【おはよう短編小説】生きるために働いているのか? 働くために生きているのか?

ロケットニュース24 / 2012年3月29日 7時0分

【おはよう短編小説】私は保津川康夫。28歳まで市役所で働いていましたが百貨店の事務に転職し、現在に至ります。すでに47歳になりましたが、この年になってまだ悩み続けています。生きるために働いているのか? 働くために生きているのか? よくわからなくなることがあるのです。

近所の僧侶に話を聞いたところ「なぜあなたは生きることを意識するのだ? 生きるとは空気を吸っていることと同じ行為。あなたは空気を吸うことを意識しますか?」と言っていました。確かに、呼吸を意識することは少ないです。でも、呼吸を意識するときって苦しいときですよね。つまり私の今の生活は「苦しい」ということなのかもしれなません。

その僧侶は「働くことも意識すると苦しいものです。行動を意識すると、どんな行為でも負担になることがあります」とも言っていました。私は宗教的なことに関心はありませんが、「生きるために働いているのか? 働くために生きているのか?」を意識した時点で、自分に迷いがあるのかもしれません。

何事にも邁進(まいしん)し続ければ、たとえそれが辛くて厳しくても楽しくなって、苦しさを意識しなくなるものです。生き生きと働いている人たちは笑顔が素晴らしいし「つらそうに仕事をしている」って感じませんからね。私もそうやって働きたいものです。そういう意識を持って明るい人生を歩みたい。

お金も意識すると「もっと欲しい」と思ってしまう。仕事も意識すると「もっとラクで楽しい仕事をしたい」と思ってしまう。だから、あまり意識しないで自由に生きるのが一番なのかもしれません。自由なのが一番なのです。

でも私は、遺産目当てで家族を殺害した罪で逮捕され、無期懲役の判決を受けました。よって、私が50代のうちに刑務所から出ることはないでしょう。ですから、生きるとか働くとか、そういう悩みよりも日々を過ごすことだけで精いっぱいなのです。どうしてあんなミスをして証拠を残してしまったのか……。悔やんでも悔やみきれません。警察が憎いです。


このニュースをロケットニュース24で読む

●関連記事

ロケットニュース24

トピックスRSS

ランキング