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スクエアプッシャーの超ベーシスト論 ジャコからメタリカまで影響源も大いに語る

Rolling Stone Japan / 2021年6月8日 18時0分

スクエアプッシャー、1994年撮影

スクエアプッシャーことトム・ジェンキンソンのデビュー作『Feed Me Weird Things』がリリース25周年を迎えた。1996年にエイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムスによるレーベル、Rephlexよりリリースされた本作は革新的だった。高速で複雑なドラムンベースのビートに耳を奪われるが、そこに生演奏のエレクトリック・ベースを併せたサウンドは今でも唯一無二だ。

ここでのトム・ジェンキンソン自身のベーシストとしての存在感はすさまじいものがある。単純にテクニックが尋常ではないのだ。それがビートとオーガニックに組み合わされている。スクエアプッシャーの作品を改めて聴き直してみると、ループのビートの上で即興演奏しているレイヤー的な作りではなく、それぞれの楽器が有機的に絡み合っていて、セッション的な作りになっている。恐ろしいことにそれはデビュー作の時点で完成されていた。今から25年も前からこの精度だったことには驚きを禁じ得ない。

デヴィッド・ボウイ『★』への参加でも知られるドラマーのマーク・ジュリアナに、名門ブルーノートに所属するゴーゴー・ペンギン。彼らはエレクトロニック・ミュージックのサウンドをジャズと融合させようとしてきたわけだが、その影響源として共に挙げていたのがスクエアプッシャーだった。それだけ偉大で、ここまで長いキャリアを積んできたはずなのに、彼のベースにまつわる情報は意外にも少ない。ほとんどの記事や資料で「ジャコ・パストリアスの影響」という一言で片づけられていて、ジャズの話に広げても1998年発表の『Music Is Rotted One Note』に関してマイルス・デイヴィスの影響と書かれているのみ、と言っても過言ではない状況だった。

彼の演奏を改めて聴き直すと、ジャコの影響は明白だが、ジャズのみに留まらないルーツが透けて見える。ロックからの影響は間違いないし、アルバムによってはレゲエも演奏していて、そのフィーリングも素晴らしい。2006年にはエレクトリック・ベースのみで作ったソロアルバム『Solo Electric Bass 1』で、この楽器がもつ可能性を追求するようなチャレンジも行っている。

そこで今回の25周年を機に、ベーシストとしての側面にフォーカスして話を聞いてみようと考えた。そして、語り尽くされた感もあったスクエアプッシャーの音楽を、もう一度フレッシュに聴き直すためのヒントをたくさん教えてもらえた。あの緻密さや繊細さ、そして暴力性のルーツはどこにあるのか。トム・ジェンキンソンに話を訊いた。


『Feed Me Weird Things』のオープニングを飾る「Squarepusher Theme」

―ベースを選んだきっかけは?

トム:音楽をいろいろ聞いていく中で、ギターという楽器や音色に興味を持つようになった。わかりやすい例で言うと、ジミ・ヘンドリックスなどは楽器を雄弁に弾くことでギターをサウンドの主役に仕立てていた。そういった音楽を聞いて、僕もギターを弾きたいと思ったんだ。でも、自分は音楽的な家庭で育ったわけではないから、家に楽器が転がっていて、好きに弾けるという環境ではなかった。学校にもギターは置いてなかったから、楽器を手にするには自分でお小遣いを貯めるしかなかった。そうして最初に自分で買った楽器は、安物のクラシック・ギターだった。10才の時だ。それを買った理由も、まずそこから始めるのが賢いやり方だと言われたからだ。最初からエレキ楽器を買うんじゃなくて、まずはアコースティック楽器から覚えて、エレキに進むのが鉄則だってね。それに倣っただけ。本心は、最初からエレキを買いたかったよ。弾きたかったのはそっちだからね。

