クレイジーな世界で予測不可能な音楽を生み出す、UKロック新世代「スクイッド」の方法論
Rolling Stone Japan / 2021年5月7日 17時30分
イギリスの新人登竜門「BBC Sound of」2020年版にビーバドゥービーやアーロ・パークスなどと並んで選出。バトルスなどで知られる名門Warpと契約し、UKインディーロック新世代の大本命と目される5人組、スクイッドが待望のデビューアルバム『Bright Green Field』を発表した。
スクイッドは2015年にブライトンで結成。自分が初めて彼らを知ったのは、2019年の4曲入りEP『Town Centre』だった。「The Cleaner」はここ数年のトレンドである躁的なポストパンクの直系であるのに対し、「Savage」はジャズやアンビエント、もしくはポストロックに近い瞑想的な曲で、その極端な振り幅に戸惑ってしまったものだ。同年発表のシングル「Houseplants」はトーキング・ヘッズとキャプテン・ビーフハートを繋ぎ合わせたような楽曲だが、ここでもクラウトロック的な反復するビートと、暴れ狂うようなサックスがアクセントとして機能している。とにかく一筋縄ではいかないバンドであると理解していたので、実験精神を尊重してきたWarpとの契約は妙に納得してしまった。
そんな彼らにとって転機となったのが、ダン・キャリーの出会いだったという。今日のUKロックにおける最重要プロデューサーといっても過言ではないダンは、新しい才能を発掘・発信するDIYレーベル「Speedy Wunderground」の仕掛け人でもあり、そこからフォンテインズDC、ブラック・ミディなどを発掘してきた。スクイッドもまた同レーベルから音源を発表したのが飛躍のきっかけとなり、ダンへの信頼感は「6人目のメンバー」と語るほど。今回の『Bright Green Field』でも彼にプロデュースを依頼している。
今年1月、ダンと直接話をする機会があった。彼がサウスロンドンに構える自宅兼スタジオは、同地のシーンを育んできたライブハウス「The Windmill」から徒歩5分の場所にあるという(スクイッドも出演したことがある)。過去にはフランツ・フェルディナンドやカイリー・ミノーグのプロデュースを手がけ、近年は多くの新人をフックアップしてきたダンから見て、現在活躍しているニュージェネレーションは、それ以前のバンドとどこが違うのだろうか。彼はこんなふうに答えている。
「誰もやっていないことに挑戦することを躊躇わない。あとはストリーミングで聴くのが当たり前になっているから、とにかく幅広い音楽をジャンル関係なく聴きながら育っている」
ダン・キャリーを加えたスペシャル編成でのパフォーマンス映像
これはUKロックだけに限らない話だが、ジャンル融解がデフォルトとなった世界で「誰もやっていないこと」にトライすれば、そこから生まれる音楽はチャレンジングであればあるほど、既存の言葉やラベリングが追いつかないものになっていく。以前、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの取材に立ち会いながら実感させられたのは、作っている当人たちですら、自分たちの音楽について言い表す言葉を(たぶん)見つけられずにいることだ。それゆえに今日の音楽はスリリングで、メディア泣かせでもある。
スクイッドの場合はどうだろうか。中心人物の「歌うドラマー」ことオリー・ジャッジ (Dr,Vo)とアントン・ピアソン (Gt,Vo)に話を訊いた。
一番右がオリー・ジャッジ、左から2番目がアントン・ピアソン(Photo by Holly Whitaker)
―スクイッドというバンド名は、オリーがイカ(=Squid)を喉に詰まらせて死にかけた体験から名付けられた……と見かけたんですが。本当ですか?
オリー:本当でもあるし冗談でもある(笑)。実際にそういう経験をしたことはあるけど、それが理由でスクイッドと名乗るようになったわけではない。というか、実際の経緯をよく覚えていないんだ。だから作り話をしないといけない羽目になってるんだよ。聞かれるたびにジョークで違う話を言ってる(笑)。
アントン:もっと考えてバンド名をつければよかったよな(笑)。インタビューでこんなに由来を聞かれるなんて思ってもみなかったから。
―このバンドではそもそも、どういう音楽をやろうと思って結成したんですか。
アントン:最初はアンビンエントっぽいサウンドだったかな。すごくゆるい感じで演奏してた。目標なんか全然なかったし、自分たちのことをバンドとさえ思っていなかった。ただ一緒に音楽を演奏しているだけだったんだよ。アンビエントとジャズの間にポストロックの影響が入ったような、そんな感じだったね。
Perfect Teeth by Squid
2016年のデビューシングル「Perfect Teeth」
―ニューアルバムの収録曲「Padding」にはクラウトロックからの影響を強く感じました。クラウトロックのどんなところに惹かれますか?
