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SIRUPと手島将彦が語る、当事者ではないからこそ知っておくべきメンタルヘルス

Rolling Stone Japan / 2021年6月30日 18時0分

手島将彦(左)とSIRUP(右)

2021年に入り、ますます重要性を増している「アーティストのメンタルケア」。2019年、音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、書籍『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』を上梓。洋邦問わず、ミュージシャンたちのエピソードをもとに、カウンセリングやメンタルヘルスに関しての基本を記し、アーティストやその周りのスタッフが活動しやすい環境を作るべきだと示した。そんな手島将彦とともに、アーティストとメンタルヘルスに関して考える対談連載。今回のゲストはSIRUP。

R&Bやヒップホップを取り入れた音楽性で評価を得る一方、社会にも目を向けた活動を行う。その一例として、ファッションブランドやホテルコラボによるオリジナルグッズの売り上げを、シェルターや教育団体などに寄付している。そんな彼とともにミュージシャンとしての経験を基に、今の音楽業界や社会に求められるメンタルケア、当事者じゃなくても"知る"ことの大切さを語ってもらった。

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ーまずはじめに、SIRUPさんがメンタルヘルスに関心を持つようになったきっかけを教えてください。

SIRUP:元々、仲間内でも話していたことではありました。コロナ禍もあって、周りの人が潰れていくような出来事を直接体験したり、仲間の発信で学んだり感化されて。僕自身もメンタルの波が激しい方ではあるんですけど、何かあったらマネージャーなど誰かに言える環境にいた。もっと気楽にミュージシャンがメンタルに関して言及できる世の中になる必要があるなと思い、自分にできることはないだろうかと、ライブ以外の活動としてもメンタルヘルスについて勉強したり、発信するようになりました。

ーご自身含め、身のまわりでも精神面の辛さを感じる人は多かったと。

SIRUP:どちらかというとミュージシャンになる前までの方が多かったかもしれないですね。身近な友達でも精神的に追い詰められて命を絶ってしまった人がいて。ミュージシャン仲間でも、「つらい」という話を聞くことは多いです。誰かに相談したくても、できないことが多い。仕事での付き合いということもあるし、ホモソーシャル的なノリや気合い論もまだあるので、心の内を話せる人は本当に少ないですよね。

手島将彦(以下、手島):同じような声は聞きますね。僕はカウンセラーの立場ですが、カウンセラーというのは第三者として経済的な利害関係にないから話しやすいという面もあると思うんです。エンタメを産業として考えると、商売だから売れた売れないの数字の比較は避けられないけど、特にミュージシャンは自分の内面から何かを捻り出して作品を作るわけですよね。つまりそうやって出てきた作品は、ある意味で本人そのものなんですよ。そうなると、それを比較するということは、本人の存在自体を他人との比較に晒すことになってしまう。だから、おかしな話になりやすくなります。自分自身を他人と比べてどうこうって言われるとつらいし、相談しづらくなっちゃいますよね。支える人がよかれと思って比較していることが多いけど、気をつけないと対象の存在を否定してしまうことに繋がると思います。

SIRUP:アートを資本主義経済に乗せるには、絶妙なバランスを保たないといけないですよね。特に日本だと、売れる売れないの二元論、もしくはバズるという抽象的な尺度で決めてしまっている。そういう社会の中で、自分は自分だと思うのは難しいです。例えば、音楽性だけじゃなくて、活動の仕方まで比較されてしまったりもする。僕も最近学んだことなのですが、基本的にプロモーションの仕方が前時代のものを引き継いでいる。「こうやって露出を増やせばいいんだ」みたいなフォーマットを全員に当て嵌めちゃうやり方がよくないんです。その人にしかない売れ方があるし、本来は違うものなのに同じプロモーションの中で個性をどうにかしないといけなくなっている。それを意識するかしないかは、かなり大事だと思っています。

手島:まったく同感です。エンタメや音楽に限らない話ですが、そうしたことの一例として「年齢ごとにクリアしていないといけない」という設定と強迫観念があるような気がします。例えば22歳や20歳や18歳などの区切りで大学・専門学校・高校などを卒業して社会人になってないといけないみたいな。本当は人間の成長って個々人それぞれが違うから、本来の成長曲線を無視して同じタイミングでクリアする必要はない。20歳で何かを達成する人もいれば、30,40歳で何かスイッチが入る人もいる。この年齢までにこれをしなさいみたいな呪縛は大きいなと思いますね。僕は学校で働いていますけど、高校を卒業した年齢だからと思って、無理に進学してきて心が折れてしまう人も残念ながらいます。本人の個性や特性に関係なく、社会や企業などにとって都合がよいようによくバサバサ切って出来た型に合わせるようになっていて、その弊害があると思います。

