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大木亜希子と手島将彦が語る、エンタメ業界で生きるための精神とお金の話

Rolling Stone Japan / 2021年3月5日 20時0分

左から、大木亜希子、手島将彦

2021年に入り、ますます重要性を増している「アーティストのメンタルケア」。日本では2019年、音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、書籍『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』を上梓。洋邦問わず、ミュージシャンたちのエピソードをもとに、カウンセリングやメンタルヘルスに関しての基本を記し、アーティストやその周りのスタッフが活動しやすい環境を作るべきだと示した。そんな手島将彦とともに、アーティストとメンタルヘルスに関して考える対談連載、最新回のゲストは大木亜希子。

ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー、2010年には秋元康氏プロデュースSDN48として活動し、タレント活動と平行しライター業を開始。2018年にはフリーライターとして独立し、現在までに2冊の著書『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』を刊行している大木は、歩き方が急にわからなくなるほど精神的に追いこまれた日を境に自分の人生を見直しはじめたという。様々な立場で経験をしてきた大木と手島の対談は、精神のことから経済のことまで、概念的なことから具体的なことに及ぶまでの充実したものとなった。



手島:大木さんの著書を拝読して、これは絶対に学校の図書館に置いてあればいいなと思ったんです。

大木:ありがとうございます。すごく嬉しいです。

手島:というのも、僕が取り上げている3つの大事なテーマと共通している部分が多くて。1つ目は自己肯定感の持ち方、2つ目はアイデンティティに関する考え方、3つ目は今が大切だよねということ。その3つが特に『アイドル、やめました。』(※AKB48グループを卒業しセカンドキャリアに挑む元アイドルたちを、取材したノンフィクション)のエピソードによく出てくるなと思ったんです。大木さんが話を訊かれた元アイドルのみなさんは、まず弱い部分や苦手なことを自覚した上で、紆余曲折しながら自分の存在自体を肯定していく。それがとても素晴らしいなと思ったんです。あと、アイデンティティの考え方で、「大切なのは今なんですよ」と複数の方が言っている。もちろん過去があるから今があるということなんですけど、今を大切にすることはメンタルヘルスを考える上で大きなキーワードなので。

大木:本の序文にも書いたんですけど、アイドル時代の自分を成仏させたいという極めて個人的な思いから始めた企画が、出版社の手を通って元アイドル8人に共鳴していった。芥川賞作家の羽田圭介先生が、「他者と理解し合っていくことが人間の1番の快楽である。この本のおもしろさはアイドル時代の裏話ではなくて、同じことを経験している人間として、大木さん自体が他者と理解し合って快楽を得ていくことだ」という趣旨のコメントをくださって、私自身もなるほどなと思ったんです。手島先生は、現在の自分の存在を肯定していくことを、『なぜアーティストは壊れやすいか』の中で、車の運転に例えられておっしゃっていましたよね?

手島:ええ、はい。

大木:運転しているのは今の自分で、過去の自分から乗り継ぐ形で未来に向かって進行していく。私は体を壊したときに身を以ってそれを理解したんですが、まだ理解できていない若い子もたくさんいると思うので、そう言葉にして発信してくださることは、すごく救いですね。



手島:エンターテイメント業界って、若いうちに大人の社会の中に入っていく場合が多いじゃないですか。そうすると大人の言っていることが何となく全部正しいような気がしてしまうし、言いくるめられたりもする。自分のアイデンティティの形成途中で、いろいろなことがゴンゴンぶつけられてくるから、過去、現在、未来がぐっちゃぐちゃになっちゃう場所でもあるわけですよね。そもそも過去は変えようがないし、未来はよっぽどじゃないと予測がつかない。だから、今現在、どう感じて考えているのかを大切にすることが実は重要なんです。でも若いと、過去と未来の方に引っ張られちゃったり、大人がそっちに引っ張っちゃうこともあるのかなという気もします。

大木:自分自身の経験に基づいてお話をすると、アイドルの女性って先生がおっしゃったように若いうちから大人に揉まれているので、現場の状況把握能力が異様に高いんですよね。自分が何を求められているのか理解するのが早すぎて、求められる5秒前に出していくようなことすらある。それは訓練しないとできない一方、かなり疲労して自分自身を蝕んでいくケースもあるんです。それは私も2冊目の書籍『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)でテーマにしていることなんです。

