コロナで炙り出された実力差から全力で現実逃避してみたら、「銃・病原菌・鉄」を追体験した話
Rolling Stone Japan / 2021年1月21日 11時0分
脱サラ中年のニューヨーク通信。コロナショック以降、ミュージシャンとしては廃業状態。ならば籠もって音源でも作ればいいのに、どうやら釣り三昧の日々を送っていたらしく。彼がトチ狂った裏には、世知辛い格差というのがあったようで……。
※この記事は2020年9月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.12』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。
ほぼ毎日釣りに出かけている。何なら1日2回、釣りに行く。なぜこんなことになってしまったのか、いまとなっては思い出すのも容易ではないけれど、めっきり自分が何者なのかわからなくなってしまった。
この連載の1回目からたびたび、私はアメリカでミュージシャンとして生計を立てることは、ひょっとしたら日本より難しくないのでは、というアイデアを提示してきた。なぜなら日本では滅びてしまった生バンド文化が強く根付いているからで、飲み屋、結婚式、教会、町内のお祭りからテーマパーク、あらゆる場所にバンドを呼んで演奏させる慣習がある。機会が多いゆえ参入ハードルはそこまで高くなく、現に私レベルの腕前でも、ミュージシャンと名乗ることに躊躇がない程度には人前で演奏をし、ギャラを頂戴する機会を得てきた。
ところがコロナですべてが変わってしまった。生バンドが入るあらゆる空間が閉鎖されてしまったのだ。
このシャットダウンによって、たとえば富裕層と貧困層とか、リモートワーカーとエッセンシャルワーカーとか、あらゆる格差が克明に炙り出されたわけだけれど、それはミュージシャンも例外ではなくて、ひどく単純化して言うと、スタジオレベルとライブミュージシャンとの間にあった見えない壁のようなものが、可視化され、かつその厚みが極大化してしまった感がある。
さっきライブミュージシャンとして食っていくにはアメリカは悪くない場所だ、と書いたけれど、話がレコーディングとなると様相がまったく変わってしまう。なにせ100m走9秒台の選手が56人もいる国だ、3.3億人の人口を裾野に世界でもっとも苛烈なコンペティションが繰り広げられており、しかもスタジオミュージシャンの需要は年々減り続けている。競争が激烈すぎて、まずは度を越したバカテクじゃないと入り口にすら立てない。私はセンスで勝負、みたいな切り口が成立しない。その上で求められる個性をプレゼンテーションできた者だけに、電話がかかってくる。
そしてレコーディングにまつわる仕事は、コロナ下で減りこそすれゼロにはならなかった。もちろん苦しいのはみんな一緒だけど、私の周りのライブミュージシャンたちは仕事がほんとにゼロ。ゼロとイチではだいぶ違う。主立ったライブハウスは年内の営業断念を発表し、地元出身のやつら以外、大半が国内外の実家に帰ってしまった。私はといえばNYでミュージシャンとして活動できている、というアイデンティティをすっかり失い、端的に言えば鬱状態になっていた。
これは無理やりにでも外出ないとメンタルやばいぞと思って、毎日、家のすぐそばを流れるイーストリバー沿いの公園を散歩し始めたのだが、どうもぽつぽつと釣り人を見かける。釣り人はチャイナタウンのおじさんたちがいちばん多く、あとヒスパニックに白人黒人がちょいちょい混じる。
メインの対象魚は、ストライプドバスというスズキの近縁種。観察していると、日本ではブッコミ釣りと呼ばれる昔ながらの釣り方をしていて、どうやらあんまり釣れていない。沖合の船ではボコボコ釣れてるらしいので、サカナがいないわけでもなかろう、何かやりようがあるのではないか。思い浮かんだのは、日本におけるスズキのルアー釣り(シーバスフィッシング)のことだった。
普通に暮らしていたら意識することもないけれど、東京湾はシーバスフィッシングのメッカで、通勤電車がガタゴト渡っている橋の下やタワマン脇の運河から、1メートルを超えるシーバスが釣り上げられたりしている。ただしアクセスの良さゆえ釣り人が急増し、サカナは常時危険に晒されて賢くなり、釣法は精緻化・高度化の一途をたどった。イギリスからアメリカを経由して日本にたどり着いたルアー釣りが、過密都市トーキョーを震源に、ある種の変態的独自進化を遂げてしまったのだ。
その日本のメソッド、日本の道具を持ち込んだら、ローカルの釣り人たちとは違った成果が出せるんじゃないか、という目論見が浮かんだ。それで日本の釣具をひととおり取り寄せて、近所の桟橋へと繰り出す日々が始まった。7日目にマグレで1匹釣れたあと1カ月釣れない日々が続き、心が折れかけもしたのだが、毎日潮位と気象と場所を記録し続け、日本のYouTubeを見まくっては傾向と対策を練り直し続けた。
みっともない話をすると、いちばんモチベーションになったのは、釣れない私にこぞって親身なアドバイスをくれる優しいローカルアングラーたち、彼らの鼻を明かさねばならない、という暗い反骨心だった。「ルアーなんかじゃ釣れない」「ミノーじゃ釣れない」「そんな速く巻いたら食わない」「表層じゃ釣れない。魚は底にしかいない」「そんな柔らかい竿じゃ釣れない」etc……。言うことを聞き入れたら、彼らと同程度には釣れるけど、同程度しか釣れないということ。それじゃつまらない。
始めて2カ月が過ぎた頃から、サカナと環境とメソッドとのチューニングがだんだん合ってきた感覚があって、釣りに出ればだいたい何かは釣れるようになってきた。そしていま、あと少しで開始3カ月になろうとしているのだけれど、このエリアでは正直、誰より釣っていると思う。ローカルの人たちの私を見る目も変わってきて、あいつ何なんだ、何やってんだ、ってかなりマークされるようになってしまった。
でも、こんな調子は長く続かないだろう。たぶん1年もしないうちに、釣法はキャッチアップされるしサカナにも適応されてしまうと思う。事実、すでに私を真似てブラックバスの道具を持ち込み始めたチャイニーズの友人がいる。たまたま日本語という障壁と釣り具マーケットが閉鎖的なおかげで、鉄砲を持って南米に乗り込むスペイン人みたいな真似ができただけなんだろうって思っている。
ひとつ思い浮かんだことがあって、それは音楽にもこういうことってあったんだろうな、ということ。たとえば渡辺貞夫さんが1965年にバークリー留学から帰ってきたとき、周囲の日本人プレイヤーを出し抜くのは難しくなかっただろうな、とか。往時の日本人によるビバップ演奏を聴くと、ほとんどがスウィング時代のボキャブラリーで構成されていることがわかる。あの中なら貞夫さんの音選びはさぞ輝いたことだろう。いまどきはそんなアドバンテージ、まったくないけどね。
唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy
◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」
Vol.7「ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由」
Vol.8「いつまでも、あると思うな親と金……と元気な毛根。駆け込みでドレッドヘアにしてみたが」
Vol.9「腰パンとレイドバックと奴隷船」
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