1000億ドル超えも間近? ユニバーサル・ミュージック・グループの企業価値とは?
Rolling Stone Japan / 2021年4月1日 20時0分
米アナリストたちは、世界各国にレコード会社とライセンシーを展開する世界最大の音楽企業ユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)の企業価値が実際には現在公開されている数値の3倍になる可能性を暗示した。
ここのところ、音楽業界はなんだか退屈だ。大金が動く原盤権の売買騒動と、Clubhouseやデジタル資産NFT(非代替性トークン)のポテンシャルに関するマニアたちの噂話を除いて、音楽業界はいま、(まるで私たちのように?)奇妙な停滞状況に置かれている。
もちろん、その原因の大半はライブ興行の不在はもちろん、大手レコード会社が比較的静かにしている点にある。テイラー・スウィフトやBTSといった一部のメジャーアーティストの例外はあるものの、アデル、ケンドリック・ラマー、ブルーノ・マーズ、エド・シーラン、カーディ・B、ドレイク、カニエ・ウェスト、トラヴィス・スコット、リアーナといったスーパースターの多くはパンデミック中にアルバムをリリースしておらず、まったく消息不明だ。ライセンシーを展開する世界最大の音楽企業ユニバーサル・ミュージック・グループ(以下、UMG)の純利益がおそらく支出の減少によって2020年に急伸したのも無理はない。だがこれは、嵐の前の静けさなのかもしれない。
ひょっとしたら、ここ数年でもっともビッグな音楽業界ニュースが私たちを待ち構えていて、それは私たちの予想を超えるクライマックスを迎えるかもしれない。今年の2月、UMGの親会社の仏メディア大手ビベンディは、UMGのスピンオフと株式60%を株主に売却し、年内にオランダのアムステルダム証券取引所で上場する計画を明らかにした。この計画を実行するかどうかという最終判断は、3月末に期日を迎える(答えはどう考えても「イエス」に決まっている)。となると、上場企業としてのUMGの企業価値はどれくらいだろう?
現時点でその回答は、中国のネット大手テンセント・ホールディングス(騰訊)が主導するコンソーシアム(企業連合)が2度にわたる取引の結果、UMGの出資比率を20%に引き上げたという事実から導き出すことができる。これによってUMGの企業価値は、1月の時点で300億ユーロ(約3兆9000億円)となった。この評価額は、アムステルダムでの上場に向けて投資家たちの関心を集めるための「最低ライン」だと、ビベンディは述べた。
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業界関係者のなかには、テンセントが素晴らしい買い物をしたと考える人物もいる。英国ロンドンに本社を構えるJPモルガン・カザノブ(訳注:米・総合金融サービス会社JPモルガン・チェースと英・投資銀行カザノブのジョイントベンチャーとして誕生した会社)の欧州メディア&インターネットエクイティリサーチ部門の責任者ダニエル・カーヴェン氏もそのひとりで、UMGの企業価値は440億ユーロ(約5兆7000億円)超だという彼の発言は、2019年2月に各メディアによって大々的に取り上げられた。カーヴェン氏は「IT大手にとって戦略的であると同時に複製が不可能な、アンダーマネタイズされた必携のグローバルコンテンツ」をもとにこのように見積もったと語る。UMGの企業価値を290億ドル(約3兆2100億円)から420億ドル(約4兆6500億円)程度と予測した米モルガン・スタンレーをはじめ、当時のほかのアナリストたちと比べてカーヴェン氏の予測はとくに強気なものだった。
それから2年がたち、パンデミック下でもストリーミング収益は伸び続け、それと並行してUMGの評価額も上昇した。3月の初めに公開されたアナリストレポートのなかでモルガン・スタンレーのアナリスト、オマール・シャイフ氏とパトリック・ウェリントン氏は、UMGの「公正な価値」はおよそ490億ドル(約5兆4200億円)であると示した。これは、UMGの2020年のEBITDA(訳注:税引前利益に支払利息と減価償却費を加えて算出される利益)の約29倍の17億ドル(約1880億円)、UMGが2021年に達成するとモルガン・スタンレーが推定する数値の23倍にあたる。
だが、ここでまたカーヴェン氏はすべての業界関係者の先を行く。2月に公開されたアナリストレポートのなかで彼は、UMGの企業価値は400億ユーロ超だと長年主張してきたものの、それをさらに推し進める覚悟だと語ったのだ。「我々は、(UMGのブランド価値を踏まえて)1000億ユーロ(約12兆9800億円)という評価額を提示しました」とカーヴェン氏は言う。1000億ユーロという金額は、テンセント主導のコンソーシアムによって定着した評価額のおよそ3倍に等しい。
カーヴェン氏の極めてポジティブなUMGの評価額は、世界中の「数十億人もの(音楽ストリーミング)サブスクリプション利用者」の将来性という信念に支えられているところが大きい。現時点では、およそ4億5000万人がこうしたサービスを利用しており、Spotifyのような企業が「イノベーションのサポートによって」今後サービス料金を「値上げする」ことも予測される。