手島:最近学校で若い人と話していてよく思うのは、「将来の夢は?」と言われた時、職業名が出てきちゃうんですよね。それは一概に悪いことではないんですけど、そこに至るきっかけがあったはずなんですよ。歌うのが好きとか、踊るのが好きとか、人にちやほやされるのが好きでもいいんですけど、その出発点を見失って職業に合わせていくと、本来の目的とずれてきちゃう人も出てくる。別にミュージシャンじゃなくても歌えればよかったとか、必ずしも職業名=自分の夢ではないこともある。そこが落とし穴だなと思います。できれば働かないで暮らしたいとか、そういうのだって将来の夢だと思うんですよね。



大木:私が育った年代はメディアが発達している世の中だったので、アイドルだったらSNSのフォロワー数が人からの評価に繋がる世界に生きてきたんです。なので、自分の目標に向かっていっていいんだ、という手島先生の発言は、極めて人間らしい生き方を伝えてくれていると思います。自分がアイドルを卒業して数年後に会社員になって病んだ時、知り合いのカウンセリングの先生から、心理学用語でチャンクって言葉を教えてもらったんです。抽象的になればなるほど多くの人に伝えやすいけど、具体化していくと、よりコアな人に伝わりやすい。アイドルは後者で、こういうキャラクターで、おくれ毛があって、前髪があって、前下がりのボブで、みたいな紋切り型社会になっているのが原因なんじゃないかなって今、聞いていて思ったんですけどいかがですか?

手島:それはありますよね。ファンとミュージシャンやアイドルが、お互いに期待するものを通して共犯関係を作っていく。本に登場する三ツ井裕美さんが「人として幸せになる感情を大切にしてほしい」とおっしゃっていて。それはお互いそうでなきゃいけないんですよね。エンタメ側も、それを視聴するファンも、どっちかが我慢するものでもないし、自分の思いを相手にぶつけるものでもない。

大木:そういう状況の中で、自分たちはどうやって健康になっていけばいいのかを考えたんです。私は28歳ぐらいで心を崩したとき、自分らしく生きていきたいと初めて思ったんですね。先生の本の中で、パッション・ピットのマイケル・アンジュラコスが双極性障害であることを明かして、「常に音楽を作り続けていくための唯一の方法は懸命に健康を維持することだ。より健康であることはとてもアートなことなんだ」ってエピソードを書かれていて、1000回くらい「いいね」したくなりました(笑)。夜は徹夜してなんぼだっていう考えが、自分が社会人として働いてきた15年間の経験もふまえて、今もまだはびこっている気がします。この本を読んで、健康がアートだというのを、アーティストが実はもう何年も前から言っていることに驚きました。

手島:ちょっと前の世代だと、スポーツ界も多少怪我をしてでもやるのが当たり前みたいな感じだったんですけど、少しずつ見直されてきていますよね。その大きなきっかけとして、コロナ禍で多くの人がメンタルだけじゃなく、体のことも含めて健康に向かうようになってきているのかなと思うんです。



大木:私ごとで恐縮なのですが、ハフポストさんで書いた記事(「元アイドルって請求書も書けないんだ」と言われたあの日、私の魂は死んだ)で、端的に言いますとかなり大きな賛否両論がありまして。私は会社員時代に、ある得意先から元アイドルって請求書も書けないんだって言われてしまったことがきっかけで、キラキラとした自分を演じることに疲れ、3年後に会社を辞めてフリーランスとして立ち上がったんです。そこから2年たった最近また、元アイドルである私に、「講演の仕事を頼みたい。講演が終わったら打ち上げの席を設けるから、そこでウチの会社の重役にビールを御酌してほしい」という依頼が来てしまって。

手島:よくわからないんですけど、みなさん何を燃やしているんですか。

大木:お酌ぐらいして当然だとか、元アイドルというだけでライターとして下駄を履いているんだから文句を言うんじゃないと言ってくる人もいたんです。その時、ある先輩の作家さんが心配して連絡をくださったんです。私のことを尊重した上で「叩く人は、傷ついた人たちだから」と書いてあって。私にとって、叩いている人たち=傷ついてきた人たちという概念はなかったので衝撃を受けて救われました。先生の観点から、攻撃する人は傷ついてきた人たちというロジックは成り立ちますか?