ギターについて学んでいく過程で、他にもいろんな楽器があることを知り、ベース・ギターというものがあることを知ったんだ。それこそヘンドリックスのように、音楽の主役になるパートを奏でるギターが好きだったのと同じくらい、ベースへの興味も湧いてきた。ハイファイの低音を上げて音楽を聴くと、空気が振動するような、深い音が好きだった。それに加えて、謎めいたところも気に入った。当時の自分にとっては、ベースがギターほど明確に定義付けされていない、まだ謎の多い楽器に見えたんだ。ギタリストは音楽文化の中でどんな存在か、すでにイメージが出来上がっていた。見た目がどんなで、どんな動きをするとかも含めてね。でもベーシストはまだ謎めいていた。ステージでもいつも後方にいて目立たない。ストーンズのビル・ワイマンみたいに微動だにせず、無表情で弾いている。サウンドの要でもあるのに、誰にも注目も評価もされない。だからこそもっと知りたいと思った。手にした時に、どんなことができる楽器なのかって。固定概念で各楽器の役回りは知っているけど、その中でもベースには、可能性の余地がまだまだあるように思えた。

ということで、最初に買った楽器はクラシック・ギターで、次に買ったのが、スティール弦アコースティック・ギターで、その次に買ったのが、地元の新聞で安売りしていたベースだった。アンプ付きで70ポンド。そこがポイントだった。アンプ無しで普通に弾いたんじゃ、何も音が出ないよね。ベースにアンプが付いてくるっていうんで、「これだ」って思っ頃て、なんとか金をかき集めて買った。Kという会社が作った安物のギブソンEB-0のコピーのような代物だ。ネックが30インチしかない、小ぶりのベースでね。でも、初めて弾くには十分だったよ。

―おいくつの時ですか。

トム:11才だね。

―では、まず10代の頃のベース・ヒーローを教えてください。

トム:その頃に自分が知っていたベーシストと言えば、レッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズだった。ある意味、『Led Zeppelin II』でベースの弾き方を独学で覚えたと言える。それまで音楽に関する知識もなければ、正式に教わったこともなかった。キーが何かも知らなかったし、音符は知ってたけど、それを組み合わせるとどうなるのかという構造もわかっていなかった。だから音を聴いて、そのままコピーしようとした。「ダ・ダ・ダ」って聴いたら、「じゃあ、こう、こう、こう押さえればいいのか」(フレットを抑える動作をする)ってね。(笑)。めちゃくちゃ単純なやり方だ。アルバムを聴いて、その中からフレーズを見つけて、それを自分なりに真似していた。あのアルバムを今聴いても、ジョン・ポール・ジョーンズは素晴らしいベーシストだと思う。流れるように滑らかでいて、明瞭でクールなサウンドだ。

ということで、『Led Zeppelin II』を聴いて、まずベースを覚えた。全部弾けるようになるまで、ひたすら弾いた。それも11とか12歳の頃の話だ。自分の部屋で立って、ロックスターになったような気持ちに浸りながら、「弾けた!」って喜んだもんだよ(笑)。


レッド・ツェッペリン「胸いっぱいの愛を」、ジョン・ポール・ジョーンズのベース・トラック

ジャコ・パストリアスとの出会い

―その頃、ロックバンドを組んだりしていましたか?

トム:最初に入ったバンドはスラッシュ・メタルのバンドだった。12才の時だ。バンドをやるにはまだ若いよね。学校の上級生たちに誘われたんだ。14、5歳くらいの生徒たちでバンドを組んでいて、先にベーシストがいたんだけど、彼はグルーヴ感が全くなくて……言ってしまえば下手でさ(笑)。で、俺に目をつけたってわけだ。昼休みにいつもベースを弾いてたから。というのも、運動がてんで駄目だったんだ。学校では、男子生徒は休み時間になるとみんなサッカーばかりやっていたけど、その輪には入れなかった。サッカーがとにかく下手だったんだ。子供の頃から背が高くて、無駄に手足が長くて、どう動かせばいいのかが全然わからなった。真っ直ぐボールが蹴れなくて、使い物にならなかった。だからベースを学校に持っていって弾いていた。他にも音楽好きが学校にはいて、もっぱら彼らとつるんでいた。

