Smerzとermhoiが語る、ジャンル横断が当たり前になった時代のクリエイティブ論
Rolling Stone Japan / 2021年4月23日 19時0分
『WIRED』日本版前編集長の若林恵が主宰するコンテンツレーベル、黒鳥社による「blkswn jukebox」。その編集委員である若林と小熊俊哉が、音楽シーンのキーマンに話を訊くトーク配信企画「Behind the Scene」。前回の榎本幹朗に続いて、第3回はノルウェー出身のデュオ、スメーツ(Smerz)と特別ゲストのermhoiを迎えて、「北欧電子音楽シーンの最先端に学ぶ、新時代のDIYクリエイティブ」をテーマに語り合った。
「ビョークのポップと狂気を引き継ぐ大器」と謳われるスメーツは、今年2月にデビューアルバム『Believer』を名門XL Recordingsからリリース。ダークでミステリアスな音世界が高く評価された。二人ともプロデューサーとシンガーを兼任し、DIYでトラックを制作。自国のルーツやカルチャーと向き合い、ハイブリッドに融合させることで新しい可能性を生み出している。かたやermhoiは、常田大希率いるmillennium parade、小林うてなやJulia Shortreedと結成したBlack Boboiでも活躍しつつ、ソロとしても2ndアルバムを制作中。かねてからスメーツのファンだったという。
本稿では、その「Behind the Scene #3」のダイジェストをお届けしよう。全編は、ぜひYouTubeのアーカイヴでご覧いただければと思う。
【動画を見る】「Behind the Scene #3」YouTubeアーカイヴ映像
スメーツ(Smerz)
カタリーナ・ストルテンベルグとアンリエット・モッツフェルトによるノルウェーのデュオ。共にノルウェーの首都オスロで幼少期を過ごたのち、デンマーク・コペンハーゲンの音楽学校在学中に意気投合。2017年にXL Recordingsと契約し、翌年に1st EP『Have Fun』をリリース。2021年2月にデビュー・アルバム『Believer』をリリース。
ermhoi
日本とアイルランド双方にルーツを持ち、独自のセンスで様々な世界を表現するトラックメーカー/シンガー。2015年に1stアルバム『Junior Refugee』をSalvaged Tapes Recordsよりリリース。以降、イラストレーターやファッションブランド、演劇、映像作品やTVCMへの楽曲提供、ボーカルやコーラスとしてのサポートなど、ジャンルやスタイルに縛られない、幅広い活動を続けている。2018年に小林うてな、ジュリア・ショートリードと共にBlack Boboiを結成。2019年よりmillennium paradeに参加。Answer to Remember、東京塩麹など同世代で注目を浴びているバンドにも参加している。現在はニューアルバム制作中。
音楽を定義することに意味はない?
若林:今日は、スメーツのアンリエット・モッツフェルトさんと、カタリーナ・ストルテンベルグさんをゲストにお招きしました。
アンリエット:サンキュー、アリガトウ。
カタリーナ:今、オスロのホームスタジオからジョインしてます。
若林:一緒に住んでいらっしゃるんですか?
アンリエット:今は違いますが、以前は2年ほど一緒に住んでいました。
若林:今回のアルバムは、そこで作られたんでしょうか?
カタリーナ:最後の仕上げなど、一部はここで作りましたね。
左からカタリーナ・ストルテンベルグ(Catharina Stoltenberg)、アンリエット・モッツフェルト(Henriette Motzfeldt)
小熊:ちなみに「Smerz」って、どういう意味なんですか?
カタリーナ:元々はドイツ語で「ハートブレイク」や「傷心」を意味する「herzschmerz」という言葉で、その一部を取っています。傷心に関係した曲が多いので、合うかなと思って。
若林:お2人は、どういう経緯で一緒に音楽をやるようになったのでしょう?
カタリーナ:2人ともオスロの高校に通っていて、卒業後にデンマークのコペンハーゲンに引っ越してからより仲良くなり、一緒に音楽を作るようになりました。
若林:前作のEP『Have Fun』(2018年)と『Believer』には共通点もありますが、ぜんぜん違うものである印象も受けました。ご自身のスタイルは、まだ探し続けているんでしょうか?
カタリーナ:今の時代、「こういう音楽です」と言葉で説明したり定義したりすることには意味がないのかなと思うんです。自分たちでも、自分たちの音楽は言葉で形容しがたくて。なので、興味のあるものを使って自分たちの表現をすると、様々な「ジャンル」と呼ばれるものに跨った表現になるかもしれません。
『Have Fun』収録曲「Because」
小熊:ermhoiさんは以前からスメーツの音楽を聴かれていたそうですね。2人の音楽について、どんな印象を抱いていますか?
ermhoi:(『Have Fun』の頃は)すごくダンサブルなのに、使っている音が実験的だと思って。こだわりが重層的に感じられる音作りなので、めちゃめちゃぶっ刺さりました(笑)。今回の『Believer』には、クラシックや民謡(フォークロア)的な要素が取り入れられていたことにびっくりして。私も現在、クラシックのような既存の古典的な音楽をポップミュージックに取り入れようと思ってニューアルバムの制作をしているので、重なる部分も多いんです。お2人にお訊きしたいのですが、(出身地の)ノルウェーと(二人の出会った音楽学校のある)デンマーク、それぞれの土地性からの影響は音楽に表れますか?
アンリエット:自分にとって、オスロとコペンハーゲンは音楽空間としてまったく違いますね。コペンハーゲンではシーンのようなところに仲間がいて、仲間たちの間には「こうやって音楽を作る」という暗黙の了解があり、フィードバックをもらいながら音楽を作っていました。オスロの人々は、私たちの音楽をぜんぜん違う視点から見ていると感じます。よりアカデミックというか、ビジュアル的な美学を踏まえて音楽を見ているところがあるんです。
小熊:コペンハーゲンにおける「暗黙の了解」とは、どんなものですか?
カタリーナ:自分たちがいたのはクラブシーンなので、テクノから発展した音楽をプロデューサーたちが作っている環境でした。さらにR&Bやロック、実験的なクラシック、ギターミュージックから刺激をもらって、それらが自分たちの音楽の構成要素になっていたんです。
ものづくりの驚き、終わりのない発見
若林:先ほどジャンルの横断についてお話されていましたが、それなのにスメーツの音楽は、ひとつの世界や音のトーンでまとまっているように感じるんです。
アンリエット:今回、出来上がった素材を聴いた時に、舞台や演劇を観ているように感じたんです。自分たちが伝えたいものに物語性を感じたので、ひとつのジャンルに絞れるような表現ではないな、というのがまずひとつありました。なので、このアルバムでは、リスナーに異なるステージやシーンをひとつひとつ体験してもらって、それらを経て何かに辿り着くような物語を伝えたかったんです。
カタリーナ:そのうえで、「悲しみ」「嬉しさ」「幸せ」といったものを直接的に伝えると、嘘っぽくなってしまうと思うんですね。でも、コンピューターを使ったものづくりでは、コンピューターが処理して出てきたものに「こんな表現があるんだ」という驚き、意外性があるんです。また、異なるジャンルのものを組み合わせて作ると、特定のジャンルにはない意外性が生まれる。私たちは、そういうやり方のほうが、共感できたり、感情を込められたり、人間くささがあったり、リスナーに訴えかけるものができたりするんじゃないかなと思っています。
アンリエット:カタリーナが言ったメソッドは、曲の構成にも使えます。たとえば、「音楽を犯罪小説のテンプレートに当てはめたら面白いのでは?」という発想から曲を構成することもあるんです。
ermhoi:今のお話は、共感するところがすごくいっぱいありますね。コンピューターから出てきたものに対する驚き、ということについては、私もそれを楽しみながら音楽を作っているんです。たとえば、声をピッチシフトさせると、サンプルレートの設定によっては声がブツブツと途切れることがあって、それが逆に面白かったり。あと、エフェクターの重ね方によって、意図しなかった響きになることが面白かったり。私、ズボラなので(笑)。適当に編集してみて、面白い効果になったなと満足して、それをそのまま使うことはよくあります。
アンリエット:ermhoiさんがおっしゃったことには共感しますね。「ズボラ」とおっしゃっていましたけど、「ここ」とピンポイントを目指して作るのではなくて、ざっくり作ったものをカタリーナに投げることで、自分とは異なる部分が作動して面白いものが出てくることは、たしかにあるんです。
小熊:スメーツのお2人は、どういうところで通じ合って一緒に音楽をやっているんですか?
カタリーナ:たくさんありますが、自分が何をしようとしているのかを理解してくれるところですね。目指しているところはあるんだけれど、それが形になっていなくて、作業がうまくいっていないときに、説明しづらいことを理解してくれて一緒に進めてくれたり、手伝ってくれたり、新しい方向に導いてくれたり。2人だけが通じ合う阿吽の呼吸があるんです。あとは、やっぱり相手のやったことが刺激になること。アンリエットが作ったものの中には、思ってもみなかったものがあるんです。それに反応することで、また新しいことが起こる可能性が増えていきますね。
アンリエット:私は、ふたつあります。ひとつは、自分が安心して、自由にものを作れる共通点が2人の間にあること。もうひとつは、カタリーナが作るものの中に驚きや意外性があること。そこがすごくいいんです。
若林:お話を聞いていると、音楽を作ることでゴールを目指しているというよりは、制作自体が終わりのない発見のプロセスだと感じました。音楽を作ることにおいては、新しい自分や新しい何かを見つけていく感覚が強いのでしょうか?
カタリーナ:その通りですし、それは音楽を作るうえですごく大事にしている部分でもあります。今作っているものには、これまでと共通する部分も違う部分もありますし、これまで作ってきたものへの自然な反応から生まれた部分もあると思います。継続的に進化し続けるものなので、そこから外れるものもあれば取り入れていくものもあって、少しずつ形になっていくのかなと。
「影響」について語ることの意味
若林:コロナ禍において、音楽家の役割は改めて問い直されたと思うんです。「なぜ社会に音楽家がいるんだろう?」ということについて、思うことがあれば教えてください。
カタリーナ:音楽って、人と人とを繋げる力があると思うんです。生活に喜びをもたらしてくれるものだと思います。たしかに、コロナ禍において音楽は、ひょっとしたら贅沢品だと思われるかもしれない。だけど、音楽のない世界に私は行きたくないですね。やっぱり、生活に欠かせないものだと思います。
ermhoi:私もまったく同じ気持ちです。音楽は、複数人でいる時も一人でいる時も、心地よい時も居心地の悪い時も、いつでも場所を提供してくれるし、空気を良くしてくれる浄化作用のようなものを持っていると思います。しかも、寄り添う音楽、鼓舞する音楽、癒しを与えられる音楽と、すごく多様で、どれも意味がある。他のメディアでは難しい、音楽だからこそできることがある。もちろんパンデミック以降、音楽家として歯痒さを感じていますが、音楽は間接的にでも人を助ける力を持っているものだと信じています。
若林:コメント欄にスメーツへの質問がきています。「ジョン・カーペンターやアンジェロ・バダラメンティ、バーナード・ハーマンなど、映画音楽からの影響を感じます」。これについては、いかがですか?
カタリーナ:直接的にはないですね。ジェームズ・ボンドの音楽にハマっていたことはありますが。『ピンクパンサー』について話したり。
アンリエット:あと、アクション映画とか。スパイ映画の音楽について話したこともあったかな。
若林:「何から影響を受けました?」というのは、ジャーナリストにとってクリシェの質問なのですが、スメーツは影響とアウトプットの関係が独特だと感じます。「影響」というものについて、どんな考えをお持ちですか?
アンリエット:難しいですね。「影響」について語ることは結局、物事を区別して、既存の枠組みに当てはめてしまう感じがします。もちろんインプットがあってアウトプットをするわけですが、その過程で、個人の中にある色々なものと共に昇華されるわけですから。ピンポイントに「(影響を受けたものは)これ」と絞るのは難しいですね。
カタリーナ:自分の中にあるすべてのものが結果に結びついていて、直近に触れたものが明確に出てくることもあります。たとえば、今回のアルバムにはオペラっぽい曲がありますが、それは制作をしていた時期に、たまたまそういう音楽にアクセスしていたので、それが自然と反映されました。また、「影響」に自覚的になりながら音楽をやることに対して、「どうなのかな」と感じることもあります。音楽や本、映画など、自分たちが触れてきたものは、なんらかの形で作品に反映されるのではないでしょうか。
小熊:最後に、『Believer』がどんなアルバムかを改めて視聴者に紹介してもらえますか?
カタリーナ:お訊きになりたい情報はすべてアルバムに詰まっていますので、ぜひ聴いてみてください。そこにすべての答えがあります。
小熊:今日はありがとうございました。
アンリエット&カタリーナ:サンキュー!
