苦境を乗り越え転生するBlack Musicシーンが切り拓く、世界の音楽ビジネスの未来と道筋
Rolling Stone Japan / 2020年12月25日 18時43分
人種差別というシステムは世界に闇をもたらした一方で、ブルース、ジャズ、ファンク、R&B、HIOHOP、レゲエ、アフロビート、といったブラック・ミュージックを生んだ。そして今、ブラック・ミュージックは世界に広く開かれ、人種や国境を超え、人びとを繋いでいる。まだまだ世界には解決しなければいけない問題が多々あるが、これは一つの希望の光なのではないだろうか。
日本からも、R&B、HIPHOP含めメインストリームな音楽を軸に世界を見据え、日本人のアイデンティティを取り入れた楽曲で世界を見据えるアーティストDANTZとRay Kirkが米ユニバーサル・ミュージックから新たなレーベル「lemon soda music」を立ち上げたことも、嬉しいニュースである。
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彼らのサポートを務めるのは、ドクター・ドレー主宰のAftermath Entertainmentで長年右腕であり、パートナーを務めたMike Lynn。エミネム、50セント、the Game、Ev、バスタ・ライムス、ケンドリック・ラマーなどのトップアーティストを世に送り出し、HIP HOPをはじめとしたブラック・ミュージックを世界における主要な勢力として確立させた彼との対話から、音楽ビジネスシーンを取り巻く世界の動きを探る。
ー2020年は様々な出来事が世界で起こりましたが、これまでに数々の黒人スターの活躍に貢献してきたMikeさんにとってBlack Lives Matter(以下、BLM)のムーブメントは切っても切り離せない問題だったのではないかと思います。
Mike:そうですね。私は若手のアーティストたちに対して「BLMが何であるか」を説いています。怒りに囚われている若者がとても多いんです。なので「メディアに支配されるな。人種に優劣があるわけではない、ただ均等であればいいのだ」と伝えています。暴力で暴力には勝てません。だから60年代のムーブメントを踏襲した平和的なプロテストを行うように大人たちがリードしているんです。そっちの方が圧倒的に影響力がありますから。戦争ではなくピースフルなプロテストが世界を変えるのだと教えています。
ーBLM運動の中で、音楽はどのような役割を果たすと考えていますか?
Mike:人の意見を聞かない若者も音楽を聞いている人は多いんです。音楽を通してリーチできるという点に関しては音楽は変わらず強いですね。
Mike Lynn
ーちなみにMikeさん自身が人生の中で、個人的に影響を受けた音楽やアーティストはいらっしゃいますか?
Mike:私はアーティストだけではなく、アスリートからも大きな影響を受けてきました。モハメド・アリ、マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン……。アーティストですと、圧倒的にプリンスです。プリンスはみんなと違うことを、本当に自信を持ってやっていましたから。私がコンプトンからハリウッドに引っ越せる自信を得られたのは、プリンスのおかげですね。
ープリンスは、すごく愛に溢れている人ですよね。人種や国籍にとらわれない、もっと上のレイヤーの視点を持っているというか。広くて深い愛を感じます。
Mike:プリンスは何度かミーティングをしたこともありますが、とにかくクリエイティビティの塊のような人でした。人それぞれの個人性を重要視していて、本当の自由さを許容する愛がありました。
ー人それぞれに物語があって、それぞれの表現がありますからね。そうした自由さは、今のHIPHOPシーンからも強く感じます。ここ数年でHIP HOPシーンはメインストリームのものとなり、世界に広く開かれたと思います。今、アメリカの黒人の少女たちが韓国のBTSに熱を上げていると聞いて、面白いなと感じました。Aftermath Entertainmentで世界におけるヒップホップの地位を確立させたMikeさんはそうした流れをどのように捉えているのでしょうか?
Mike:K-POPは”ディズニー的な魅力がある”と感じます。
ー”ディズニー的な魅力がある”とは?
