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Netflix『ノトーリアス・B.I.G. –伝えたいこと–』知られざる生身の姿で綴るドキュメンタリー

Rolling Stone Japan / 2021年3月19日 19時30分

Biggie Smalls George DuBose/Courtesy of Netflix

Netflixで公開中のドキュメンタリー『ノトーリアス・B.I.G. –伝えたいこと–』は、ノトーリアス・B.I.G.という存在、そして彼を取り巻く人々が登場した背景に焦点を当てている。

ノトーリアス・B.I.G.が生きていたならば、彼はスマートフォンについてどう思うだろうか。Netfllixで公開中のドキュメンタリー『ノトーリアス・B.I.G. –伝えたいこと–』の主役であるニューヨーク生まれのラッパーは、カムコーダーを愛してやまなかった。本作の前半で、彼の旧友であるDamion ”D-Roc” Butlerは、コンサート会場でオーディエンスを撮影する方法をビギーから教わったと語る。その成果として残された映像は、ヒップホップの黄金時代のリアルな記録であり、その歴史上最も影響力のある人物の1人である彼のヴィジョンを雄弁に物語っている。現在の基準からすれば、画質の粗いアーカイブ映像は次々に登場する音楽ドキュメンタリーのトレードマークのようなものだが、本作におけるそれは必然性に満ちている。「ビッグ・ポッパ」から2パックとのビーフ、そして1997年の殺害に至るまで、ビギーの物語はこれまでに幾度となく語られ、我々の文化的想像物の一部として再パッケージされてきた。東海岸と西海岸の衝突という明快な構図は、ビギーの素顔を見えにくくしてしまっていた。『ノトーリアス・B.I.G. –伝えたいこと–』全編で見られるButlerの説得力に満ちたカムコーダー映像は、彼の物語において決定的に欠けていたものを見事に補っている。

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ホワイト・ストライプスのドキュメンタリーや数々のミュージックビデオの制作で知られるエメット・マロイが監督を務めた本作は、ビギーことクリストファー・ウォレスについての知られざる新事実を明らかにするようなものではない。本作で描かれる感情的な部分は、過去に数々の特番や映画で何度も取り上げられており、古い友人であるショーン・”P・ディディー”・コムズが感傷的になりながらビギーとの思い出について語る様子や、彼の母親のボレッタ・ウォレスが息子の訃報を耳にした時のことを振り返る場面は、90年代のヒップホップに明るい人々には馴染み深いはずだ。本作のユニークな点は、ビギーがブルックリンで過ごした幼少期と、スターダムを謳歌した日々の狭間に焦点を当てている点だ。彼の生涯のハイライトとされる出来事にはほとんど触れず、彼のより人間味を感じさせる部分にフォーカスしている。アーティストとしての彼が形成される上で決定的な役割を果たしたジャマイカに住む家族や、ビギーの自宅のすぐ近所で暮らしていたジャズミュージシャンで、幼い頃に彼の才能を見抜いて様々なアートに触れる機会を与えたドナルド・ハリソン等が語るエピソードは新鮮だ。ハリソンがビギーのライムに対するユニークな視点と、自身のジャズドラムのカデンツを比較するシーンの直後には、彼が伝説的ドラマーのマックス・ローチのソロに合わせてラップする映像が挿入される。


本作の最大の魅力は、90年代初頭のブルックリンにおけるドラッグ売買の実情が極めてリアルに描かれている点だろう。ありがちなラップ神話に終わらない本作で、視聴者はビギーが生きていた当時の現実を垣間見ることができる。この切り口は、これまでの作品には見られなかったものだ。アメリカ国内におけるクラックの蔓延から生まれた当時のラップシーンに対する世間の認識の大部分は、欲望が渦巻くストリートで頂点に上り詰めた筋金入りのドラッグディーラーという、誇張気味なイメージに基づいている。だが本作が慎重に明らかにしようとする真実は、それほど単純なものではない。当時その地域で暮らしていたキッズたちにとって、ドラッグの売買はコミュニティに帰属するための手段だった。そのタブーを避けることで大衆的な作品にするのではなく、本作は極めてシリアスなアプローチで、そのトピックをアメリカ史の一部として扱っている。Big OことOlie、そして彼の叔父のI-Godというブラウンズビルのキープレイヤーたちの口から語られるエピソードは、ビギーのドラッグビジネスへの参入から引退までのストーリーに歴史的背景を添えている。

ブルックリンのベッドフォード=スタイブサントの当時の映像には、どこか亡霊めいた雰囲気が漂う。ストリートの一角で幅を利かせている若き日のビギーを捉えたアナログ映像からは、当時急速に進められていた再開発の圧迫感が伝わってくる。彼らが住処としていたブロックと、彼らが支配していた世界を可視化する目的で、本作では画像処理効果が多く使用されている。筆者の印象に最も強く残ったのは、1992年5月24日に撮影された、若き日のクリストファー・ウォレスのブルックリンでのパフォーマンス映像だ。「Party and Bullshit」のリリースに先駆けて行われたもので、そのスキルはまだ荒削りな部分を残している。約20年先の未来にいる我々は、切迫感に満ちたそのパフォーマンスから、彼がいかに類い稀な才能の持ち主であったかを容易に知ることができる。

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本作のオープニングとエンディングを飾る、彼の葬式を空中から撮影したアーカイブ映像は悲しみを喚起すると同時に、本作の視点が他の作品とは異なることを改めて強調している。壁画やTシャツなど、今なお彼の影響を強く感じさせるものが我々の周囲には溢れている。『ノトーリアス・B.I.G. –伝えたいこと–』で視聴者が目にするものの大半は、彼の存在によって人生が大きく変化した人々の顔だ。そのアプローチ自体は、掘り尽くされたように思える文化的財産に新たな光を当てようとする多くのドキュメンタリー作品と大きくは変わらない。だが本作が提示するのは、我々が既によく知っているノトーリアス・B.I.G.像ではなく、その背後にある生身の彼の姿なのだ。


ノトーリアス・B.I.G. –伝えたいこと–

From Rolling Stone US.

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