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米投資会社がテイラー・スウィフトの原盤権を約312億円で買収した理由

Rolling Stone Japan / 2020年11月20日 17時30分

アメリカン・ミュージック・アワード2019でパフォーマンスを披露するテイラー・スウィフト(2019年11月24日、米カリフォルニア州ロサンゼルスのマイクロソフト・シアターにて)。 Kevin Winter/Getty Images

米投資ファンドのシャムロック・キャピタルは、テイラー・スウィフトが過去作の再レコーディングを行うにもかかわらず、まったく同じ楽曲の原盤権を取得するために3億ドル(約312億円)を支払った。一見すると馬鹿げているようなこの行為は、のちに莫大な利益をもたらすかもしれない。

言われなくてもわかっている。今週、音楽業界をもっとも賑わせた人物は、紛れもなくテイラー・スウィフトだ。彼女の同意なしにスクーター・ブラウンが米投資ファンドに初期アルバム6枚の原盤権を3億ドルで売却したというニュースに対し、スウィフトは雄弁かつ辛辣に反応した。

スウィフトがおかんむりなのも無理はない。スウィフトは、正当な市場価格で自身の原盤(マスター音源)に入札する機会をまたしても与えられなかったと主張している。それに、この取引で得をしたのは、どう見てもブラウンだ。ブラウンは、わずかな手数料でスウィフトがかつて所属していたレコード会社、ビッグ・マシン・レーベル・グループを事実上、手に入れたことになったのだから。2019年6月、ブラウンはおよそ3億ドルという今回とほぼ同額で、スウィフトの原盤とビッグ・マシン・レーベル・グループを会社ごと買収している。

>>関連記事:テイラー・スウィフトを憤慨させた、米エンタメ界の敏腕スクーター・ブラウンの野望

だが、シャムロック・キャピタル(別名シャムロック・ホールディングス)はいったい何を考えているのだろう? 米カリフォルニア州ロサンゼルスに拠点に置く名の知れぬ投資ファンドは、なぜ3億ドル以上を派手に使い、ブラウンからスウィフトの原盤を買い取ったのか? スウィフトは、いまやシャムロック・キャピタルの所有物となった楽曲の原盤の再レコーディングにはやくも取り掛かっており、過去作のシンクロ権(訳註:シンクロナイゼーション・ライツの略で、音楽とCM・DVD・動画などの映像を同期させて録音する権利、映画録音権とも呼ばれる)に関するリクエストを妨害する力をいまも有している。スウィフトは、この力をすでに思うままに行使してきた。この24時間、業界関係者はシャムロック・キャピタルの動機は何かと頭をひねり続けている。

表立って見えにくいものの、シャムロック・キャピタルと同社の4億ドル(約415億円)のIPファンドに投資した人々には正当な理由がある。
長い目で見れば、今回の取引が終わってから笑うのは彼らかもしれない。


理由 その1. 広い視野で見ると、シンクロ権の妨害はささいな行為

原盤権を取得したシャムロック・キャピタルを支持することを公の場で拒絶したスウィフトに対し、同社は意外にも冷静だった。「私たちは、(スウィフトさんの)作品の莫大な価値とこれらに付随する有利な条件を信じているからこそ、今回の投資を行いました」と同社は米現地時間11月16日に声明を発表した。「私たちは、スウィフトさんの判断を100パーセント尊重・支持します。当初はパートナーシップを期待していたのですが、こうした結果にもなり得ることは想定していました」。

シャムロック・キャピタルの「想定」の背後には、具体的にどのような根拠があるのだろう? それは次のようなものではないだろうか。米レコード協会(RIAA)が発表した統計によれば、米国のレコード音楽業界の2019年の総収入は111億ドル(約1兆1500億円)だが、シンクロ権使用料による収入(CMやテレビ番組のような商業フォーマットで楽曲が使用される際に支払われる料金)は、111億ドルのうち、わずか2.5パーセントだった。卸売ベースで考えたとしても、2億7600万ドル(約286億円)というシンクロ権の貢献は、たった3.8パーセントに過ぎない。

