サマンサ不在の『SATC』リブート版を、真の続編と呼べない理由
Rolling Stone Japan / 2021年1月19日 17時0分
先日、新たに配信が発表された米人気ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の続編『And Just Like That(原題)』は、オリジナルシリーズを長年愛した者たちを裏切るだけでなく、もっとも重要なキャラクター"サマンサ"を除外してしまった。
米人気ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ(以下、SATC)』の続編・リブート版として米HBO Maxにて配信予定の『And Just Like That(原題)』が、最悪のアイデアであることを裏付ける理由はたくさんある。理由その1は、SATCシリーズ最新作の映画『セックス・アンド・ザ・シティ2』(2010年)が公開されてから、すでに10年以上が経ったこと。たかが10年と思うかもしれないが、インターネットの時代からすれば、10年なんて永遠と思えるくらい長い年月だ。理由その2は、映画『セックス・アンド・ザ・シティ2』が2時間半近く膨れ上がった上映時間、根深いイスラム嫌悪、さらには映画『アラビアのロレンス』をもじったかのようなぎこちない下ネタを理由に批評家たちからことごとく酷評されたこと。それに加え、オリジナルシリーズ放送当時は既存の価値観を覆す革新的な作品と賞賛されたSATCそのものがいまや廃れ、誰もがスリムで白人の異性愛者で、やたらとハイウエストベルトを巻いているニューヨーク・シティの残念な幻に成り下がってしまった事実も挙げられる。
だがリブート版SATCが、最悪であるという一番大きな理由は、主要キャスト4人が3人に減っている点だ。そう、私たちがこよなく愛するシリーズ全体のムードメイカー的存在であり、大のセックス好きのPR会社の社長サマンサ・ジョーンズ(演:キム・キャトラル)がいないのだ。
かねてからサマンサ役のキャトラルは、意地悪な女子グループから事あるごとに仲間外れにされてきたと他のキャスト3人との確執を公言してきた。SATC事情に詳しくない人のために、ここで主要キャストをおさらいしておこう。他の3人とは、悩み多きライターのキャリー・ブラッドショー役のサラ・ジェシカ・パーカー、辛口の弁護士ミランダ・ホッブス役のシンシア・ニクソン、”白人・アングロ=サクソン・プロテスタント”の象徴のようなアートディーラーのシャーロット・ヨーク役のクリスティン・デイヴィスだ(ニューヨーク州郊外のリゾート地ハンプトンズでの撮影中、別荘に招待された・されないをめぐるトラブルがキャストのあいだで勃発)。インタビューでキャトラルは、SATCシリーズは卒業したと繰り返し語ってきた。キャトラルの肩を持つかどうかは、あなたが弱者(キャトラル)の味方である、あるいは知名度を利用した400ドル代のシューズブランド(パーカーが2014年に立ち上げたシューズブランドSJP)のファンであるかなど、立場次第といったところだろう。だが、リブート版SATCの実現を切実に願っていたファンは、心のどこかでサマンサの不在を覚悟していたに違いない。その予感は、先日公開された『And Just Like That(原題)』の予告編によって現実のものとなってしまった。
写真左から:ミランダ・ホッブス役シンシア・ニクソン, キャリー・ブラッドショー役サラ・ジェシカ・パーカー、シャーロット・ヨーク役クリスティン・デイヴィス、映画『セックス・アンド・ザ・シティ2』のワンシーン(©Warner Bros/Courtesy Everett Collection)
しかしながら、サマンサ不在のリブート版SATCは本当の意味でのSATCではない。それは金目当てのコピーであり、いまだに根強い人気を誇るオリジナルシリーズの要素を切り取った、つまらないスクリーンショットに過ぎないのだ。SATC通の批評家たちも知ってのとおり、SATCのテーマはセックスでもなければ大都市ニューヨークでもない。高級な靴、ミスター・ビッグ役のクリス・ノーツの割れあご、とりあえずウエストの高い位置にベルトを巻くファッションでもないことは言うまでもないだろう。SATCは女同士の友情の強さを描いた作品なのだ。女友達のグループの中心的存在がひとり欠けているという事実は、女同士の友情という概念そのものに対する裏切り行為に等しい。
もし、パラレルワールドでキャトラル以外の女優がサマンサを演じていたら、サマンサというキャラクターは風刺の域を出なかっただろう。彼女は笑えるくらいセックスが大好きで、その度合いは熟女ものポルノくらいでしか見かけないほど強烈なのだ。セックスシンボルと目された女優メイ・ウェストばりの気の利いた性癖に関する名言は有名で(「ダーティ・マティーニはあんたよ!」と浮気した恋人の顔にマティーニを引っ掛けるシーンなど)、シラフでよくそこまでといえるくらい自信満々のサマンサは、同性愛恐怖症の人がイメージする40代のドラァグクイーンのような存在だ。実際、多くの人がサマンサを”女装したゲイ男性”と的確に表現してきたが、この表現はキャトラル本人による人物描写よりも同性愛者の男性のセクシュアリティについて多くを語っている。