そんなわけで、メタル・バンドをやっていた上級生と知り合いになった。それまでメタルとか全然聴いたことがなかったのに。せいぜいアイアン・メイデンとか名前を聞いたことがある程度だ。で、メタリカの『Master of Puppets』だったり、メガデスの『Peace Sells...But Whos Buying』とか、アンスラックスといった80年代スラッシュ・メタルのCDを渡されて、「俺たちはこういうのをやってるんだ」って言われた。そこで短期集中コースでメタルを聴くようになったんだ。


1997年、MTV Japanで放送されたライブ&インタビュー映像。トムはアンスラックスのTシャツを着ている。

―そこからどういう流れでジャズを聴くようになるんですか?

トム:メタル・バンドには入ったけど、他の音楽ももちろん聴いたよ。いろいろ掘り起こしてね。Woolworth(訳註:イトーヨーカドーみたいな食料品以外も扱っている店)というスーパーが当時近所にあって、確か14歳だったと思うけど、そこでカセットを眺めていたらウェザー・リポートの『Heavy Weather』を見つけてね。その裏にジャコ・パストリアスの名前を見つけたんだ。彼の音楽はまだ聴いたことがなかったけど、評判は聞いていたから名前は知っていた。ちょうど僕がベースを弾き始める頃に亡くなったんだ。確か亡くなったのは1987年だったよね。イギリスの音楽誌でもたくさん取り上げられていた。だから名前を覚えていて、凄腕のベーシストだってのは知ってたけど、それ以外のことは何も知らなかった。インターネットのまだない時代だったから、「ちょっと検索してみるか」ってわけにはいかない。彼のレコードを持っている人も周りにいなかったし、お金もそんなに無かったから、聴きたいレコードを片っ端から買える身分じゃなかった。で、見つけたカセットが確か2ポンドとかだったんで、「買っちゃえ」と思った。それがジャコを知ったきっかけだ。

15歳の時には、それなりにちゃんとしたバンドに入った。ポップ・ロックのバンドだったけど、ドラマーが上手かった。後々、ドラムのプログラミングをするようになってからは、彼の影響は大きかったと思う。彼はジャズに詳しくて、彼を通して聴いたものも多いね。



―特にプレイを研究したジャズ・ベーシストはいますか?

トム:いたけど、”研究した”って言われると、ちょっと違うんだよな。いろんな音楽を聴いて気に入ったものがあれば、それをコピーした。それだけなんだ。というのも、真剣にミュージシャンを目指していたわけじゃないからね。上手くなろうっていうより、楽しい趣味としてやっていた。サウンドが気に入った曲があれば弾いてみるって感じ。サウンドが好きじゃなかったら、どんなにいい曲だったとしても、どうでもよかった。サウンドが気に入ったものを自分なりに理解することに興味があったってだけで、系統立てたり、鍛錬を積んだり、真剣に取り組む感じじゃなかったんだ。一つのことをとことん研究したというより、「今の面白いフレーズだ」と思ったら、それを弾いてみるという感じ。後にジャコのソロをたくさん弾いてみたりもしたけど、「あれが弾けたら楽しいだろうな」と思ってやってみて、実際に弾けると楽しいっていうだけ(笑)。

「将来、音楽で食っていくんだ」なんて考えてなかった。普通に大学に通って、将来は学者になりたいと思っていた。学術的な分野での勉強に興味があったし、そっちの道に進むと思っていた。普通の仕事には就きたくなかったからね。大学に進んで、研究室に入るつもりで、音楽はあくまで趣味としてやるつもりだった。その考えがネックにもなったよ。15〜17歳の頃にやっていたバンドの他のメンバーは、みんなバンドで成功したいと思っていたからね。レコード契約やマネージメント契約を手に入れようと、ロンドンでライヴをブッキングして上を目指していた。自分だけ違ったんだ。音楽のために学校を辞めるなんてありえないと思ってた。

―では、さっきも名前が出たジャコのどんな曲をコピーしたんですか?

