浜田省吾、2000年代以降の作品とライブ音源を水谷公生と振り返る
Rolling Stone Japan / 2021年1月12日 14時30分
日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2020年12月の特集は、浜田省吾2020。今回は2001年のアルバム『SAVE OUR SHIP』と映像作品『ON THE ROAD 2015-2016 "Journey of a Songwriter"』のライブ音源を聴きながら、アレンジャーであり、Fairlifeのメンバーである水谷公生と共に当時の浜田省吾を語っていく。
田家秀樹(以下、田家):こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人、田家秀樹です。今流れているのは、浜田省吾さんの「みちくさ」。先月発売になったミニアルバム『In the Fairlife』の一曲目です。今月の前テーマはこの曲です。
今月2020年12月の特集は浜田省吾。11月11日に8曲入りミニアルバム『In the Fairlife』が発売になりました。Fairlifeは浜田さんの書いた曲を、様々なボーカリストが歌うというソロ活動とは別のユニットです。今回の『In the Fairlife』はFairlifeが2004年、2007年、2010年にリリースしたアルバムの中で、浜田さんが歌った曲を集めてリメイクしたアルバムです。今月はこのアルバムを入り口にお送りしようと思っています。そして、今回のゲストは今月3度目の登場ですね。アレンジャー、プロデューサー、ギタリスト、現在はベルリン在住の現代音楽家。1970年代から浜田さんの制作活動に参加しているFairlifeのメンバー、水谷公生さんです。
水谷公生(以下、水谷):よろしくお願いします。
田家:2020年の年末に聴く「みちくさ」というのは、いつもとはまたちょっと違って聴こえるかなと思いますが。ツイてない事、涙を流した事がたくさんあった一年だったでしょうし。この曲のオリジナルは、ポルノグラフィティの岡野昭仁さんがボーカルだったんですが、浜田さんが今回歌い直した。これをもう一度自分で歌おうと思ったのは、この2020年の状況も踏まえてだったんでしょうね。
水谷:そうだと僕も思います。
田家:一度立ち止まって色々なことを考えてみようと。水谷さんは、今月1週目にFairlifeの話、2週目に1970、1980年代の話をお伺いしてきましたが、今日はその先のことをお伺いしていこうと思います。Fairlifeと対になっているように思われるアルバムがあるんです。2001年の『SAVE OUR SHIP』。このアルバムはどんな風に思い出されますか?
水谷:1990年代、僕はロックというよりもクラブに年中出入りしていて。そういう曲ばかり聴いていたので、久しぶりに浜田さんから一緒にやろうよって言われた時に、どうしましょうと思いましてね。もちろんポップスもロックも聴いていましたけど、周りの環境にテクノとかダンス・ミュージックが多くて、そういうネタは持ってたんですけど。さあロックをどうしようって思った時に、自分ができること、もちろん浜田さんのメロディとギター、あとはバックボーンとしてダンス・ミュージックの要素もあったらいいかなと思って打ち込みを多く入れてみたりしましたね。
田家:そうやって作られたアルバムから水谷さんが選ばれた2曲。まず1曲目はこちらです。
田家:2001年のアルバム『SAVE OUR SHIP』の中から「...to be "Kissin you"」。テクノ色のあったアルバムの中では、尖ってタイトなロックンロールでありました。先週のゲストの映像作家・板屋宏幸さんがこの曲のギターはかっこいいですねって話をしていましたよ。
水谷:曲の頭のリズムカッティングは浜田さんなんですよ。彼は元々ドラマーなのでグルーヴ感がすごくあるし、これは僕が投げたんです。自分でやってよということで(笑)。やっぱり歌とすごく合っているのでノってきますよね。
田家:ギタリストに言われたらね(笑)。