SIRUP:僕も音楽を真剣にやりはじめたのが20歳くらいで、25歳までに食べられてないとやめると思っていたけど、30になってやっと音楽でご飯を食べられている。それまで年齢について言われる場面はあったし、周りでも気にしている人はいましたね。ミュージシャン以外でも歳相応にとかよく言われますけど、基準のない話じゃないですか。

手島:どこかの年齢で進化を止めろと言われている気もしちゃいますよね。以前、SIRUPさんが「まだ人間進化の途中なんじゃないか」と仰っていたのを覚えているんですけど、それにも繋がる話だと思うんです。個人も人間全体もどこかで勝手に完成した感覚になっている。極端な例ですけど、ギリシャ人と日本列島に住んでいる人を紀元前の時点で比べたときに、豪華な建造物を作るとか哲学や数学の理論とかで比較すると日本列島に住む人が劣っているという話になってしまうかもしれません。でも今の日本とギリシャで、そんなに大きな文明の差があるわけではない。そもそも仮に比較するとして、人を構成する要素はとても多いのですから、その比較項目はもっともっと多くなければならないはずですし。どこかの段階で少ない比較項目だけで判断すると、見えないものがでてきたり、差別が生まれたりするんですよね。

ー最近は深田恭子さんやLittle Glee Monsterの芹奈さん、大坂なおみさんなど、ご自身が抱えている問題や病気を公言されることも増えてきました。SIRUPさんの周りでは、こういった自身の問題を公にすることへの見方や捉え方が変わってきた感覚はありますか?

SIRUP:多少は変わってきていると思うんですけど、まだ公にすることがセンセーショナルな状態ではありますよね。僕の友達でもパニック障害を公表した人がいるんですけど、勇気が必要だった言っていて。日本はまだまだそういう問題を気軽に言える環境ではないと思いますね。言ったとしても、「治るといいね」くらいのリアクションをされることが多い。でも、一生向き合っていくような生来の性質でもあったりして、一瞬で治るわけではない場合もあるし。まだまだ気軽に言えるレベルまで、当事者や環境含めて到達していないのかなと思いますね。

手島:SIRUPさんの曲「Overnight」の歌詞なんですけど、"Love & educate yourself"って本当にいい言葉ですよね。ほとんどのことって自分は当事者じゃないから知ることが必要だと思うんですよ。知らないと想像できないし。メンタルに限らず、差別や貧困や家庭環境など自分とは違う状況で生きている人もいっぱいいる。何かあったときのために必要な想像力を生むためには知ることが大事で、知るためにはEducateが大事ですよね。特に日本社会だとそういう点について知ることを遠ざけてきた歴史があると思うので、知識を共有できるだけで変わるのかなと思います。



SIURP:海外だとLove and educateを掲げているアーティストは多いですよね。僕はメンタル面に関する知識とメンタルヘルスに配慮した環境が整えば、悩む人は減っていくのかなと思うし、自分も学ぶことで楽になることが多いんです。今なんてちょっとエゴサーチすれば、どれだけ逃げても自分のことなんて簡単に見られてしまう。自分のことを的外れに批判しているのを見にいってしまうのって、実はちょっとした成功体験らしいんですよね。いつも的外れなことを言っている相手がまた的外れなことを言っているのを確認してしまうと、自分は合ってるっていうルーティンにハマってしまう。けど、心はどんどん傷ついてしまっている。そういう構造も知ることで、自分の精神状況についてより想像しやすくなるし、理解できるようになる。僕は、できれば他者を攻撃している人たちのメンタルヘルスも良くなればいいなと思っていて。メンタルヘルスについて発信することで、自分のことも業界のことも、そういうファンの人のことも救えるようになると思ってます。

手島:特に広くエンタメ産業だと、ファンとの関わりはマネジメント側も含めてテーマのひとつとして取り組んでいることだと思うんです。解決策の一つとして、ミュージシャン側とファンがお互い学ぶことも大事。K-POPの事例を見ていると、彼らがうまくいった理由のひとつは強力なファンのバックアップもあったからですが、その強力な繋がりを維持するために発信し続けると結果アーティストにも負担が増える。その同時進行として、メンタルって大事だよねという価値観がファンと共有できていると、無駄な誹謗中傷とか無闇な攻撃性が自然淘汰されていったという事例もあるんです。そのようにメンタルは大事なんだよという価値観を共有してお互いに良い関係を作っていくのが大事なのかなと思いますね。その為には、ファンとミュージシャンと業界の三者がメンタルヘルスの大切さに関するメッセージを発信していくことが重要だと思います。