トム:最初に弾いたのは、ジャコ本人の曲ではないんだけど、彼の最初のソロ・アルバムの1曲目の「Donna Lee」。チャーリー・パーカーの曲だ。流れるようなメロディーで、とにかく魅力的な曲だと思った。チャーリー・パーカーのバージョンを知らなかったから、しばらくはハーモニー付きで聴いたことがなかったんだ。ジャコのソロ・アルバムの演奏を聴くと、メロディーだけでコードも何もない。「なんだこれは?」と思った。凄く美しいんだけど予測不可能。しかも伴奏がパーカッションだけで、コードも何もないから、まるで未来から送信されてきたみたいだった。異次元のもののように思えた。最初に「Donna Lee」の旋律を弾いて、そこからソロが展開されていく。これは自分でも弾いてみたくなった。しかも、サックス用のキーでG#か何かで演奏されていた。ギターで書かれた音楽というのは、EとかAとかBといったキーだけど、この曲はG#。イカしたキーだ。そんなわけで、この曲を最初に覚えた。楽しかったよ。

選ぶ曲によっては、それを弾くことで演奏者の弾き癖を直してくれることがある。どんな楽器にも言えることだけど、弾いていくなかで筋肉の記憶によって無意識に条件反射的に弾いてしまう指の動きというのがどうしても出てくる。でも、「Donna Lee」はいつもと違う、慣れない指の動きを強いられた。だからジャコ本人もやろうと思ったんだと思う。他には、ハーモニクスを使った「Portrait of Tracy」も。あの曲も凄く美しい曲だし、楽器へのアプローチも興味深かったね。




ロック、メタル、レゲエがベースに与えた影響

―ジャコ以外でコピーした人はいますか。

トム:イギリスにセンスレス・シングス(Senseless Things)というインディー・バンドがいた。90年代初頭に出てきて、すぐに消えてしまったバンドなんだけど、彼らに「Easy to Smile」という曲があった。いわゆるインディー・ロックの「ドドダド・ドドダド・ドドダド」という、感受性のかけらもない、一辺倒の畳みかける騒がしだけの、でも楽しい、「ワーーーッ」て10代が酔っ払って踊り狂う感じの音。でも、そこのベーシストが凄くてね。疾走感が半端ないんだ。確か「Top Of The Pops」で観たんだと思う。UKのチャート音楽を観せるポップ番組で、そこで観た時に、そのベーシストがスラッピングというのか、攻める弾き方をしていて、ただ闇雲に弾いてるんじゃなくて、とにかく歯切れがよかった。だから、早速そのレコードを買って弾いてみようと思った。最高に楽しかったから、よく覚えている。



トム:あとは……ザ・ジャムのベーシスト、ブルース・フォクストンも好きだった。ザ・ジャムを聴きながら弾くのも結構やった。いわゆる凄腕ベーシストと言われる人ではないけど、彼にしか出せない音があったと思うし、ベースへのアプローチにしても、ザ・ジャムの音楽には欠かせない存在だったと思う。ザ・フーのジョン・エントウィッスルもそう。昔ながらのベーシストだけど疾走感がある。直球で、骨太で、説得力がある。

あとはスタンリー・クラークかな。さっき話した、バンドを一緒にやっていたドラマーにアルバム『School Days』を教えてもらったんだ。




トム:特にこだわりはなくて、いろいろ聴いてる中で「これは面白い」と思ったものを真似していたんだ。例えば、メタリカのクリフ・バートンもそう。彼らの音楽を教えてもらって聴くようになって、今でも自分の中でアイコニックな曲の一つになっているのが、メタリカの1stアルバム『Kill em All』収録の「Anesthesia」における彼のソロ。超技巧派というわけではなく、けっこう単純なことをやっているんだけど、曲の雰囲気が物凄くいい。ある種、凄くエモーショナルでもある。彼は本当にクールなベーシストだった。『Master of puppets』の最後の曲「Damage Inc.」の前にインスト曲「Orion」があって、もしかしたら俺の勝手な思い込みかもしれないけど、おそらくクリフ・バートンがほぼ一人でやっている曲なんだと思う。「Damage Inc.」自体はめちゃくちゃ激しいんだけど、そのインストの部分は本当に美しいくて、思慮深く、瞑想的。シンプルなコード進行で構成されていて、そこに音を重ねている。ああいう音楽でベースが前に出る機会というのはなかなかないわけだけど、出た時は本当にクールだった。若くして他界してしまったのは途轍もない悲劇だ。あのまま続けていたら、素晴らしいソロ奏者になっていたと思う。