当然、スウィフトはシャムロック・キャピタルがシンクロ権によって利益を得ることを妨害できる。だが、フィジカル音楽の売り上げ、デジタルダウンロード、ストリーミング配信で同社が金儲けすることをスウィフトは止められないのだ。RIAAの統計によれば、フィジカル音楽などの売り上げは、累積的に米国の音楽業界の昨年の収入の97.5パーセントを占めている。

理由 その2. 過去作を再レコーディングした楽曲に差し替える道のりは、やはり険しい

「Shake It Off」、「Bad Blood」、「I Knew You were Trouble」といったテイラー・スウィフトの名曲の再レコーディングが可能な限りスムーズに進むと仮定しよう。スウィフトのとてつもない才能を考慮すると、それらは超一流クオリティのものになるだろう。それに加え、再レコーディングしたアルバムをプロモーションする際、SpotifyやYouTubeなどから適切なサポートも得られ、スウィフトのファンたちが与えられた義務をこなし、新たにレコーディングされた楽曲を再生することでシャムロック・キャピタルが所有するオリジナル音源を水に流してしまうと仮定しよう。スウィフトの録音された音楽のパートナーであるユニバーサルミュージック・グループ(UMG)もすべてを捨てて再レコーディングされた楽曲のマーケティングを行うとも仮定しよう。

これだけで音楽業界は2021年までトップニュースには事欠かないだろう。だが、そこから2年、5年、さらには10年後、こうしたことを気にする人なんているのだろうか? Spotifyのアルゴリズムのトリックが平常に戻り、UMGが大金を使い終わった後、次に何が起きるだろう? 広告主はさておき、消費者は初めてのキス、結婚式でのダンス、ティーンエイジャー時代の失恋のBGMだったバージョンの楽曲を最終的には聴きたいと思うのではないだろうか? それに、もっとも熱狂的なスウィフトのファンでさえ、新たにレコーディングされたアルバムをいつもストリーミングするのではなく、うっかり過去作を再生しないとも限らない(とりわけ、こうした判断がますますスマートスピーカーに委ねられているのだから)。

>>関連記事:テイラー・スウィフト、自分のヒット曲が演奏できない怒りを語る

再レコーディング楽曲が過去作を凌駕するという予測に疑問を持っている音楽業界関係者は、筆者だけではない。昨年、筆者が担当しているコラムに英バンド・スクイーズのフロントマンのグレン・ティルブルックが登場した際、ティルブルックは『Spot the Difference』(訳注:「まちがい探し」の意味)という何ともぴったりなタイトルの2010年のアルバムを制作するにあたり、過去のヒット作を忠実に再レコーディングしたときの出来事を語ってくれた。レコーディングし直した楽曲のシンクロ権使用料を広告主や映画製作者が手を出したくなるような手頃な価格にしようとしたスクイーズの企みは、いかにもスウィフト的だ。だが、この計画は完全に失敗に終わった。「10年経ったが、いまだに誰からもリクエストがない」とティルブルックは明かした。


スウィフトの試みが成功することを祈る一方、ティルブルックは「恐ろしいほどの時間、手間、カネがかかる」と人気歌手に警告した。さらにティルブルックは、このシナリオで見過ごされている別の側面を指摘した。スウィフトは、今後リリースされるニューアルバムの原盤の所有者となるため、レコーディング費用を負担することになるだろう。仮に再レコーディングが赤字事業となった場合——これはあくまで仮定の話だが——スーパーボウルで放送されるコカ・コーラの大々的なCMに「Shake It Off」のオリジナルバージョンをシンクロさせたいというリクエストにゴーサインを出すまで、彼女はどれだけ持ちこたえられるのか(シャムロック・キャピタルが所有する楽曲のパブリッシング・ライツ※からもスウィフトは利益が得られることを忘れてはいけない)?
※パブリッシング・ライツ:シンクロ権をはじめ、音楽著作権に関する幅広い権利を指す。法律による定義はなく、米音楽業界で認められている用語。