オリー:(ドラマーとして)個人的に思うのは、合わせてドラムを叩くのがすごく楽なところ(笑)。なにせ、ひとつのビートを曲の間中ずっと繰り返すだけだからね。あの曲を書き始めた時は、偶然にもバンド全員がそれぞれに僕がそれまで聴いたことのなかったクラウトロック・バンドを発見していた時期だった。その影響が曲に出てくるって自分たちでも面白いと思う。
―クラウトロックの存在はどのように発見したのでしょうか?
アントン:友達どうしで音楽をしていく中で発見したんだ。僕たちはよくお互いの家に行って、料理を作りながら自分たちが発見した音楽を聴いて、食べ終えたあとにジャムをやってた。真剣にやるというよりはカジュアルに楽しみながら演奏する感じ。その中でめちゃくちゃクレイジーな実験的音楽にハマった時期もあったんだ。さっきオリーがクラウトロックのドラムの魅力について話していたけど、僕も賛成。すごく美しくて催眠的なところからインスピレーションを受けたね。僕ら全員が興味深いと思ったし、自分たちの音楽にも取り入れるようになっていったんだ。
―たしかにノイ!のクラウス・ディンガー、カンのヤキ・リーべツァイトのドラムには、終わりも始まりもないリズムの反復があるように思います。機械のように反復しながら、身体性のあるグルーヴも感じさせる。
アントン:当時のドイツでみんなが求めていたのがそれだったよね。特にクラフトワークなんかの音楽には、当時のそういうモーションが特別な表現で映し出されている。その要素は、今の音楽にとっても未だに重要な要素だと思う。
オリー:ああいうリズムって、聴けば必ず踊りたくなるリズムだと思うんだ。僕たちは自分たちの音楽を聴きながら踊ってほしいと思っているから、それは大切な要素だね。
「過去のリピート」よりも「新しいサプライズ」
―ECMレーベルからの影響について語っているのも見かけました。ロックバンドからはなかなか挙がらない名前だと思います。
オリー:僕はそこまで影響は受けてないんだ。アントンは?
アントン:エスビョルン・スヴェンソンがいたレーベル?(※)それを語ったのはおそらくルイス(・ボアレス:Gt,Vo)じゃないかな。僕がルイスに最初に会った時、彼はエスビョルン・スヴェンソン・トリオ(e.s.t.)の『301』っていうアルバムをエンドレスで聴いていたから。
※e.s.t.はジャズに先鋭的な要素を盛り込んだスウェーデンのトリオ。在籍したレーベルはACT、Superstudio GulなどでECMには未所属。
―ジャズで他に影響を受けたアーティストは?
オリー:これはどちらかといえば最近だけど、サン・ラ。彼の作品はたくさんあるけど、最近ずっと聴いてるのは『Lanquidity』。あの作品はかなりエクスペリメンタルだよね。リイシューのサウンドが特に素晴らしい。あと、ローリー(・ナンカイヴェル:Ba,Brass)は最近、奇妙な感じのフリージャズにハマってる(笑)。僕にとって親しみやすいサウンドとは言い難いけど、面白いなとは思う(笑)。
―ブラック・カントリー・ニュー・ロードのルイス・エヴァンスなど共に、エマ・ジーン・サックレイがアルバムにゲスト参加していたのも気になりました。マルチ奏者でDJやプロデュースもこなす越境的なミュージシャンですが、一般的にはUKジャズ・シーンの人として紹介されている印象だったので。
アントン:彼女は本当に素晴らしいミュージシャンだし、すごくスムーズに作業ができる。作業を依頼するとあっという間にこなしてくれるんだ。彼女と共演した理由はそれだったけど、UKのモダン・ジャズ・シーンに興味はあるよ。活気に満ちているし、特にサウスロンドンのジャズ・シーンは今熱いと思う。僕らがジャズに影響を受けたバンドとして扱われるようになったのは、最初に出演したフェスがBrainchild Festivalだったから。サセックスで毎年開催されるフェスなんだけど、出演者のリストを見たら、他はサウスロンドンのジャズバンドばかりだった。僕らの音楽性は明らかに他の出演者たちと違うし、オーディエンスは逆にそれを楽しんでくれてよかったけど、あれは場違いな感じがしたな(笑)。
―今日のイギリスでは、ロックとジャズのシーンが繋がってきているのでしょうか?
