高橋一生が語る、揺るぎない「自分だけの物差し」
Rolling Stone Japan / 2020年10月16日 18時30分
音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。物語から必要とされる役者を目指すーー 。そんなスタンスで俳優活動を続けてきた高橋一生。作品のメッセージを読み取り、現実との接点を見出し、職人的なこだわりで己の演技へと昇華する。そんな彼の思考を覗いてみた。
Coffee & Cigarettes 24 | 高橋一生
「基本的に役者は『形代(かたしろ)』でしかないと、僕は思っているんです。なるべく自分の存在を消して、作品の一部になりたいんです」
高橋一生。幼いころから、これまで数えきれないほどの役をこなしてきた俳優。映画『シン・ゴジラ』(2016年)ではオタクな研究員に扮したかと思えば、テレビドラマ『カルテット』(2017年)では一癖あるヴィオラ奏者、同年のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』では知力に富んだ家老の役を務めるなど、常に作品の中で強烈な存在感を放ってきた。しかも「高橋一生」というパーソナリティは極力排し、その役になりきり物語に「埋没」していく姿勢はまるで職人のよう。ここ数年はテレビや映画、舞台といった主戦場のみならずCM、ナレーションなどにも引っ張りだこで、お茶の間で見かけない日はほとんどないといっても過言ではない。
「『この役は、高橋一生にやらせてみたい』と思ってくれた人たちを喜ばせたいんです。思えば芝居を続けようと思ったきっかけも、小さい頃に祖母が僕のお芝居を見て喜んでくれたことでした。結局は、目の前にいる人のために演じているし、結果的にそれがカメラの向こう側にいる人たちにも伝わるんじゃないかと思っているんです」
Rolling Stone Japan vol.12掲載 (Photo by Mitsuru Nishimura)
そう言いながらタバコを取り出し、シルバー製のZIPPOで火をつけた。以前はステンレス製のものを使っていたが、シルバーの方がポケットに入れたときに重みを感じられるから気に入っているという。
幼少期から様々な「人格」を演じてきたからだろうか、高橋の中心には揺るぎない「自分だけの物差し」があり、それを基軸にライフスタイルを築き上げているように思う。それは、彼のインテリアやファッションに対するユニークなこだわりにも表れていた。
「インテリアに関しては、やりたいようにやった先に統一感が出ればいいかなと思っていて(笑)。例えば今、部屋の壁には祖父が作ってくれた凧を額に入れて飾っているんですけれど、それに合わせて和風な家具を置くつもりは全くない。ものすごくインダストリアルなテーブルを置いたっていいし、モロッコで買ってきたカーペットを敷いたっていい。気兼ねなく混ぜこぜにしていくのが楽しいんです。服の好みは、昔から全然変わってないです。汚れが目立たず頑丈な服が好きですね(笑)。機能が先にあって、それが結果的にデザインになっているような。例えばLeeのジーンズは、馬に跨がりやすいシルエットになっていたり、鞍を傷つけないようリベットではなくバータックになっていたりするのですが、そういうストーリーに惹かれて選んでいる傾向もあります」
週に数回は自炊するという高橋は、友人を呼んで得意料理を振る舞うことも多いそうだ。
「登山や自転車と同じように、料理も没頭できるから好きなのかも知れません。自宅に人を招いても、基本的に僕はキッチンに立ちっぱなしで、ずっと料理をしています(笑)。テーブルをお皿でいっぱいにして、それをみんなが美味しそうに食べてくれているのを遠くから眺めていたい。なんというか、自分を『いないもの』としてほしい願望があるのかもしれません。話題の中心にはなりたくなくて、みんなが団欒している様子を透明人間になって盗み見できたらいいのになあと思うこともあるくらいで(笑)。それは、作品の中で『自分』という存在を消したい気持ちにも通じるかも知れないです」
そんな高橋一生が、蒼井優と出演する『スパイの妻<劇場版>』 が10月16日に公開される。時は太平洋戦争前夜。貿易商を営む福原優作(高橋)と妻の聡子(蒼井)は、神戸の洋館で裕福な暮らしをしていた。が、あることをきっかけに衝撃的な国家機密を知ってしまった優作は、その証拠を世界に知らしめるため、「スパイ」の汚名を着せられることすら覚悟で着々と準備を進めていく。
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「あなたの『普通』が、誰かにとっては批判や攻撃の対象となる。今はそういう時代です」
東出昌大演じる神戸憲兵分隊本部の分隊長、津森泰治が幼なじみの聡子に言うセリフが胸に突き刺さる。「正論」や「正義」を盾に、少しでも自分と違う意見を徹底的に叩く現在のSNS社会は、「お国のため」という大義名分により人権弾圧がエスカレートしていった戦前の息苦しい社会から、少しも進歩していないのではないか?と暗澹たる気分にもなってしまうからだ。
「人間の醜さみたいなものが、コロナ禍に一気に出た感じはあると思います。今のSNSは、まるで歌川国芳が描いた浮世絵の『寄せ絵』(人物や動物を寄せて、字や人の顔を描いた作品)のよう。人間が束になり、一つの意思を持った存在のように誰かを攻撃している。けれど、反撃・反論されると、蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまうんです。地獄だなと思うのは、彼らに悪意がなかったりすることです。善意のつもりでやっていることが、誰かを深く傷つけてしまう。きっと、『スパイの妻』で描かれている時代も同じような空気だったのだろうと思います」
映画では、優作が自分のことを「日本人ではなく、コスモポリタン(世界主義者)である」と宣言するシーンがあり、高橋はそこに深く共感したという。
©2020 NHK, NEP, Incline, C&I
「自分の気持ちとドンピシャなセリフを言わせてもらえたなと感じました。『日本人として』とか『男として』とか、ある一つの概念だけに囚われてしまうと、視野の狭い考えになってしまう。自分が正しいと思っている固定概念を、いつでも壊せる準備をしておかなきゃいけないなと改めて思いました。俳優なので、今の自分とは真逆の考えを持つ人間を演じることも、きっとあるわけですから」
揺るぎない「自分だけの物差し」を持ちながら、常に価値観を問い直しアップデートを続けている高橋。今年12月に40歳を迎える彼は、これからの俳優人生にどのようなビジョンを描いているのだろうか。
「年相応の役をやりたいです。ハリウッドでも韓国でも、ヨーロッパでもインドでも、40歳くらいの俳優がガンガン主演を張っている。それって素敵なことだなと思うんです。いや、自分がずっと主役をやっていたいという意味では決してなくて(笑)、僕と同年代のお客さんがグッとくるような作品に関わりたいんです。そういう作品が日本でもっと増えて欲しいですし、そこで『高橋一生を使いたい』と思ってくださる方に、これからも出会っていけたらいいなと思っています」
>>すべての写真を見る
『スパイの妻<劇場版>』
監督:黒沢清
出演:蒼井優、高橋一生
10月16日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
高橋一生
1980年12月9日生まれ、東京都出身。数々の映画、ドラマ、舞台などで活躍。近年の主な出演作に、映画『億男』、『九月の恋と出会うまで』、『引っ越し大名!』、『ロマンスドール』、ドラマ『凪のお暇』、『竜の道 二つの顔の復讐者』などがある。本年は舞台『天保十二年のシェイクスピア』の演技において第45回菊田一夫演劇賞を受賞している。
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