水谷:ロックってやっぱりワイルドで、更にセクシーなものだと思うんですよ。歌詞もそうですが、色々な表現の中に大人のセクシーさがあるし、何よりも浜田さんの歌はかっこいいですよ。
田家:今日敢えて『SAVE OUR SHIP』に触れた方がいいと思った理由がありまして。一つは、Fairlifeは水谷さんのスタジオの名前でもありますが、今作はそのスタジオで作られたアルバムだったということ。そしてもう一つは、このアルバムの発売日が2001年8月なんです。1998年から2002年まで浜田さんのライブツアーON THE ROAD 2001がありまして、198公演もあった。そのツアーの最中に出たアルバムだった。ツアーの前半はON THE ROAD 2001 "THE MONOCHROME RAINBOW"、2001年からON THE ROAD 2001 "THE SHOGO MUST GO ON"とタイトルが変わっているんです。しかも、その合間を縫って始まったのが、ファンクラブツアー「100% FAN FUN FAN」。色々なことがこのアルバムの前後で始まってる。なので、今週はこのアルバムに触れようと思いました。そしてこのアルバム全12曲のうち、11曲は水谷さんのアレンジでしたね。これはどういう始まりだったんですか? 水谷さんがスタジオを作られたことを浜田さんが聞いて、だったらそのスタジオで一緒にやってみようかという話になったとか。
水谷:そうですね。アルバムの話の前に西麻布の交差点でバッタリ鉢合わせしたんです。浜田さんは仕事終わりでスタッフの方といた時で、僕が「久しぶりだね、クラブ行こう」と言ったら、皆驚いて。
田家:いきなり(笑)。そこで会って近況やスタジオ作ったんだよっていう話をしたという。
水谷:それはもうちょっと経ってからですけどね。
田家:もちろん色々考えてアルバムになったんでしょうけどね。水谷さんが『SAVE OUR SHIP』から選ばれたもう一曲。この曲はアルバムの先行シングルにもなりました。
田家:これを選ばれたのは?
水谷:この時にミックスをしてくれたのが、スティングのミキサーなんですよ。スティングのスタジオでミックスをしたんですね。それと当時は僕もまだギターを弾けた時で。この曲のサビの広がるギターは、最初は他の楽器でやってたんですけど、浜田さんがギターのサウンドにしたいということで、ギターで固めたんですよ。この前、たまたまこの曲を聴いた時に懐かしくなりました。
田家:この曲はナイロン弦ですけど、これも水谷さんですよね。
水谷:ナイロン弦は、普通、ナイロン弦専門の人が来るんですよ。だから、レコーディングで自分で弾くことは少なくて、でもこの曲は浜田さんが弾かせてくれたので思い出があって選ばせてもらいました。
田家:この曲はベース以外、全部水谷さんがやっていらっしゃるんですよね? 浜田さんは、ギタリスト時代の一番忙しくしていらした時の水谷さんのこともご存知なわけですよね。ギタリストであり、プロデューサーであり、アレンジャーでもあり、プロツールスを使う人だということまでわかっている数少ない人が浜田省吾さん。
水谷:そうですね。僕の歴史は浜田さんが一番詳しく知っているかもしれないですね。彼は一緒にいる友人をよくウォッチしている人ですね。とても誠実な人だと思います。
田家:2020年末にこのアルバムのタイトル『SAVE OUR SHIP』に改めて思われることはなんでしょう?
水谷:これよりももっと前からでしょうけど、地球がどんどん汚れていって。それは自然だけでなく、人の手で汚されることが多い。浜田さんは言葉であまりメッセージを発さない人ですけど、改めて聞いて思ったことは、もう少し日本人は政治とか環境問題に関心を持って欲しいということですね。じゃあお前ベルリンに行ってしまえって言われるかもしれないですけど、それは伝えたいです。
田家:お聞きいただいたのは、2001年8月22日発売のアルバム『SAVE OUR SHIP』から「君の名を呼ぶ 」でした。
マグノリアの小径 / 浜田省吾
田家:映像作品『ON THE ROAD 2015-2016 "Journey of a Songwriter"』の初回盤に付属されているライブCDからお聴きいただきました。水谷さんが選ばれた「マグノリアの小径」。この曲を選ばれたのは?