―『Feed Me Weird Things』では「The Swifty」などにレゲエの要素があり、ベースラインにもレゲエの影響があると思います。レゲエのベーシストにかんしてはどうですか?

トム:もちろん。というのも、ギターを手にする前、子供の頃に一番聴いていた音楽がダブやレゲエだった。オーガスタス・パブロやキング・タビー、もちろんボブ・マーリーも。ボブ・マーリーが例えいなかったとしても、彼のバンドであるザ・ウェイラーズは信じられないくらい最高だった。当然、レゲエにおけるベースというのは、ある程度制御されたものではありつつ、サウンドの中軸を担う存在でもある。しかもグルーヴがある。ウェイラーズのベーシストはファミリーマン・バレットだったっけ?

―アストン・バレットですね(ファミリーマンは彼の愛称)。

トム:そうそう。最高のグルーヴだよね。ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのライヴ・アルバム『Babylon by Bus』収録の「Exodus」のベースを弾くのが大好きだった。座って弾いてるだけでトランス状態になれる。今でも、フリーフロウや反復のない音楽が好きな一方で、ああいう反復を繰り返すことで没入できる音楽も大好きなんだ。何時間でも弾いてられる。めちゃくちゃ楽しい。だから、レゲエも、名前を知らない人も含めて、たくさん影響を受けているのは間違いないよね。




ベースとドラムビートの融合について

―『Feed Me Weird Things』に収録の「Squarepusher Theme」「Kodack」をはじめ、多くの曲で、ドラムマシンでプログラムされたビートがループではなく繊細に変化していて、有機的で生々しく聴こえます。こういったビートを作り出すためにドラマーの演奏を研究したことはありますか?

トム:そもそも音楽をたくさん聴くようになったのも、音楽が好きだからであって、ミュージシャンを目指そうと思って聴いてたわけじゃないし、一つのことだけに興味があって聴いてたわけじゃない。音楽がもたらす全体的な効果が好きで、それは今も変わらない。音楽の内部の仕組みにも惹かれるけど、自分にとって一番大事なのはいつだって全体像なんだ。と言いつつ、ドラマーに対しては特に強い関心があるのも確かだね。

というのも、「動きを感じる」という、自分が音楽で一番魅力を感じる部分を生成する部分がドラムだから。これはあくまで主観的な話なんだけどね。少なくとも自分の場合、音楽を聴いていて一番興味をそそられるのは「前に動く感覚」だ。子供の頃に、「何がそうさせているのか」というのが不思議でしょうがなかった。10歳とか11歳の時だ。聴いていて、「前に動いていると感じさせるのは、一体何なのか」って。静止した状態ではなく、動かしているのは何なのか。だからリズムをどう構築するかを理解することで、その答えを見つけようとした。

ドラムは持っていなかったけど、VIC20のコンピュータを持っていたから、そのコンピュータを使ってプログラミングして、ドラムビートを作った。ドラムビートをプログラミングするにあたって、ドラムビートが普通、どういう構成になっているのかを理解しようとしたよ。でも、ドラムセットを持っていなかったし、ドラマーのことも知らなかった。それぞれのドラムがどんな役割を果たしているのかも知らなかったし、どんな音を出すのかもわからなかった。ドラムがどんなものかは知っているけど、どういう仕組みでリズムを刻んでいるのかは知らなかった。だから手探りでやるしかなかったね。俺は何をやるにも手探りだ。「ドン」って音を作って、「パッ」って音を作って、「パシッ」て音をそれぞれ作って、それを上手く組み合わせると、それっぽいものができる(笑)。そうやってドラムビートを作っていった。それ以来ずっと、(ブログラムする上で)どうやったらいいドラマーのように「動き」を伝えられるのかっていう部分に魅力を感じているよ。あと、さっき話した同じバンドにいたドラマーを見て、リズムをどう構築するか学んだ部分も多いね。



―そのプログラミングしたドラムとベースの生演奏が完璧に組み合わさっている『Feed Me Weird Things』は今聴いても衝撃だと思います。この頃の楽曲の制作プロセスにってどんな感じですか?