ラップアップ
「定形から逸脱する音楽家たちを語るために」
若林:スメーツのお2人は、ちょっとインタビュアー泣かせのところがあるよね。すごくいい話を聞けたんだけど、ものに形を与えないようにしている感じがある。俺ら(メディア)の仕事って、不定形なものにラベルを貼ったりするわけだけど、スメーツはそうされないようにしているというか。
小熊:ermhoiさんにとっても、最後の「影響」についての質問って答えづらいものなんですか?
ermhoi:聴いてきた音楽の中にも濃淡があるので、濃い部分をリストアップしてお伝えすることはできるんですけど、それに意味があるかというと、ちょっとわからないですね。浅く聴いただけの音楽が後々、非意識的に影響することもあると思うんです。それに今は、音楽に幅広く、たくさん触れられる時代なので、そういうことは増えていくはず。「この人から影響を受けた」と明かすことは入り口になるし、道筋を作ってくれるじゃないですか。でも、それですべてを語れるわけではないと思います。
若林:だから俺、インタビューで「影響」について訊かないようにしてるよ。これまでは音楽ジャンルってすごく大事だったわけだけど、今やBandcampでのタグ付けなんて適当でいいわけじゃん。聴く側もジャンルからは解放されつつあると思う。だから、スメーツの音楽がいいなと思うのは、俺らの仕事を必要なくしてくれるところ(笑)。だけど、こういう音楽を言葉で伝える時に、何をどう伝えれば意味があるんだろうかっていうのは、やっぱり考えさせられるな。
小熊:感覚的な言葉で表現しても、「それで合ってるんだっけ?」と疑問に思いますしね。「音楽の受け止め方は人それぞれ」みたいな話にしてしまったら、なんのためにこの仕事をやっているんだろうとなってくるし。
若林:あとこれまでは、「作品」っていうものがいちばん偉かったわけ。ある種の結果、ゴールとして「作品」がドンっと置かれていたのが、今はプロセス自体が目的になっているようにも感じる。つまり、制作に入ることは何かを発動させるためのきっかけにすぎなくて、そこから自分を発見するプロセスが作動していく。それが一応、形としては「作品」になるんだけど、「作品」そのものよりも、プロセス自体が重要になっている気がするんだよ。要するに、「作品」はある期間のドキュメントにはなっているんだけど、そこにはそうではなかった道筋、可能性もいっぱいあって、「作品」はひとつの仮の結論にすぎない、というか。そういうものが増えているように、俺は感じる。
ermhoi:それは、もちろんアーティストによっても違うと思いますね。私は今、ちょうどアルバムを作っている最中で。この数年間に作ってきた音楽をブラッシュアップして振り返ってみると、ひとつの物語が見えてくるから、アルバムというひとつの形にできるんです。一方で、コンセプトを決めて作品のために曲を作る人も、もちろんいると思います。
小熊:ermhoiさんの中では、ソロ活動と、millennium paradeやBlack Boboiなど他のプロジェクトって、どういう位置づけになっているんですか?
ermhoi:ソロ活動は、いちばん適当にできる(笑)。「適当」というのは、悪い意味ではないんです。ソロでは、アイデアをパッと宙に投げて、それを「どうかな?」って俯瞰して、面白いと思えれば形にする、というようなプロセスでやっていますね。他のプロジェクトでは枠組みから作ったり順番に組み立てたりと、一緒に作っている人たちとコミュニケーションを取りながらやらないといけないので、あんまり適当にはできない(笑)。なので、自分一人で音楽を作る時は、言語化しなくていい部分をそのままにできるんです。いちばん感覚的かもしれませんね。
小熊:例えばBlack Boboiでの作業では、言語化する部分が多かったりするんですか?
ermhoi:3人それぞれの意思を組み合わせながら作っていくので、言語化は必要だと思います。ただ、制作過程でやりとりしたデータを聴いて「いいね」「面白いね」とは言いますけど、それを具体的に説明するわけじゃない。なので、それは非言語のコミュニケーションかもしれないな、とも思います。
若林:面白いですね。スメーツの2人のやりとりでは、言語化しない部分が多いんだろうなと感じた。そこがいいなと思ったな。
小熊:最後に、ermhoiさんが現在制作中のアルバムはどんな作品になりそうですか?
ermhoi:……とにかく、解放。「自己解放運動」って感じです。リリースはまだ決まっていませんが、夏前には出したいと思っています。私はスメーツのファンだったので、今日はお2人と話せて、すごく嬉しかったです!
スメーツ
『Believer』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11668
ermhoi
「Thunder」
配信リンク:https://lnk.to/ermhoi_Thunder
blkswn jukebox | Behind the Scene #3 Smerz+ermhoi
「北欧電子音楽シーンの最先端に学ぶ、新時代のDIYクリエイティブ」supported by ubgoe
2021年3月17日(水)開催
会場:blkswn welfare center(黒鳥福祉センター)
主催:blkswn jukebox(黒鳥社)
協賛:うぶごえ(ubgoe)
通訳:伴野由里子
撮影:間部百合
音響:山口宜大(Magic Mill Sounds)
制作:宮野川真(Song X Jazz)
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