「さ・わ・る・な」でした。本から引用します。

毎日病院へ通い、音楽や落語を聞かせ、手や足をマッサージして刺激を入れていたら、この記念すべき第一声。(略)中身の間抜けさに笑えた。あまりにうれしくて、来られる看護師さんやリハビリスタッフに、私は大騒ぎして伝えた。「初めて言葉を伝えてくれたんですよ!でも『さわるな』って、ひどくないですか!?」(略)少しずつ長い文を視線で伝えられるようになったその10日後、彼は「タイミングが悪い」と言ってきた。食後すぐのマッサージはやめてほしい、ということらしかった。 (P.16「『二人掛かりで殺される』」2017年11月15日掲載)

そのころ矢部さんは、チューブで胃に栄養剤を注入していました。家族のマッサージで、その栄養剤が逆流して嘔吐してしまうのを恐れていたのです。

子煩悩で『オレ様』な夫のままだった

この本は、毎日新聞西部本社版の朝刊に高倉さんが連載している『眼述記~脳出血と介護の日々』をもとにしています。書いた動機を、高倉さんにうかがいました。

高倉さん:「介護がほとんどの日々」に突入したんですが、一つバランスが崩れたら、自分のメンタルを維持するのはギリギリなのかなと思う時もありますね。その中で、すごく面白かったこと、発見もたくさんあるんですね。介護なさるプロの方たちの工夫。訪問入浴のページがありますが、最初「畳2畳あったらどこででもお風呂に入れます」と言われたんですよ。びっくりしたんですけど、3名の方が来てから帰るまで45分、本当にその時間内で。でも、決しておろそかではない。ちゃんと人に対する感じで、丁寧にやってくださって、なんかほれぼれしたんですね。「これは面白いから人に伝えたい!」という出来事にいっぱい遭遇したんです。「きっと誰かの役にも立つんだろうな」と思って、書きました。

今は福祉サービスを使って少し楽になった部分もあるんですけど、寝ている時にも夫の吐息で「何か言いたいことがあるんじゃないか?」と起きる。言いたいことがある時は、上を見る約束です。そこで文字盤を取り出す。例えば「おしっこしたい」。夫の意思を確認するため、夜中に何十分かおきに起きて、「ちゃんと生きてるかな?」「大丈夫かな?」と気にしていたそうです。大変な生活だったと思います。もう少し、中身を引用してみましょう。

私が踊り出すほど喜んでいた頃、夫は自分を取り巻く状況をどう思っていたのだろう。「知能クリアなことをもっと早く分かってほしかった」「周囲の人々が、自分を意識障害がある人として見ているのが分かって腹立たしかった」という答えが返ってきた。 (P.55「『ハンズ』に走って文字盤を手作り」2018年10月18日掲載) たいへんに口が悪く、「オレ様」的で、家事などは一切しないが私に過度な要求もしない、子煩悩で子らのことを一番に考える、倒れる前と同じ、基本的には優しい人間のままだった。 (P.67「夫は、子煩悩で」『オレ様』な夫のままだった。」2019年5月8日掲載)

眼球の動きでの会話。本当に大変だと思いますが、意思疎通ができることは非常に心の支えになったと思います。高倉さんは「絶望的なことが起こったからと言って、そばにいる家族全員がずっと絶望してるワケにもいかないのだ」と書いています。当時、子供は高校1年生と中学1年生。「帰りたくない家にだけはしたくない。明るく楽ししげにしてる、という一点突破でやろうと決意した」と思っていたそうです。

7か月後から自宅で24時間介護に

福祉サービスの使い方など、高倉さんも初めて知った様々なことが書いてあり、挿絵がコミカルに入ってきます。福祉は「最大公約数的なマニュアルを下敷きに」「個々の状態に合ったやり方を探るものなんだな」と書いていました。なんと「排泄介助はつらいばかりじゃない」という回もありました。「ゲームで言えば、迷宮(ダンジョン)からの脱出法を考えるような感覚」だと。「ええー!?」と思いました。

衣服やシーツを1ミリも汚さずにキレイに拭き取ることができた時などは、「やるじゃんオレ」と、心の中で大きくガッツポーズである。 (P.137「排泄介助はつらいばかりじゃないと伝えたい。」、2021年12月8日掲載)

映画も担当する学芸記者だった矢部さん。大きな特注の車椅子に乗って映画館まで移動して映画を鑑賞したり、新幹線に乗って京都の実家に帰省したり。いろいろチャレンジするようになっています。

介助する自分ががんに

ところが、高倉さんはこの10年間で、実は2回もがんを発症し、手術を受けています。

いろんな偶然の重なりで治療可能なうちにがんを発見してもらい、イチロー並みの先生に執刀してもらえ、最短の入院で治療が済んで、私が入院中の介護は、大学生の息子と高校生の娘と夫の弟妹の力を借りてなんとか切り抜けることができたのは、やっぱりラッキーなことだったと思うのだ。そもそも夫が発症した時、息子は高校1年生で娘は中学1年生だったというのもそうとうなラッキーだ。子らがこれより小さい時だったら、と想像して何度もうちふるえた。 (P.249「そうだ。私は強運なのだ。」2024年5月8日掲載)

「なかなかの波乗り人生ではあるが」と書いているこの回のタイトルは、「そうだ。私は強運なのだ」です。強いなと思いました。ただ、高倉さんは「人間的に成長し困難を乗り越えた、とかいう話ではない」「介護中の人はもとより、なんか人生いろいろたいへんだぞ!と弱っている人が、クスっとでも笑ってくれたりしたら最高です」と、あとがきに書いていました。

高倉さん:自分の身の回りを自分の目から見ていると大変でも、外から見るとすごく面白い。その面白みが伝われば。もしかして「今すごく大変でつらい」と思ってる人に、「ちょっとでも違う角度でものを見られるよ」ということが伝わればいい。介護する方も、ほどほど。しんどいこともあるけどまあまあ楽しい、介護される方もちょっと我慢しないといけない時もあるけど大体は楽しい、みたいなところを探したいと思いますね。

「果たして僕はそういう風に思えるのかな?」と考えました。毒舌の矢部さんですが、毎日新聞社で同僚だったので、「基本的に優しい人だ」ということを、私はよく知っています。倒れてから後の夫婦のやり取りがあるから夫婦2人もっているんだろうなと、思います。

新聞コラム筆者を全身マヒの夫に交代!

この本は、毎日新聞に月2回連載している『眼述記』をベースにしているものですが、4月から執筆者が変わるんだそうです。高倉さんから、なんと夫の矢部明洋さんに。文字盤を使って矢部さんが連載を始めるのです。今までは介助する側が書いていたのですが、介助される側が書く。高倉さんは「10年間分の、私への文句がたくさん出てくるでしょう」とおっしゃっていました。もちろん、視線を読み取るのは高倉さんで、挿絵のマンガも担当します。タイトルは『真・眼述記』となる予定です。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年生まれ。学生時代は日本史学を専攻(社会思想史、ファシズム史など)。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。東京社会部での勤務後、RKBに転職。やまゆり園事件やヘイトスピーチを題材にしたドキュメンタリー映画『リリアンの揺りかご』(2024年)は各種プラットホームでレンタル視聴可。ドキュメンタリーの最新作『一緒に住んだら、もう家族~「子どもの村」の一軒家~』(2025年、ラジオ)は、ポッドキャストで無料公開中。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください