ウルフ・アリスが語る、UKロックの旗手を飛躍させた「学びと成長」
Rolling Stone Japan / 2021年6月4日 18時30分
8年前のデビュー以来着実にステップを重ねて、前作『Visions of a Life』(2017年)でマーキュリー・プライズを獲得。名実共に、英国のインディロックの旗手としてポジションを固めた感があるウルフ・アリスが、3rdアルバム『Blue Weekend』を送り出す。
マーカス・ドラヴス(アーケイド・ファイア、コールドプレイ)をプロデューサーに迎えた今回は、過去2作品で確立した、シューゲイズ・ミーツ・グランジ的なシグネチャー・サウンドを引き継ぐ一方で大きな飛躍も見せ、ポップに、フォークに、シンフォニックに、ライブで鍛えたアンサンブルを実にフレキシブルに応用。フロントウーマンのエリー・ロウゼルもシンガーかつソングライターとして新境地を開拓し、すでに広く認知されていたバンドのスケールに、まだいくらでも伸びしろがあることを示唆する作品となった。4人のメンバーを代表してインタビューに応じてくれたそのエリーの言葉からも、本作がバンドにとって特別な意義を持つアルバムであることが、伝わってくるはずだ。
―英国では5月半ばにロックダウンが緩和されて、活気が戻りつつあるようですね。
エリー:そうね。ちょうど天気も良くなってきたし、ようやく色々動き始めて、さすがに気分が上がっているわ(笑)。冬中続いた最後のロックダウンは、さすがに辛かったから。幸運にも私たちはアルバム作りに打ち込むことができたんだけど、ツアーをやりたくてしょうがなかったし、ライブを観に行きたかったし、人生の大きな部分が欠けてしまったという喪失感があったのよね。
―少し振り返ってみたいんですが、『Visions of a Life』の発表後2年近くツアーを行なったあなたたちは、19年後半に初めて長いオフをとったそうですね。充電期間を置いて新作に着手した時のバンドのムードはどんな感じでした? 相当期待もかかっていたと思いますし。
エリー:私自身は結構不安だった。それはマーキュリー受賞とか外的な要因とは関係なくて、とにかく前作よりいい作品を作りたかったのよね。音楽の良し悪しは主観的なものだけど、自分が確実に前進したという手応えを欲していた。だから、自分自身にプレッシャーをかけていたところはあるのかな。しかも今回は、すごく感情的に深入りした曲が多いだけに、聴いていると色んなことが甦ってきて辛くなっちゃうし、パンデミックで気を紛らせる手段もない。ほかにやることがないから、アルバムにものすごく大きな意味を与えてしまっていたのよ(笑)。そんなわけで、あれこれ考え過ぎて思い詰めてしまうこともあった。精神的な負担は軽くなかったけど、バンドの素晴らしいところは、みんなで体験を分かち合えるってこと。行き詰まったらジョエルとジョフとセオに相談できるし、腹を割って話せる仲だから、すごくありがたかったわ。
―実際、過去2枚との違いは色々ありますが、まずリリシストとしてのスタンスがシフトしましたよね。これまであまり取り上げなかった、恋愛を題材にした曲が多くて、明らかによりパーソナルなトーンになりました。自分をさらけ出すことに解放感はありましたか?
エリー:というか、そもそも曲を書くこと自体が私を解放してくれるんだけど、確かに、自分にとって辛い体験や想いを3分半のポエトリーに転化する作業は、解放感をもたらしてくれる。自分の気持ちを整理できる。書くことは私にとって本当に大事なことなの。クリエイティブであるか否か、文章を書くことに長けているか否かに関係なく、自分の感情に言葉を与えるという行為、言葉を綴るという行為は、カタルシスを与えてくれると思うわ。
―誰かインスピレーションをくれたリリシストはいますか?
エリー:ビッグなポップスターたちからは、それなりに刺激を得たかな。例えばアリアナ・グランデだったり、人々がそのアーティストの私生活にすごく関心を持っていて、それでいて、明らかに実体験を描いていると受け止められる曲を歌うことを躊躇わない人たち――ね。私自身はかなりプライベートな人間で、人々の解釈次第で自分が気まずく感じるようなことを歌うのは、ちょっと抵抗がある。でもああいうパワフルな女性アーティストたちは、メディアにどんなにひどいことを言われようと、構わずに自分の人生をさらしていて、そういうのを見ていると勇気をもらえるのよね(笑)。そしてほかにもアークティック・モンキーズのアレックス・ターナーとか、単純に素晴らしいリリシストたちがいて、大いにインスパイアされる。まあ彼の場合、「この曲で歌ってるのはあの女の子のことね」とか細かく分析されるわけじゃないから、そこは不公平で、疑問を感じるんだけど。究極的には自分にとって意味がある言葉を綴って、人々に投げかければいいんじゃないかと思っているわ。あと今回は特に、プレイフルな歌詞にすることを意識したかな。シリアスな内容でも、ユーモアを交えたりして。私自身そういう人間だから!
「これまでに学んだこと全てを実践した」
―例えば『Smile』は女性に関する固定観念を論じていますよね。これを聴くと、自分の気持ちを代弁してくれていると感じる女性が多いでしょうし、同様に過去の作品と比べて、聴き手の共感を呼ぶ曲が少なくないような気がします。
エリー:ソングライターとしてはやっぱり、自分の体験を題材にしつつも、大勢の人が独自に解釈できる曲にしたいし、それぞれの体験に重ねて受け止めてもらいたいという願望がある。ソングライターって往々にして、最初の頃は「こんなことが起きたからそれについて書いて歌おう!」っていう単純な動機を持っているんだけど、次の段階として「こんなことが起きたけど、それをほかの人にも理解してもらうにはどう表現したらいいだろう?」と考え始めたり、自分以外の人の体験を題材にしながら、それを、多くの人が共有できる体験として提示する方法を探し始めたりする。だから共感を呼ぶ曲を書こうとしたことは間違いないし、ソングライターとして成長するに従って、当然意識することなんじゃないかな。「No Hard Feelings」も然りで、これも実体験に根差した曲。全部が事実ってわけじゃくて、ここで歌っているみたいに、お風呂の中でエイミー・ワインハウスの「Love is a Losing Game」を聴きながら泣いたことはないんだけど、それがどういう心境を指すのか、みんな想像がつくと思ったのよね(笑)。
―今回はヴォーカリストとしてもかなり実験しています。そもそも声が前面に押し出されている上に、全般的にすごくシアトリカルですし、クワイアみたいにハーモニーを構築していることも、声のパワーを増強していますね。
エリー:基本的なアプローチはこれまでと変わらなくて、叫ぶように歌うべき曲なら叫ぶし、曲が求めるままに歌ったの。ただ、歌そのものが上達していると思うし、これまでは、自分の中にあるミュージカルのシンガー的なシアトリカルな側面を、抑制していたところがあるのよね。それってダサいと思われかねないから(笑)。でも「Delicious Things」や「Lipstick on the Glass」は結構シアトリカルだと思っていて、遠慮なく歌ったわ。サウンド面にも、そういうヴォーカルのアプローチが反映されているんじゃないかな。
―そのサウンド面については、全般的に成り立ちがすごくシンプルになった曲を、従来のあなたたちになかったスタイルで鳴らしていますよね。そのシンプリシティを活かしてドラムレスなフォークソングに近い形をとったり、シンフォニックなスケール感を与えたり、あるいはガレージパンクに振り切れたりと、意外な影響源が聴こえてきて。そして結果的にすごくポップに仕上がっています。
エリー:そうね。まず、私たちは常にオーガニックなサウンドやロック・ミュージック――つまりバンドとして楽器でプレイできる音楽に、いかにしてポップ並みのスケール感を与えられるかっていうことを考えてきた。私たちはロックも好きだしポップも好きだし、どっちをやりたいのか、これまでずっと綱引きをしていたようなところがあるの(笑)。ロックと呼ぶにはポップ過ぎたり、ポップと呼ぶにはロック過ぎたりして。そのせめぎあいが続いている上に、特に今回はあなたが言う通り、すごくシンプルな曲が多いのよね。ヴァース~コーラス~ヴァースという定番的な成り立ちの曲が大半で、そうなると、歌詞が含む感情とフィーリングを音にうまく転換することが重要になる。シンプルな曲をどうビッグな音で表現するのか、たった2コードで作られた曲をどう面白く聴かせるのかという課題も浮上したわ。それをクリアするのはハードではあったけど、すごく楽しかった。何しろこれまでは、ラジオでアコースティック・セッションをやる時にすごく困ったのよ。アコースティックでプレイすると、あとに何も残らなくて、「曲はどこに行っちゃったの?」ってことになって(笑)。その点今回は、アコギだけで歌っても成立する曲に仕上がっているわ。
―元を糺せば、ウルフ・アリスはあなたとジョフのアコースティック・デュオとして始まったわけですから、ルーツ回帰みたいな面もありそうですね。
エリー:ええ。ジョフがかなりアコギをいじっていたんだけど、その様子を見ていて、昔を思い出したりもしたっけ。それに今回は、歌詞とメロディとハーモニーを強調したアルバムでもあるし、そこも、ルーツ回帰だと言えるんでしょうね。
Photo by Jordan Hemingway
―抽象的な質問になりますが、このアルバムは現在のウルフ・アリスについて、何を物語っていると思います?
エリー:そうね……ある意味でこれは、私たちがこれまでに学んだこと全てを実践したアルバムなんだと思う。だから次にどこに向かうのか見当がつかないの。今までのやり方を限界まで追求し尽くした結果である以上、何か違うことに挑戦する準備ができた気がするから。「自分たちがビビるようなことやらない?」とか、「やり方をちょっと変えてみない?」って話になるかもしれないし。例えば、事前に曲を用意するんじゃなくて、スタジオ内で時間を限定して曲を書くとか、コンセプト・アルバムを作るとか。これまでに学んだことを出し切ったんだから、そろそろ新しいことを学ばないと!(笑)。
―さて、ウルフ・アリスは難民問題など政治や社会で起きていることについて積極的に発言することでも知られていますが、あなたが最近個人的に関心を持っている問題は?
エリー:正直に言うと、積極的に問題提起をするミュージシャンが最近増えているから、今はそんなに話さなくていいような気がしているんだけど、関心を抱いていることはもちろんたくさんある。例えばEU離脱はミュージシャンにとってとんでもない災難なのよね。この国で暮らす利点は、フェリーに乗ってヨーロッパ大陸に渡れば、数時間移動するだけで、自由にたくさんの国に行けることにあった。国ごとに全然違うオーディエンスとカルチャーに出会うことができた。バンドとしてそういう体験ができて、本当にラッキーだったわ。でも今後はそれが不可能になってしまう。それに、EU離脱とかパンデミックが起きる前からミュージシャンを取り巻く環境は厳しくて、音楽が大勢の人にとって命綱であることを政府は認めようとしない。特にロックやヒップホップは多くの人がアクセスできる音楽だし、もっと公的サポートが必要なのよ。だから音楽絡みで言うと、ミュージシャンとしてみんなどうすれば生き延びられるのかっていうことが、一番の懸案事項かな。
ウルフ・アリス
『Blue Weekend』
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