「ジミヘンの再来」と称される大器、タッシュ・サルタナの運命を変えた決定的瞬間
Rolling Stone Japan / 2021年4月29日 18時30分
今年2月に2ndアルバム『Terra Firma』を発表したタッシュ・サルタナ。彼女が表紙を飾ったローリングストーン誌オーストラリア版のカバーストーリーを前後編でお届けする。前編に引き続き、ここでは後編をお届け。誰もが認める天才シンガー・ソングライターはどのように生まれたのか。ターニングポイントは18歳の誕生日プレゼントだった。
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タッシュ・サルタナが祖父からプレゼントされたギターを手に取ったのは3歳の頃だったが、プロのミュージシャンを目指すようになったきっかけは、13歳の時に聴いたラナ・デル・レイだった。10代の頃にLizzy Grantの名前で活動していた彼女のキャリアのスタート地点は、毎週のように出演していた地元のオープンマイクイベントだった。
思い切り両手を広げ、サルタナはこう言った。「日曜から土曜まで、ビクトリアでオープンマイクイベントをやってるところを、片っ端からリストアップしていった」
アムステルダムのZiggodomeでのタッシュ・サルタナ、2019年7月6日撮影(Photo by Dara Munnis)
70年代にマルタから移住し、自身のビジネスを興すことと家庭を持つという2つの目標を達成したサルタナの父親は、「口にしたことは必ず実行」という自身のモットーを子供にも課し、リスト上のすべてのオープンマイクイベントにサルタナを連れていった。まだ幼かったにもかかわらず、サルタナは絶え間なく曲を書いてはステージに立っていた。毎日のように父親のコンピューターを使って焼いていたCDは、会場で5ドルで販売されていた。当時まだ高校生で、クラスの人気者だが問題児でもあったサルタナは、学校指定の制服から、課題曲を独自に解釈することをよしとせず、完全なコピーを求める音楽教師の指導方針まで、あらゆることに疑問を呈した。
「高校の音楽教師からはとにかく嫌われてた」サルタナは豪快に笑い、きれいに並んだ白い歯を見せた。「自制心とか論点へのフォーカスとか、そういうことを学ばせようとしていたんだと思う。一般的なやり方に倣うのって、とにかく嫌いだったから。どうして全員に同じ方向を向かせるのか、その音楽的理論が自分にとって何の意味があるのか、すごく疑問に思いながら他の生徒たちと同じように演奏してた」
サルタナは懸命に勉強するのではなく、高校生活をスマートに乗り切ろうとした。進級に最低限必要な科目だけを履修し、卒業式には出席しなかった。「卒業証書は持ってないんだよね」
人生の転機となった誕生日プレゼント
高校卒業後、就職にはまるで興味がなかったサルタナは、21歳になるまでの4年間でドラッグを多数経験する。その内容については、様々なメディアが過去数年間で積極的に報じてきたが、サルタナはそのことに対して今も憤りを覚えている。
「些細なことを何年も取り上げ続けて、他の大勢のジャーナリストが一斉にそれを掘り起こそうとする」サルタナは早口でそうまくし立てる。「4年も前のことを、今になって蒸し返したって何の意味もない。マジックマッシュルームがどうこうとか、もういい加減にしろって感じ」
Photo by Giulia Giannini McGauran (AKA GG McG) for Rolling Stone Australia
高校を卒業したばかりの頃、サルタナがオープンマイクイベント行脚で雀の涙ほどの収入しか得ていなかったことを、母親は心配していたという。「(母親に)こう言われてた。『5ドルのCDを4枚売って20ドル稼ぐような生活じゃ、やっていけないでしょ?』でもこう思った。『そんなことない。より多くの人の前で演奏すればいいだけの話』」
ある日サルタナは、友人でありメルボルンを拠点とするデュオのThe Pierce Brothersが、Bourke Street Mallで行ったバスキングを見ていた。2人が手にしていたのは、ヒビの入ったアコースティックギターだった。「立ち止まる人は誰もいなくて、正直これじゃダメだって思った」。サルタナはそう話し、肩をいからせた。「このやり方じゃ、夢を実現することはできないと思った」