手島:よく言われるのは、いじめや虐待やなんらか攻撃的な行為をしてしまう人には、それをせざるをえない理由がある、ということですね。家庭環境が荒んでいる、抑圧されている、社会的に疎外されている、とかが原因で、そのはけ口として弱い立場の人や叩きやすそうな人を攻撃するという。確かに加害する側にも、そうせざるをえない社会的な理由はあると思うんです。そこはちゃんと考えないと、問題をすべて個人のせいに矮小化してしまいます。だからこそ置かれている環境や世の中を変えていくことが必要です。しかしもう一方で、今、現に傷ついている人がいるわけです。その人のことをまず考えることなく「加害者にも理由があるんだよ」と被害者に言うのは、そのつもりがなくてもその人の痛みを軽んじるようで、さらに傷つけてしまうかもしれません。また、これまで加害者だった人が「反省しました。これから平等ね!」と言ったからといって、すぐに「はい、そうですね!」とはならないじゃないですか。まず今困っている被害者や傷ついた人をケアする、そのうえで加害者に何かそうせざるをえない理由があるのであれば、そこはなんとかしなければいけない。その2つのバランスを考えることが必要かなと思いますね。

大木:加害者を救済する仕組みという部分につながるかはわからないんですけど、仕事を辞めたいと言っている人に対して、なんでそんなことで辞めるの? と言うんじゃなくて、「あ、辞めたいんだね」って、ただ傾聴することが大切ということを手島先生のご著書を読んですごく腑に落ちて。もしかしたらアイドルもアーティストも、この世の中で職業を持っている人全てに言えるかもしれませんが、そうなんだね! って単純に受け入れてくれる構造と仕組みが少ないのかなと思います。



手島:そもそも、他人は他人なので絶対に分かり合うことはないんですよ。そう思わないと、知らずに足を踏んづけちゃっているようなことが絶対あると思います。分からないことがいっぱいあると思っている方がいい気がしていて。特にカウンセリングはいろいろな人がいるよねという前提で行うものなので、いい悪いでなく、それが事実なのであまりジャッジしないんです。

大木:ただいろいろな人がいるという事実だけですよね。

手島:そう。事実を事実として見ないと絶対に歪む。お医者さんが「不安に対処するな」みたいなことを言うじゃないですか。それって本当に大事なことで、あるがままに不安を受け入れるというか、遠目で見ている感じが大事。不安って大体2つあるんですよ。1つは対処できる不安。例えば、防犯とか、防災とか、具体的に危機を未然に防げるもの。もう1個は蓋を開けてみるまで分からないもの。後者のほうが世の中には多いんですよね。物事は思い通りにいかないですから。それに関してはもう、不安を不安なまま感じるしかない。コントロールしようとすればするほどドツボにハマるみたいなところがある。

大木:未来がどうなるか分からない一番の例が、私の場合は恋愛だったんです。10代の時から女優業をやっていたので、これまで恋愛禁止だった期間も長くて、あまり人と深く関わった経験がなかったのですが。ある日、私の髪の毛がボサボサでジャージ姿で何も上手くいっていない自分に普通に接してくれた人のことを好きになったんです。上手くいっていた時は良いけれど、その恋愛が上手くいかなくなったとき、初めて自己の崩壊が起きてしまったんです。恋人って限りなく自分と近い他者なんだけど、理解できないし自分の想い通りにいかない。恋愛って、数をこなせばいいものでもないし、学校で教わるトピックスでもない。でも、人とのコミュニケーションを教わり、自分の至らなさや本当にどうしようもないことがあるんだよってことを知れる。コロナ禍で人との出会いが減って、恋愛に限らず人と関わることを恐れてしまうようなこともあると思うんですけど、不安をそのままにして、こういう人間です! みたいな自己開示できる自分でいたいし、周りの人にもそうあってほしいなとすごく思うんですね。



手島:今はダメでも、いずれなんとかなるみたいなこともあると思うんです。20代でダメでも、30代でなんとかなるかもよとか。日本でダメでも、違う場所だったらうまくいくかもよとか。成長というのは、必ずしも右肩上がりばかりじゃないから、どういう曲線を描くかはみんな違っているんです。

大木:それって極端な言い方をすると、急がば回れだと思うんですね。先生がおっしゃった、どういう曲線を歩むかは人それぞれ違うというのは、ものすごく心にグッと来まして。女優もアイドルも、顔を出して人に見せなきゃいけない商売というか。自分を大切にすることをテーマとして持っていても、人から評価されて収入を得ている人たちは、それ相応の業の深さを背負っている気がして。だから売れると、ものすごい額を稼いだりする可能性もある。そういうリスクと表裏一体な気はしていますね。『アイドル、辞めました。』で取材した、ラジオ局社員として就職されたNMB48にいらした河野早紀さんは、アイドル時代、なかなか自分が思うように活動ができず、ミュージック・ステーションに出ている同期の子を見ながら悔しい思いもしたそうなんです。その時は曲線でいうと下がっているように見えるけど、実は悔しい思いをしていたその時期に、ラジオ局に就職するための企画力を養うとか、上に行くための種がそこで育っている時間でもある。卒業してから自分の好きなことを見つけていくことこそ、私はアートであり、人生なんじゃないかなと思いますね。

手島:例えば、北欧のアイスランドは全人口が30万人ぐらいしかいないんです。そもそもエンタメで食えないんですよ。全国民がCDを買っても30万枚セールスにしかならない。それじゃあ、ミュージシャンたちはどうしているかと言うと、パラレルワークみたいなことをしている。音楽だけで稼ごうと思っていないから、逆に個性的なことができて、小さい島なのに世界的なアーティストがいっぱい出てくるんですよね。置かれている環境が本当に自分に合ってるのか考えてみるのもありなのかなと思います。僕がカウンセラーをやっていて気をつけているのは、誰かを世の中に無理やり適応させるようなことはしないということ。例えば、すごくメンタルで悩んでいる方がいて、それが仕事のことだったとします。無理やり修正することで、そのコミュニティに合わせさせるということはしちゃいけない。どっちかと言うと本来なら周りを変える方向にいった方がいいというか。カウンセリングに認知行動療法というのがあるんですが、これはかなり簡単に言うと「ものは考えようだよ」、「その考え方は妥当か考えてみましょう」って話なんですけど、これは一歩間違うと、その人を無理やりおかしな環境に適応させるみたいなことになっちゃう。それをやっちゃうと、その人の本来の良さがなくなるかもしれないし、どこかで歪が出てくると思うんですよ。あくまでも世の中や出来事の捉え方を考えて、そこがダメだったら離脱しましょうよとか、なんか付き合い方を考えましょうよとか、過剰に適応するのでも自己否定でもないようでなければいけないと思っています。



大木:アイスランドで活躍している人たちの実例をとってみても、好きなことを仕事にしている人の多くはゾーンに入っているというか、没入感がアクティビティにある人が多いんじゃないかなと思うんです。私も「何者でもない自分」が恥ずかしいときがあって。アイドルを卒業したはいいけど、仕事を獲得するために悩んだり、収入が上がるのかなと一度詰んで心療内科に通うようになった。その後『29歳、人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』という記事を書いたときゾーンに入ったんです。他人からどう思われても、もう一切気にしない。私はただ、これを書くんですみたいな。それまで他者から評価されてなんぼだった自分にとっては、ブレークスルーというか。その記事がTwitterのトレンドランキングに入ったり出版依頼も来て。そこで実は見栄とか取っ払って、自分の好きなものとか表現したいことをバーンって出した時に強みが出るのかなと感じたんです。

手島:本当にそういうことだと思います。芸能界なんかは特にそうだと思うんですけど、どうしても他人の評価を気にして育ってくる面があるじゃないですか。でも、他人の評価って結構狭い範囲のことで。学校で言うと、勉強ができるか、足が速いか、先生の言うことをよく聞くのかみたいに、片手で数えられるぐらいの評価軸で競争している。でも、人間の要素ってそんなにシンプルなものではない。その評価上の競争だけに無理やり合わせちゃうと、合う人は無敵かもしれないけど、みんなが合うはずがない。そういう評価軸は音楽業界や芸能界にもあって、本来の良さを出せずに終わってしまう可能性が、すごくあると思うんです。



大木:そのバリエーションが増えれば自己肯定感を持てるアーティストはもっと増えますよね。一方で、これに尽きると思うことがあるんです。それは、お金は絶対に必要だということ。

手島:まあ、そうですね。

大木:自分自身31年間の半分以上、芸能界に身を置いてきて、切実な問題として常に降りかかっていたことで。若い時はお金の稼ぎ方はよく分からないから、目の前の仕事を全部やることしか考えていなかった。誰にとっても柔軟な自我を手に入れるために、お金は本当に大事。これはカウンセリングの面でも捨てられないポイントじゃないかと思っています。

手島:その通りで、お金がないと荒みます。それは絶対に間違いない。何をやるにおいても、ある程度余裕がないときついですよね。音楽なんかは特にそうなんですけど、作る側だけじゃなくて、受け取る側の方との関係が大事で。例えば、アメリカや他の国では、有名じゃないけどストリート・ミュージシャンで生計を立てられている人がいっぱいいるわけですよね。みんなが投げ銭してくれる文化がある。無名な人であろうが、良いと思ったらお金を出す。それがあるかないかで随分違っていて。クリエイターの方が考え方を変えたり、アクションを起こすことも大切なんですけど、ファンと一緒に成長していけるような関係を促せる動きができたらいいなとは思いますよね。投げ銭的なシステムや方法が今はできてきて、可能性が広がってきているという面はあるとは思いますけど。

大木:ストリートで生計を立てられるアーティストがいるとお聞きして、自分自身もすごく励みになりました。いまは、日銭を稼ぐのに原稿料でお仕事をいただいている状況なんですけど、それが良いとか悪いとかじゃなくて、今の私の自分のやり方はこれでいいんだなって思えました。最近、noteというプラットフォームで有料サブスクを始めたら、数十人が一度に入ってくれて。それだけで生計を立てられるというわけではないんですけど、心の安定にすごく繋がりました。0よりは1億倍いいなって。芸術や、芸術に携わる人の立場を考える時に、精神論と同じくらい、経済面への対策を考えていかなきゃいけないですよね。



手島:エンタメに限らず、大人が若い人にお金のことを教えないんですよね。僕は音楽の専門学校で教えているんですけど、何が売れたらどのくらいお金が入ってという流れを最初にガッツリ教えるんです。その上で、どうやって自分を守って生きていきますか、という話だと思うんですよね。

大木:やっぱり、家賃はいくらのところに住んでますとか、年収、パートナーの有無は恥ずかしくて言えないような雰囲気が未だに社会のなかにありますよね。そういう状況だけはなんとか変えたいなと思うんです。音楽学校で印税の話を学ぶことは有益なことですよね。卒業してから何かあった時に対処できると思うし、交渉もできるし。

手島:これは仕方がないことなんですけど、まだ若い人が想像しにくいことは、それが自分の生活にどういう影響を及ぼすかって話なんですよね。武道館でライヴをして、結婚してって人生を送ったとしても、そこからずっと売れ続ける人は一握りしかいなくて。そういう状況で、子どもがいるみたいなリアリティが想像できないわけですよ。それは当たり前なんですけど。もちろん音楽だけで食っていきたいですって人もいるだろうけど、よくよく考えてみるとファッションが好きでしたってこともあると思うので、他のことも考えておくとか。あるいは、音楽との付き合い方を考えておくとか。いろいろな先に考えることができるはずなんですよね。お金と生活のリアルみたいなものを繋げると。そこはわりと早いうちに教えることにはしていますね。

大木:めちゃくちゃ興味深いです。それが「夢の呪縛」なのかなと思いました。例えば、武道館前日に「15年後の年金どうする?」とか話したら士気が下がるからみんな言えないですよね。アイドルも内々ではお金の話はしない暗黙のルールみたいなものがあるんです。もちろん同じアイドルグループにいたとしても、こなしている仕事量はそれぞれ違うわけだし、待遇が人によって違うのは仕方ないんですけど、パラレルワークは、これからを考えるにあたって大切だなと思います。私自身、今コロナ禍でちょっとお休み中ですけど、スナックのママとか、ライターとか、女優業、タレント業、できるだけ幅を広げるようにしていて。それでも不安は絶えないんですけど、アーティストたちが、いかにストレスなく正しい知識を持って生きていくかが、これからの時代のテーマな気がしますね。



手島:もしかすると、アーティストだったりクリエイティブなことをやる人たちの生き方が、サラリーマンとかにも影響を与えていくような気がするんですよ。

大木:副業OKにしたり、働き方改革をいろいろな企業がしていますもんね。

手島:そういう時に、音楽だけじゃなくてエンターテイメントに携わっている人たちは発信力があるので、結果的に世の中にも良い影響を与える可能性がすごくあると思うんですよね。生き方とか、働き方とかにしても、そういう人が増えてきてくれるという期待もしています。いい音楽を作ったり、歌を歌ったり、いい演技をするというのはもちろん前提として、生き方自体が新しくていいよねとか、そういう人もいっぱい出てきたら嬉しいです。

大木:私自身も自分の生き方を持って、世の中に提案していきたいと思っている1人なので。古い価値観に囚われないで、こういうふうにも生きていけるよって示すことが、それぞれのメンタルケアに繋がっていくと思います。自分は1人じゃないんだとか孤独に思わない人が1人でも増えてくれたらいいなと強く思いますね。


<プロフィール>

大木亜希子(おおき・あきこ)
東京都在住フリーライター/タレント。2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。数々のドラマ・映画に出演後、2010年、秋元康氏プロデュースSDN48として活動開始。その後、タレント活動と平行しライター業を開始。
Webの取材記事をメインに活動し、2015年、NEWSY(しらべぇ編集部)に入社。PR記事作成(企画~編集)を担当する。2018年、フリーライターとして独立。著書に『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)がある。

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

<書籍情報>



手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

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