Netflix映画『この茫漠たる荒野で』名優トム・ハンクスが演じる大人のウエスタン映画
Rolling Stone Japan / 2021年3月22日 20時0分
ポール・グリーングラス監督・脚本による『この茫漠たる荒野で』のジェファソン・カイル・キッド大尉(演:トム・ハンクス)とジョハンナ・レオンベルガー(演:ヘレナ・ゼンゲル)。 (Photo by Bruce W. Talamon/Universal Pictures)
南北戦争終結後のアメリカ南部が舞台のポール・グリーングラス監督作『この茫漠たる荒野で』(Netflix独占配信中)では、現代のヘンリー・フォンダとも称される名優トム・ハンクスが試練を乗り越える姿が描かれる。
土曜の午後にテレビで放送されている、堅苦しいくらい真面目な西部劇とトム・ハンクス扮する同じくらい真面目で気骨のある、使命を帯びた男。まさに完璧な組み合わせだ。だが、映画『この茫漠たる荒野で』のもっとも意外な点は、マット・デイモン主演の『ボーン』シリーズによって目もくらむような超視覚的スリラー作品とその手法の模範を10年以上示しつづけてきたポール・グリーングラス監督がメガホンを取っていることだ。だからといって『この茫漠たる荒野で』を観る人は、米電池メーカー・エナジャイザーのマスコットのウサギのように持久力自慢のヒーローが延々とバトルを繰り広げるなんて思ってはいけない。グリーングラス監督とハンクスがタッグを組んだ『キャプテン・フィリップス』(2013)がそうだったように、本作はここ一番のときにだけ観客の感情をかき立てるのだ——それもかなり巧みに。本作では、ストーリーテラーとしてのグリーングラス監督の手腕がいかんなく発揮されている一方、多くの場面では静かに見守るというスタンスが貫かれている。哀愁を帯びた人物描写に丘陵地帯の危険、心の葛藤、南北戦争後の社会の分断といった大人のウエスタン映画というジャンルに欠かせないあらゆるスパイスが風味を添えているのだ。
したがって本作は、主人公のキッド大尉のようにいかにも賢人ふうの外見の大人たちを満足させられる内容に仕上がっている。『この茫漠たる荒野で(原題:News of the World)』は、米作家・詩人のポーレット・ジルズが2016年に発表したベストセラー小説『News of the World』をもとにグリーングラス監督と作家・脚本家のルーク・デイヴィスが脚本を執筆した。舞台は南北戦争終結後のアメリカ・テキサス州。ハンクス扮する退役軍人のジェファソン・カイル・キッド大尉は、テキサスの町を転々としながらそこで暮らす人々に新聞を読み、世界各地のニュースを伝える仕事をしていた。風変わりな仕事のように思えるかもしれないが、ひとりの人間にニュースの読み聞かせを任せることは、隣町で起きている恐ろしい感染症に関する最新情報をかしこまって報告するまでのちょっとした気晴らしにうってつけなのだ。どうやらキッド大尉は、何かを忘れようとこの仕事に勤しんでいるようだ。そして当然ながら、大尉は自身が抱えている問題から目をそらし続けている。散弾銃を持つ彼のような退役軍人がそう簡単にのんびりとした老後を迎えられるなんて思ってはいけない。
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そんなキッド大尉の孤独な人生は、リンチされた挙句、殺害された黒人の御者(歴史的背景を語るうえで欠かせない)と彼の馬車に乗っていた白人の少女との出会いによって一変する。ヘレナ・ゼンゲル扮する少女が孤児になるのはこれで2度目だ。少女は幼い頃、ネイティブアメリカンのカイオワ族によってさらわれ、自分はターニング・ウォーターとスリー・スポテッドというカイオワ族の両親のもとに生まれたシカーダという名前の娘だと信じ込んでいるのだが、両親の姿はどこにも見当たらない。彼女の正体は、ジョハンナ・レオンベルガーというドイツ系の少女だった。あれこれと思案した結果、長年孤独だった退役軍人のヒーローにふさわしく、キッド大尉は少女を家族の元に送り届けることを決意する。だがその先には、町を行き交う北軍の兵士たちや敗れたアメリカ連合国(訳注:1861年に結成されたアメリカ南部諸州の連合国家)の不満といった南北戦争後の危険が待ち受けていた。
観客の予感は現実のものとなる。感動的な文化交流(少女は大尉にカイオワ族の言葉をいくつか教え、大尉は英語を教える)、突然襲いかかってくる暴力、見知らぬ人たちとの旅の不安を経て、少女と大尉との間に絆が生まれるのだ。キャスティングも納得のいくもので、マイケル・コヴィーノ、ビル・キャンプ、エリザベス・マーヴェルをはじめとする素晴らしい俳優陣が主人公ふたりの冒険を際立たせている。
私たち同様、グリーングラス監督はトム・ハンクスのなかにある資質、言うならば、現代のヘンリー・フォンダ的な資質を見出しているようだ。それはハンクスの外見や佇まいからではなく、このような役を演じる際に自然と流れ出る落ち着きのようなものに由来する。ハンクス扮する退役軍人は善良で有能な男の典型であり、たとえ彼を取り巻く人々が南北戦争後の白人の権利剥奪による苦難を象徴するような存在だったとしても、大尉はかつての奴隷や地元のネイティブアメリカンの人々に対する人種差別的な暴力を疎ましく感じている。ハンクスの冷静な物腰は、直球で勝負し、皮肉にもこのドラマ全体の原因となっているさまざまな問題に固執しすぎないという点で本作にふさわしい。物語はいつの間にか問題の核心へと向かい、主人公たちの心に生じるドラマが荒野を吹く風のようにこうした問題を解消していく。作曲家ジェームズ・ニュートン・ハワードのスコアは秀逸で、撮影監督ダリウス・ウォルスキーの吹き荒れる砂の描写は物語の進行とともにさらなる広がりを見せ、存在感を放つ。
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『この茫漠たる荒野で』は、ハンクスのありとあらゆる姿を堪能させてくれる。彼は父親であると同時に保護者であり、必要な場合に限り、銃で人を撃ち殺すこともできる。ハンクスからは、現在よりもはるかに暴力的な過去を生きた男の存在が感じ取れる。西部劇というジャンルにありがちのキャラクターだが、ハンクスのような名優は、いつかは演じなければならない役なのかもしれない。そして彼は見事にこの役を演じ切った。アクションシーン以外の場面では若干間延びしているようにも感じられるが、スクリーンには映しきれない、もっとダークな何かが潜んでいることも伝わってくる。あえて言う必要はないかもしれないが、こうしたすべては誰かにとっては無意味な情報かもしれない。だが、これを聞いて興味をそそられる人もいるはずだ。
『この茫漠たる荒野で』
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