ーメンタルについての認識や知識を浸透させていく上で、学校教育に盛り込むのも一つの手ではあるかと思いますが、それよりも自分の好きなタレントやミュージシャンがそういう発信をしてくれた方がもっと抵抗なく受け入れられるのかなと思うんです。

SIRUP:逆も然りだと思っていて、そもそも誰もが少なからず発信力と他者に影響を与える可能性を持っている以上、発信力の有無に関わらず誰もが意見を発信する権利とある程度の責任があると僕は思います。ネガティブな風に見れば、SNSの誹謗中傷で人が殺されている。ちょっとした言葉が他人を傷つけていることに気づけない状態になってしまっている。特に、日本は自己責任の概念と恥の文化なので、傷ついてしまう自分が弱いんじゃないかと思って溜め込んでしまうこともある。だからこそメンタルヘルスなどの知識や経験に関しては「発信力があるのに」とか、「発信力がある人にしか出来ない」という状況が改善すればいいなと思っています。

手島:影響力ということで言えば、ミュージシャンを目指している若い学生にはいつも話すんですけど、例えば目の前の5人が感動してくれることってとても大事なことなんですよ。すべては少人数からの積み重ねなんですよね。YouTube1000万回再生とか年々数字を重視する流れが加速していますけど、基本は1からっていうことは忘れないでほしいです。

SIRUP:本当に合点がいく言葉ですね。例えば「たくさんの人に曲を聴いてもらいたいです」の「たくさん」って誰やねん、って思うんです。僕のやっている音楽ってR&BとかHIPHOPがベースにあるので、それが好きな人に届けばいいなと思っています。なんとなく皆が知っている状態になることが売れるということで、その状態にならないといけないのか? と言われたら、そうじゃない。好きなことやってご飯食べていけたらそれで良くないかな? と。それが明確であればあるほど、自分が何をすべきかどんどん分かってくると思う。自分はたくさんの人の前でライブをできるようになりましたが、最前列の1人がすごく感動していたらそれでいい。もちろん皆が満足する努力はしていますが、5人しかお客さんがいない中でも、その中の誰かを感動させられたら絶対に次に繋がるし、その積み重ねが今に繋がってる。本当に手島さんの仰るとおりだと思います。

手島:根底にそういう考えを持っていられればメンタルを保っていられるのかなと思いますね。これって、何かや多数の誰かの役に立たないといけないという思い込みと似ていると思うんですよ。誰かが存在するのに条件はいらないんです。音楽だって、結果として役に立つことはあっても、必ずしも、多数の誰かの役に立つためにやっているわけじゃなくて、元々はその人自身の存在のためにやっていると思うので。それに、どんなことでも役に立つこともあれば役に立たないこともある。多数の他のために、ということを基準にしすぎると、自分を含めた誰かの存在否定に行きついてしまう危険があります。

SIRUP:白黒じゃなく、1人1人がグレーの中道を個性として出すかでもありますよね。自分のスタンスは誇示するけど、世間に全く届かなくてもいいというのは嘘になるから、ライブでファンの顔を見られるときには誰か一人でも感動させたいってスタンスでやる。どっちも考えた上で、どこに向かうのかが成り立っていけばいいなと思っています。

手島:経済活動では、中道で考えると色々面倒くさいこともあるから、白黒はっきりしている方が管理しやすいというのもあるんでしょうね。でも、白黒はっきりつけると大変になる人もいて、それによってむしろ全体のパフォーマンスも落ちちゃう場合もあると思うんですよね。白黒つける時代から次の時代のフェーズに向かっているし、実際にそうできるという感覚が若い世代ほど身についている感じもありますね。そういう変化を大事にできるように、歳をとってきている僕は邪魔をしないようにしたいです(笑)。

SIRUP:SNSのなかった時代と今のミュージシャンでも違うと思うんです。今は色々な手段があるし僕も発信するけど、歌では社会的なことは歌いすぎないようにバランスを調整していて。InstagramとTwitterでも発信することが違うように、全部引っくるめた上で「このアーティストはこういう人なんだ」、と思えるような社会になってきているし、この時代だからできる中道ってありますよね。