水谷:冒頭のもっと自分でいいんだという部分を最初聴いた時に、本当にその通りだなって思ったし、やっぱり浜田さんの心をすごくわかりやすく表していますね。
田家:水谷さんはこの曲のアレンジにも関わってました。冒頭のもっと自分でいいんだというのは、この2020年に改めて思うことの中で一番強いことかもしれませんね。世界はもっと自由でいいのではないかと。皆が大変な思いをしている時に、それを口実に自由を奪おうとする人たちがたくさんいるというのが今年でもありましたね。
水谷:本当ですね。こういう時に独裁的にしようという人はすごく良くないことですね。
田家:世界は右か左かではなくて、自由を愛する人と自由を憎む人しかいないのではないかと思って。
水谷:すごくいい言葉ですね。本当にそうですよね。ベルリンもルールに対しては厳しい街なんですけど、昔は壁で別れていましたよね。だから自由を束縛されると嫌がるんですよね。ドイツの首相のメルケルさんは最初は優しい言葉で、握り拳を作って私は人が死ぬのは嫌だと言ってましたけど、他の人たちもそういうところは見習って欲しいですね。
田家:なるほど。2020年最後の放送は自然とこういう話になってしまう年末でもあると思います。さらに、映像作品『ON THE ROAD 2015-2016 "Journey of a Songwriter"』の初回盤に付属されているライブCDから水谷さんが選ばれたのはこの曲です。「アジアの風 青空 祈り」三部作。三曲続けてお聴きいただきます。
アジアの風 青空 祈り part-1 風 / 浜田省吾
アジアの風 青空 祈り part-2 青空 / 浜田省吾
アジアの風 青空 祈り part-3 祈り / 浜田省吾
田家:実を言うと、水谷さんがこの曲を選んでくれるといいなと思いました。やっぱりこの曲は選びたいですよね。
水谷:すごく大事なことだし、「part-2青空」で指導者に向かってのメッセージがありますが、まさに今年を予言したようですし、こういう世界になって、ここから恐慌が始まって戦争につながるということも多いでしょ。僕らが若い時は戦争を知らない子供たちと言われてたじゃないですか。でも今はもっと戦争を知らない世代がいて、戦争がどれだけ悲惨なものかということがなかなかリアルでは感じられないのでとても危険だと思います。
田家:水谷さんのお父様は偉い軍人でいらしたんですよね。
水谷:うちの親父は天皇を守る役目だったので、戦地に行ってどうこうではないんです。でも何か止められることはあったのではないかと思います。そして一番は国民が戦争に乗ってしまったということなんですよね。政治にちょっとでも興味を持ってくれということはそういうことで。戦争というのもあり得ることなのでね。
田家:「Journey of a Songwriter」はいくつかテーマがありまして、一つはタイトル通り、いつも旅をしているという浜田省吾さんの日常。そして色々な音楽を旅するという音楽旅。もう一つは戦後70年という背景があります。この三部作はまさにその曲でしたね。
水谷:今年の年末に聴いていると、改めてアルバムの中に入っててよかったなと思います。
田家:浜田さんがアルバムに入れようか迷っていたという曲でした。さて、水谷さんが選ばれたもう一曲はアルバム『Journey of a Songwriter』から「誓い」。ライブCDでは「アジアの風 青空 祈り」三部作の次に演奏されています。
誓い / 浜田省吾
田家:この曲を選ばれたのは?
水谷:このレコーディングの最中に僕の仲良かった友人が二人亡くなったんです。一人は僕の主治医で年下なんですけど、とても大事な人だったんですよ。もう一人は日本のアニメやKAWAII文化を世界に広めた方で、彼も亡くなったんですよ。僕の中ではとにかく辛くて、レコーディング中の時も泣けてしまって。こういう曲は、自分の中で失った人のこともあるし、色々なことで共有できる曲だと思います。来年は皆が笑えることを願いまして、これを祈りの曲として選びました。
田家:実は、この番組の制作クレジットに加藤与佐雄という名前が出てくるんですが、彼がON THE ROAD 2015-2016の間に癌になりまして。絶対浜田さんのツアーだけは見るんだと言って、でも叶わなかったんですね。一月に東京国際フォーラムでの公演があって、その日の夜がお通夜で。ライブの後に行きましたが、この曲を聴いた時は泣きましたね。
田家:今年最後の「J-POP LEGEND FORUM」浜田省吾特集。最後の曲はこちらで決めさせていただきたいんです。「君が人生の時…」です。なぜこの曲で終わるかはお聴きいただければお分かりになると思いますが、オリジナルのアレンジは水谷さんが手掛けましたよね。あのアルバムで思い出されることはありますか?
