実際のところ日本のカルチャーがどれだけ世界的に流通してるのかっつうとだな
Rolling Stone Japan / 2021年7月11日 9時0分
脱サラ留学ののち、あてどないドサ回りに明け暮れる元編集者の中年ミュージシャンがつづる、アメリカ東海岸の身も蓋もない現場レポート。国産シティ・ポップが世界で人気とか喧伝される昨今ですが、さて実際のところは……。
※この記事は2019年発売の『Rolling Stone JAPAN vol.9』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。
縁あってこの夏から、とあるペンテコスタル派の教会で演奏の機会をもらっています。ブルックリン奥地の、それはもうガチでローカルな、身も蓋もない信仰の現場に直面しているので、ゴスペルミュージック的にも宗教人類学的にも、マジかよって事態が毎週発生していて、とてもじゃないけど自分のなかで処理が追いつかないような状態。
なのでチャーチの話はもうちょっと練れてからにしたいのですが、そこのドラマーでジョーダンってやつがこないだ「♪ブー、パッパパー、パッパパー」って口ラッパを歌っていて、それなんの曲だっけ?って訊いたら「おいおいBLACKPINKだぜ、自分の国の音楽だろ」ってアンサーが返ってきた。
えっとねー、まずコリアとジャパンとチャイナは別の国。あとK-POPはそれほど好きじゃないんだ。って答えると「じゃあジャパンでイケてる曲を教えてくれよ」となる。この質問にはいつも手こずらされてきた。素直に今週のオリコンチャートトップを伝えたとして、「Kill This Love」みたいに気に入ってくれる可能性は、これは皆無と言っていいだろう。
なにしろ国を挙げての売り込みに成功したK-POPと違って、現行のJ-POPがアメリカのラジオから流れてくることはない。音像があまりに違うし、馴染みがなさすぎる。運良くオタクだったらアニソンの線が探れるけど、それはレアケース。そうやって考えてみると、世界で聴かれている日本産の音楽って、実際のところ何なんだろう。
細野晴臣もコーネリアスも、坂本慎太郎もNY公演のチケットは即完売だったけど、やっぱり集まってくるのはだいぶカルチャーエリートかつ親日家なリスナーたちが多くて、そこで会うような人なら「Plastic Love」もタツローヤマシタも、あとNujabesやKikagaku Moyoなんかも通じるけど、街場のミュージシャンへの浸透度までは期待できない。
それで音大にいる頃、過去に日本のどんな音楽に触れた経験があるのか、クラスメイトたちに探りを入れていた時期があったのだけれど、あるとき予想外の現象に行きついてハッとなった。
ソングライティングの授業やDAWの授業では、自分で書いた曲をクラスで発表する機会が何度もあって、そのとき作っていった曲が自分でも「なーんかJ-POPっぽい曲になっちゃったな」と思うことが何度かあった。そういうときクラスメイトからの講評で必ず言われるのが「ゲームミュージックっぽい」っていうコメントなのだった。これが確率100パーで。
僕自身のなかにあるゲームミュージックぽさっていうのは、たとえばドラクエみたいな対位法づかいや、スパルタンXやロックマンみたいなデケデケ感覚を指すように思うのだが、僕はそういう習作を書いたことは一度もなくて、ただコード感やソングフォームにJ-POPっぽさが出ちゃったな、育ちは隠せないな、くらいの感覚を抱いているので、すごく違和感があった。
これってどういうことだろう、とコメント主と話しながら考えてみたのだけれど、雑な推測ながら濃厚なのはたぶん、日本文化に特段の興味がなく、オタクでもなく、米英産の音楽を中心に聴いてきた人、つまりアメリカで出会う音楽好きのマジョリティにとって、メイドインジャパンの音楽に触れる数少ない、そして最大の機会がゲームのBGMなのではないか、ということだ。
だからゲーム音楽が持ってるゲーム音楽らしさとは関係がなく、日本産の音楽らしさ、たとえば王道進行みたいな循環系の多用とか、素直なドミナント感覚、Aメロ・Bメロ・サビという様式、みたいな要素に接触すると、本来はジャパン産の音楽っぽいと認知されるところを、ゲームミュージックっぽい、という感想が出てくるのではないか、と思っている。
ぜんぜん違うレベルの話として、クラシックではないけど段数の多いスコアを書いたりアレンジしたりする人、主に映画音楽およびその周辺ということになるのだが、この分野の人に限っては、植松伸夫、下村陽子みたいなビッグネームはちゃんと浸透していて、坂本龍一、久石譲と同じくらいのリスペクトを受けていると思った。層としては超マイノリティだけど。
ところで畑は違うけど、ゲーム音楽どころではない、もちろん村上春樹とかキャプテン翼みたいな特異点にも大きく水をあけて、グローバルに地球市民に享受されているメイドインジャパンのコンテンツカテゴリーがあることが、交流する男友達が増えていくうちにわかってきた。もう大半の方は答えが読めているのではないかと思うのだけれど、AVだ。
日本の音楽も映画も小説も能動的に摂取したことはない、という若者でも、ことにアジアや中東、南米からのイミグランツならかなりの高い確率で、日本のアダルトビデオは見たことがある、と言う。あれはすごい、俺の国では政府の、もしくは宗教者の締め付けが厳しくてあんなに多岐に渡る過激で上質で至れり尽くせりの映像はない、と打ち明け始める。
けれどAVに1ドルでも払ったことのあるやつには会ったことがない。とにかくXVideosの勢力地図が強すぎる。若いミュージシャンたちと夜な夜なしょーもない話を重ねてきた現場感覚として、アニメ・マンガ・アイドルなんて比べ物にならない規模でグローバルに流通したクールなジャパンのコンテンツが、AVであることは疑いもないように思う。
世界征服しながら国に1円ももたらしていないのは間抜けだなー、と思っていると、コリアンの友達が、2010年代に入ってから韓国のアダルトビデオ界隈は日本に追いつけ追い越せでたいへんに発達した、最初はただのパクリだったけど、ここ数年はもうわざわざ言葉のわからない日本のAVを見なくなった、と教えてくれた。ポップミュージックのみならず地下水脈でも我が国は敗北を喫することになりそうだと予感した。
唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ニューヨークに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy
◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」
Vol.7「ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由」
Vol.8「いつまでも、あると思うな親と金……と元気な毛根。駆け込みでドレッドヘアにしてみたが」
Vol.9「腰パンとレイドバックと奴隷船」
Vol.10「コロナで炙り出された実力差から全力で現実逃避してみたら、「銃・病原菌・鉄」を追体験した話」
Vol.11「なんでもないような光景が、156年前に終わったはずの奴隷制度を想起させたと思う。」
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