オリー:クロスオーバーは結構あると思う。コロナの前は新しいジャズバンドがフェスにたくさん出ていたしね。さっきアントンが話したフェスで、コメット・イズ・カミングは2番目に大きなステージのヘッドライナーを務めていた。つまり、ジャズがメインストリームになってきてるんだと思う。それってすごくいいことじゃないかな。コメット・イズ・カミングはものすごく実験的だし、僕らよりもずっとクラウトロックっぽさがあると思う。そういうバンドが出てくるのは嬉しいよね。
エマ・ジーン・サックレイはブルーノートの名曲カバーコンピ『Blue Note Re:imagined』にも参加。デビューアルバム『Yellow』を7月2日にリリース予定。
―スクイッドの音楽はミニマルな反復とともに、予測不可能な展開も多く見られますよね。多くのポップソングがストリーミングやTikTokに最適化するために、短くてキャッチーなフックを盛り込もうとしているのと正反対の発想みたいにも映ります。
アントン:僕たちがTikTok用に曲を書くのが下手なだけかも(笑)。それは冗談だけど、僕らにとって一番重要なのは自分たち自身が楽しむこと。だから、そういう音楽になるんだと思う。面白くて突飛なアイディアを探っていくのが大好きだし、曲の尺を気にして曲を書くことはない。それに、あえて短くてキャッチーな曲を書くことを拒否して、長い曲を作ろうと意識しているわけでもないんだ。2分間の曲を作る時もあれば、20分間の曲を作る時もある。自分たちがその曲にとって最適だと思う長さのスペースを与えているだけなんだよ。
―「予測不可能」という点についてはどうですか?
オリー:一般的な曲構成にハマりたくないというのはあるね。ヴァース、コーラス、ヴァース、ヴァース……っていう形の音楽を作ることにはあまり魅力を感じない。僕らにとっても新しい構成の曲を書くことで、自分たち自身を楽しませてる部分はあると思う。その変わったセクションが集まって曲が出来ているから、予測不可能な仕上がりになるのかもしれないね。
―ここまで話してきたような非メインストリームな音楽への興味、そういった音楽を作ろうとする好奇心はどこから生まれるのでしょう? トラディショナルなロック・バンドが退屈だったから?
アントン:別にそういうロック・バンドが退屈だとは思わない(笑)。素晴らしいバンドは大勢いると思うけど、そのバンドたちが既に成し遂げてきた偉業を、自分たちが受け継いでリピートする必要性を感じないんだ。だから僕たちは、彼らから要素を借りて、自分たちが作りたいものを作っている。それが何であっても、僕たちにとっては構わないんだ。音楽を聴いてサプライズを経験するのが好きな人って多いと思うし、僕らのレコードからもそれを経験してもらえたら嬉しいね。
影響源は現実という名のディストピア
―『Bright Green Field』におけるテーマやコンセプトについて教えてください。
オリー:登場人物がいるストーリーというよりは、場所への関心がアルバムには反映されていると思う。全体を通して特定のコンセプトがあるわけではないけど、もしあるとすれば……アルバムを作っている時に出てきたディストピアのアイディアがあるんだけど、それがアルバム全体を通して表現されている。あとは、僕らの友人たちに彼らが話しているボイスメモを送ってもらったんだけど、その言葉がアルバム全体に散りばめられている。アルバム制作中、不意に起こったことがたまたまアルバムの曲どうしの共通点になり、それが曲と曲をつなげ、アルバムという一つの作品にしたんだ。
―オリーがニューアルバムに寄せたコメントに、「未来を偏重するディストピア」という表現があったのが気になりました。
オリー:そのアイディアは、マーク・フィッシャーという作家から拝借したもの。彼は憑在論について書いていて、未来というものは存在しないと説明している。その未来に対する捉え方が面白いと思ったんだ。このアルバムで表現されているディストピアは、今のこの世界のクレイジーさにインスピレーションを受けている。SFの本に出てくるようなことが、現実のニュースとあまり変わらなくなってきているよね。そこが興味深いと思ったし、そのアイディアがマーク・フィッシャーの失われた未来のアイディアと繋がっているような気がしたんだ。
―そういったディストピア感は、収録曲でいえば「Narrator」あたりからも伝わってきた気がします。
オリー:あの曲の歌詞は、僕が見に行った『ロングデイズ・ジャーニー この世の涯てへ』という映画を踏まえたもの。映画の最後で、主人公が映画館の席に座り3Dメガネをかけるんだけど、映画を見ている僕たちもそれと同時に3Dメガネを手渡される。すると、自分たちも3Dの夢のなかへ入っていくんだ。それが面白いと思ってさ。その内容は記憶なんだけど、映画はすごく複雑で、人々を惑わせる信頼できない語り手(=Narrator)というアイディアが面白かったから、それについての曲を書きたいと思ったんだ。
―『Bright Green Field』というタイトルには、イギリス的なシニカルさを感じました。日本人である僕からすると、スクイッドの音楽は非常にイギリスっぽさを感じるんですけど、自分たちではどう思いますか。
アントン:僕らはイギリス人だから、それが音楽にも自然に出てくるんだと思う。今回のアルバムにしたって、自分たちがこれまでに訪れたことのある場所、もしくは頭にイメージが残っている場所、イギリスに実在する場所からインスピレーションを受けているだろうしね。だから、イギリスっぽさを感じるというのは確実にそうだと思う。タイトルも、(詩人の)ウィリアム・ブレイクなんかのスタイルから影響を受けているんじゃないかと思うし。
―イギリスという国のことは好きですか?
