つまらんものほどクリティカル。太平洋をまたいでお取り寄せしたニッポンのプロダクツ
Rolling Stone Japan / 2021年7月14日 18時32分
脱サラ中年ミュージシャンのニューヨーク通信。コロナかデモの話題かな、と予想した編集者のもとに届けられたのは、謎のぼやけた写真とあまりにミクロな身辺雑記でした。これがリアルな生活感……。
※この記事は2020年発売の『Rolling Stone JAPAN vol.11』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。
すべての仕事がなくなって早4カ月が経ち、もはやプロフィール欄には無職と書いたほうがいいなーと思い始めています。ブロードウェイが2021年の正月公演まで中止にすると発表したことが呼び水となったのか、同様の発表をするコンサートホールが相次ぎ、別の地域に出自があるミュージシャンの多くはNYを離れていきました。
大きなうねりとなったブラック・ライヴズ・マターのこと、コロナ行動制限下でミュージシャンがサバイブしていくこと、また連日どこかしらで行われるようになってきたアンダーグラウンドなパーティのこと、あと顕在化に歯止めがかからないアジア系差別のこと、いろいろなトピックはありますがどれも他の人が書くと思うので、今回は極私的というか取るに足らない話を書こうかと思います。
発端は、3カ月前に引っ越した旧宅の管理会社から電話があって、出ると、お前宛ての荷物が届いている、ほんとなら送り返してるところだけど預かってやってるから引き取りに来い、というちょっと不機嫌な感じの連絡でした。住所変更は漏れなく済ませたはずだし、DM程度なら捨ててしまうだろうし、何だろう。と思いながら旧宅に赴くと、渡されたのは日本からのEMS(国際スピード郵便)で、包みのシルエットを見た瞬間「ごん、お前だったのか」みたいな気持ちになったんですけど、4月にヤフオクで落札したceroのレコードでした。
すっかり時空の裂け目に飲み込まれたものと思って強制忘却していたんですが、よくたどり着いたねお前。航空各社の日本=北米便は3月半ばから大幅な減便が行われて、レコードを落札したときにはすでに、積み切れない国際郵便が空港にスタックしていて遅延やむなし、という噂が流れてはいました。その後4月24日にEMSの受付が完全に停止されて、いまもそれは続いています。
とはいえここはニューヨーク。シベリアや中央アフリカじゃあるまいし、わざわざ日本からEMSで送ってもらなきゃ困るものなんて、基本そうそうありません。日系のスーパーに行けば最新の季節限定トッポだって売ってます。値段は倍するけど。それにせっかくアメリカで暮らすんだから、なるべく現地のもので現地なりに暮らそう、という方針のもとやってきました。きましたが!
あるっちゃあるんです、どうしても入手できないサムシングというのが。そしてなんだか少し負けた気分になりながら、太平洋を跨ぐ購入ボタンをポチってしまうわけです。送料のほうが高え、とか言いながら。
忘れもしない、渡米して最初に取り寄せたのは朱肉でした。住居が決まって、日本の銀行に海外新住所の届けを出さなきゃならなくて、それが捺印郵送のみだった。実印は荷物に入っていたけど、ここはアメリカ、サイン社会。どこにもないんです朱肉が。ほんとはチャイナタウンのハンコ屋で買えるんだけど、当時はボストンで右も左もわからなかったので。
仕方なく赤インクのスタンプ台を買ってきて捺印にトライしてみたんですが、ハンコって朱肉じゃないとおこられるのな。銀行様より「お前ハンコなめてんのか(大意)」というお手紙が国際郵便で届きまして、「次はないからな、わかってんな」という担当者手書きのポストイットまで付いていたため、素直に楽天でお取り寄せした次第です。あんなにハンコカルチャー滅びろって思ったことない。
あと苦労したのは、養命酒。冷え性の私は冬になるとこれが欠かせないのですが、マイナス20度を下回る日もあるボストン、それはもう冷えっぱなしで、ところがアメリカで養命酒はまったく入手できないうえ、日本からのお取り寄せもできないのです。グローバル通販サイトも国際転送サービスも全滅。どうやらアルコールかつ医薬品であるため、二重に輸出入の制約に引っかかる模様。
日本の誰かに頼んで送ってもらうにしても、税関で没収される可能性があるし、ビンだから割れるリスクあるし、液体で重いから送料も半端ないことになりそう。結局これは妻の実家にいったん送りつけ、義父母が訪米した際にハンドキャリーしてもらいました。そうとう重かったため出迎えに行った瞬間、もう次回はないなってムードを察したので、養命酒はこのとき以来もう諦めました。
ハンドキャリーといえば、マリファナが続々解禁になる北米において、どうやっても手に入らないドラッグが、わさビーフ。狂牛病とか豚コレラみたいな家畜伝染病のリスクがあるため、肉類およびその加工品の輸入はかたく禁じられています。ビーフエキスパウダーもまた牛肉加工品にあたるため、ああいった方面の味覚は、先述した日系スーパーに行っても絶対に買えません。
ところが世の中にはのんびりした人もいるもんで、とある日本人ミュージシャンの方がNYに遊びに来るというので友人宅に集ったのですが、「超つまらないものでごめんね~」と言いながらトランクから取り出したのが、わさビーフにコンソメWパンチ、湖池屋スコーンやみつきバーベキュー味だったものだから、在米邦人どもの目の色が変わりました。食べた後なぜかみんなして体調が悪くなって、後悔したのもドラッグ的な体験でした。
とはいえ日米を往来する人も激減しているので、なかなかハンドキャリーを頼める人も見つけづらくなってしまいました。個人的にこのままEMSが停止し続けてるとマズいなーと思っているのが歯ブラシで、以前は一切こだわりなかったんだけど、エビスの歯ブラシ(プレミアムケア7列のふつう。たぶんこの号で最もどうでもいい情報)を使い始めたら最後、あれ以外はありえない身体にされてしまい、年1ペースで輸入してきました。
地味に驚くのが米Amazonの勢力拡大で、いま検索したらこれまでに個人輸入した朱肉もエビス歯ブラシも、サンスターGUMの歯磨き粉も、コクヨのカドケシも、バカみたいな送料払った中山式健康器も、以前は買えなかったのに、みんな普通にラインナップされています。そして気づくのですが、代わりがきかない「これじゃなきゃ」ってものとは、書き出してみると何とこまごました、些細なものばかりなのでしょう。こういうのをお里が知れると言うのかもしれません。
唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ニューヨークに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy
◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」
Vol.7「ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由」
Vol.8「いつまでも、あると思うな親と金……と元気な毛根。駆け込みでドレッドヘアにしてみたが」
Vol.9「腰パンとレイドバックと奴隷船」
Vol.10「コロナで炙り出された実力差から全力で現実逃避してみたら、「銃・病原菌・鉄」を追体験した話」
Vol.11「なんでもないような光景が、156年前に終わったはずの奴隷制度を想起させたと思う。」
Vol.12「実際のところ日本のカルチャーがどれだけ世界的に流通してるのかっつうとだな」
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