手島:昔になればなるほど、人を評価する基準が少ないんですよね。でも、人間の在り方ってそんな少ない評価基準でできていないと思うんですよ。評価基準が少ないために、ミュージシャンもかつては評価基準が100ある内の90くらいを音楽が占めていないといけない状況だったと思うんですけど、個人の活動そのものをアートとして考えるのであれば、もっといろんな面を見ても良いはずです。そういう考え方も、もっと広まると良いなと思います。

手島:かといって、勘違いし「マルチにできるのがいい」っていう流れもあると思います。

SIRUP:僕の世代も下の世代も、自己プロデュースとか自分で全部できる人はすごいよねって皆が言っていた風潮があって。僕も全部できるようになろうと思ってやってみたけど、できないことは誰かに委ねる方が広がっていくし、アートとしても楽しい。それに気づいたのがターニングポイントでした。結局、自分の特性がフルで生かされる状態で活動できることが一番良いんだと思います。

手島:自立・自律するって言うと全部自分でやるイメージを持つ人が多いけど、本来は自分はこれができるけど、あれはできないから他の人に任せようという適切な依存場所を見つけることなんですよね。足が折れたときに松葉杖が必要っていう話と一緒で、別に頼っても良いんですよ。なんでもできる人はそれで良いですけど、本当の意味でなんでもできる人はいない。一見なんでもできる人は何かを削っていることが多いですよ。人間ってすごく得意なこととすごく苦手なことがあると思うんですけど、その真ん中には、頑張ればできるけど楽してできることじゃないことがたくさんあって、それをやりすぎるときつくなる。程よく外注しないともたないですよね。

SIRUP:僕も最近みたらし加奈さんという臨床心理士の人と、個とはなにか? 孤独とはなにか? という話をしていて。ミュージシャンは孤独との向き合い方を見つけたほうがいいと思っている中で、依存とは何かを考えているんです。バランスが難しいとは思いますが、全員なにかに依存しているに決まっているのだから、「こういう時はこうしたい」とか相手に言っていいんだと考えるようになりました。そうやって周りの人たちと付き合えばいいし、分かってもらえる人と付き合えばいいのであって。でも依存がダメだと言われると、心を矯正していくうちにおかしくなっちゃう。「依存がダメだ」って考え方自体がなくなればいいなって思います。

手島:依存が悪いっていうことの終着点が自己責任ですよね。自己責任は0じゃないと思うけど、なんでも自己責任なんて言ってたら生きていけないと思います。

ーSIRUPさんから手島さんに訊いてみたいことはありますか?

SIRUP:僕、一瞬だけ専門学校でスタジオ管理のアルバイトしていた時期があるんですよ。その時に、進学しないといけないけど他に学びたいこともないし、音楽が好きかなって理由で入学してきた人もいて。その状態で、たった2年でどう生きていくかを決めないといけない。結局ルールの下でやらないといけなくて、病んでしまっていた子が多かったんです。その時に、手島さんみたいな先生がいたらいいなと本当に思いました(笑)。

手島:ありがとうございます(笑)。でも本当にそうなんですよ。僕も最初に学生に対して、「同じ年齢の人が何10人も同じ環境にいることが異常だからね」って話すんです。社会には年齢の幅も含めてもっと色々な人がいて、きっとより生きやすい環境があるんだけど、保護者も含め幾つかの選択肢にしか目が向かなくなっている。別に必ず今進学しなきゃいけない、働かないといけないわけじゃないんだよ、休んでもいいんじゃない? とか、不自然な環境の同調圧力は気にしすぎないほうがいいよって言うようにしています。

SIRUP:今、全員が平等に死ぬ可能性がある時代で生き方を考えるタイミングじゃないですか。自分の環境は、本当に自分で選択したのか? とか、そこでしんどい思いをしていることが正しいのか? って、考えてみたらいい選択ができるんじゃないかと。

手島:そう思います。いつも言っていますけど、大抵のことは世の中のほうが悪いと思ったほうがいいですね。何か違和感があったら、世界の方がおかしいのではないか?と考えたほうがいい。ほとんどのことは誰も悪くないし、世の中が変わればそれがいいことに変わっちゃうかもしれないし。ただ、世の中はすぐに変わらないことが多いから対処法は考えたほうが当面は生きやすいかも、というだけで、根本的に自分の存在に非があるわけじゃないんです。

SIRUP:”大抵のことは世の中のほうが悪い”、本当にめっちゃ良い言葉だと思います。


<書籍情報>



手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

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