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ボビー・ギレスピーとジェニー・ベスが語る、共作アルバムで描いた「悲しみと再生の物語」

Rolling Stone Japan / 2021年7月8日 18時30分

ジェニー・ベスとボビー・ギレスピー(Photo by Sarah Piantadosi)

プライマル・スクリームのボビー・ギレスピーとサヴェージズのジェニー・ベスによるデュエット・アルバム『Utopian Ashes』がリリースされた。

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「愛の崩壊、真のコミュニケーションの不可能性、人生の中で避けられない現実に直面している夫婦の物語を表現している」

そのようにボビーがアルバムのテーマを語っているが、危機を迎えている夫婦という題材はそこらじゅうに転がっているようなものだ。経済的な理由、仕事や子育てにまつわる環境など、現代社会には夫婦の関係に亀裂を入れるきっかけがいくつも潜んでいる。

しかし、ボビーとジェニーの夫婦の間に何があったのかは明かされない。互いの荒涼とした心象風景が、曲が進むに連れて描かれていく。そんな状況にある人たちや過去に経験した人たちにとっては傷を舐められるような作品だが、歌詞を読み解いていくと、痛みや喪失の中から一筋の希望の光を見出すことができる。その希望こそがボビーとジェニーが最も訴えたかったことにほかならない。

「僕はただ、普遍的な真実というものを描きたかったんだ」

Zoomを通してのインタビューで、ボビーはアルバムのコンセプトについて、こう切り出した。

「経験に基づいた実存的な現実というのかな。人間同士の相容れない矛盾や、不明瞭な感情といったもの。僕は、人間というのは分断によって結びつけられていると思うんだ。つまり、人間が背負っている痛みの大部分は、他の誰かと繋がりたい、結ばれたいという思いから来ているんじゃないか。そう願っているのに、ぴったりと重なり合うことは永遠にないんだよ。ある一瞬、心が通ってひとつになることはあるし、精神的な結びつきをほんのわずかな間感じることもある。でも、それは永遠には続かないし、完全にひとつになることはないんだ。僕たちはまるで、孤島のようなものだと思う。誰かと地続きのように繋がることはないんだよね。それがあらゆる種類のリレーションシップに対する真実だと思う。だからこそ、僕たちは誰かと繋がることにこれほどの魅力を感じるんだと思うんだよね」(ボビー)



一方、ジェニーは具象的に踏み込んでコンセプトについて話してくれた。

「最初のシングル(「Remember We Were Lovers」)では、一組の男女が彼らの抱えている葛藤と、それをどう乗り越えるのか、その難しさについて歌っているけれど、ある意味伝統的なテーマだと思う。ティーンエイジャーの恋の悩みや失恋とは明らかに異なる胸の痛み。それは、彼らがそれまで一緒に旅してきた軌跡があるから。結婚して、生活を共にして、もしかしたら子供もいるかもしれない。責任感の重みも違うし、人生のコミットメントなわけだから。このアルバムは、そうしたリレーションシップの崩壊に焦点を当てているというよりも、その問題に対峙して、なんとか関係を立て直そうと葛藤する男女の姿を描いていると思う。そのために対話を重ねているんじゃないかな。もし話し合うこともなくなってしまったら、関係性は完全に壊れてしまうから。”I dont love you anymore”なんてとてもヘヴィで辛いフレーズだけど、そうやって自分の心の内を語ることで、なんとか関係性を修復したいと考えているからこそ出て来た言葉じゃないかと思っている。もう愛していない、って言っているけど、それはまだ愛が残っているから言えることだから(笑)。その愛を取り戻したいという心の叫び。まずは自分の相手に対する正直な感情をぶちまけることで、2人の未来を変えたいという気持ちの表れだと思う。私は、このアルバムのコンセプトをそういう風に解釈したけれど」(ジェニー)

『Utopian Ashes』の音楽的背景

その「Remember We Were Lovers」をはじめ、アルバムの楽曲は気高い美しさをまとっており、ときおり優しく、癒されるような瞬間もあったりする。だからこそ、このアルバムは絶望に終わらず、再びつながるかもしれない愛を示唆しているのだと思う。プライマルが『Give out But Dont Give Up』で見せたようなカントリー・ソウルやフォークがここで展開されているが、人間的、音楽的な成熟も内包していてほろ苦く聴こえたり、甘美に聴こえたりもする。プレスリリースでグラム・パーソンズとエミルー・ハリスの『Grievous Angel』や、ジョージ・ジョーンズとタミー・ワイネットの『We Go Together』などのカントリー・ソウルに触発されたと書かれていたが、それも大いにうなずける。