Mike:ティーンエージャー向けという意味です。ティーンに人気のあるUSのボーイズバンドはディズニーチャンネルやニコロデオンなどのアニメ番組から発信されているのですが、韓国のアーティストにもその要素を強く感じます。
DANTZ:先日ディズニーランドに行ったのですが、アトラクション内で流れている曲がK-POPと同じ作りだったんです。すごくキャッチーで夢のある、思わず踊りだしたくなるようなハッピーな楽曲で。K-POPは、そうした曲作りがうまいなと感じます。
Kirk:アジア人って、欧米人に比べると若く見えるじゃないですか。だからそれをうまく武器にしていますよね。ディズニーの持つ「Dreams come true」の世界観とマッチしているのかもしれません。
ーAftermath Entertainmentはその後のシーンにも大きな影響を与えるアーティストをたくさん輩出していますが、数々のスターを発掘して売り出してきた中で印象に残っているエピソードはありますか?
Mike:ラッパーのThe Gameと契約した時、カニエ・ウェストにトラックを全部作ってもらったのですが、カニエ・ウェストに楽曲制作を依頼した時に、まだミックスマスター前だった彼のアルバム『Graduation』の曲を全部ラップするから生で聴いてくれたら仕事を受けると言われて。実はカニエ・ウェストはその時、交通事故後で歯がぐちゃぐちゃだったんです。それでも彼はワイヤーだらけの口で全部ラップしたんですよね。それでトラックを提供してもらった結果、The Gameが売れて。それが一番印象に残っているエピソードですね。
ーすごい……。カニエ・ウェストの強さというか、人間性が伺い知れますね。東西のギャング抗争についてもお伺いしたいです。2パック、ノトーリアス・B.I.G.が射殺されるという悲しい事件が起きたあの時代、シーンにいたMikeさんは当時のことについてどのように思いますか?
Mike:とても悲しい出来事でした。東西抗争と言われていますが、実はDeath Row RecordsとBad Boy Recordsの対立で、シュグ・ナイト対パフ・ダディなんです。パフ・ダディがドクター・ドレーのSaturday night showをわざわざ見に来るくらい仲が良かったので、とても悲しかったです。
ーギャングスタラップの登場によって「HIPHOP=不良」というイメージが広がりましたが、本来はもっと深いものが根幹にあると思います。
Mike:HIPHOPは抑圧から生まれたもので、人々に伝えたい叫び声を音楽にしたものです。HIPHOP誕生当初、R&Bが流行っていましたが、R&Bじゃ表現しきれない抑圧、苦労を表現できるのがHIPHOPだと思いますね。
ー私はラッパー・ラキムの『Dont Sweat the Technique』がすごく好きなのですが、あの曲はウッド・ベースを強調したジャズに強いメッセージが乗っていることで、強く心に響くものがあると感じます。今はHIP HOPがビックビジネスになっているから、ユニークさが求められている気もしますが、ラキムの言っていた「テクニックに汗かくな」というメッセージに対してどのように思われますか?
Mike:実は私はラキムを1年だけAftermath Entertainmentに契約させたんですよ。結局楽曲は出さずに契約解消してしまったのですが…。Rakimの時代は、インターネットやMTVがまだありませんでした。ですから「角の店でどう売れるかを考えな」といった思想があったのですが、今は「ネット上でどう売るか」って言う事は意識せざるを得ないんです。もちろんメッセージに集中したいところですけど、仕方ないですよね。インターネットのおかげというかインターネットのせいというか…。
ーインターネットの登場によって変わったものは何でしょう?
Mike:インターネットによって音楽へのアクセスはより簡単になりました。だから昔よりも今の方がバラエティを求められるんです。だからこそ、アーティストは自分が一体何者であるかを世界に見せないといけない。ラキムやケンドリック・ラマーのように、啓蒙を行う先生的な人もいれば、嫌なことを忘れさせるパーティーチューンを作る人もいる。そうしたバラエティ性があっていいと思いますし、みんなが同じことをしていても面白くないですよね。
ー日本でもHIPHOPは人気です。海外を視野に入れて活動するアーティストも多くいますが、日本人アーティストに対してはどのようなイメージを抱いていらっしゃいますか?
