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DAWと人による奇跡的なアンサンブル 鳥居真道が徹底考察

Rolling Stone Japan / 2020年12月31日 20時0分

DAW上でのデータ編集中の画面(Photo by 鳥居真道)

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。前回のルーファス「Tell Me Something Good」での不思議な裏拍と表拍の捉え方の考察につづき、第19回はDAW(Digital Audio Workstation)上でのタイミング補正を考察する。

先日、諸般の事情により生演奏を録音したデータを編集し、人力でタイミングを補正するという作業を行う機会がありました。これは、Photoshopを駆使して、肌をきれいにしたり、顔の輪郭をシャープにしたり、目鼻立ちをくっきりさせるといったことを音源で行うようなものです。ドラムの作業工程を取り上げて具体的に説明します。そのまえに、ドラムセットについてざっくりと確認しておきましょう。

関連記事:裏拍と表拍が織りなす奇っ怪なリズム、ルーファス代表曲を鳥居真道が徹底考察


ドラムセットは大小様々な太鼓とシンバルが組み合わさって出来ています。太鼓は大きければ大きいほど音高が低い。低いものから見ていきましょう。

まず、正面から見て真ん中にでんと構えているのがバスドラムです。これがもっともサイズが大きく、もっともピッチが低い。その次に低いのがフロアタムです。正面から見て左側に置かれた縦長の筒です。フロアタムをふたつ用意して、片方をコーヒーテーブルと呼ぶという定番のドラマージョークがあります。

続いてラックタム。バスドラムの上に備え付けられている太鼓です。ピッチの高いものと低いものを2つ使う人もいるし、1つだけという人もいます。そして、ドラムセットの中心といっても良いスネア。太鼓の底にスナッピーと呼ばれる金属製のワイアーをまとめた帯状のものが取り付けられており、これが共振してよく響くのが特徴です。

次にシンバル類です。ドラムセットに組み込まれている定番のシンバルは、ライド、クラッシュ、ハイハットの3つ。ハイハットはつがいになった2枚のシンバルをペダルに開閉できるようになっています。足で踏むだけで音を鳴らすこともできるし、開いた状態で叩き、足で閉じてミュートすることも可能です。それゆえドラムセットのなかで唯一音価コントロールができる楽器と言われています。ライドとクラッシュについては割愛します。

ドラムセットのなかで主に使われるのがバスドラムとスネアとハイハットの3つです。これを「3点」と呼びます。ロー、ミッド、ハイという異なる帯域の組み合わせで、様々なビートのパターンが構成されています。

冒頭のタイミング補正の話に戻ります。今回取り組んだのは、あらかじめ決めておいたビートのパターンを分解して、3点をそれぞれ1点ずつバラバラに演奏したものを、タイミングを修正しつつ、ひとつにまとめるという作業でした。厳密にはここにタムも含まれていました。

これらのオーディオデータをDAWと呼ばれるソフトの上で編集していきます。3点のデータを並べて終わりなら話が早いのですが、どうしても辻褄が合わない箇所があるので、これらのタイミングを調整する必要がありました。

タイミング補正に関してざっくり説明すれば、「こーんにちはッ!わたーしのッなーまえはーとーりいまさっみっちーでぇすう」という音声データにハサミを入れて一度バラバラにし、それらを調整して「こんにちは!私の名前は鳥居真道です」といった具合に変換するといったものです。あまりにも極端に調整をすると「コンニチハワタシノナマエハトリイマサミチデス」という不自然なものになってしまうので気をつけなければなりません。

DAWではオーディオのデータを波形として目視することができます。編集画面の背景にはグリッドと呼ばれる罫線が表示されています。これは漢字練習帳の補助線のようなものです。設定次第で変更できるものですが、このときは、4拍子でハネない曲だったので、1小節を16等分する線を表示させて調整していきました。

一音一音、バラバラにしたデータの波形を見ながらグリッドの上に配置していけば、タイミングに関して問題なさそうなものですが、そうは問屋が卸さない。ハットとスネアとキックは当然、音の響き方がそれぞれ異なるので、それを勘定に入れたうえで調整していけなればなりません。グリッドは文字通り補助線として使うことにし、キックやスネアに対して、ハットを少し後ろにずらしたりして、いちばんしっくりくるタイミングを耳で探っていきました。

ハイハットは抜けが良く、アンサンブルの中でも埋もれにくい音です。そして、クローズドで演奏する場合、音価は短い。ドラムセットの中ではリズムのグリッドを点で示す役割を担っています。リズムのガイド役と言っても良いでしょう。

