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ジュリアン・ベイカーが学び続ける理由 現代最高峰のソングライターが語る紆余曲折

Rolling Stone Japan / 2021年3月16日 18時0分

ジュリアン・ベイカー(Photo by Alysse Gafkjen)

ジュリアン・ベイカーの3rdアルバム『Little Oblivions』が好評を博している。大学へ復帰して断酒にも取り組んだ彼女は、最新アルバムに初めてフルバンドのサウンドを持ち込んだ。今日のUSインディーを代表するシンガーソングライターが、人生の紆余曲折から学んだこととは?

ジュリアン・ベイカーは言葉を止めた。「ごめんなさい。どうして私は、大学論文の脚注のことなんかをあなたに説明しているのかしら」と、ふと我に返ったかのようだった。

ベイカーが完全に学生モードへ切り替えてジャズや「言語の主観性」などについて語っているのも、全く納得がいく。25歳のシンガーソングライターは最近、ステージ上にいるよりも教室にいる時間の方が圧倒的に多かったからだ。2019年、3年に渡りノンストップで続けてきたツアー生活に疲れ切った彼女は、別の個人的な問題もあり、ミュージシャンとしての活動を一時休止してミドルテネシー州立大学で学業に専念すると決めた。「オースティン・シティ・リミッツ(音楽フェス)をキャンセルして、大学へ戻った」と彼女は言う。

ベイカーは、クラスメートに囲まれて授業を受ける生活に戻れてホッとしていた。クラスメートらは、たとえ彼女が過去5年間で最も賞賛され評価を受けているインディーシンガーソングライターであると承知していても、気軽に付き合ってくれた。「完全に頭を切り替えて、文学や音楽や言語を勉強する日常に戻ることができた。ミュージシャンとしての立場や自分自身が築いた実績などとは、無縁の世界だった」と彼女は言う。「皆に嫌われるイヤな人間に成り下がりそうだったから、私にとっては本当に良かった。でも私は学校が大好きで、学校では図書館に通うような生活を送れた」



2019年12月に卒業したベイカーは地元メンフィスのスタジオへ直行し、3枚目のソロアルバムのレコーディングに取り掛かった。2021年2月にリリースされた『Little Oblivions』は、これまでの作品の中で最もポップで手の込んだアルバムであると同時に、彼女のありのままをさらけ出した作品だと言える。

『Sprained Ankle』(2015年)と『Turn Out The Lights』(2017年)の2枚のアルバムが信念やアイデンティティ、メンタルヘルスの問題をテーマにしていたのに対して、この3rdアルバムはより肉体的なところに根ざしている。新しい楽曲には、肉体やブラックアウトやアルコールや血が溢れ、ほとんどは寝室やバーで起きそうな出来事が描かれている。しかし今回のアルバムで最も注目すべきは、楽曲の大半にドラムがフィーチャーされている点だろう。

初のフルバンドによるアルバムが世俗的な事柄にフォーカスしているのも、偶然ではない。独力でアルバムをプロデュースしたベイカーは、新たにロックの分野にも取り組み、この2年間で彼女自身が経験した報いや更生を歌っている。例えば「Relative Fiction」は、いつもの暗く静かなバラードから、ドラムをきっかけにスリリングなポップコーラスへと展開していく。”救いなんかいらない/とにかく家へ帰らせて”と、バンドのサウンドをバックに彼女は歌う。



「あの頃は酷かった」転落から再生まで

2ndアルバム『Turn Out the Lights』の制作中に彼女は、「『Sprained Ankle』の曲をかけながら、神学や哲学や政治的イデオロギーを身に付けるために本を読み漁った」という。「私にとっては全く未知の世界だった。例えば”利他主義”とは何か、といった広いテーマについて深く考えるようになった。まるで『グッド・プレイス』(テレビシリーズ)の登場人物チディが抱える疑問のようだ」と語る彼女だが、「私の人生における出来事が、自分の世界を狭くしていた」という。