サマンサというキャラクターの漫画のような側面と、遡及的に批判されてきたいくつかの不適切な過ち(サマンサが有色人種の男性とデートした際に相手のことを「大きくて黒いあそこ」と言ったエピソードを参照)にも関わらず、サマンサには優れた点が数え切れないほどある。彼女は自身のライフスタイルを平然と貫き、人を批判しがちなヘルスケア関係者や高慢な主婦たちをはねつけ続けた。乳がんとの闘いを描いたファイナルシーズンでサマンサは、乳がんのチャリティーキャンペーンのために集まった人々の前でストレートなスピーチをし、最後には聴衆とともに誇らしい気持ちで被っていたウィッグを宙に放り投げる。このエピソードから、逆境に対するサマンサの強さが伝わってくる。だが、それ以上にサマンサは3人の女友達に対して驚くほど思いやり深く、ちょっとしたトラブルが起きればいつでも彼女たちの肩を持つのだ。ベビーシャワーのシーンでは、シャーロットが将来子どもにつけると高校時代から公言していたのと同じ名前を生まれてくる子どもにつけるつもりだと友人の妊婦から聞かされて怒ったとき、サマンサは悪びれずその友人を「ビッチ」と罵り、シャーロットをパーティから退席させる。ろくでなしの元カレ(既婚者のミスター・ビッグ)と不倫していると繊細なキャリーに打ち明けられたとき、「誰に言ってるのよ」とクールに応じるサマンサは実に堂々としていた。批評家はSATCの4人が病的なまでに浅はかで自己中心的だと批判してきたが、少なくともサマンサは違う。4人の中でもっとも快楽主義的で悪徳に魅せられているにも関わらず、サマンサはもっとも筋の通った人物であることは間違いないのだから。
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SATCシリーズを通してキャトラルの演技がいかに重要であるかは、どれだけ強調してもし過ぎることはない。下手な女優がサマンサを演じれば、サイモンとガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」にアニメ『ロジャー・ラビット』に出てくるセクシー美女ジェシカとドラァグクイーンのルポールを少々加えたような、肉食系クーガー女程度のキャラクターで終わってしまうだろう。「ミスター・ビッグとデートしてるの? 私の相手はミスター・トゥー・ビッグよ!」のような下ネタめいたセリフが印象的なキャトラルの演技がパロディの域を出ない一方(以前クリスティーナ・アギレラは人気深夜番組『サタデー・ナイト・ライブ』で完璧なモノマネを披露した)、彼女は脚本家から与えられたよりもはるかに優れた繊細さを常に加えながらサマンサを演じてきた。サマンサのいかつい外見と唯一肩を並べられるホテル王リチャード(演:ジェームズ・レマー)に裏切られるエピソードは、まさにその好例だ。恋人の浮気現場を押さえたサマンサは、怒りに駆られてハートの絵を額ごと叩き割って「これであなたのハートも粉々ね」と泣き出すのだ。下手な役者の手にかかっていれば、このシーンは爆笑ものだっただろう。だがキャトラルの演技は見事なまでに心がこもっていて、彼女に同情せずにはいられないのだ。
批評家は、人種とセクシュアリティをめぐるSATCの無数の欠点(サマンサが”レズビアンになった”エピソードを覚えているだろうか?)だけでなく、適度なアメコミふうのギャグにも注目してきた。オオカミのように恐ろしくなりかねないキャラクターに温もりと快活さをもたらしたキャトラルの名演(シリーズ撮影中に彼女が経験した惨めな出来事を考えるとなおさら胸を打つ。というのも、とりわけパーカーによるひどい仕打ちに苦しんでいたとキャトラルは主張しているのだ。それに対して公の場でパーカーが腹立たしいほど終始優しく寛大に振る舞った結果、キャトラルのほうが小さな人間として世間から見られるようになってしまった。これを理由に、筆者はキャトラルの言葉が真実であると思っている)。2004年にエミー賞に輝いたシンシア・ニクソンの抑えた演技こそが本物の”アクティング”だと多くの人は言うが、あるシーンで「息があってひざまずける限りは、好きな人にシテあげるわ!」とキャリーに堂々と宣言するサマンサほど可笑しく、観る人を楽しい気分にしてくれるものは存在しない。
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リブート版SATCがサマンサの不在をどのように処理するかについては、さまざまな議論がなされてきた。キャトラル本人は、たとえば有色人種の女性やジェンダーにこだわらない役者によって4人のキャラクターが新たにキャスティングされるのを見てみたいと話している。これは特権だらけの白人女性というキャラクターをきれいに覆い隠すようだとは言わないまでも、立派な目標だ。その一方、パーカーは反対するファンに対して取り澄ました口調で「サマンサは今回の物語には登場しないわ。でも私たちがどこで何をしていても、彼女は永遠に私たちの仲間よ」と応じている。これに対して筆者は、ファイナルシーズンであれほど見事に闘った乳がんに敗れてしまうという”サマンサ死亡シナリオ”を脚本家が用意しているのでは? と考えずにはいられない。これはサマンサというキャラクターとキャトラルに対する裏切り行為である。SATCの4人は女性の幻想であり、幻想とはそもそも不滅なのだ。それはとりわけ、キャトラル扮するサマンサのように生き生きとしたキャラクターに当てはまる。20年近く演じてきたキャラクターを気軽に亡き者にするという行為は、演者に平手打ちを食らわせるようなものだ(キャトラル本人も多くの犠牲を払いながら演じてきたと語っている)。しかしそれ以上にサマンサ不在のSATCは、ドラマが築き上げた世界とそこに生きる女性たちを20年愛し続けてきたファンへの侮辱である。SATCファンは、本物と呼ぶにふさわしい完全版SATC以下のものでは満足しないだろう。
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