トム:まず、このアルバムはアルバムとして作られたわけではないということを言っておく。レコード契約もまだなくて、誰にも名前を知られていない頃に、家で趣味として作った楽曲がほとんどだ。だからアルバムを想定して作ったわけではない。リチャード・D・ジェームズに自分が作った曲のテープで渡して、その中から彼が曲を選んで編成したアルバムだ。だから制作期間も長い。普通なら一枚の作品を作るのにさほど時間をかけないんだけど、このアルバムの場合、1994年の終わりから1996年初頭まで、約1年半にまたがって制作された楽曲が入っている。その間、常に実験を繰り返し、制作プロセスを変えている。だから1つの決まったアプローチがあったわけではないんだ。曲の数だけ違うプロセスがあるということだね。あれこれリズムを作るところから始めて、そこに音を重ねていったものもある。

「Theme from Ernest Borgnine」はメロディーを最初に思いついて、そのメロディーに背景を加えていった。「North Circular」は、具体的な音の塊が相互作用している視覚的なイメージを音に当てはめている。「The Swifty」は、ジャズとダブ・ミュージックという自分にとって重要な二つの音楽をどう絡められるか、ということを考えた。もちろん、1曲で答えが見つかるものではないけど、そういう発想から生まれた。一方、「Dimotane Co」は単純に爆音で聴いたらかっこいいだろうな、という曲を書いた。クラブのサウンド・システムで思い切り鳴らして、その音の中に没入したいような曲。グルーヴ音の総攻撃だ。



―2009年の「Solo Electric Bass 1」ではベースらしいベース演奏というよりは、エレクトリック・ベースという楽器で出来ることすべてを追求しているような作品です。このアルバムはどんなきっかけで作ったものなんでしょうか?

トム:まず言っておくと、リリースは2009年だけど、レコーディングしたのは2007年だったということ。自分のキャリアの中で、電子音楽に完全に飽きてやりたくないと思っていた時期だ。長期に渡って電子音を使って楽曲制作をしてきて、もちろん他の要素も使ってはいるけど、90年代中期から2000年代中盤まで10年以上もの間、電子音が作品の中心にあった。特に、『Go Plastic』や『Ultravisitor』なんかのアルバムは、電子音のプログラミングや加工の手法が非常に複雑且つ詳細で、情報量も多く、制作に多大な集中力を要した。で、「もうやめよう。これ以上やりたくない」と思ったんだ。「やってても楽しくないし、面白くない。違うことをやろう」って。

1998年に『Music Is Rotted One Note』を出した時にも同じような気持ちだった。あれも『Hard Normal Daddy』や『Feed Me Weird Things』といった作品の、全てブレイクビーツによって駆動している、いわゆるみんなが「スクエアプッシャー・サウンド」だと思っているサウンドからの反動だった。当時すでにエレクトロニックスのオーバーロード(過重)に対する反動として『Music Is Rotted One Note』を作っていた。あそこではドラムをプログラムする代わりに生ドラムを叩いて、ピアノとベースを弾いているわけだけど、まだプロダクションやレコーディングでは同じような作業をしていたわけだ。