サルタナの18歳の誕生日に足を運んだ楽器屋で、同行していた父親は「何でも好きなものを1つ選べ」という、毎年恒例となっていた言葉を口にした。過去にはバンジョー、黒のFender Squireをプレゼントしてもらっていた他、サルタナが現在でもステージで使用している中古の12弦アコースティックギターも、誕生日に父に買ってもらったものだ。しかしその年のバースデープレゼントは、サルタナの運命を大きく変えることになった。惹かれていたバンジョーの代わりにサルタナが手にしたのは、Rolandの2トラックループステーションRC-30だった。
「(父は)『賢明な選択だとは思わないな。ロクに使わないだろうから』って言った」。しかし、サルタナは反論した。「絶対そんなことない、そう断言した」。そのループステーションは、サルタナにとって不可欠なツールとなった。バスキングのたびに数千ドルを稼ぐようになったサルタナは、弦の買い替えや新しい楽器の購入、航空券の手配にも親の援助を必要としなくなった。ファンベースを大きく拡大していったサルタナは、北米ではMom + Popと、その他の地域ではLemon Tree MusicおよびSonyと契約を交わした。
代表曲であり、活動の足枷となった「ジャングル」
自身のキャリアにおけるDIY的アプローチについて語る際、サルタナの口調はラップのようなリズムを刻む。下積み時代に重ねた努力が、シンプルでコンパクトなビートボックスとともに吐き出されていく。「客は50人だったり100人だったり、200人の時もあればゼロの時もあったけど、とにかく種を蒔き続けた。出演するはずだったフェスが中止になったり、雨や雹に打たれながら、雷鳴を聞きながら、猛暑の中で汗だくになりながら演奏したこともあった。雪のせいで機材が壊れた時は参ったね。歌ってる最中に歌詞をド忘れしたこともある。ライブの前日に騒ぎ過ぎて潰れたり、大きなフェスに出てるロクでもないアーティストの前座をやらされたこともね」。短い沈黙を挟み、サルタナはこう続けた。「そしてある日、自宅の寝室で『ジャングル』を書いた。これはスマホで録音すべきだ、直感的にそう思った」
2016年5月に自宅のリビングで、サルタナのiPhone4に収められた同曲は、わずか1週間の間にバイラルヒットを記録した。YouTubeでの再生回数は最初の5日間で100万回を突破し、現在では9400万回に達している。無数のファンがTriple Jに同曲をリクエストしたことで、「ジャングル」は同局の2016年のHottest 100で第3位となり、ビデオゲームFIFA 18のサントラに収録された。同曲のヒットに後押しされる形で、『Notion EP』はARIAチャートで第8位を記録した。
サルタナがスピリチュアルなものを信じていることは疑いない。宗教には関心がないが、大地や神話との繋がりは全作品のアートワーク、『Flow State』(2019年の1stアルバム)というタイトル、そして『Terra Firma』における深い心理描写にはっきりと現れている。「あんまりディープになりすぎないほうがいいって思う時もあるんだけどね」。サルタナは笑ってそう話す。「何もかもに深い意味がある必要はないけど、つい素の自分が出てしまうんだ」。そう話しながらも、ビジネス面にも意識的なサルタナは、自身のブランドを確立することの重要性を理解している。
Fenderとのコラボレーションによるシグネチャーモデルの発表、プレイステーションやコモンウェルス銀行とのパートナーシップ、あるいは『Terra Firma』のシングル曲のアレンジコンテストの勝者へのギター贈与まで、サルタナはキャリアのビジネス的側面も自身でコントロールしている。レーベルと出版会社はコストを全て回収済みであり、サルタナは現在「自由の身」だ。現在のレーベルと契約を更改するか、別のレーベルに移籍するか、あるいは2019年5月に設立した自身のレーベルLonely Lands Recordsから作品をリリースするか、サルタナは自らの意思で決定することができる。
ロサンゼルスのThe Shrineでのタッシュ・サルタナ、2018年12月2日撮影(Photo by Dara Munnis)
目標が何であれ、その達成に必要なものは情熱と野心、そしてひたむきな努力だとサルタナは話す。「叶わないことなんてない。音楽に関する知識を、ほんの少しでも多く身につけたいと思ってる」サルタナはそう話す。独学のマルチ奏者であるサルタナは、世界記録の保持者であるNeil Nayyarにとっても脅威となりうる存在だ。
12以上の楽器を操り、作曲とレコーディングをほぼ独力でこなすサルタナは、ヒットを意識して曲を書くことはないが、ひとつだけ例外がある。「ジャングル」のリリース後、サルタナは大衆受けする曲を生み出すことに対するプレッシャーを覚えていた。「シングルが必要だって言われた」業界の慣習について、サルタナはニコリともせずにそう話す。「ラジオでかけてもらえるのはシングルだけだから。『手早く1曲仕上げろ』って言われた」
