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ソウルの幕の内弁当アルバムとは? アーロン・フレイザーのアルバムを鳥居真道が徹底解説

Rolling Stone Japan / 2021年3月3日 21時59分

ピンクのお菓子とアーロン・フレイザー

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第21回はアーロン・フレイザーのアルバム『Introducing…』を考察する。

『ミッドサマー』や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』でおなじみのフローレンス・ピューは音楽好きのようで、ときおりInstagramのストーリーズでSpotifyのリンクをシェアしています。好みが重なる部分があったので、いつも気にしてチェックしていました。

関連記事:レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開



あるとき目を引くジャケットのアルバムがシェアされていました。それは、鮮やかなピンクを背景に、クルーカットの男性が気取ったポーズを取っていて、そのうえにはブラックスプロイテーションを彷彿させる書体が描かれている、というものでした。さっそく聴いてみたところ、これがとっても良いではありませんか。それはアーロン・フレイザーというミュージシャンによる『Introducing…』と題されたアルバムなのでした。声は良いし、歌もうまい。曲もぐっと来るし、演奏も素晴らしい。カラッとしたサウンドも私の好み。彼は一体何者なのでしょう。



ドラン・ジョーンズ・アンド・ザ・インディケーションズというオールドファッションなソウルに取り組むグループがいます。デッド・オーシャンズ所属。つまりフィービー・ブリッジャーズ、クルアンビンとはレーベルメイトの関係。フレイザーは、ザ・インディケーションズの一員でドラムを担当しています。時としてマイクを握ることもあります。

フレイザーのテンダーなファルセット唱法を聴くと、強力なフロントマンであるジョーンズがしばしばマイクを譲るのも頷けます。とても魅力的な喉の持ち主です。そして声色の表情が豊か。歌という表現の中で、嘆いたり、笑ったり、怒ったり、泣いたりしていて、さながら名役者のようです。



『Introducing…』を通して彼の歌声を聴いていると、なぜだか郷愁に駆られます。ファルセットということで、スモーキー・ロビンソンや、テンプテーションズのエディ・ケンドリックス、デルフォニックスのウィリアム・ハート、あるいはフランキー・ヴァリを連想したりもしますが、後追いでこれらを聴いた私が懐かしさを感じるのはおかしな話です。もちろん後追いであっても、それを聴いていた当時を思い出して懐かしくなる場合もあります。しかしそれとも違う。

フレイザーの歌声には、どこか子守唄のような響きに感じられるのです。子守唄? あ、日本昔ばなしのオープニング曲か! とひとり膝を打ちました。そうか、あの女性デュオの歌声に似たものを感じて郷愁に駆られているのかと。しかし、この感覚がどれだけの人と共有できるのかは不明ではあります。



『Introducing…』は、ソウルの幕の内弁当といった趣のアルバムです。フィラデルフィア風あり、シカゴ風あり、デトロイト風あり、メンフィス風あり、ニュー・ソウル風あり、スタッテン・アイランド風あり、ヤング・ラスカルズ風あり、デンジャー・マウス風あり。こうした調子で列挙を続けると、なんだ、焼き直しかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。非常にフレッシュ。どのようにフレッシュなのか。

過去の音楽を解釈する手付きが新しいというより、過去の音楽が宿していたフレッシュさを身体化している、と言えば良いでしょうか。そうした人が現れる度に過去の音楽のフレッシュさがより鮮やかになると私は考えています。

「懐古趣味のレコードはマジで作りたくなかった」とはプロデューサーであるブラック・キーズのダン・オーバックの談。このアルバムは、彼のレーベルであるイージー・アイ・サウンドとデッド・オーシャンズの連名でリリースされています。レコーディングはオーバックが所有するナッシュビルのイージー・アイ・スタジオで行われたとのこと。また、ほとんどの曲がオーバックとフレイザーの共作となっています。もちろんギターも弾いています。

レコーディングには、ナッシュビルのミュージシャンやイージー・アイ周辺のミュージシャンが参加しています。注目すべきは鍵盤奏者、ボビー・ウッドでしょうか。彼はメンフィスのアメリカン・サウンド・スタジオのお抱えミュージシャン連であるメンフィス・ボーイズの一員です。ダスティ・スプリングフィールドの名盤『ダスティ・イン・メンフィス』に参加しているようなレジェンド級のベテランミュージシャンです。



『Introducing…』の演奏において特に惹きつけられたのはベースのプレイでした。演奏するのはニック・モブション。エイミー・ワインハウスやブルーノ・マーズといったマーク・ロンソン絡みの仕事や、ニューヨークの粋なレーベル、ビッグ・クラウンを主催するレオン・ミシェル周辺の仕事などで知られるベーシストです。アフロ・ビートのグループ、アンティバラスにも参加しています。個人的にはグリー・クラシックスでもあるマーク・ロンソン feat. エイミー・ワインハウスの「Valerie」で演奏しているのを見逃すわけにはいきません。