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さらにカーヴェン氏は、ストリーミングサービス各社による「新興市場での初マネタイゼーション(貨幣化)」(その代表例として、Spotifyはサービス対象地域を80以上の新しい国と地域に拡大)のみならず、ソーシャルメディアやフィットネス用アプリケーション(2020年12月の記事で紹介)を対象とした音楽事業にさらなる収益化のポテンシャルが潜んでいることを指摘した。全体的な傾向としてカーヴェン氏は、「トラフィックを生み出し、もっと規模が大きくて価値のあるエコシステムとのエンゲージメントを図り、支援できる音楽の力を踏まえると、プレミアムの一点集中の可能性がある」とも指摘する。平たく言えば、iPhone、Facebook、TikTokの次に来るものが何であれ、そうしたものは必ず音楽を必要とするし、音楽を使用するためにはUMGに金を払わなければいけないということだ。
財務バランスの観点からは、UMGの現在の評価額に対してもっと弱気な見方もある。同社のリスク要因をいくつか検証してみよう。
1. ひとえにボリュームという理由から、DIYアーティストという新興セクターがストリーミング市場全体において大手レコード会社3社が占めるシェアを徐々に削り取っている。こうした動きに加えてSpotifyをはじめとするストリーミングサービス各社は、大手よりも地元のインディー系レーベルが強い国や地域へとサービスを拡大させている。YouTubeで圧倒的なフォロワー数を誇るインド発の音楽チャンネル「Tシリーズ」はそのひとつだ。そう考えると、ブラジルの最大手レコード会社Som Livreがおよそ3億ドル(約330億円)で売りに出ていると聞いても納得できる。大手音楽企業が同社を突然買収したからといって、驚いてはいけない。
2. 現在UMG傘下のレコード会社は、テイラー・スウィフトをはじめとする超大物アーティストとかつてないほど寛大な条件の契約を結びはじめている。サービス方式の契約であれ、短期的なライセンス契約であれ、こうした取引によって数年後にアーティストが自作楽曲の著作権を完全に掌握する可能性がある。その間、ロイヤリティの50%以上が彼らに支払われる。ありがたいことに、過去に大手とアーティストとの間で交わされたケチな「永代」契約は、過ぎし日の遺産となりつつある。そしてこの動きは、今後のUMG側の利益に影響を与える可能性が大きい。
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3. アーティスト/作曲家が最近の音楽出版社と交わした契約は、わりと定期的に満期を迎えている。それに加えて、ベテランの作曲家の場合、米国では楽曲が公開された日(著作権が成立した日)から56年目に楽曲の権利を取り戻すことができる(数年前のポール・マッカートニーとソニー/ATVミュージックパブリッシングの法廷バトルを思い出してほしい)。こうした傾向は、より多くの著作権が大手音楽企業の手を離れ、Hipgnosis Songs FundやPrimary Waveといった潤沢な資金を持つスタートアップ企業にわたることを意味する。先日UMGは、ボブ・ディランの自作楽曲を最大4億ドル(約440億円)と推定される金額で取得し、こうした流れが現実であることを身をもって示した。
したがって、音楽業界におけるUMGの圧倒的な権力(世界市場におけるレコード音楽収益のシェアの30%以上を占める)と同社が所有する無敵の楽曲カタログは、最終的な評価額と、今後のスピンオフに向けて投資家の信頼を勝ち取る重要な推進力となるだろう。
この点について、先日筆者は財政専門のあるベテラン業界関係者からいくつかの概算数値を入手した。それらの数値は、UMGの企業価値が今後数年のうちに1000億ドル(約11兆円)を超えるかもしれないという見方にさらなる信憑性をもたらすものだった。そしてすべては、現在518億ドル(約5兆円)のSpotifyの時価総額にかかっているという。
その人物は「Spotifyの投資家たちが(その時価総額)に対して7%という普通配当を期待するのであれば、同社が36億ドル(約3990億円)の年間収益を上げていると考えるでしょう。年間コストがおよそ20億ドル(約2200億円)と言われている同社は、損益を出さないようにギリギリのところで稼働しています。Spotifyがコストを増やすことなく成長できると仮定すると、36億ドルの収益を上げるには、56億ドル(約6200億円)の粗利益を生み出さなければいけません」
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「25%という売上総利益率で56億ドルの粗利益を実現するには、224億ドル(約2兆円)という年間収益を上げる必要があり、これによって音楽業界には116億ドル(約1兆円)が入ります。これは、Spotifyが大手レコード会社に支払う純収入のシェアの52%という数値にもとづいています」
彼はこのように続ける。「そこで、Spotifyが市場で35%ほどのシェアを占めていると仮定しましょう。つじつまを合わせるには、音楽ストリーミング市場が毎年音楽業界に支払う金額は331億ドル(約3兆円)に達していなければいけません。ですが、2019年に世界中の音楽業界がストリーミングから得た金額は114億ドル(約1兆円)です。Spotifyの現在の評価額は、音楽業界のストリーミング収益が今後3倍に伸びることを示しているのです」
UMGのみならず、潜在投資家たちにとっては、またとない朗報だ。
著者のティム・インガムは、Music Business Worldwideの創業者兼発行人。2015年の創業以来、世界の音楽業界の最新ニュース、データ分析、雇用情報などを提供している。ローリングストーン誌に毎週コラムを連載中。
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