テイラー・スウィフトの大人気伝記映画はどうだろう? 映画スタジオは、スウィフトが30歳ではなく、14歳、17歳、20歳のときにレコーディングした音源を使用するライセンスを取得しなければならないのだろうか? 映画『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)で私たちが目の当たりにしたように、こうしたプロジェクトは次世代リスナーの間でのアーティストの人気を飛躍的にアップさせることができる。もちろん、スウィフトはこの点を抜かりなくこなしており、今年発売のアルバム『フォークロア』は、スウィフト史上もっとも人気かつ評価の高いアルバムのひとつだ。だが、いまから数年後、彼女はブラウンへの憎しみを理由に魅惑的なチャンスを本当に跳ね除けるだろうか?

シャムロック・キャピタルは、そうならないことを祈っている。

理由 その3. グッズとマルチプルという魔法の言葉

10月末にスウィフトがシャムロック・キャピタルに宛て、今週SNSで公表した文書には、興味深い点があった。そこでスウィフトは、「シャムロック・キャピタル(とスクーター・ブラウン)の取り決めにより、スクーター・ブラウンとイサカ・ホールディングスが今後何年にもわたって私の音楽の原盤、ミュージックビデオ、アルバムのアートワークの金銭的恩恵を受けると知り、とても失望しました」と述べた。

シャムロック・キャピタルの所有物となったいま、スクーター・ブラウンがスウィフトの原盤から今後も収益を得られる理由を筆者はいまだによく理解できていないのだが、シャムロック・キャピタルが初期アルバム6枚のジャケットのアートワークの権利を所有あるいは共同所有しているという事実には、かなりのビジネスポテンシャルが秘められている。それによって同社は、数十億ドル規模のグッズ市場からかなり大きなスライスのパイを毎年手に入れられるかもしれないのだ。録音された音楽とは異なり、どうやらスウィフトは、こうしたグッズの複製を法的に禁じられているようだ。

シャムロック・キャピタルの原盤取得により、音楽業界に結果としてもっとも大きなインパクトを与えるかもしれないもうひとつの魔法の言葉がある——それがマルチプル(倍率)だ。

Hipgnosis Songs Fundを創設したメルク・メルキュリアディス氏のような創造的破壊者のおかげで、パブリッシング・ライツは、音楽出版社取り分(NPS)の15〜20倍といった倍率で取引され始めている。原盤権はこうしたトレンドに乗り遅れているものの、売られる頻度と倍率は低い。しかし、スウィフトとシャムロック・キャピタルの高額取引は、すべてを変えてしまうかもしれないのだ。

音楽史を代表する録音された音楽のカタログの代理人たちは、いまごろ舌なめずりをしているに違いない。テイラー・スウィフトの数枚の初期アルバムが投資家主導の現代のビジネスにおいて3億ドルの価値があるのだ。ドレイク、ザ・ビートルズ、マイケル・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストン、U2、マドンナ、レッド・ツェッペリンの初期アルバムにどれほどの値が付くか、想像してほしい。

シャムロック・キャピタルは、原盤権の倍率を瞬く間に跳ね上げる、投資熱の口火を切っただけかもしれない。だが、いずれ世間は、同社によるスウィフトの原盤取得を愚かな行為ではなく、うまい買い物とみなすようになるだろう。

>>関連記事:独占|テイラー・スウィフト、ローリングストーン誌インタビュー|完全翻訳版
著者のティム・インガムは、Music Business Worldwideの創業者兼発行人。2015年の創業以来、世界の音楽業界の最新ニュース、データ分析、雇用情報などを提供している。ローリングストーン誌に毎週コラムを連載中。

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