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21世紀の移民女性を描いた映画『ノマドランド』が伝える、愛とともに彷徨いつづける生き方

Rolling Stone Japan / 2021年4月5日 19時30分

『ノマドランド』のフランシス・マクドーマンド(Photo by SEARCHLIGHT PICTURES / (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.)

フランシス・マクドーマンドは、クロエ・ジャオ監督の傑作ノンフィクションドラマ『ノマドランド』で実在の”放浪の民”とともに、ひとつの仕事から別の仕事へと移動をつづける21世紀の移民女性を演じた。

※注:文中にネタバレを含む箇所が登場します。

工業との結びつきが強すぎるあまり、その工業が消滅したとたん、街全体が地図から消し去られてしまう——そんな場所を想像してほしい。それほど難しいことではないはずだ。なぜならそれは、かつて栄華を極めたアメリカの工業都市の物語と多くの意味で同じなのだから。そしてそれは、うらぶれてしまった繁華街のメインストリートの先にある、人口が数千人あるいは数百人、またはそれ以下に減少し、地元のアイデンティティー、伝統、さらにはその場所に根ざして暮らす人々が文字通り霧のように消えてしまうほど弱体化した地域のことかもしれない。クロエ・ジャオ監督最新作『ノマドランド』のオープニングで登場する「廃盤」の文字のように、郵便番号そのものが消滅することもあるのだ(1週間限定で劇場公開された本作は、2月から上映劇場を拡大している)。『ノマドランド』はこのように語る。「2011年1月31日、石膏の需要減少にともない、USジプサム社はネバダ州エンパイアの工場を閉鎖、88年の歴史に幕を下ろした」。工場の閉鎖とともにエンパイアの街も消えた。考えてみれば、なんとも衝撃的だ。エンパイアの住民の運命はどうなるのだろう? 生きるためには働かなければならず、家が錨のようなものであるなら、その両方を失った人はいったい何者なのだ?

それは「〜であるべきだ」という社会の思い込みにがんじがらめにされた質問であり、その思い込みの多くは一部の人たちだけに許された特権的なものだ。だが、リベラルな態度でこの問題に関心を寄せながら、『ノマドランド』はこうした社会の思い込みを手際よく、そして予期せぬ方法で切り離していく。一見、人道的な目的というもっとも重要な感情に従っているにもかかわらずーー。

『ノマドランド』は、2017年に刊行されたジャーナリスト、ジェシカ・ブルーダーが自ら車上生活を送りながら執筆したノンフィクション作品『ノマド—漂流する高齢労働者たち』に材を取っている(クロエ・ジャオは監督のみならず、脚本・編集・共同プロデューサーも担当)。だが本作は、ブルーダーの著書をただ映画化しただけではない。3つの長編映画を通じてフィクションとノンフィクションが織りなす美しい調和というトレードマーク的表現を確立したジャオ監督の最新作『ノマドランド』は、切り取られた現実の要素と磨き上げられた劇的性格を融合させている。筆者の友人はこれを「正真正銘の映画」と呼ぶ。言い換えれば、正統派の映画というわけだ。


ジャオ監督の2017年の映画『ザ・ライダー』には、主人公の引退したロデオライダーを演じたブレイディ・ジャンドローと彼の家族や友人をはじめ、プロの俳優はひとりも出演していない。演者はすべて、サウスダコタ州の先住民居留地・パインリッジ・リザベーションで暮らすラコタ族の人たちだ。『ザ・ライダー』は、ジャンドローと同じような物語(ジャンドローが各国の映画祭で注目映画のスター俳優としてブレイクするという点を除いて)を抱えるラコタ族の人たち全員を巻き込んだ作品である。『アリ/ザ・グレーテスト』(1977)に本人役で登場したモハメド・アリのように、ビックリハウスの鏡みたいに事実が歪められた映画に出演するのは、さぞかし変な気分だろう。同作は、アリがボクシング選手として頭角を現していく姿と、1960年のオリンピック以後のアリを神話化して描いており、ご存知のとおり、クライマックスはアリが制した”キンシャサの奇跡”だ。それとは対照的に、『ザ・ライダー』は事故で頭に大怪我を負ってロデオライダーとしての道を断たれたヒーロー/チャンピオンという、実在のジャンドローの物語である。そこには演じなければならない”キンシャサの奇跡”のような英雄的なシーンもなければ、主人公がいなくなっても生き続けるチャンピオン神話も存在しない。映画が上映される頃には、ジャンドローにとってはもはや過去の出来事なのだ。それでもジャオ監督は、別の形の神話で私たちを圧倒する。その神話とは、アメリカ西部の美しさと可能性だ。それらは数多くの映画や伝説によってアメリカの象徴であると同時に馴染み深いものとして守られてきた一方、そこでの現実はもはや夢とは程遠いものになってしまった。


クロエ・ジャオ監督(Photo by (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.)