アントン:それはかなり複雑だな。イギリスの風景はどこも綺麗だと思うし、素晴らしい人々もいる。素晴らしい音楽やそれ以外のカルチャーも存在している。最高の友達がいるのもイギリスだし、仕事をする環境としてもいい。でも同時に、嫌いな部分もたくさんある(笑)。自然環境への向き合い方とか、メディアのあり方とか。メディアは間違ったものを讃え、サポートしていると思うから。多くの国民の思いが無視されている。イギリスって本当に複雑なんだ。
オリー:同感。イギリスは大好きで大嫌い(笑)。でもきっと、どの国の人に同じ質問をしても似たような答えが返ってくるんじゃないかな。アイスランドだけは違うかもね。あそこは本当に美しいし、嫌な要素なんてないかもしれない(笑)。
アルバムのメイキング映像
―自分たちが選曲しているプレイリストにレイト・オブ・ザ・ピアを選んでましたよね。彼らもSFっぽい世界観を持つバンドだったから妙に納得したんです。共感を覚えるUKのバンドはいますか?
(二人ともしばらく考え込む)
アントン:あまり他のバンドとは同じことをしないようにしているから、難しい質問だな(笑)。
オリー:うーん……ブラック・ミディやブラック・カントリー・ニュー・ロードはそうだと思う。
アントン:たしかに。彼らも僕たちみたいに、どのバンドとも違うサウンドを持っていると思う。音を実験するのを楽しんでいるし、トラディショナルな音楽を書かないという点は共通しているんじゃないかな。
Photo by Holly Whitaker
―最近、UKチャートが日本の音楽ファンのあいだでも話題になっています。ブラック・カントリー・ニュー・ロードのデビュー作が全英4位、モグワイのようなバンドが全英1位。ロックバンドが勢いを取り戻しているのは世界的にも珍しい状況だと思います。こういった動きをどのように見ていますか?
オリー:ここ数年、毎年のようにイギリスのメディアでは「ギターミュージックは死んだ」と書かれていた。でも僕にとっては、新しいロックバンドは常に出てきていたし、ギターミュージックが勢いをなくしたことなんてなかった。最近は小規模なロックバンドがトップ40に戻ってきたよね。メインストリームから外れていたのが、また戻ってきたんだと思う。勢いを取り戻したという理由はそれだけで、実際にギターミュージックやロックバンドの質が落ちていたわけじゃないと思うよ。
―みなさんの場合はきっと、チャートで1位を獲ることが最終ゴールではないですよね。バンドの将来像についてはどんなヴィジョンを描いていますか?
アントン:これも難しい質問だな。コロナで状況がこれまでと違うから。活動を続けるためには、とにかくギグをやらなきゃ。音楽が仕事になってからは、自分たちが書きたい曲を書き続けること、演奏し続けることがゴールになってる。特にこれといった大志は今のところないね。今はとりあえずショーがやりたくてしょうがないけど、いつまた演奏できるようになるのやら。
オリー:それ以外は今年、色々達成できたと思う。ここまで知ってもらえるようになったのもそうだし、それを目指していたわけじゃないけど、自分が子供の時に読んでいた雑誌のカバーを飾ったのもそう。そこまで多くの人々に僕らの存在を認識してもらえるようになったのは、バンドにとってすごく大きし、嬉しいことだね。バンドとして真剣に向き合ってもらえるようになったんだなと実感できるようになったから。
アントン:日本にも行けるようになるといいな!
スクイッド
『Bright Green Field』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11690
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