で、「Solo Electric Bass 1」では、それとも全く違うことがしたかった。実際に何をしたかというと、スタジオを出て、キーボードやマルチトラック、コンピュータ、シンセといった録音機材から離れて、ベースとアンプだけで作ろうと思った。音楽的な理由からやったというのもあるけど、自分の生活を変えたいというのもあった。テクノロジーにどっぷり浸かりすぎていると感じたから。テクノロジーを使うと、それが思考性に影響を及ぼすと思っている。意思決定のプロセスを変えるし、特定のテクノロジーにどっぷり浸かっていると物事に対する見方も変わる。もちろんベースもある種のテクノロジーであることは確かなんだけど、もっと単純だし、無限に可能性を秘めたコンピューターと比べると初歩的なテクノロジーだ。だからテクノロジーを最小限に留めて、違う生き方を模索したかった。

やろうと思った理由には瞑想的な意味合いもある。つまりミュージシャンとして、自分の肉体に沿った仕事の仕方をしたかった。人間であることの肉体的現実に見合った形でね。それを実践してみたんだ。それに完全に専念して、同じセットを毎日練習したよ。同じセットを毎日、同じように通して演奏するという反復が気に入った。制作の進み方もゆっくりになった。楽曲を屈折させるにしても、ほんのちょっとした変更を加えるというもので、それまでのテクノロジーによって促進される大幅な変更とは違っていたね。


「Solo Electric Bass」2007年のライブ映像

―ちょうど『Music Is Rotted One Note』の名前が出たので、マイルス・デイヴィスのことも聞かせてください。『Music Is Rotted One Note』には70年代のマイルス・デイヴィスと彼のプロデューサーのテオ・マセロからの影響を感じます。マイルス・デイヴィスのどんなところが好きなんですか?

トム:自分が語る資格があるのかはわからないけど、マイルスは本物の天才だった。みんなを導く光のような存在だ。目指すべきものを示してくれる永遠の基準点。常に前に進もうとする姿勢だったり、勇気あるところもそう。異なる音楽性に対する偏見や優越主義といったことを気にすることなく、電気楽器を取り入れることも厭わなかった。例えそれに批判が集まろうともね。70年代初期の彼の音楽は当時批判されたけど、時代が変わるとともに、彼が正しかったことが証明されたわけだ。

マイルスは天才だということに尽きる。自分にとっては最も重要な存在の一人だ。俺には自分なりに進みたい道というものがあって、時にはリスクを犯すことだってある。ファンの反感を買っているのもわかっている。でも、そうするしかないんだ。自分が興味のあることをやらなきゃいけない。だからリスクも犯す。リスクだってことは自覚しているんだ。誰もレコードを買わなくなり、ライヴにも来てくれなくなったら続けられなくなるわけだからね。そのリスクは常にある。でもマイルスを見ると、リスクを犯してでもやるべきだって思える。マイルスやジョン・コルトレーンやフランク・ザッパは、そのリスクを犯す勇気があったのと、強い信念を持ってやったからこそ報われたんだ。人に理解してもらえるまで何年もかかったとしても、例えその過程で死んでしまったとしても、悲しいことではあるけどやる価値はあるんだよ。




―最後に、マイルスの作品をひとつ選ぶなら何を選びます?

トム:うわぁ。たくさんありすぎるし、振れ幅も広過ぎて無理だよ。

―じゃ、ふたつでもいいです。それか、今日の一枚を選ぶとしたら。

トム:今日の一枚だったら、うーーーーーん、『Sorcerer』かな……。ハービー・ハンコックやロン・カーターのいた60年代のクインテットが好きなんだ。凄いバンドだ。ということで今日の一枚は『Sorcerer』だ。明日はきっとまた違うだろうね。

【関連記事】史上最高のベーシスト50選





スクエアプッシャー
『Feed Me Weird Things』
発売中

■オリジナルのDATから新規リマスター
■同時期のEP『Squarepusher Plays…』のBサイドに収録された2曲を追加収録
■16ページの拡大版ブックレット:セルフライナーノーツ、
使用機材の情報を含む本人による各曲解説、当時の貴重な写真やメモを掲載

■国内盤CDは紙ジャケ仕様、高音質UHQCD(全てのCDプレーヤーで再生可能)、
ブックレット訳とリチャード・D・ジェイムスによる寄稿文の対訳、解説書を封入
■輸入盤LP、CD+Tシャツセットも販売

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11839




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