ソウルやファンクのような演奏をマスターしたいと考えているベーシストがいたら、このアルバムのベースラインを完コピすることを強くオススメしたい。彼のプレイはさしずめ歩くソウル百科といったところで、ジェームス・ジェマーソン、ジェリー・ジェモット、ウィリー・ウィークス、ドナルド・ダック・ダン、デヴィッド・フッド、トミー・コグビル、ジョージ・ポーターJr、キャロル・ケイといったレジェントたちのエッセンスが詰まっています。縁の下の力持ちというよりは、比較的饒舌なプレイでぐいぐいと引っ張っていくタイプかもしれません。

ここで一度『Introducing…』から「Bad News」を聴いてみましょう。



まずドラムのフィルから始まります。最初のフィルを素っ気なく感じたのか、あるいはテンポが早すぎたと感じたのか、情感を込めつつテンポを落として同じパターンをやり直しています。その後にビートが演奏されるわけですが、ドラムから始まるアレンジなので、冒頭のフィルはカットしても良かったように思われます。しかし、この余計とも言えるふたつのフィルがフックになっているようにも感じます。フックということでいえば、ベースのフィルイン明け(0:27あたり)の音を聴き逃がすわけにはいきません。



この曲はEm9とAm9というふたつのコードを終始行ったり来たりしています。このループの頭にはベースはルートであるEを弾くのが一般的ですが、フィル明けの最初の音は、なぜか全音上のF#が鳴らされています。F#はEm9においてナインスの音に該当するので、別に鳴らしてはいけない音というわけではありません(そもそも鳴らしてはいけない音など存在するのかという話は置いといて……)。いずれにせよ、ド頭にルート以外の音が来るので、「おや?」と思うのは事実です。こうした「おや?」と感じさせえるプレイが案外欠かすことのできないフックになったりするものです。狙ったものなのか、はたまた単なるミスなのかどうかは定かではありません。

曲の終盤、ステレオ右側にパンを振ったギターが抜ける箇所で、ステレオのセンターからギターの音が微かに聴こえます。これは、ミックスの段階でミュートしたものの、ドラムのマイクか何かにかぶった音が残ってしまったのだと思われます。このことから察するにベーシックの録音は一発録りで行われたと推測できます。

ベースの録音がライン録りだとしたら、多少ミスしても後から修正することは難しくありません。一発録りの場合、ミスで演奏を中断したりしていると、スタジオ全体のバイブスが死にがちです。これはなるべく避けたい。そこでモブションは、後から直せば良いと判断して演奏を続け、プレイバックを聴きながら、「ド頭で間違えちゃったよ」と申告したところ、「いや、これはこれで良いんじゃない? うん。良いと思う!」との声もあり、そのまま採用されるに至った。そんなスタジオでのやり取りの妄想を膨らませたのでした。



最後にリズムについても言及しておきましょう。「Bad News」のリズムは少しハネている16ビートです。このリズムで有名な曲を挙げるとしたらスピッツの「チェリー」といったところでしょうか。



少しハネている16ビートは、70年代初頭のシリアスなソウルによく見られるリズムであります。例えば、スティービー・ワンダーの「Superstition」。ちなみにこの曲に登場する「Writings on the wall」という表現は「Bad News」でも使われています。ほかにはビル・ウィザースの「Lonely Town, Lonely Street」、カーティス・メイフィールドの「Freddies Dead」等々。曲調としてはやはりマーヴィン・ゲイの「Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)」を連想しないわけにはいかない。この曲もまたわずかにハネているように感じます。

このようなリズムの刻まれ方の上で、フレイザーが声を伸ばしたり、止めたり、震わせたり、揺らしたり、強張らせたり、滑らせたり、擦らせたり、放り投げたり、そっと置いたりする様をじっくり味わってみるのも一興かと思われます。

鳥居真道
1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー

Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
Vol.14 ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察
Vol.15 音楽がもたらす享楽とは何か? 鳥居真道がJBに感じる「ブロウ・ユア・マインド感覚」
Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
Vol.17 現代はハーフタイムが覇権を握っている時代? 鳥居真道がトラップのビートを徹底考察
Vol.18 裏拍と表拍が織りなす奇っ怪なリズム、ルーファス代表曲を鳥居真道が徹底考察
Vol.19 DAWと人による奇跡的なアンサンブル 鳥居真道が徹底考察
Vol.20 ロス・ビッチョスが持つクンビアとロックのフレンドリーな関係 鳥居真道が考察

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