ジェイムス・ブレイクも惚れ込む歌声、ムスタファが紡ぐ「インナーシティフォーク」とは?
Rolling Stone Japan / 2021年6月1日 18時0分
ムスタファ(Mustafa)のデビューアルバム『When Smoke Rises』が多くの共感を集めている。ドレイクにその才能をフックアップされ、ザ・ウィークエンドやカリードへの楽曲提供を経て、本作でプロデュースを買って出たのはジェイムス・ブレイク。さらにジェイミーxxやサンファも迎えた大型新人とは何者なのか? 音楽ライター/編集者の天野龍太郎が解説する。
ムスタファという名前は匿名的で、その響きからはぼんやりとした像しか浮かんでこない。ムスタファ・アーメドという本名にしても、アラブ系で、おそらくムスリムだということは伝わってくるが、あまりにもありふれた名前である。
けれども、彼の歌声を聞いたら、その名前は、きっと忘れがたいものになる。傍らで語りかけるような発声と、なにより、その低くかすれた声質。ムスタファの歌は、聴き手にとても近い。フランク・オーシャン、モーゼズ・サムニー、サーペントウィズフィート……。ムスタファと比べたくなる現代の歌い手は少なくないが、孤独を強く感じさせる響きは、彼の才能に惚れこむジェイムス・ブレイクによく似ている。
とはいえ、ジョニ・ミッチェルやボブ・ディラン、ニック・ドレイクの表現に感化され、レナード・コーエンの詩を読みこみ、『Carrie & Lowell』におけるスフィアン・スティーヴンスの「喪」の表現に強く衝き動かされたというムスタファのことを「フォークシンガー」と呼んでも、まったく違和感はない。
彼が紡ぐリリックに耳を傾けると、またちがう側面が見える。ムスタファはストリートのリアリティに根ざした詩人だ。命を奪われた友人たち、人種と宗教差別、貧困……。ムスタファの詞から立ち上がる街の現実は荒涼としている。彼は、コンシャスなラッパーよりもナズやリル・ダーク、21サヴェージを好み、フューチャーの「痛み」に共感してきた(その姿勢は、ギャングスタ・ラップのマナーで撮られている「Stay Alive」のビデオやアートワークなどにもよく表れている)。ムスタファの音楽に耳を傾けていると、チャック・Dの「ラップは黒人たちのCNN」というフレーズが頭をよぎる。
1996年生まれ、24歳の詩人のデビューアルバムであるこの『When Smoke Rises』では、彼自身が「インナーシティフォークミュージック」と呼ぶ音楽が展開されていて、それは親密なフォークにも、内省的なソウルにも、路上のドキュメントであるラップミュージックにも聴こえる。
Photo by Yasin Osman
カナダのトロントで、スーダン移民の両親のもとに生まれたムスタファ・アーメドは、移民が多く住む公営団地リージェントパークにてイスラム教徒として育てられた。
早熟だったムスタファはプレティーンの頃から詩を詠んでいたといい、彼が12歳のころに綴った「A Single Rose」は、今でもYouTubeで聴くことができる。団地での暮らしを語り、社会に蔓延した不正義への怒りを表したラップとポエトリーリーディングの中間のような少年のパフォーマンスには、すでに「詩人ムスタファ(Mustafa the Poet)」の姿が刻まれている。
ムスタファはポエトリー/スポークンワードと音楽や映像とのクロスオーバーを積極的に試みていたようで、たとえば、エグボ・アート財団のショートフィルム『Spectrum of Hope』(2014年)では、ロバート・グラスパー風のジャズをバックに彼の朗読がフィーチャーされている。同作や「Lost Souls」(2013年)という詩のパフォーマンスでは歌とスポークンワードとを行き来するボーカルを聴くことができ、シンガーとしての萌芽が見える。
「Mustafa the Poet」を自称していた10代のころのムスタファの詩のテーマは、若者たちのエンパワメント、貧困、イスラモフォビア(イスラム教への偏見)、メンタルヘルス、暴力といった、社会と強く結びついたものだ。けれども、それらをあくまでもパーソナルな経験から語る態度は一貫しており、現在も変わっていない。一方で、言葉を畳みかけて強く訴える過去のパフォーマンスは、現在のシンガーとしてのスタイルと大きく異なる。とはいえ、このころに研ぎ澄まされた表現力が、今のムスタファの歌のそこここに感じられる。
24歳の詩人が自分の音楽を見つけるまで
ムスタファの活動は、とても広範なものだ。たとえば、彼が監督したドキュメンタリーフィルム「Remember Me, Toronto」(2019年)は、ドレイクらトロントのヒップホップアーティストたちの証言から構成されたもので、銃暴力と殺人をテーマにしている。これは、『When Smoke Rises』においても重要なファクターになっている彼の親友スモーク・ドッグ(Smoke Dawg)が2018年に銃殺されたことと直接関係している作品だ。