ビートの効いたソウルにジャズとロックンロールのテイストをブレンドした「マーダー・トゥ・マインド」をサルタナが書き上げたのは、「ジャングル」が2017年にARIAのトップ30にランクインしてから2カ月も経たない時のことだった。「そういう目的で作られた曲だから。ラジオでかけてもらえる曲を早急に仕上げる必要があった」サルタナはそう認めた上で、さらにこう続けた。「誤解のないよう言っておくけど、結果には満足してる」。しかし、サルタナが同曲をステージでプレイすることはない。「何年も(『ジャングル』を超える曲を書こうと)もがき続けてたけど、そんなのは自分らしくない、同じような曲を書こうとするなんて間違ってると気づいた」
『Terra Firma』を支えたフィアンセの存在
最新作『Terra Firma』に、サルタナは心血を注いだ。時には週6日のペースでメルボルンにあるプライベートスタジオに入り、合計200日に及ぶセッションを経て、同作は昨年8月半ばに完成した。『Flow State』でも手腕を発揮したRichard Stolzをミキシングにおけるアドバイザーに迎えた他、先述の「ドリーム・マイ・ライフ・アウェイ」に参加したジョシュ・キャッシュマン、ダン・ヒューム、「プリティー・レディー」「クロップ・サークルズ」「ビヨンド・ザ・ライン」「グリード」の4曲に参加したマット・コルビー、そして「ウィロー・ツリー」に参加した高校時代の同級生ジェローム・ファラーなど、同作では複数の共同ソングライターがクレジットされている。
デビューアルバムの全曲の作曲とアレンジ、演奏、プロデュースまでを単独でこなしたサルタナにとって、それは新たな冒険だった。「コラボレーションにこだわりたいんだ」。サルタナは目を輝かせながらそう話す。「すごく楽しいよ。知らずして、パンドラの箱を開けてしまったのかも」
取材中、サルタナのフィイアンセのJaimieは幾度となく会話に参加していた。メルボルンで同棲している2人は、10エーカーの菜園を放置しがちだという。庭に設置しているスケートボード用のハーフランプは傷んでおり、修理するまで使えないそうだ。サルタナとJaimieの性格は正反対で、彼女が整然としていて現実的であるのに対し、夢追い人のサルタナは「時速100万マイル」で走り続けている。
「Jaimieと出会ったことで、ずっと探してた本当の自分になることができた」サルタナはそう話す。「彼女は何でもお見通しなんだ。嘘をついてもすぐに見破られる。彼女に見透かされた人を、これまでに何人も見てきた」
『Terra Firma』ではJaimieのことが多く歌われており、2人だけの合言葉が登場する「ビヨンド・ザ・パイン」と「レット・ザ・ライト・イン」はその最たる例だ。「彼女と出会った頃、自分たちがお互いにとっての日曜のような存在だっていうジョークをかわしてた。1週間のハイライトってこと」。サルタナは小さく笑いながらそう話す。「そして月火水木金土と巡っていくわけだけど、それが永遠のように長く感じられる」
熱波から逃れるように家の中に入ると、サルタナはソファに座ったJaimieを見つめ、引き寄せられるように歩み寄ってキスをした。まるでカーテンを引くかのように、サルタナのロングヘアが横顔を覆った。
タッシュ・サルタナの筋の通った生き方と鮮やかなブルーの瞳は、父親から受け継いだものなのだろう。叶えたい夢、自分の脆さ、そしてアイデンティティ。サルタナは理想とする自分になるまでの過程に、時間をかけるつもりでいるようだ。何よりも成長を重んじるサルタナは、繰り返されるその過程をしっかりと噛みしめようとしている。
「本当の自分に嘘をついたままで、まっすぐに生きていくことはできない」漢方薬草のハーブティーで喉を潤しながら、サルタナはそう話す。「それは誰にでも言えることだと思う。本当の自分を受け入れない限り、自分が辿るべき人生を歩むことはできないし、目標を達成することはできない」短い沈黙を挟み、サルタナはこう言った。「明日死んだとしても、悔やむことはひとつもないよ」
英国ロンドンのAlly Pallyでのタッシュ・サルタナ、2019年6月29日撮影(Photo by Dara Munnis)
From Rolling Stone au.
タッシュ・サルタナ
『Terra Firma』
発売中
再生・購入リンク:https://lnk.to/TashSultana_TerraFirma
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