1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 音楽

アレサ・フランクリンのアルバム『Lady Soul』をマリアージュ、鳥居真道が徹底考察

Rolling Stone Japan / 2021年6月7日 20時0分

「アレサのレコード。『Lady Soul』は見つけられなかった・・・」by鳥居真道

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第24回は、アレサ・フランクリンが歌ったゴフィン/キングの名曲「(You Make Me Feel Like)A Natural Woman」を題材に楽器とボーカルを切り分けずリズムを補助線に考察する。

関連記事:大滝詠一『NIAGARA MOON』のニューオーリンズ解釈 鳥居直道が徹底考察

飲酒の調子はいかがですか! 私はといえば、これまで飲酒といえばもっぱらビールだったのですが、この一年でワインを飲むようになりました。むろん高級なワインではなくアルパカやコノスルといった比較的安価なワインを毎晩飲んで楽しく過ごしています。

ワインを飲む習慣ができてから、ぶどうの品種による味の違いを意識するようになりました。アルパカもコノスルも、赤白ともに様々な品種を扱っています。コノスルの赤でいえば、ピノ・ノワール、メルロー、カルメネール、カベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、マルベックがあります。一方、白にはシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ヴィオニエ、リースリング、ゲヴュルツトラミネールがあります。何本か買ってきて飲み比べたこともありますが、正直に言ってそれらの差異を明確に判別することはできませんでした。それでも、こっちは酸味が強くてこっちは濃厚だとか、こっちはフルーティーでこっちはスモーキーだとかいったことはなんとなくわかりました。



誰かとご飯を食べているときに、「あ、クミン」とか「うーん、五香粉の匂い」とか言っているのを聞くと、その人がとてもかっこよく見えます。自分も調味料を言い当てられるようになりたいものです。私のレベルでは、例えばラーメンを食べているときには、ラーメンの味がするな、としか思いません。正直美味しいかどうかも定かではない。けれども脳みそからハッピージュースが分泌されているような気配は感じる。それが美味しいということなのでしょうか。あるいは、不味かった場合にはさすがに不味いと感じるので、不味くなければ美味しいということなのでしょうか。いずれにせよ、味覚に関していえば、かなりぼんやりしているといえます。単に端から味わうことを放棄しているだけなのかもしれません。

しかし、音楽の場合はどうか。例えば、録音されたエレキギターの音であれば、それがソリッドなのか箱物なのか、ピックアップはシングルなのかハムバッカーなのか、ピックアップのスイッチはどのポジションにしているか、エフェクターは何を使っているか、アンプの種類はどれか、ピックは柔らかいのか硬いのか、弦は太いのか細いのか、ピッキングしているのはブリッジ側なのかネック側なのか、といったことはなんとなく予想がつきます。正月の特番のように目隠しテストをして正確に言い当てられる自信はまったくありませんが、昔と比べたらその音から引き出せる情報がそれなりに増えたことは確かです。

思えば、ビートルズを聴き始めた頃は、誰がボーカルを取っているのかも判別がつかないものでした。舌にせよ耳にせよ、それらが肥えてくると差異のネットワークが形成されて、要素を細かく分解して認識できるようになります。



音の差異を聴き分ける力がついてくるとディティールに耳がいくようになります。私の場合、楽器の演奏に強い興味関心があるので、気がつくとドラムのパターンやベースラインを追っかけて聴いています。さらにギターを演奏して長いので、ギターの音に耳が反応するようになっています。

最近になって、長年アレサ・フランクリンのアルバムを愛聴してきたにも関わらず、アレサの歌をあまり聴いてこなかったことにふと気が付きました。そこで、アレサの歌唱に意識のフォーカスを向けて聴いてみよう、と考えても良いところですが、今回は歌とオケを分離せずにトータリティを保ったまま味わってみたい。美食家が言うところのマリアージュを楽しみたい。

ここでアレサのアルバム『Lady Soul』のジャケットを一度見てみましょう。アレサが左手でマイクを掴んで口元に寄せている写真です。左側の頬はマイクで隠れてしまっています。物理的に見えない状態です左側の頬を見るためにはカメラのアングルを変えるかマイクをどかしてもらう必要があります。



たとえば私がアレサの歌唱を聴くことに専念したとしましょう。しかし、それで物理的に他の音が聴こえなくなるということはありません。ボーカルを作品におけるヒエラルキーの頂点に位置づけて、ボーカルにのみスポットライトを当てようとしたところで、ボーカル以外の音が物理的に消えることはありません。それは、あくまで聴取する側の気持ちの問題に過ぎないのです。

こうした恣意的な切り分けを反転させて、恣意的に切り分けないで聴いてみようというのが今回の試みです。そして、その補助線のひとつとなり得るのがリズムだと考えました。



アレサが歌ったゴフィン/キングの名曲「(You Make Me Feel Like)A Natural Woman」を聴いてみます。楽器隊の編成は、ピアノ、ベース、ドラムを中心として、弦と管が加わったものです。コーラスはスウィート・インスピレーションズとアレサの妹、アーマ・フランクリン。

ピアノはマッスル・ショールズのスプーナー・オールダムが弾いています。そして、ベースはトミー・コグビル、ドラムはジーン・クリスマン。この二人はメンフィスを代表するリズム隊です。同じくメンフィスのドナルド・ダック・ダンとアル・ジャクソン、マッスル・ショールズのデヴィッド・フッドとロジャー・ホーキスと合わせてアメリカ南部のリズム隊三英傑と勝手に呼んでいます。



「A Natural Woman」では、コグビルとクリスマンがものすごくシンプルな演奏をしています。以前取り上げたカーペンターズの「(They Long To Be) Close To You」も相当シンプルな演奏でしたが、こちらの曲もそれに匹敵するようなシンプルさです。こうした演奏は情感豊かな印象を受ける一方で、リズムには緊張感もあります。音を出す回数が少ないので、タイミングを外すと締まりのないフニャフニャした演奏になってしまいます。それゆえ、プレイヤーには集中力が求められます。

リズムの構成を見ていきましょう。様々な解釈ができると思われますが、今回は3/4拍子とします。ドラムを聴くと「ドンチッチッ/タンチッチッ」というパターンを演奏しているのがわかります。この「ドン」「タン」「チッ」がそれぞれ1拍分の長さです。そして「ドンチッチッ(ワンツースリー)」「タンチッチッ(ワンツースリー)」がそれぞれ1小節分の長さになります。

続いて、もう少し細かい単位を見ていきます。リズムの最小単位は1拍を三等分した3連符です。そして、三連符の真ん中のオタマジャクシを抜いたシャッフルというリズムの型が1拍を構成しています。「タカタ・タカタ・タカタ」から「カ」を抜いた「タッカ・タッカ・タッカ」というリズムです。ミュージシャンは各自の体内メトロノームを3/4拍子のシャッフルに設定してアンサンブルを構築していきます。



こうした一定の刻み方を、ボーカル、コーラス隊、楽器隊が共有し、足並みを揃えて演奏していくわけです。足並みを揃えるといっても、よく訓練された軍隊のように一糸乱れぬ行進を目指すというものではありません。多少のゆらぎがあったほうが心地よく感じられたりもします。ミュージシャンの裁量で、敢えて溜めたり、走ったりして演奏に面白みをもたせる場合もあります。とはいえ、それも各ミュージシャンの体内メトロノームの刻み方がある程度シンクロさせた上での技巧的な表現であります。

この体内メトロノームというのは、あくまで目印であって、具体性を伴った音として発せられているわけではありません。とても抽象的なもので、演奏者側の頭の中にしか存在しません。聴いている側は、頭の中でミュージシャンたちの体内メトロノームの刻みを想像する必要があります。必ずしもそうしなくてはならないという話ではないのですが、想像してみることで各要素が整理されるので曲をトータルで味わい安くなるはずです。

それはなぜか。すべての音は体内メトロノームの目盛りを基準に演奏されるわけだから、その目盛りを意識していれば、その上をどんな音が積まれているのかくっきりします。川が流れを眺めるかのように音楽を聴くのではなく、止まった絵を連続させることで動きを生むパラパラ漫画を見ているかのように聴いてみるというようなイメージです。やはり各楽器の音や声をまとまりとして捉えるためにはリズムを意識するのが良いと思われます。

そうしたことを踏まえてアレサの歌唱を聴いてみます。ボーカルから想像できるのは「ターカターカターカ」という刻み方です。Aメロではこの刻み方の足取りがやや重たく感じられます。敢えて「ターカターカ」という刻みにはまらないようにしていると捉えられるかもしれない。歌詞の内容は雨が降っていて退屈だし、また別の一日の始まったことを悟ってうんざりするといったものです。そういう意味では気怠げなリズムで歌われることにも納得がいきます。補足すると、ジーン・クリスマンがかなり粘っこいビートを叩いているので、それに比べたらアレサの足取りは軽いともいえます。

Bメロになるとボーカルの様子に変化が現れます。足取りが徐々に軽くなっていきます。サビに近づくとスキップしているようにも聴こえるほどです。ここでは、あなたに出会う前の人生は冷酷だったけど、あなたが心に平穏をもたらしたといった内容が歌われています。ストリングスのオブリガードが挿入されます。このフレーズは3連符ではなく、1拍を4等分する16分音符で構成されています。3連符世界の外部に位置づけられる単位なので、どこからか他者がやってきている様子を描いていると解釈することができるかもしれません。こういうなんとでも言えることを言い始めるときりがないので、控えめにしておきましょう。



サビに入ると、それまで抑制的だったベース、ドラムがともに、「タッカタッカタッカ」というシャッフルのリズムを明示的に演奏するようになります。アレサも声を張り上げて「You Make Me Feel」と3回繰り返します。そして。ベース以外の楽器隊が消えて、ボーカルとコーラス隊が1オクターブほど下降するフレーズを歌います。声の張り上げが前フリになっており、ナチュラル・ウーマンであることを示すかのように、「ターターターターターター」というすこぶるシンプルなリズムの型がナチュラルな声で歌われるわけです。とても洒落が利いていて、聴くたびになんておもしろいギミックなんだと深く感銘を受けています。

もっと大まかなリズムについて言及すると、「A Natural Woman」は、以前唐木元さんがRolling Stone Japanのコラムで書いていた「アップ・ダウン」の話でいうとアップで取られているようにも感じます。拍に合わせて「ぽわんぽわんぽわん」と浮かぶようにリズムを取るとしっくりきそうな気配がありますが、これがなかなかに難しい。

恣意的な切り分けをせずに聴いたとしても、やはり文章にするとなると要素ごとに記述する必要が出てきます。そこは少し具合が悪いといえば悪い。とにかく音楽に正しい聴き方なんてないのだし、思い込みでもなんでも良いから音楽をまとまりとして味わいつくしてみようではないか、と思う次第であります。



アレサといえば『アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン』が5月28日に公開されました。またアレサの伝記映画『リスペクト』の全米公開日が延期になっています。日本ではいつ観られるのでしょうか。心持ちにしています。

鳥居真道

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
Vol.14 ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察
Vol.15 音楽がもたらす享楽とは何か? 鳥居真道がJBに感じる「ブロウ・ユア・マインド感覚」
Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
Vol.17 現代はハーフタイムが覇権を握っている時代? 鳥居真道がトラップのビートを徹底考察
Vol.18 裏拍と表拍が織りなす奇っ怪なリズム、ルーファス代表曲を鳥居真道が徹底考察
Vol.19 DAWと人による奇跡的なアンサンブル 鳥居真道が徹底考察
Vol.20 ロス・ビッチョスが持つクンビアとロックのフレンドリーな関係 鳥居真道が考察
Vol.21 ソウルの幕の内弁当アルバムとは? アーロン・フレイザーのアルバムを鳥居真道が徹底解説
V
ol.22 大滝詠一の楽曲に隠された変態的リズムとは? 鳥居真道が徹底考察
Vol.23 大滝詠一『NIAGARA MOON』のニューオーリンズ解釈 鳥居直道が徹底考察

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください