裏拍と表拍が織りなす奇っ怪なリズム、ルーファス代表曲を鳥居真道が徹底考察
Rolling Stone Japan / 2020年11月27日 22時30分
ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。前回のトラップ音楽の楽曲のビートの考察につづき、第18回はルーファス「Tell Me Something Good」での不思議な裏拍と表拍の捉え方を考察する。
寒くなったと思えば、急に春のような気温になったり、また寒くなったり、何を着たら良いのか全然わかりません。とは言え、セーターを着る機会は確実に増えています。私はワンシーズンに一度、必ずセーターを前後ろ反対にして着てしまいます。外出先で違和感を覚え、首元をひっくり返してみると案の定タグが見える。そんなときは、さりげなくトイレに入って前後ろを正しくし、涼しい顔で戻るというのがお決まりのパターンです。良い歳をして恥ずかしいですね。
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最近、ある音楽を聴いていて似た経験をしました。おいおい。音楽を前後ろ反対にして聴くことなんてあるのか。勘の鋭い方はお気づきでしょう。そう、裏拍と表拍を逆さに解釈して聴いていたのです。
それは、ルーファスの「Tell Me Something Good」を聴いているときに起きました。ルーファスはチャカ・カーンがボーカルを務めたことでおなじみのバンド。今回はこの曲を取り上げて、「裏と表」を利用したトリッキーなリズムの技法について考えていきたいと思います。
「Tell Me Something Good」は彼らの代表作であり、70年代のファンクを代表する曲だと言って過言ではありません。イントロから聴こえるワウのかかったクラビネットの響きがこの曲を印象づけています。人はクラビネットを前にしたとき、おそらく「Superstition」を弾くことでしょう。それは避けられないことです。言うまでもなく「Superstition」はスティービー・ワンダーの代表曲ですが、スティービーはこれ以外にも、クラビネットを使った名曲および名演をたくさん残しています。例えば、「Shoo-Be-Doo-Be-Doo-Da-Day」、「We Can Work it Out」、「Higher Ground」、「Tuesday Heartbreak」など。
ルーファスの「Tell Me Something Good」は、クラビの名手であるスティービーが提供した曲です。クレジットを見る限り、本人は弾いていないようですが。クラビネットと言えばパラディドル奏法です。クラビのパラディドル奏法とは、低音部の左手、高音部の右手を同時に打鍵せずに、バラバラに演奏するというものです。「LR」で表記すると「LRLLRRLRLRRLRLRL」といった具合になります。ヴルフペックの「It Gets Funkier IV (feat. Louis Cole)」でジャック・ストラットンが披露しているのがまさにパラディドル奏法で、さしずめ「誇張しすぎたパラディドル奏法」と言ったところでしょうか。
改めてイントロから聴いていきましょう。クラビが「ブンチャッ、ブンチャッ」というカントリーやロカビリーによく見られるリズムパターンを演奏しています。これはパラディドル奏法ではありませんが、左手と右手が同時に打鍵されることはなく、ピンポンのラリー、あるいは漫才のボケとツッコミのように低音と高音が交互に鳴らされています。
ダニー・ハサウェイの名盤『Live』収録の「The Ghetto」の終盤に、ダニーのコンダクトによって、女性客が「Talkin bout the ghetto」と唄い、それに男性客が「The ghetto」と返すコール&レスポンスのパートがあります。このようなやり取りがあらゆる曲の至るところで行われており、それらが集まってひとつの音楽を形成していると私は考えています。例えば、ドラムのキックとスネア、あるいはキックとハット、スネアとハット。他にも、ベースとギター、または今回の曲のようにクラビの低音と高音など。こうしたコール&レスポンスによって曲全体が形作られるというのが私の持論です。
リズムには裏拍と表拍というものが存在しますが、これもある種のコール&レスポンスの関係にあると私は考えています。裏拍と表拍を英語で言えば、前者がアップビート、後者がダウンビートです。つまり、裏と表、あるいはアップとダウンが、漫才でいうところのボケとツッコミのような関係になっているわけです。
人はリズムに興味をもったときに、必ずトニーティーこと七類誠一郎「黒人リズム感の秘密」を読むわけですが、そこでリズムを筋肉の緊張と弛緩で捉えるということを覚えます。これはつまり、表拍=ダウンビートでは筋肉を弛緩させ、裏拍=アップビートで緊張させ、リズムを緊張と弛緩の波として捉えるということです。私流に言い換えるのならば、緊張と弛緩のコール&レスポンスとしてリズムを捉えるといったところでしょうか。
トニーティーからこうしたアイデアを授けられて以来、リズムが聴こえてきたら、表拍で首の力を抜いて頭を前に突き出し、裏拍で僧帽筋を緊張させて頭を後ろに引っ込めるというラリーを続けながらリズムを取る癖がついています。
例のごとく頭を前後に揺らして「Tell Me Something Good」を聴いていたところ、サビに差し掛かったところで、裏表がひっくり返ったように感じられました。通常、4/4拍子の曲の途中で裏表がひっくり返るということはありません。一体何が起きたというのでしょうか。