Mike:日本人は、ウエストコーストを意識している人が多いと感じますね。タトゥーやローライダー、Weedの話であったりウエストコーストのスラングやトラックを使っていたり…。僕の知人が「ゆるふわギャング」の曲を作っていますが、彼らもアンダーグラウンドシーンのTrapのトラックをサンプリングしていたりと、ウエストコーストの要素を取り入れてますよね。
ー「不良」のイメージが強いですよね。日本でも、アンダーグラウンドシーンのHIPHOPアーティストの舐達磨が支持を得ていますし、「HIPHOP=不良」といったイメージは一定数あると感じます。個人的には不良という部分ではなく「リアルさ」がHIPHOPだとは思いますが。
Mike:そうした不良的な要素がアメリカっぽいと思われているのかもしれませんが、それはアメリカ全体というよりかはウエストコーストっぽいんですよね。
ー「ブラック・ミュージック」という言葉を能動的に使用した黒人音楽批評家のAmiri Barakaは、ブラック・ミュージックの中には「変わっていく同じもの」があると言っています。ブルースにしろジャズにしろ、HIPHOPにしろ、内包されている感情が深く響くブラック・ミュージックには、時代を経ても強く心に響くパワーがありますよね。
Mike:もともとブラック・ミュージックは悲しみや怒りだったりを発散するためにできた音楽です。黒人はアメリカでの生活の中でチャンスが少なかったり、苦労が多い。だから昔から変わらないハングリー精神を常に持っていて、それが音楽に内包されています。ジェイ・Z、カニエ・ウェスト、ドクダー・ドレー、ビヨンセなど、黒人のトップアーティストが輝いている一方で、まだまだものすごい数の黒人が苦しんでいる。トップアーティスト達も貧民地区からのし上がってきたからこそ、ハングリー精神が根底に横たわっているのだと思います。
ー今、日本人で注目しているアーティストはいらっしゃいますか?
Mike:日本人のアーティストはこれまでにたくさん見てきたのですが、仕事をするのはDANTZとKirkが初めてです。アメリカでブレイクさせるのに力を注ぎたいと思ったのは、2人が初めてですね。彼らは前述の”ウエストコーストっぽさ”を追い求めるアーティストとはまた違う。実験的でチャレンジングな彼らの姿勢が好きです。
ー実験的とは、具体的にどのようなことでしょうか?
Mike:セーフゾーン……。見慣れた景色に留まっていなくて、ヨーロッパを含め外の世界に出ようとしているところですね。もちろんこれから彼らのプロジェクトは大きくなっていくのですが、それを必ず成功すると信じて始めたというハングリー精神に強く惹かれたんです。
DANTZ:海外を意識して、欧米っぽいことを真似するのではなく、アジア人としてのアイデンティティを大事にしています。「Let You Go」の楽曲の中にも琴の音色でアジアらしさを出したり、邦楽的なメロディの感覚を取り入れています。そうした実験的なところを、Mikeも買ってくれているのかもしれません。
DANTZ
Mike:奇抜でないSafe music(安全な曲)は退屈なものになってしまいます。もちろんユニークだからいい曲とは限りませんが、いい曲はだいたいユニークですよね。
Kirk:今回の楽曲「Let You Go」のプロモーションについても、Mikeから方向性などの指示はありますが、プロモーションをどうしていくかは、自分たちで考えています。アメリカでは、そうしたことも自分たちでできなくてはいけない。「本当に自分たちのセンスを信じているか」が強く求められるんです。
DANTZ:ヨーロッパのハウスシーンも一緒ですね。自分たちが何をやりたいのか、どういう風に考えているのかは自分で決めてこいというスタンスです。もちろんA&Rから「世の中ではこういうジャンルが流行っていて、こういうアーティストが旬だ」といった情報共有はあります。しかし、その上で自分が何をしたいのか、どういう音楽をやっていきたいのかということを強く求められますね。
Kirk:特にアメリカはインディビジュアリティが確立されていなければ、アーティストとして認められません。だから時にはA&Rと衝突してでも、「自分はこうだ」と言える人に投資が来るんですよね。世界では、アニメやカタカナなど日本の局所的なカルチャーは受けられています。しかし日本にはまだまだグローバルで通用するかっこいいものがたくさんあります。そうしたものがどんどん世界に進出するといいですよね。
Ray Kirk
ー最後に、新曲のリリースについて聞かせて下さい。
DANTZ:9月にアメリカのUniversal Music GroupのINgroovesからリリースされた「Let You Go」が12/24に日本でリリースが解禁されました。メロディアスな冬のラブソングに仕上がってるので、みなさんぜひ聴いて下さい。
<リリース情報>
DANTZ
デジタル・シングル『Let You Go feat. Ray Kirk, Cat Clark』
発売日:2020年12月24日(木)
配信リンク:https://dantz.lnk.to/letyougo
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