『ザ・ライダー』はウエスタン映画だが、『ノマドランド』は違う。それでも両者は、リアルな生活が営まれている場所というコンセプトの先を見つめようとしている。『ノマドランド』でジャオ監督は、俳優業を本業としない見事なキャストたち(各自が本人役で登場)のおかげでノンフィクションを極めてリアルなドラマに変えるという融和の技法をまたもや拠り所としている。それによって刺激的かつ説得力があることはもとより、危なげで好奇心をそそられる、健全な実験的作品にふさわしい映画に仕上がったのだ。こうした取り組みの中でブルーダーの著書という手引書を得た予期せぬメリットは、劇中で出会う何人かの登場人物が読者には馴染みのある存在であるという点だ。本作には、リンダ・メイがいつも陽気なリンダとして、シャーリーン・スワンキーがスワンキーとして、ボブ・ウェルズが、ボブという還暦そこそこのネットの世界の有名人が登場する。ボブが立ち上げたYouTubeチャンネル「CheapRVLiving(安上がりRV生活)」は、RV車やトレーラーで移動をつづけ、好きか嫌いかはさておき、ノマド(遊牧民)として生きる人たちの情報源だ。


リンダ・メイ(Photo by (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.)

そんな彼らにまぎれて放浪の生活を送る大物女優がいる。フランシス・マクドーマンド扮するファーンは未亡人で、かつてはエンパイアと呼ばれた街の出身者だ。道中で出会うベテランのノマドとは異なり、ファーンは新参者だ。つまるところ『ノマドランド』は人生の断片を描いた作品であり、季節ごとに主人公が経験するありとあらゆる出来事がひとりの女性の視点を通じて描かれているのだ。ファーンの家は、彼女が”ヴァンガード”と呼ぶRV車だ。彼女がノマドになる前に属していた社会的階級の人たちは、ファーンの運命がみじめなものだと一方的に考える。だが教員だったファーンは、かつての教え子に対して「ホームレスじゃなくて——”ハウスレス”——別物よ」ときっぱり言い放つ。

もしかしたらあなたは、”違い”に焦点を当てた映画を期待するかもしれない。これほど冒険的なテーマを扱う映画が遊び心のある”気づき”を瞬時にもたらしてくれると想像するかもしれない。『ノマドランド』は決して喜びとは無縁の映画ではないものの、遊び心のある映画ではない。その多くは、劇中のすべてのノマドがベビーブーム世代という特定の年齢層に属す高齢者だという点にある。ブルーダーの著書によると、彼らのほとんどは2008年のリーマンショックの犠牲者なのだ。主人公のファーンもそのひとりである。マクドーマンド扮するファーンは人情深く頼れる存在だ。マクドーマンドは人生を一生懸命生き、思い出や必要性から来る切望を抱えた女性を見事に演じている。だが彼女がアメリカをさまようのは、必ずしも感情だけが原因ではない。ほかの人たち同様、ファーンは仕事を求めて次の現場に移動するのだ。仕事がなくなれば荷造りをし、ノマドという生き方とは切っても切り離せない長い道のりに身を投じる。ファーンからは後悔というものがみじんも感じられないのが重要な点だ。


さらに本作は、労働者階級ノマドに必死で溶け込もうとする大物女優という安易な狂言回し的役割にマクドーマンドを陥れていない。ファーンは、トレーラーで生活する人々がキャンプファイアを囲みながら交わす会話や彼らの仕事風景(率直に言って、これはかなり貴重)といった本作のさまざまなノンフィクション要素をつなぐ糸のような存在にすぎない。オープニングでは、ファーンは車上生活者を対象としたAmazonのCamperForce(訳注:米Amazonが高齢の車上生活者を対象に2008年に立ち上げた実験的プロジェクトで、採用者は繁忙期に全米各地の同社のフルフィルメントセンターでのサポート業務にあたる)に参加する大勢の高齢者ノマドのひとりだ。そこで私たちが目にするのは、倉庫で働いたり、ランチタイムにおしゃべりに興じたりと、ひとりの人間として生きるファーンを追った駆け足のモンタージュ映像だ。トレーラーパークのトイレ掃除といったほかの仕事のシーンは、私たちに別の視点をもたらしてくれる。