2019年7月を最後に、ベイカーは正式なライヴを行なっていない。また、ボーイジーニアス名義のEP『Boygenius』のリリースに合わせてツアーした2018年の秋以降は、公の場に出ていない。ボーイジーニアスは、フィービー・ブリジャーズやルーシー・ダッカスと組んだインディースーパーグループだ。

「もう2年も経つのね。あの頃は本当にいろいろあった」とベイカーは言う。「とにかく、いい1年だったとは言えない。2019年は酷かった」


ボーイジーニアス、NPR「Music Tiny Desk Concert」でのパフォーマンス。『Little Oblivions』収録の「Favor」には、盟友フィービー・ブリジャーズとルーシー・ダッカスが参加。

2018年11年から彼女は、一気に坂を転げ落ちていった。「自転車をゆっくりと漕いでいるようなもの」と彼女は表現する。「勢いが落ちた途端にグラグラし始める」

ちょうどその頃ベイカーは、GQ誌の2019年1月の記事に、スティーヴン・タイラーやジェイソン・イズベルらと共に取り上げられた。ドラッグやアルコール問題とクリエイティビティをテーマにしたインタビュー記事だった。

「あの時はタイミングが悪かった」と彼女は、気まずそうに笑いながら振り返る。

ベイカーにとって、隠しておきたい過去を振り返るのは辛いことだ。プレティーン時代の個人的なドラッグの問題が、彼女曰く「ノベライズ化」してしまうリスクを、当然ながら警戒している。ドラッグやアルコールの複雑な問題を抱えたアーティストのエピソードは美化されて、アルバムのプロモーション時の話題にされがちだ。「放蕩娘のよくある贖罪の話に仕立て上げられたくない」と彼女は言う。

それでも彼女は、過去の出来事を過度に隠そうとする危険性もよく承知している。「メンタル的な問題を曖昧にしたストーリーを仕立てるために、何かを隠し立てしたくない」と話す。

そしてベイカーは、自分のできることを説明し始めた。2018年後半に行われたボーイジーニアスの一連のコンサート以降は、20代初めの「とてもネガティブに過ごした」ツアーで積み重なったストレスに対処していたという。

「私自身が対処してこなかったものがどれほどあるのか、全く理解していなかった。また自分のネガティブな対処メカニズムが、更なる問題を生み出すことにも気付かなかった」とベイカーは続ける。「私に関わる全てを見直した。ドラッグとの関係、アルコールやドラッグから離れたストレートエッジとしてのアイデンティティ、そしてそれらの違いや意義について考えた。とても難しいプロセスで、それまでの私は上手く対処していなかった」

自分は問題を克服した人間である、と国民的な媒体で示したことで、「足を踏み外しやすい自分の性格と向き合えた。これにはとても誇りを持てた。私の場合は一から見直して、対処する方法を見つけなければならなかった」と彼女は振り返る。

彼女はまた、ストーリーの中で自分の過去をどう語るかによって、自分がただやり過ごそうとし始めていた考え方を強める結果となることを学んだ。「私としては、”古い私から新しい私へという、今に至るまでのはっきりとした道筋について、自信満々に話した”つもりだった。”あれは君ではなかった”と人から言われても、よく分からない。友人たちに対する当時の全ての迷惑行為は私の仕業ではない、と言いたいところだけれど、実際は違う」

ベイカーにとっては、根本的に自己を見直す新たなきっかけとなった。2019年1月はちょうど、『Little Oblivions』向けの楽曲を作り始めた頃だ。「自分が正しいと確信していることを曲げるのは難しい」と彼女は言う。「例えば『Turn Out the Lights』の曲の大半は、自分の中で向き合う二つの部分に大きく分けられる。一方は敵対する部分で、他方は、素晴らしく理想的な部分だ。どちらも同じ一人の人間の性質であることを理解しなければならない。ネガティブな部分を克服して抑え込もうとするのでなく、もっと寛大に自分自身の性質として受け入れるべきだ」