順を追って説明していきましょう。まずイントロの「ブンチャッ、ブンチャッ」というリズムを聴いて、「ブン」が表拍、「チャッ」が裏拍だと解釈しました。この状態でヴァースを聴いていきます。その後、ジャングル的な雰囲気を醸す男性コーラスで彩られたドラムブレイクに突入します。この箇所で小節の長さに違和感を覚えつつ、サビに突入します。このときに裏と表がひっくり返っていることを確信します。
その後、サビで裏表を修正した上で2番のヴァースを聴いていくと、どうも1番で表だと思っていた箇所が裏ではないのかというぼんやりとわかってきます。
気を取り直して再びイントロから聴いてみましたが、やはり「ブンチャッ」と来られると、どうしてもそれを「ブン」=表、「チャッ」=裏と認識してしまいます。特に「チャッ」に関しては、レゲエやスカの裏打ち的なパターンにしか思えない。「チャッ」と来たらば裏だと思う癖がついてしまっているのです。それゆえ、ヴェンチャーズによるチャック・ベリーのカバー「Memphis」や、ビートルズの「Shes A Woman」のイントロを聴いても、「このギターの刻みは裏だな」と確信が持てるのです。
しかし「Tell Me Something Good」の場合、「チャッ」が表で「ブン」が裏なのです。演奏が裏拍から始まるので、益々混乱してしまいます。そして、おそらくこれは意図して混乱させているような気がしてなりません。
シェウン・クティ&エジプト80に「African Soldier」という曲があります。ギターリフから始まる曲ですが、バンドがインすると、リフの裏と表がひっくり返ります。ひっくり返るというか、表と思わせておいて実は裏だったと言ったほうがより正確かもしれません。これは、あえてミスリードを誘発するようにデザインされているように思われます。ちなみに、XTCの「Wake Up」のイントロも同様の技法が使われています。つまり表かと思わせておいて実は裏というパターン。はっいえんどの「抱きしめたい」のイントロもトリッキーなことで有名です。こちらは裏表が判然としないというよりも、拍の迷子になるといった感じですね。4拍目から演奏が始まっていると解釈するのが理に適っているように思います。
これらのイントロは、バンドがインした後にネタバラシが行われるわけですが、「Tell Me Something Good」の場合は、ネタバラシがないままサビまでいくので大変です。裏表が逆さにならないよう気を配りつつ、「ワンツースリーフォー」と拍をカウントしようとすると、「抱きしめたい」のイントロのような混乱がもたらされます。まさに迷子のような気分です。けれども、ノレないかと言ったらまったくそんなことはありません。まごうかたなきファンキーさがあってむろん踊れます。それがこの曲の淫靡的な魅力を土台で支えていると言って差し支えないでしょう。
最後にドラムに注目してみます。キックとスネアだけを取り出せば、至ってシンプルな「ドンタンドンタン」というパターンだとわかります。しかし、これがクラビの「ブンチャッ」と合わさると、半拍ずれたパターンに感じられてしまうのです。つまり「ドンツツタンツツ」が「ツツドンツツタン」に聴こえるということです。仮にドラム単体で聴いたとしたら裏と表を逆さに解釈するということはないでしょう。けれども、クラビと同時に聴くと、「ツツドンツツタン」という変則的なビートに聴こる。そこに違和感があるというわけではありません。これはドラムの「ドンツツタンツツ」よりもクラビの「ブンチャッ」のほうが、場を支配する力を発揮するということなのか。はたまた、アフロビートや中南米産のレアグルーヴ、あるいはニューオリンズ・ファンクや福生産のナイアガラ・ファンクなどにより、変則的なドラムパターンに慣らされているためか。なんにせよ一つ言えることは、非常にシンプルでオーソドックスなビートのパターンが奇っ怪に聴こえることにこの曲の妙味があるということです。
ちなみに「Tell Me Something Good」が収められた『Rugs To Rufus』の一曲目「You Got The Love」もかなり際どいリズムの曲です。それと、最近アンドリュー・ゴールドのヒット曲「Lonely Boy」も裏表が瞬時に判断できないリズムだということに気が付きました。是非こちらも聴いて混乱していただけたらと思います。
音楽はセーターと違って、裏表逆さに聴いても意外と成立するなんてことを知った初冬なのでした。
鳥居真道
1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE
◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター」
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖」
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
Vol.14 ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察
Vol.15 音楽がもたらす享楽とは何か? 鳥居真道がJBに感じる「ブロウ・ユア・マインド感覚」
Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
Vol.17 現代はハーフタイムが覇権を握っている時代? 鳥居真道がトラップのビートを徹底考察
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