キックとスネアがハットよりも後ろにずれた場合、抜けが良くて目立つというハットの性質から発生する問題がふたつあります。一つ目はハットが走って聴こえてしまうことです。これは当然といえば当然です。二つ目はキックとスネアのアタックをマスキングしてしまうこと。特にスネア。これは音量や定位、EQの調整でクリアできる問題かもしれません。しかし、うまくタイミングを調整するとハットとスネアの音が塊と化し、ひとつの音のようになるので、今回はこれを狙いました。ほんの僅かスネアの後ろに持ってくるとこのようになります。スナッピーの音とハットの音を溶かすようなイメージです。

作業を行った曲のパターンでは3点に加えて、トリッキーなタイミングでタムを使っていました。このタムが曲者で、波形を見て然るべきところに配置してもまったくしっくり来ませんでした。思い切って、グリッドよりも前に置いたところ、リズムがすっきりして聴こえるようになりました。タムの音の立ち上がりの特性上、波形を見て調整すると、聴覚上ではリズムがよれて聴こえてしまうのだと思われます。

とにかくこうした細かい調整を重ねに重ね、ドラムのトラックを完成させました。そこにベースが加わると、また聴こえ方が変わってしまい、今度はベースをバラバラに分解して、ドラムのほうも調整し直して……という具合に作業が増えていったのでした。詰めれば詰めるほど良くなるし、こうすればうまくいくという方法論も出来上がってくるし、さらには、耳も研ぎ澄まされていくので、どんどん沼にはまり込んでしまいました。結果的に40時間ぐらいかかりました。

一音一音、自分の思い通りに位置を動かせるので、コントロールフリーク的な欲望は満たされます。圧倒的な「神」感すらありました。一方で、私たちの生きている世界はこれほどまでに思い通りにはいかない。だから、こんなものは現実逃避に過ぎないのではないか、という心境になりました。

こうした作業を経た耳でトーキング・ヘッズの「Once in a Lifetime」に登場するタムを聴くと、「本当にそこで良かったの?」と問い詰めたくなってしまいます。おそらくこのタムは後からダビングされたものだと思われますが、それにしても後ろすぎるだろ、と。『Remain in Light』のレコーディングに口を出せる立場であれば、不遜にもやり直しを迫っていたことでしょう。けれども、同時に、このタムのズレこそが曲のフックでもあるように思ったりもします。



多少のリズムのズレがフックになったり、バンドのアンサンブルを固有のものにしたりするものです。たとえば、ローリング・ストーンズのアンサンブルなどはほとんど奇跡的なバランスで出来上がっています。他方、リズムのズレがその音楽の心地良さやかっこよさを損なってしまう場合は決して少なくありません。だから、ズレが良いものなのか悪いものなのか一概に決断できるものではありません。

先の「Once in a Lifetime」の例のように、人力タイミング補正作業を経た耳で聴くといろんな音源の聴こえ方が変わってきました。特に感動したのがパーラメントの名曲「Give Up The Funk(Tear The Roof Off The Sucker)」。とりわけジェローム・ブレイリーのドラム。



先述の作業におけるセオリーに照らしてみると、ハットが所々先走りすぎているようにも聴こえますが、この生き生きしたハットこそがこの曲に躍動感を与えているように思います。この走りそうで走らないある種の緊張感は何によって支えられているのでしょうか。

どうもブレイリーはバックビートを叩くたびにハットの位置を微調整しているようです。さらに言えば、このバックビートに急ブレーキをかけられたときに発生するG的なものを感じます。つんのめって、急ブレーキ。つんのめって、急ブレーキ。この繰り返し。

後半に進むにつれて演奏に熱を帯びていくのも重要なポイントです。フィルインのキレがどんどん研ぎ澄まされていくし、テンポも徐々に上昇していきます。ざっくりと計測したところ、冒頭と終盤では2〜3程度BPMに変化がありました。

さらに恐ろしいのは、ベースのドラムに対する張り付き方。ブーツィー・コリンズといえば、スパンコールの衣装に星型のサングラス、星型のベースという派手な出で立ちを想像すると思われますが、プレイの内容は頭がクラクラするほど繊細です。

オーディオデータが編集できる機能をもったDAWというものを作り上げた人間に対してすげぇやと思う一方、他方では繊細な音のやり取りをリアルタイムで処理し、奇跡的なアンサンブルを成立させる人間にもすげぇやと恐れおののいた年の瀬であります。


鳥居真道
1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー

Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
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Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
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Vol.18 裏拍と表拍が織りなす奇っ怪なリズム、ルーファス代表曲を鳥居真道が徹底考察


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