変化を求めたサウンド、変わることのない軸

彼女自身も認める通り、人生は常に勉強だ。彼女はその教訓を自分自身に当てはめると同時に、周囲との関係やより広い社会との繋がりにも適用しようと努力してきた。「自分自身の気に入らない点を、他人の中に見出して軽蔑するのは簡単だ」と彼女は言う。「好きではない自分を他人に見立てて嫌うのも、有効な手段。そして対処する必要もない」

2019年の春と初夏には、予定されていたフェスティバルへ出演した。ところが7月後半から8月初旬にかけて、ヨーロッパでのフェスティバル出演をキャンセルし始めた。当時の公式発表によると、「治療のため」とされていた。7月は、『Little Oblivions』に収録するための残りの楽曲を書いた。3rdアルバムは「2019年の自分を集約したような内容」だという。

今回のアルバム制作では初めて、一連のデモテープを作成し、アレンジメントを変え、スタジオ入りする前に1年以上かけて曲を練った。大学を卒業したばかりのベイカーはアルバム制作のプロセスを、「強い感情が自然とあふれ出て、詩になる。詩は、静かに落ち着いた心の中から生まれるものだ」というウィリアム・ワーズワースの言葉になぞらえた。言葉の前半が最初の2枚のアルバムを指すとすれば、彼女曰く『Little Oblivions』は、ワーズワースの後半の言葉通りに生まれた初めての作品になる。

2019年8月までにベイカーは、学位取得のためテネシー州マーフリーズボロへ戻った。2016年に学業を中断した時は、卒業までわずか1学期を残すのみだった。

大学を卒業してスタジオへ戻った彼女は、フルバンドによるアルバムを作ってみたくなったという。しかし同時に、アルバムの中には静かなソロパートも散りばめた。急激なサウンドの変化によって誤解を招くのを避けたかったからだ。「”私はバンドの一員よ。ペダルボードにディストーションを組み込まねばならないの”、という感じを前面に出したくなかった」と彼女は言う。「ディストーションを使うのは構わないけれど、ギミックに聞こえるのは嫌。ただ曲作りにドラムを加えた程度に聞こえるのが理想だった」


「Late Night with Seth Meyers」での演奏

『Little Oblivions』はベイカーが高校時代に組んでいたハードコア風バンド、フォリスターの影響を随所に感じさせる。「あの頃のエネルギーが懐かしい」と彼女は言う。「仲間内だけだが、また激しい曲をやるのは楽しいし、ハッピーな気分になる!」

ベイカーにはまた別のハッピーの源がある。新たに家族として迎えた犬のビーンズだ(将来的に2匹目を飼う時は、コーンブレッドと名付けるつもりだという)。「里親の仲間入りをした」と彼女は言う。しばらくすると、彼女の犬がじゃれつき始めた。「この犬はとても声が大きいの。ビーンズ、黙りなさい!」

ある意味でラッキーだったが、特に個人的なレベルで2020年は自宅でのプライベートな時間が取れた。彼女はまず、学校へ復帰することで安定感を求めた。「強制的にスローダウンさせられた状況に感謝している」とベイカーは言う。この半年間は、友人の生まれたばかりの赤ん坊を見に出かけたり、ビーンズと遊んだり、近所を散策したりして過ごした。しかし、内省傾向の強いシンガーソングライターによくあるように、彼女にも信念がある。

「私は注意深い。その方が聞こえがいいから。自分で”これが正しい”と思えるものを見つけるための究極の手段などない」と彼女は言う。「概念的なものから離れて肉体的な経験に移行し、存在感を出そうと努力することが大切だと思う」

ベイカーは再び自分の言葉を振り返る。「”存在感”と口にした時に、私は変なジェスチャーをしたわね。なぜそうしたかは分からない。自分の肉体の中に存在するのは、完全に自然で健全なことよ」

From Rolling Stone US.



ジュリアン・ベイカー
『Little Oblivions』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11514

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