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セイント・ヴィンセントが語る刑務所を出た父親との絆、70年代ロックが持つ「癒し」

Rolling Stone Japan / 2021年4月8日 19時0分

セイント・ヴィンセント(Photo by Erik Carter for Rolling Stone)

セイント・ヴィンセントことアニー・クラークが、通算6作目のニューアルバム『Daddys Home』を5月14日にリリースする。2019年の冬、父親が刑務所から出所し、書き始めたという新作。革新的なギター・テクニックとカリスマ性で知られる彼女の新境地とは?

アニー・クラークはテキサス刑務所に収監されていた父親を訪ねた時、別の来訪者からサインをせがまれたことがあるという。その人物は他に紙を持っていなかったため、彼女はレシートの裏にサインした。「携帯を持ち込むことはできないから、セルフィーは撮れないの。私にとっては好都合だったけどね、あそこで撮った写真が出回ると困るから」。現在38歳のクラークはそう話す。「ブラックユーモアとしてはいいけどね。悲しい話なんだけど、すごく笑えるもの」

2010年5月に父親が収監された経緯について、クラークは「ホワイトカラーならではのナンセンス」と形容する。以降約10年間、彼女はセイント・ヴィンセントとしてリリースした4枚のアルバムによって確固たる地位を築き上げる傍ら、定期的に父親のもとを訪ねていた。2014年に行われたロックの殿堂の式典でニルヴァーナのメンバーと共にステージに立った彼女は、着用している衣服がタイトすぎると刑務官から指摘され、XXLサイズのスウェットパンツを求めて急遽ウォルマートに向かったことも何度かある。2019年にはグラミー賞の最優秀ロックソング賞を受賞する一方で、獄中で父親に読んでもらおうと持ち込んだ大量の本が没収され、版の異なる複数の聖書に置き換えられるといった事態も経験した。父親の釈放から2年が経った今、彼女は5月14日に発表される6作目『Daddys Home』で、一連のすべての出来事に折り合いをつけようとしている。

2011年発表の出世作『Strange Mercy』では、父親の収監によって経験した「痛みと両面感情」が表現されていたのに対し、新作『Daddys Home』からはそういった感情を消化した彼女の姿が伺える。2017年作『Masseduction』のコンセプトの一部でもあったヴィジュアルも一新し、新作での彼女はヘッドスカーフと70年代的な色つきサングラスを身につけている。


4月3日に米人気テレビ番組「Saturday Night Live」に出演したセイント・ヴィンセント。新たなバンド編成では、ナイン・インチ・ネイルズ等のベーシストとして活躍するジャスティン・メルダル・ジョンセン、元ジェリーフィッシュのメンバーでベック等のライブ・メンバーでもあるギタリストのジェイソン・フォークナー、現行のUSジャズ・シーンを牽引する鬼才ドラマーのマーク・ジュリアナ、ルーファス・ウェインライト等のキーボーディストを務めるレイチェル・エクロスなど、豪華なミュージシャンが脇を固めている。


『Daddys Home』に影響を与えた楽曲のプレイリスト

「前作で追求したものを形容するとしたら、『スピーカーの上からダイブして首根っ子を押さえる』ようなサウンドだったと思う」。彼女はそう話す。より生々しく、地に足のついた『Daddys Home』には、ボウイやスライ・ストーンをはじめとする70年代のアーティストたちからの影響が色濃く現れている。70年代という時代について、彼女はこう表現する。「フラワーチルドレンの理想主義は既に廃れ、ディスコブームが到来する前。私はあの時代に、現在との類似性を感じているの。汚れや腐敗にまみれていて、進むべき方向を必死で模索しているっていう点でね」

レコードの雰囲気は「落ちぶれた暮らし」

プリンスを思わせる快活なオープニング曲「Pay Your Way in Pain」から、バックアップシンガーのリン・フィッドモントとケニア・ハサウェイ(R&B界のレジェンド故ダニー・ハサウェイの娘)によるコーラス部でのクルーニングも印象的なブルージーかつジャジーなタイトル曲まで、『Daddys Home』の作風は実に多様だ。「バックコーラスを他の人にやってもらったのは今回が初めて」。クラークはそう話す。「ダブリングやハモリを全部自分でやると、どうしても完璧さを求めてしまう。今回のアルバムはもっとルーズで、生のパフォーマンスに重点を置いている」

彼女が今作の方向性を定めたのは、パンデミック前にプロデューサーのジャック・アントノフと共に、ニューヨークでスタジオ入りした時だった。「ジャックと一緒にエレクトリック・レディ・スタジオの通路を歩いてた時、彼にこう言った。『ダウンタウンでの落ちぶれた暮らし、そういう雰囲気のレコードにしたい』」。彼女はそう話す。その直後、アントノフはスタジオにあったウーリッツァーを使って、かつての輝きを失った後年のスターを思わせる「At the Holiday Party」を生み出した。「私のイメージ通りで、まさにって感じだった」。彼女はそう話す。「温かみとニュアンスがあって、何かを強く喚起するようなサウンドが欲しかったから」



本作の主な舞台はニューヨークであり、過去数作でも言及されていたうらぶれた謎の友人Johnnyが「Bowery John」として登場してもいるが、クラークが1年のうち何カ月かを過ごすロサンゼルスにも焦点を当てている。サイケデリックな「The Melting of the Sun」では、ジョニ・ミッチェルやマリリン・モンロー等、エンターテインメント業界に翻弄された女性たちに想いを馳せる。「多くの人間が、都合の悪い真実について語ろうとする彼女たちを黙らせようとした」。クラークはそう話す。「(あの曲は特に)逞しく、才能ある女性アーティストたちへのラブレターという意味合いが強い。彼女たちは皆、様々な困難や障害が存在するこの世界で生き残ってみせた」

生命と喪失感に満ち、バックコーラスとブラスセクションが彩る『Daddys Home』をステージで再現する方法について考えながら、彼女はツアーに出られる日を心待ちにしているという。「前作とそのツアーは、マルチメディアをふんだんに活用したものだった」。彼女はそう話す。「(今回は)単に演奏を楽しむつもり。派手な演出は一切なしで、一流のミュージシャンたちがスリリングなプレイを披露するの」

From Rolling Stone US.



セイント・ヴィンセント
『Daddys Home』
2021年5月14日(金)リリース
税込価格:3,300円
日本盤は歌詞対訳・解説付き、
ボーナス・トラック「NEW YORK FEATURING YOSHIKI」収録
試聴/購入:https://virginmusic.lnk.to/TMOTS

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