ほかにも、2016年にジャスティン・トルドー首相の青年諮問委員会に指名されたり、ヴァレンティノの2019年秋冬コレクションに詩を提供したりと、彼の活動は「詩人」という枠組みには収まりきらない。
トロントのムードを詠う詩人として、黒人ムスリムとして生きる若者のリアルの語り手として注目を集めるようになったムスタファは、独自の豊かな土壌をもつトロントの音楽シーンでも重要な存在になっていく。
ハラル・ギャング(Halal Gang)というムスリムの若者たちによるヒップホップコレクティブでの活動のかたわら、本格的に音楽産業へ足を踏み入れたのは2016年。『When Smoke Rises』に主要なプロデューサーとして関わっているフランク・デュークスと出会い、ザ・ウィークエンドのヒット・アルバム『Starboy』で「Attention」の作曲に参加する(ムスタファはこの仕事でグラミー賞を受賞した)。その後もカミラ・カベロの『Camila』(2018年)、ジョナス・ブラザーズの『Happiness Begins』(2019年)、マジッド・ジョーダンの「Caught Up (feat. Khalid)」(2019年)、ショーン・メンデスの『Wonder』(2020年)と、フランク・デュークスとのコネクションを軸に、メインストリームの作品に次々と携わった。トロントシーンの豊かさ、奥行きの深さを感じる経歴だ。
そんなムスタファにとって、「詩人」という言葉は狭すぎたのかもしれない。”the poet”の冠を捨てて、シンプルに「ムスタファ」と名乗るようになった彼は、2020年3月に上述のファーストシングル「Stay Alive」をリリースした。「どうか生き延びて」と切々と祈るように歌うこの曲は、アルバムのオープニングトラックでもある。
”ボトルのリーン、きみのジーンズには銃、ぼくにあるのはちょっとした信仰”というラインで始まる「Stay Alive」は、『When Smoke Rises』に通底するムスタファのアティテュードを端的に表している。彼はアクティビストに近い活動もしてきたが、しかし、いつまでも公営団地で育った少年であり、同じ黒人たちからも差別されてきたマイノリティのムスリムであり、暴力に満ちた路上で友人たちの死を見つめながら生き延びてきた者なのだ。彼は何者の代弁者でもなく、彼自身の経験を背負って、パーソナルな感情を吐露している。
『When Smoke Rises』というタイトルは、前述のスモーク・ドッグに捧げられている言葉だ。そこには、さまざまな解釈の余地がある。スモークが天へと昇ったこと、彼のレガシーが重要性を帯びたこと、過去の記憶が煙のように消えてしまうこと……。掴み取ることのかなわない「煙」を忘れまいと、音楽として刻んだのが『When Smoke Rises』という作品だと感じる。
そんな、とても私的な歌を包み込むように、控えめで余白の多いサウンドプロダクション(とくに、抑制されたビートは特筆に値する)が特徴的なアルバムだが、ここには多くの重要なミュージシャンが携わっている。
ジェイムス・ブレイクは、「Stay Alive」と「Come Back」にプロデュース、シンセサイザー、ピアノ、ボーカルでクレジットされている。制作に深くコミットしていることからは、彼がムスタファの表現に共感をおぼえていたのではないかと予想する。また、サンファは3曲で参加しており、「Capo」ではフィーチャリングもされている。ムスタファの声質はサンファのそれによく似ていて、溶け合うように2人の歌が一曲の中に同居している。そして、ジェイミーxxは「Air Forces」と「The Hearse」の2曲に関わっている(このように、UK出身のアーティストとのコネクションが『When Smoke Rises』には生かされていることも特色だ)。
1996年生まれ、24歳の詩人のデビューアルバムであるこの『When Smoke Rises』は、『James Blake』であり、『The Freewheelin Bob Dylan』や『Blue』や『Carrie & Lowell』であり、しかも『Illmatic』でもある。まさに、それらがぜんぶ混ざって、いちどきに鳴っているかのように聴こえる。それはつまり、彼の「インナーシティフォークミュージック」は唯一無二で、なににも似ていない、ということだ。
ムスタファ
『When Smoke Rises』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11777
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