水谷:僕の方が浜田さんより年上なんですけど、この曲を聴いて教えられることがたくさんありましたね。
田家:「君が人生の時… 」は、一昨年のファンクラブツアーのライブ映像『Welcome back to The 70s "Journey of a Songwriter" since 1975 「君が人生の時〜Time of Your Life」』の付属ライブCDからお聴きいただこうと思うんですが、あのツアーはどう思われましたか?
水谷:ステージもそうなんですけど、こうして聴いていても圧倒されますよね。しかも僕がアレンジした曲が多かったので、当時周りに誰がいたとか色々なことを思い出して聴いたので思い出深いものでした。パワーもあったしね。
田家:Welcome back to The 70s "Journey of a Songwriter" since 1975 「君が人生の時〜Time of Your Life」の中で、浜田さんがなぜこのWelcome backシリーズをやろうと思ったのかというのをステージで話しておりまして。そのMCから「君が人生の時…」をお聴きいただこうと思います。
君が人生の時… / 浜田省吾
田家:2020年最後の曲、何にしようかなと思いながら、彼の作品や映像を見直していたんですけど、やっぱりこれだなと思ったんです。
水谷:賛成ですね。
田家:本来でしたら今年はファンクラブツアーの80年代後半編が行われる予定だったわけです。ファンの方も会場でこういう言葉を生で聴けていたはずだったんですけど、それが叶わなかった分、何か今年の締めくくりの役に立てたらなと思って、このMCを流させていただきました。これは一昨年のMCなので今年の状況を踏まえた話ではないんですけどね。
水谷:でも、普遍的に大事なことですよね。
田家:僕らが影響されたミュージシャンが年々亡くなっているということも変わらないわけですしね。水谷さんは来年の目標はありますか?
水谷:やっぱり自分でできることを、地に足をつけて無理をしないで、生きてきた証をまだまだこれから発表したい。コロナ禍が過ぎて皆が元気になった時にはそうしたいです。1970年代にロサンゼルスで録音した未発表のディスコ・チューンもあるのでね。
田家:落ち着いたらまたベルリンにお戻りになるんですか?
水谷:どうでしょう。久しぶりに日本にいるとね、この年になると大変なこともいっぱいあるしドイツ語難しいですしね(笑)。仕事や遊びに行ったりはすると思いますけどね。
田家:なるほど。良いお年を。水谷公生さんをゲストにお送りしました。
田家:FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」、浜田省吾2020。今週は4週目。ゲストはアレンジャー、プロデューサー、Fairlifeのメンバー、水谷公生さんでした。今流れているのは、この番組の後テーマで竹内まりやさんの「静かな伝説(レジェンド)」です。
例年のようにあなたと私の忘年会という雰囲気にはならなかったかもしれませんね。一緒に歌ったり、あの頃は良かったねと懐かしんだり、そういう時間を過ごせたらと思って、毎年12月は忘年会月間にしているんです。でも今年はそういうことができない年になってしまったわけで、そういう時間が如何に愛しいかと痛感した一年でもありました。なので、一年の締めくくりはどこかシリアスな話になってしまうのも今年ならではということで、仕方ないなと思っていただけると幸いです。今月も何度繰り返したことか分からないですけど、来年はどんな年になるのか、良い年になってほしいなと。これは皆さん誰しも思っていることでしょう。こんなにライブがない一年も初めてでした。ライブがなくても、人が集まれなくても音楽は消えないんだ、というのが最後の支えといいましょうか。それを感じながら一年過ごしてきた気がします。でも自分の好きな曲を改めて思い出したり、自分のカウントダウンの曲を何にしようか考えるのも楽しい時間になると思います。年末を音楽と過ごして、来年もいい年になることを祈るということで終わりましょう。来年の最初の特集は新年企画。ここ数年恒例になっているアーティスト、恒例になっているゲストが登場します。来年もいつものような年になることを祈りながら終わりたいと思います。1年間ありがとうございました。良い年をお迎えください。
<INFORMATION>
田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
https://takehideki.exblog.jp
「J-POP LEGEND FORUM」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
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