「でも僕たちは、既存の曲をなぞるようなレコードを作ろうとは思っていなかったんだ。あくまでもオリジナルの音作りを目指していたし。ただ、プレスリリースにそう書いたのは、ジャーナリストにどんなタイプの音楽性を持つアルバムかっていう分かりやすい見本を示したのに過ぎないんだよ。トラディショナルな男女のデュエット・アルバム、というコンセプトを理解してもらうためにね。2017年の1月に僕とアンドリュー(・イネス)がパリに行って、ジェニーと彼女のボーイフレンドのジョニー・ホスティルと一緒にスタジオに入って、本当にごくごく簡単なアイデアを出し合った感じで始まったんだ。当初はかなりエレクトロニックな雰囲気でね。クラフトワークとか、そんな感じの。それでロンドンに戻って来て、頭の中にあった曲をアコースティック・ギターで弾いてみたんだよ。5曲くらい書いたところで、『ロックのアルバムを作るべきだな』って思ったんだ。アンドリューとデモを作ってみたんだけど、今のスタイルにすごく近い、ロック・ミュージックになった。もちろん、もっと原始的な感じではあったけどね。それをジェニーに聴いてもらって、『こんな風に作りたいんだけど』って言ったんだ。生演奏でレコーディングしたいことを伝えたら、『いいね、最高!』って言ってくれて。それでこういうサウンドになったんだよ」(ボビー)

「特にサウンド的なリファレンスについては話をすることはなかった。もちろん、多少はこんな感じの雰囲気で、っていう話はしたけれど。ボビーと私の声はすごくマッチしていると感じていたから、デュエット・アルバムというコンセプトはおもしろかったし、ボビーと私のハーモニーは、自分でも素晴らしいと思った。それがこのアルバムを作った最大の理由になる。ハーモニーというのは本当に心地良い体験で、ある意味人間にとって最も原始的なコミュニケーション術だと思う。2つの異なる振動がひとつになって、人と人とを結びつける感覚。とても心が温かになる感じがするし、強い力を持っている。私にはこういう歌い方もできるんだって、今回のプロジェクトが再確認させてくれたところもあったし、私にとっては大きな収穫にもなった。このアルバム以来、ちょこちょこ『Utopian Ashes』の時の歌い方を使うようになったから(笑)」(ジェニー)



ボビーの発言にあるようにアルバムにはプライマルのメンバー、アンドリュー・イネス(Gt)、マーティン・ダフィー(P)、ダレン・ムーニー(Dr)、サヴェージズやベスのソロでもコレボレーションしているジョニー・ホスティル(Ba)が参加。また、共同プロデュースとしてブレンダン・リンチがクレジットされている。ブレンダンはポール・ウェラーの『Wild Wood』や『Stanley Road』、オーシャン・カラー・シーンの『Moseley Shoals』、そしてプライマルの『Vanishing Point』などを手がけてきた90年代の英国を代表するプロデューサーだ。ここに挙げた諸作の音楽性を振り返ると、このアルバムのオーガニックなサウンドには最適な人選といえる。

「ブレンダンは優れたエンジニアであり共同プロデューサーでもある。特にバンドの生演奏をスタジオ録音するのがすごく上手なんだ。だから、このアルバムにぴったりだと思ったのは間違いないね」(ボビー)

「希望」と「破滅」のコントラスト

それにしても、『Utopian Ashes』というアルバム・タイトルは言い得て妙だ。愛し合い始めた二人が思い描いた理想郷が灰燼と化す。これ以上のタイトルはないだろう。

「僕の頭の中から生まれたのさ。アルバムのサウンドとコンセプトを詩的に表現できるタイトルはないかなって考えていて。それでいて、抽象的で聴き手に考える余白を与えるようなものにしたくてね」(ボビー)

「他にもたくさんタイトルの候補があったんだけど、テーマである”結婚生活の崩壊”や、破れた夢を的確に表すとても良いタイトルだと思う。そう、夢破れた後の余波というべきかな。だって、ここで描かれているのは始まりではなく、終わりのその後、すべての出来事を通り過ぎて来たあとの後遺症のようなものだから。燃え尽きたあとに何が残っているのか、ここからどう立て直していくのか。”ユートピア”という希望に満ちた言葉と、”アッシェズ”という破滅的な言葉とのコントラストがとても面白いと思った。ある意味、歌詞の持つダークさとサウンドの持つポジティヴさとを的確に表現したタイトルじゃないかしら」(ジェニー)


Photo by Sarah Piantadosi

現在、英国では南ロンドンを舞台にインディー・ロックやジャズの新鋭たちが群雄割拠し、イングランド北部やスコットランドではオーソドックスなギター・ロックやフォーク・ロックが勢いを取り戻そうとしている。このアルバムはそのどちらの流れにも属さないし、サウンドのアプローチも目新しさはない。ただ、ブレグジットやコロナ禍によって混沌とした社会情勢が続く英国のどこかの片隅で起きたドラマとして捉えると、俄然、その存在感と意義は変わってくる。我々はコロナ禍を通して、自分と向かい合い、また他者とのふれあいやコミュニケーションの大切さについてあらためて深く考えたはずだ。その答えのひとつが、この『Utopian Ashes』に見い出せると言っていい。コロナ禍の前にアルバムが制作されたことをボビーは教えてくれたが、ここで描かれる人間の葛藤は10年後、20年後も変わることはないだろう。そうした普遍性を美しいサウンドと共に突き詰めた傑作だ。




ボビー・ギレスピー&ジェニー・ベス
『Utopian Ashes』
発売中
購入リンク:https://SonyMusicJapan.lnk.to/y8R95PDtRS

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