いつだってマクドーマンドは、人の心を乱すほどセクシーで魅力的というよりは、私たちのリビングルームにいるような、珍しいタイプのオスカー女優という印象を与えてきた。それが本作では功を奏している。マクドーマンドが物語の推進力であることはほぼ間違いないが、放浪を続ける彼女をカメラが背後から追っているとき、それが思い込みにすぎないことを思い知らされる。ジャオ監督は、自らのスタイルを離れてまでこうした場所が想起する現実にファーンを留めようとする(2018年秋に本作を撮影している際、ジャオ監督は撮影クルー全員と車上生活を送った)。トレーラーパークを徘徊する主人公が小さく見える美しいシーンは、主人公の目線の下という低いアングルから控えめに撮られた映像を通じて私たちのもとに届けられる。普通、こうした撮影方法はスクリーンに映る人物を大きく見せる。人物の体が私たちを見下ろすような印象を与えるからだ。英雄的なポーズや周りの岩だらけの砂漠の壮大な風景を映す名作ウエスタン映画は、こうした描写であふれている。



だがジャオ監督は、ヒロイズムよりも鋭い何かを実現した。ノマド仲間の間を行き来するファーンを見ていると、私たちはその世界に対する彼女の問いかけを自ら体現するような感覚に襲われるのだ。ファーンは、自分がその世界の断片にすぎないと感じている。それがもっとも顕著なのは、彼女が後に残るシーンだ。友人たちが仕事を探しにトレーラーホームやカスタマイズされたRV車で長い列を作りながら通り過ぎていくとき、孤立という感覚が生まれる。

それは不確かなサイクルであり、不安定な人生でもある。あるシーンでボブ・ウェルズは、自分たちのことを牧場の馬になぞらえる。こうした家畜たちは、団結することでしか自分たちを守れないのだ。「経済は常に変化してる」と彼は言う。「私のねらいは、救命ボートを手に入れて、できるだけ多くの人を乗せることなんだ」。ボブの言葉とともにノマドたちの家が映し出される。ここでジャオ監督は、モビリティという要素を巧みに使っている。本作は動きに満ちた作品だ。季節労働にともなう出会いと別れが本作を支える背骨のような役割を果たしている。だからこそ、劇中でファーンが育む友情はどれも脆い。それは、仕事のように季節とともに移ろうのだから。

荘厳な映像とリアルな自然描写はもとより、『ノマドランド』は美しくも不思議な要素であふれている。それは山に挟まれた細いトンネルを抜けるファーンのRV車だったり、顔を洗っているときに鏡に止まるチョウだったり、裸で水に浮かぶシーンなどだ。これらは私たちの気分を明るくしてくれる皮肉なディテールでもなければ、人生は美しいという誤った認識を持ち出してファーンが置かれている状況を楽観視させるものでもない。

実際、本作を通して問われているのは”選択”の問題であり、これによって本作はただのリベラルな実験的作品以上のものになっている。劇中で私たちはファーンの家族に出会うのだが、そこで私たちは、彼女がリーマンショック以前から家族と距離を置き、自ら離れていったことを知る。家族は「いなくなってから、心に大きな穴が空いたみたいに寂しい」とファーンに言う。季節の移ろいとともに何度も再会するデヴィッド(デヴィッド・ストラザーン)という男は、ファーンにとって新しい錨のような存在になる。ふたりの間に可能性が芽生えるのだ。だが、彼も選択を迫られている。彼にだって受け入れてくれる家族がいるのだ。でも、本当に彼は受け入れてもらえるのだろうか? ファーンはどうだろう?

選択という生き方を表現することは、大勢の人々を選択の余地のない状況に陥れ、政治的な声を奪った、息が詰まるような経済的絶望とは正反対のように見えるかもしれない。だが『ノマドランド』では、これらが複雑な要素として歓迎されている。ノマドとして生きる彼らは団結・協力し合う一方、一人ひとりが個別の存在だ。彼らには、彼らなりの理由と経験があるのだ。もし本作がこの点を手荒にまとめすぎているとするなら、それはとりわけCamperForceを軽く扱った点にある。このプログラムでは、夏には高温になるむき出しのコンクリート床の数階建ての倉庫の中を50〜80歳の高齢者がもっとも忙しい日には1日5マイル(約24キロ)の距離を上下左右に行ったり来たりすると、ブルーダーは述べる。私たちであれば「もっともらってもいいのでは?」と思ってしまうような賃金と引き換えに。本作ではこうした過酷な労働条件の描写が避けられている結果、ノマドという生き方を選択したり、誰もが想像する家庭や家庭生活から離れたりすることがますます描きにくくなる。『ノマドランド』ほど優れた作品であれば、ぜひこの点にも挑んでほしかった。


『ノマドランド』

■監督:クロエ・ジャオ
■キャスト:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ ほか
■原題:Nomadland
■原作:「ノマド:漂流する高齢労働者たち」(ジェシカ・ブルーダー著/春秋社刊)
https://searchlightpictures.jp

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